天上の桜

乃平 悠鼓

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第二章

片時雨の村《七》

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 何かに、ぐっと引っ張られた悟浄の足元がらぐ。

「こちらへ」

 そう声がして、何もなかった道の壁の中に引きずり込まれた悟浄が見たものは、会ったこともない見知らぬ女だった。

「誰だ!」
「お静かに、何処どこ白骨夫人はっこつふじんの耳があるかわかりません」

 女はそう言うと、悟浄を反対側の壁の外へ連れ出そうとする。そして辺りを見回し何かを確認したあと

「急いで」

 と言うと、悟浄の手を取り別の壁から道、道からまた別の壁の中へと進んで行く。いくら手をしばられているとは言え、悟浄なら女の手を振りほどくことなど容易たやすいことだった。だがそれをしなかったのは、女に悪意が全く感じられなかったことと、どこか見知った感じがしたからだ。
 どう言う仕組みなのかは分からないが、じんのようなものがあり、場所を次々と移動していることはわかる。

「何処に連れて行くつもりだ」
「少し遠くまで。公女こうじょ様がお越しになるまで、時間をかせがないと」

 女のその言葉に、悟浄は驚いて双眸そうぼうを見開く。

沙麼蘿さばらを、知っているのか?」
「はい。公女様は必ず来て下さいます。それまでは、私が貴方あなたと貴方の仲間を守ります」

 何度陣をくぐっただろうか、森の少し外れにある一軒の家へと辿たどり着いた。

「ここは」
「私の家です。白骨夫人にはすでに私の行動は知られているかも知れませんが、此処ここなら時間稼ぎはできます。三蔵法師は白骨夫人の手の中でしょうが、公女様がいらっしゃいます。私は他の方を探して来ますから、貴方は此処からは出ないで待っていて下さい。家の中なら安心です。でも先に、矢をきましょう」

 そう言うと女は悟浄を家の中に案内し、椅子いすに座らせ矢を抜いた。“ウッ…”と悟浄のうめき声がれる。女は妙に手慣れた手つきで、傷口の手当てをして行く。

「沙麼蘿の知り合いだと言ったな。あんた、名前は」
「……。百花羞ひゃっかしゅう、と申します。かつては、天人てんじん…でした」

 鉄紺てつこん色と同じような少し暗い緑みを帯びた青色の髪と睛眸ひとみは、何処であったことがあるような、懐かしい気持ちに悟浄をさせた。

「何処かで、会ったことがあるか」
「いい…え。私のような罪人と、貴方が知り合いだなんて…」

 そう言う百花羞の声は震え、顔は今にも泣き出しそうだった。自らを隠すように、その肩にかけていた不思議な色合いの披肩ショールで顔をおおう。

「これを食べて待っていて下さい。矢には毒が塗られいましたから、立ち上がって動くことは難しいでしょう。私は信じられないかも知れませんが、公女様を信じるのなら決して家からは出ないで待っていて下さい」

 百花羞はそう言うと、家を出て行った。







「ようこそ、と言うべきかしら玄奘三蔵。随分ずいぶんと遅いお目覚めね、何時いつまでワタクシを待たせるのかと思ったわ」

 玄奘が目を覚ますと、そこには女が一人いるだけだった。金角や銀角達が逃げて一人縛り上げられた玄奘は、息さえできずにその場で気を失った。今は、天井てんじょうの左右から垂れ下がったくさりに両手を広げる形で拘束こうそくされ、膝立ひざだちで動けない状態でいる。

「ふん、悪趣味あくしゅみだな」
「まぁ、生意気な口ね。後はお前を焼くなり煮るなりするだけなのよ。いったいどんなあつかいを希望すると言うの、これ以上の扱いは贅沢ぜいたくと言うものよ」

 長い髪を結い上げ、青磁色せいじいろに近いやわらかな青みの緑色の襦裙じゅくんを着た女、白骨夫人は手に持つ団扇だんせんで口元を隠し不気味な笑みをたたえているようだ。

「ねぇ、三蔵。お前は焼かれるのと煮られるのと、どちらが好きかしら。いいのよ遠慮えんりょしなくても、ワタクシもそれくらいの希望は叶えてあげるわ。ワタクシを上仙にしてくれるんだもの」
「どっちもごめんだな、化け狐」
「そう、生がいいの。こまったわね、不味まずそうだわ」

 口だけならどちらも負けていない状態だが、白骨夫人は玄奘に近づき手に持つ団扇を玄奘のあごにあて上向かせると

「そうね、煮込むことにしましょう」

 と、笑って言った。ガラガラと壁の中から大鍋を引きずり出す白骨夫人の顔は爛々らんらんとして、何処からか現れた仮面をつけた男達が水を入れて行く。その大鍋に火をともそうとした時だ、ドッカン!!と大きな音がして部屋の扉が吹き飛んだ。

「いいざまだな、玄奘」
「遅い!!」

 よく聞く会話であるこれは、煮えたぎる鍋の中に放り込まれると言う事態は避けられたと言うことだ。まだけむりが舞う中から姿を現した沙麼蘿と琉格泉るうのに、きつい白骨夫人の双眸が向けられる。

「またお前達なの、化け物と犬の分際でワタクシの邪魔をする気。でもそうね、犬の相手は犬にさせましょう。出ておいで!!」

 壁の中からのそりと姿を現したのは、二頭の生き物。身体は、狼なのだろう。だがその頭は、一頭は二つ、もう一頭には三つある。

「邪道か」
『問題ない。アレラからは聖獣の匂いがする。私が闘おう』

 大神オオカミは、血にまみれれば大神たる姿を保つことができなくなる。たがそれは、相手が自分と同じ天上界に住まう聖獣であれば何の問題もない。だが、いったい白骨夫人はどんな邪道を駆使くししてアレを作り上げたのか。
 琉格泉が沙麼蘿の前に出て威嚇いかくをする中、沙麼蘿の手が優しく琉格泉の頭をで “任せる” と呟いた。

「お前は、玄奘三蔵をらえば本当に、上仙になれるとでも思っているのか」
「なんですって。ワタクシが、何も知らないとでも思っているの」

 その言葉に、沙麼蘿が白骨夫人を馬鹿ばかにしたように鼻で笑う。琉格泉のそばから離れた沙麼蘿が、白骨夫人に向って一歩足をみ出す。

「お前は何も知らないのだ。仮にお前が玄奘を喰らって上仙になれたとしても、決して上界はお前を受け入れたりはしない。そんなことは、天地が逆さになってもありえい」
「口からでまかせを。ワタクシは知っているのよ、嘗てそう言う上仙が天上界にいたことを!」
「そうだな。蒼光帝そうこうていの時代なら、もしかしたらあったかもしれないが、鶯光帝おうこうていは決してそれを認めない。アレは、臆病者おくびょうものなのだ」

 そう言うと、沙麼蘿はその姿を変え始めた。









********

団扇→うちわ
爛々→光り輝くさま。また、鋭く光るさま


次回投稿は11月6日か7日が目標です。

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