佐藤茜のよもやまばなし

どらぽんず

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ひとつめのはなし

話せばわかることもある

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 ――通っている高校の最寄り駅には、フードコートがあった。

 駅舎自体が大きいこともあり、入っているお店も多いのが特徴である。

 外食店だけでも有名なファーストフードのチェーン店やうどん屋などのポピュラーなものから、おにぎり専門店などのニッチそうなものまで幅広いジャンルが入っているのだ。

 まぁその割には、ファーストフード店と呼べそうなお店が一店だけしか無いというのも奇妙なものだとは思うのだけれど。

 とりあえず、待ち合わせとして使う分には丁度良いので使う側としては不便はなかった。

「…………」

 さて。
 私は私の発した言葉の通り、学校から駅内のファーストフード店にやってきて、来るか来ないかわからない相手を待っていた。

 流石に何も注文をせずに店内で人を待つほど非常識ではないので、当然買うべきものは買っていた。

 とは言え、親からお小遣いを貰ってやりくりしている身の上なので、そんなに高いものを購入することはできず――結局、実際に注文をしたメニューはポテトと飲み物のLサイズセットだけであった。

 長く時間を潰すにはもってこいの組み合わせだとは思うのだけれど、このセットを購入するだけでも私の懐には結構なダメージが入っている。

 ……自分の言葉を曲げるよりは安いんだけどね。

 予定外の出費、という単語はなぜこうも筆舌に尽くしがたい気分にしてくれやがるのかと、思わず溜め息が口から漏れた。

 そんな沈んだ気分をなんとか持ち直して注文した品を受け取り、私が取った席は、壁側にあるソファ席と椅子の間に机を置いているタイプの席だった。

 ソファ側の中央席に座って、持ってきていた文庫本を読みながら、ポテトをぽりぽりかじる。

 なぜこの席を選んだのかと言われれば、目立つからだった。
 この席なら、店舗の入り口から探したとしても、すぐに目に入ることだろう。

 ……ああ、忘れるところだった。

 そう思って、携帯を開いて現在の時刻を確認してから、携帯を操作してアラーム機能で三十分後に鳴るような設定にしておく

 赤神に三十分は待っていると言ってしまった以上、その言葉を嘘にせず、かつそれ以上無駄な時間を使わないための工夫であった。

 ……アラームが鳴るより前に来なかったら帰ろう。

 そんなことを考えながら携帯を閉じてスカートのポケットにしまいこみ、またぽりぽりとポテトをかじる作業に戻る。

 それからどの程度の時間を待ったのかはわからないが、

「いた!」

 文庫本をぺらぺらと読み進めていると、前方からそんな声が聞こえてきた。

 視線をあげれば声の主の姿は見知ったもので、

「……赤神、他のお客さんに迷惑だから、大声を出すのはやめたほうがいい。
 あとちゃんと注文してからこっちに来ること。最低限のマナーだよ」

 私は大声にならない程度の声で赤神の言葉にそう返してから、赤神の後ろに居る人影に視線を移す。

 微妙に姿を隠すように立っているのは、どうやら腰越であるようだ。

 学校での問答で赤神に連れが居る可能性は既にあったし、赤神が私に声をかけてくるような案件が何かを考えれば、腰越が居るのはむしろ自然なことだろうと、そう思う。

 ……まぁ予想が当たったからと言って、何一つ嬉しいことはないのだけど。

 それはさておき。

 程なくして、赤神と腰越の二人は注文を済ませてこちらの席にやってきた。
 それぞれが持つトレイの上を見れば、赤神も腰越も飲み物のみを購入してきたようである。

 ……こっちのポテトに手を出そうとしたらぶっ飛ばそう。

 そう考えつつ、私は文庫本に栞を挟んで鞄に戻し、二人が席に着くのを待つ。

 二人は私が座っている席の傍まで来ると、一瞬視線をあわせた後で、両者とも私の対面にある椅子に座った。

「「…………」」

 しかし、席に座ればすぐに口を開くかと思えば、いっこうに話をする気配がない。

 ……またこのパターンか。

 なんて、内心で少しうんざりしたものの、話を始めなければ終わらないことは明らかなので、仕方なしにこちらから水を向けることにした。

「……あのさ、私を呼び出そうとした理由は、黛が私に関わったことについて聞きたいからでいいの?」
「……っ、どうして」

 抗議をするように声をあげたのは腰越だ。しかし、言葉は続かない。
 赤神も黙ったままで口を開く様子はなかったので、私はそのまま言葉を続ける。

「合っていると仮定して話を進めるけれど。
 朝の件、と言えば二人とも何のことか理解できるよね。
 昼休みに受けたのは、その件についての相談だよ。
 どうすればいいだろう、と相談を受けた。だから応じた。
 そして、それだけだ。
 色恋沙汰に発展する何かがあったわけじゃあない。
 少なくとも私に彼を気に入る理由はない。
 ……君たちが知りたかったことは他に何かあるのかな?
 あるなら答えられる範囲で答えるよ」
「……どんなことを話したの?」

 聞いてきたのは赤神の方だった。
 私は聞いてきた彼女に視線を向けてから答える。

「詳細までは言えないね。
 大した内容でもないが、一応、相談というのは内緒話みたいなものだろう? 
 ……ただまぁ、黛も一応今の状態をどうにかしたいと思ってはいるようだった、とは言っておこう。
 彼が動いた結果どうなるかは、君たち次第だろうし。
 実際に彼が動くのはいつになるか、私にわかることではないけれどね」

 言って、私は残ったポテトをとって口に含む。
 赤神と腰越はこちらの様子を窺うように視線を交互に移すだけで、無言のままだった。

 私は口の中のポテトがなくなってから、ふうと吐息を吐いてから言う。

「黛にも言ったが、私は君たちの関係がどうなろうと知ったことじゃあないんだよ。
 部外者だし、他人の色恋沙汰なんて心底どうでもいいとさえ思っている。
 不本意ながら巻き込まれてしまったので、仕方なく相手はしているけれどね。
 自分たちの問題は、好んで巻き込まれる連中以外は巻き込まないように今後は注意して欲しいものだよ、本当に」

 心底面倒だから、という言葉は飲み物で胃の中に流し込んだ。

 そのまま無言が続いてしばらく経った後で、彼女達はおずおずと言った様子で口を開き始めた。

「なあ、佐藤」
「何かな、腰越」
「……その、わざわざ呼んじゃってごめんな。関係ないのに」
「……私は誰かに惚れたことがないから共感はできないけれど。
 ついそうしてしまうものだということは知っているから、別に気にしてはいないよ」
「ねぇ、佐藤さん」
「何かな、赤神」
「……さっきはごめんね?
 連れ出すとき、なんかちょっと、強く言っちゃって」
「それも別に気にしてないよ。
 むしろ、少し手を強く叩きすぎてしまったようで申し訳ないことをしたと思っていたところだ。悪かったね」
「別に、そんなの。こっちも気にしてないから、いいよ」

 互いに謝り合ってしまえば、居心地の悪い空気は多少改善されるもので。
 少しだけ表情が明るくなった二人が少しずつ口を開くようになってきた。

「でもさぁ、佐藤。どうして学校で話をさせてくれなかったの?」
「教室で話をしていたときに私の質問に答えてくれていれば、そちらの指定した場所に出向いても良かったんだけどね。聞いた内容次第ではあったけれど」
「……どういうこと?」
「簡単な話さ。私は臆病だからね。トイレに呼び出しくらって苛めにあったりするのが怖いから、当事者以外がいない場所に行くのが嫌だっただけさ」
「……あ! だから、ここなの!?」
「そうだよ。ここなら人目があるからね」
「……なんだそれ、そんなにビビッてたってこと? うける!」
「小物なりの護身術だよ。色々大変なんだ」

 そしてその流れで、色々と話をした結果。

「佐藤さんって話すと印象違うねぇ」
「思ったより話せるし」
「そう思って貰えるならうれしいよ。
 ……さて、そろそろ出ようか。このメニューで粘るには時間が経ち過ぎてる」

 最終的には、赤神、腰越の両名に妙に気に入られ、アドレス交換をした上で解散することになった。

「メールとかするからさ。――そっちからも送ってよ?」
「では、佐藤さん。また明日、学校で」

 そう言って並んで帰路につく二人の背中を見送った後で、私も家に帰るべく歩き出す。

 ……まさかリア充の連絡先が私の携帯に登録される日が来るとはね。

 最初こそ面倒事ばかりだとうんざりしていたけれど、知り合いが増えるというのは悪いことではないだろう。

 それで全部帳消しにできるかと言われれば、それは当然無理なんだけれども。悪くない結果に落ち着いた、とは言える。

「……ならいいか」

 だったらそれで話は終わりだ。 
 私個人としては、明日以降に引き摺ることがなさそうであればそれでいいのだから。

「うん」

 そう自分の中で結論付ければ、気分は多少晴れてくる。
 気分が晴れれば、楽しいことを考えられるようになる。

「……今日の夕食は何かなぁ」

 そして、その流れに乗って一日の最後にある楽しみについて考えながら、家路を進む足を速めていった。

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