4 / 10
ひとつめのはなし
ぼっちだからって情報把握を怠るのはよくない
しおりを挟む
ところで、私は比較的真面目に勉学に励む生徒であると自負していたりする。
予習はしないこともあるが復習はきちんとやるし、宿題だってよっぽど面倒でなければ――解けないものでなければ、きっちりやっている。
さらに付け加えるなら、授業中に教室で寝たりすることもないし、内職をすることだってないのだ。
自画自賛になってしまうかもしれないけれど、頑張って学生をやっていると言っていいのではないだろうか。
まぁ問題があるとすれば、成績がその頑張りになかなか追いついてこないことだけれど。それはさておき。
確かに私は比較的真面目に勉学に励んでいるつもりだが、退屈な内容であれば面倒だと感じることはあるし、辛いと思うことだってある。
ちゃんと予習をしている場合は尚更だ。
だって、予習してるってことは、授業で説明される内容は全部知っている内容なんだから当然である。
「……くっ」
そして今日の授業、このコマがまさにそれだった。
科目は国語の古典。
何が悲しくて他人の色恋沙汰――しかも大抵男側がろくでもない――ものを読まにゃならんのかといつも思う。
中学生の頃からずっとそう考えながら授業を受けてきたけれど、この問いかけに対する答えは受験に必要だから、でしかないのである。
世知辛いよね。
しかし、私も人間だ。
どうしても授業そのものに付き合う気力が出ない日というのはあって。
そういうときは、こういう手段をとることにしていた。
教壇に立つ教師の説明がちょうど終わったタイミングを計り、へんなりと手をあげて、
「……すみません、先生。気分が悪いので保健室に行かせてください」
保健室へ行かせて欲しいと懇願するのだった。
なんだそんなことか、と言われるかもしれないけれど、この方法は割と成功率が高かった。
それなりに長い学生生活で何度も使っている手だが、頭ごなしに却下されることは殆どなかったのである。
考えられる理由は二つ。
ひとつは、昨今の教育現場において生徒の発言力が無駄に大きいことだ。
厳密に言えば、発言力が大きくなっているのは生徒ではなく親の方だし。
その発言力の増加も良い意味ではなく、言ってしまえば精神的に幼い大人が親になった例が多くなり、かつ、苦情を面倒くさがる教師となる人間の質が変化したというだけの話だけれど――利用する側からすればどちらでもいい話であった。
そしてもうひとつは、教員としても、一人の生徒のためにクラス全体の授業を止めるのも面倒だろうということだ。
教員というのは大変な職業だ。学習範囲のうち、ここからここまで、という形でこの学期中に授業内容を進めなければならない。
教える内容の難易度や、能力の異なる生徒それぞれの理解度を考慮して授業計画を立てる必要もある。
それも限られた時間の中で、だ。
そう考えれば、授業時間というのがどれだけ貴重なものなのかがわかろうというものである。
とは言え、体調が悪いということを報告すると、たまに本気で心配してくる教員もいたりするのだが――そもそも、そんな人間が相手なら私も仮病を使ってまで授業をサボることはない。
教員というのは大変重要な職業だが、その仕事を実際に行っているのは人間だ。
立派な大人と呼ばれる連中からすれば大したことのない年齢だろうと、私もそれなりの時間を生きている。これでも、ヒトを見る目はあるつもりだ。
つまり何が言いたいかといえば。
この授業を担当している教師はその程度の人間だということである。
「…………」
国語担当の教員は、しばらく悩むような仕草をした後で、溜息を吐くと、わかったと言葉を作った。
「――っし」
私は期待通りの回答が来たことに、机の下、教壇から見えない角度と位置でガッツポーズを作る。
思わずテンションも上がってしまって声が少し漏れたが、教員の耳に届いた気配はなさそうだった。
その事実に内心でほっとしつつ、サボりが成功したことにうきうきしていたのだが――教員の続けた言葉で若干気分が沈んでしまった。
「保健委員は居るか。彼女を連れて行ってやってくれ」
前はそんなこと言わなかったくせに、と内心で溜息を吐く。
本当に自慢にもならないが、私はこの教室に親しくしている生徒はいない。
だから、この教室から保健室までの道中は大変居心地の悪い時間が続くことが予想されるわけで。
……ああ、やだなぁ。
微妙に落ち着かない沈黙が続くか、あるいは間がもたなくて仕方なくぎくしゃくした会話を始める状況を想像してうんざりしていたところで、わかりましたと返事があり、誰かが近づいてきた。
益体の無い妄想を中断して、傍に寄ってきた人影を確認するべく視線をあげると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
……うん?
と思って再度相手の顔を確認したが、そんなことで目の前にある現実が変わることはない。
「佐藤さん、大丈夫? 歩ける?」
と声をかけてきた相手は、朝にあった騒動の中心人物、黛その人だった。
「……ええ、大丈夫。そこまで酷いわけじゃないからね」
そういえば黛は保健委員だったかと、今更ながらに思い出して内心で舌打ちをした。
表情に出ていなければいいけれど、と考えながら、椅子から立ち上がり、黛を伴って教室を出る。
席を離れて教室を出るまでの間に、視線に物理的な力があれば刺されているなと思うほどの意思をこめてこちらを見ていた二対の視線、その正体は考えるまでもないだろう。
……ホント、他人の色恋沙汰は面倒臭いったらない。
そんなことを考えて、思わず口から溜め息が漏れた。
予習はしないこともあるが復習はきちんとやるし、宿題だってよっぽど面倒でなければ――解けないものでなければ、きっちりやっている。
さらに付け加えるなら、授業中に教室で寝たりすることもないし、内職をすることだってないのだ。
自画自賛になってしまうかもしれないけれど、頑張って学生をやっていると言っていいのではないだろうか。
まぁ問題があるとすれば、成績がその頑張りになかなか追いついてこないことだけれど。それはさておき。
確かに私は比較的真面目に勉学に励んでいるつもりだが、退屈な内容であれば面倒だと感じることはあるし、辛いと思うことだってある。
ちゃんと予習をしている場合は尚更だ。
だって、予習してるってことは、授業で説明される内容は全部知っている内容なんだから当然である。
「……くっ」
そして今日の授業、このコマがまさにそれだった。
科目は国語の古典。
何が悲しくて他人の色恋沙汰――しかも大抵男側がろくでもない――ものを読まにゃならんのかといつも思う。
中学生の頃からずっとそう考えながら授業を受けてきたけれど、この問いかけに対する答えは受験に必要だから、でしかないのである。
世知辛いよね。
しかし、私も人間だ。
どうしても授業そのものに付き合う気力が出ない日というのはあって。
そういうときは、こういう手段をとることにしていた。
教壇に立つ教師の説明がちょうど終わったタイミングを計り、へんなりと手をあげて、
「……すみません、先生。気分が悪いので保健室に行かせてください」
保健室へ行かせて欲しいと懇願するのだった。
なんだそんなことか、と言われるかもしれないけれど、この方法は割と成功率が高かった。
それなりに長い学生生活で何度も使っている手だが、頭ごなしに却下されることは殆どなかったのである。
考えられる理由は二つ。
ひとつは、昨今の教育現場において生徒の発言力が無駄に大きいことだ。
厳密に言えば、発言力が大きくなっているのは生徒ではなく親の方だし。
その発言力の増加も良い意味ではなく、言ってしまえば精神的に幼い大人が親になった例が多くなり、かつ、苦情を面倒くさがる教師となる人間の質が変化したというだけの話だけれど――利用する側からすればどちらでもいい話であった。
そしてもうひとつは、教員としても、一人の生徒のためにクラス全体の授業を止めるのも面倒だろうということだ。
教員というのは大変な職業だ。学習範囲のうち、ここからここまで、という形でこの学期中に授業内容を進めなければならない。
教える内容の難易度や、能力の異なる生徒それぞれの理解度を考慮して授業計画を立てる必要もある。
それも限られた時間の中で、だ。
そう考えれば、授業時間というのがどれだけ貴重なものなのかがわかろうというものである。
とは言え、体調が悪いということを報告すると、たまに本気で心配してくる教員もいたりするのだが――そもそも、そんな人間が相手なら私も仮病を使ってまで授業をサボることはない。
教員というのは大変重要な職業だが、その仕事を実際に行っているのは人間だ。
立派な大人と呼ばれる連中からすれば大したことのない年齢だろうと、私もそれなりの時間を生きている。これでも、ヒトを見る目はあるつもりだ。
つまり何が言いたいかといえば。
この授業を担当している教師はその程度の人間だということである。
「…………」
国語担当の教員は、しばらく悩むような仕草をした後で、溜息を吐くと、わかったと言葉を作った。
「――っし」
私は期待通りの回答が来たことに、机の下、教壇から見えない角度と位置でガッツポーズを作る。
思わずテンションも上がってしまって声が少し漏れたが、教員の耳に届いた気配はなさそうだった。
その事実に内心でほっとしつつ、サボりが成功したことにうきうきしていたのだが――教員の続けた言葉で若干気分が沈んでしまった。
「保健委員は居るか。彼女を連れて行ってやってくれ」
前はそんなこと言わなかったくせに、と内心で溜息を吐く。
本当に自慢にもならないが、私はこの教室に親しくしている生徒はいない。
だから、この教室から保健室までの道中は大変居心地の悪い時間が続くことが予想されるわけで。
……ああ、やだなぁ。
微妙に落ち着かない沈黙が続くか、あるいは間がもたなくて仕方なくぎくしゃくした会話を始める状況を想像してうんざりしていたところで、わかりましたと返事があり、誰かが近づいてきた。
益体の無い妄想を中断して、傍に寄ってきた人影を確認するべく視線をあげると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
……うん?
と思って再度相手の顔を確認したが、そんなことで目の前にある現実が変わることはない。
「佐藤さん、大丈夫? 歩ける?」
と声をかけてきた相手は、朝にあった騒動の中心人物、黛その人だった。
「……ええ、大丈夫。そこまで酷いわけじゃないからね」
そういえば黛は保健委員だったかと、今更ながらに思い出して内心で舌打ちをした。
表情に出ていなければいいけれど、と考えながら、椅子から立ち上がり、黛を伴って教室を出る。
席を離れて教室を出るまでの間に、視線に物理的な力があれば刺されているなと思うほどの意思をこめてこちらを見ていた二対の視線、その正体は考えるまでもないだろう。
……ホント、他人の色恋沙汰は面倒臭いったらない。
そんなことを考えて、思わず口から溜め息が漏れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる