佐藤茜のよもやまばなし

どらぽんず

文字の大きさ
8 / 10
ひとつめのはなし

話し合いは人目のあるところでしかやらないよ

しおりを挟む

 ――放課後になった。

 部活や委員会に所属していない私にとって、放課後とは本来自由時間を意味している。

 つまり、学校の学習要領で規定された時間割から開放され、自由となり、己の思うままに時間が使えるようになるということなのだけれど。

 人生において思った通りに事が進まないことなどざらにある。

「ちょっと来てもらえるかしら」

 のんびりと帰り支度を整えていた私のところに、誰かがが近寄ってきてそんな言葉をかけてきた。

 ……うん?

 帰り支度を中断して、視線をあげて確認したところ、どうやら声の主は赤神のようで。
 彼女はこちらに、少し険のある視線を向けていた。

 ……まぁ、予想はしていたけれどね。

 黛と赤神の関係性と黛本人から聞かされた三人の間に起こった諍いの中身、そして黛から相談を受けた状況を見た彼女達の心境を想像すれば、彼女達がどういう行動を取るかなど容易に予想できることである。

 そうならなければいいな、という淡い期待はあったけれど、叶わなかったということだ。残念。

 正直なところを言えば無視してしまいたかったのだが――食い下がられて時間を浪費するのも馬鹿らしい。多少面倒でも、話を聞いておく方が楽だろう。

 とは言え、言われるままに着いていくつもりは毛頭ないし、そんな義理もない。

 あくまで話を聞くのは、私を問い詰めようとする人間の数とその場所を確認できて、それに私自身が同意できる場合に限る。

 他人様の溜飲を下げさせるために自分の身を犠牲に出来るほど、私は献身的な人間ではないのだ。

 ……前にそれで失敗したからなぁ。同じ轍は踏まないようにしないと。

 過去の苦い経験を踏まえて出した結論に内心で頷いた後で、声をかけてきた赤神に尋ねる。

「来てもらえるかしら、とはどういうことですか?
 どこに? 誰と? あなたのほかに誰が?」

 問いかけの内容はこれ以上ないくらいに簡潔かつ明確だ。

「来ればわかるわ」

 だと言うのに、こちらが回答を希望した内容を相手は返してこなかった。

 彼女が何を思ってそう答えたのかは理解できる。

 ……説明が面倒だったんだろうなぁ。

 滅多にないことだが、私も誰かを連れ出そうとしたときに同じことを聞かれれば似たような気持ちになることは間違いなかった。

 しかし、だからと言ってその行いを許容するつもりもなかった。

 なぜなら、私は同じ状況で相手に問われれば、面倒だと思ってもきちんと答えるからである。
 ゆえに、

「であれば、私は断ります。付いていく義理もありませんからね」

 私は拒絶の意思を伝えた後で、赤神から視線を外して帰り支度を再開した。

 声が聞こえる。

「ちょっと! どういうつもりよ!」

 話をする気がないというわけでもないので、帰り支度を進める手は止めずに会話には付き合うことにする。

「私が聞いている側ですよ。どういうつもりで連れ出すんですかと」
「話がしたいからよ!」
「ここでも出来ますよ。今もしていますね」
「……ちょっと人に聞かれたくない話なのよ。わかるでしょう!?」
「だから聞いてるんじゃないですか。
 場所はどこですか、あなたの他に誰か居ますか、と」
「だから来ればわかるでしょうが!」
「だから行きたくないと言っているんですよ」

 ……あなたにそれを理解してもらえるとは思っていないけどね。

 細かく説明する気もないから当然だけど。

「…………」

 さて、会話をしている間に帰り支度は完了した。
 あとは忘れ物の有無を指差し確認を行って再確認し――問題ないことがわかれば鞄を持って教室を出るだけだ。

 席から立ち上がって、鞄を持ち、横に立つ赤神に視線を合わせる。

 赤神はまだ諦めていないようだった。
 その表情からは意地でも引かないという意思が読み取れた。

 ……我ながら甘いなぁ。

 そんな言葉を思いながら、私は大きな溜息を吐いた後で言う。

「駅前のファーストフード店、わかりますよね?
 そこで――三十分は待っていますので、落ち合うようにしましょう。
 話があるならそのときに」

 言って、私は赤神の横を抜けた。

 しかし、また私の体は止められた。

 肩をぐいとひっぱられて、顔を背後に向けさせられた。

 そして何か言葉を続けようとしたようだが、

「そんなのが通ると思って――」

 彼女が何かを言い切るよりも早く、肩に触れていた彼女の手を振り払った。

 ――これ以上の譲歩はないし、かける言葉もない。

 ただ、思った以上に強く叩いてしまったのか。
 教室を出る間際にちらっと様子を窺ったときに、赤神は手をぎゅっと抱えたまま固まっている姿が見えてしまって。

 その一点だけはちょっと悪いことをしたかなと思ってしまうあたり、我ながら本当に甘い性格をしている、と笑うしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...