5 / 8
独り身たちのクリスマス会
しおりを挟むクリスマスイブ。
それは一年のうちで最も世間が盛り上がるだろうイベントのひとつだった。
街にはLEDライトでこれでもかというくらいに豪華で明るいイルミネーションが飾り付けられて。店先のガラスにはハッピーだのメリーだのと書かれたスノースプレーの白い文字が踊り、そうでなくても派手な色合いの看板が立っていたし、サンタの赤白衣装を身に纏った店員さんが客を取り込もうと声をあげたりもしていた。
――この時期の街中は常に盛況だ。
それは、人が多くなるから、というだけではなかった。
それぞれが、家族やパートナーといった相手のために準備をしているからだった。その日に過ごす楽しい時間に胸を膨らませているからだった。
その後にあるだろう大きな楽しみ、そこにある期待感が、街の空気をざわつかせているのだと強く思う。
ああ、すばらしきかなクリスマス。
思ったとおりの素敵な時間を過ごせている者は、それはもう幸せなひと時を味わっているのだろう。
一方で、そうでない者も街中のどこかにはいるものだった。
――誰に隠すものでもない。自分のことだ。
そして、それはここに居るこいつらも含まれる。
「リア充ほろびろおおおおお!」
「かんぱああああい!」
街中にあるレンタルスペースの一部屋で、がちゃんとガラスがぶつかる音と、それを覆い隠すように野太い叫び声があがった。
その後はもう混沌とした様子で異様な盛り上がりを見せた。
ある者はみんなで持ち寄った料理をがっつき。ある者は酒をえらい勢いで飲み始めた。
酒の勢いで上がるテンションと軽くなる口から出てくるのは仕事の愚痴から性の悩みまで様々だった。
ただ、決して険悪な空気になることはなかった。
……全員、それなりに付き合いは長いからなぁ。
楽しむための線引きくらいはできる程度に、理性は働く連中だということはよく知っていた。
――みんなが思い思いの楽しみ方で、宴会を楽しんでいる。
ここに居るのは、カップルのイベントであるクリスマスイブを忘れてしまうくらいに盛り上がろうぜ、と発起人の言葉に乗った人間で。言うまでも無く、お相手の居ない独り者ばかりであった。
……この宴会もこれで何年目だろうなぁ。
そんなことを思い返して、幸いにもここに来れなくなった人間のことを思い浮かべた。
最初に比べれば、やはりここに来る人間の数は減った。
参加している連中の口からは、今年になって来なくなった奴の名前もちらほら漏れていた。
――羨ましいのだ。
少なくとも俺は、そんな連中のことが羨ましかった。俺もいつになったらこの集まりを卒業できるやらと、そんなことを考えていた。
これはこれで楽しいけれど、カップルと楽しむ夜というのも別な意味で楽しいはずだからだった。
「…………」
なんとはなしに、時計を見る。
時計の針は、もう少しで九時を指そうとしているところだった。
「あいつも今頃しっぽりやってんのかねぇ」
呟きを拾ったのか、近くに居た一人が横合いから肩をがっと抱いて近寄ってきた。
息が酒くせえよばぁか、と言ってやると、そいつは当たり前だろと応じた後でこう言った。
「俺らもこれ終わったら風呂にでも行くか?」
随分と婉曲な表現を使うもんだ。そう思った後で、肩を竦めた。
「金がねえよ。奢ってくれるなら行ってもいいけどよ」
そいつはこちらの言葉を鼻で笑い飛ばして離れると、肩を思ったより強めに殴ってきた。そしてこう続けた。
「パチンコで今日負けたから無理だな。俺もすっからかんだ。
――おいそこ! 吐くならトイレまで這ってでも行ってからやれ!
汚したら面倒なんだから。いい大人だろてめえ!」
「強く叩きすぎだよアホ。いてえじゃねーの」
言って、相手の肩を軽く小突いた。
「酔ってんだ、多少は多めに見ろ」
「だからこの程度で済ましてる」
「そりゃありがとよ。
……お前は相変わらず飲まねえなぁ」
「飲んでないわけじゃねえよ。
飲んでもあんまり酔えないから、料理を楽しんでんの、俺は」
よっと立ち上がって、テーブルの上にある大鍋からビーフシチューをよそった。
自分で頼んでデリバリーをしてもらったやつだったが、あまり捌けがよくないようだ。量が減っていなかった。
……まぁ、周りは食べ物より酒な連中が多いから仕方が無いか。
「シチューかよ。俺らにゃ似合わねえな」
「そうか?
クリスマスでパーティーみたいなことをするなら、あってもいい料理だと思うがね」
ビーフシチューを口に運ぶ。
――うん、初めて使うところだが、味は悪くない。
他のやつらももっと食べればいいのに。
「まぁ酒が捌ければ、後は飯だ。その内捌けるだろ」
「そうかもな」
料理は全員が一品ずつ持ち寄る形で用意されていた。
あんまり気にすることでもないが――なんとなく、自分の用意したものが残っていると気分がよくないものである。なんだか負けたような気がするからだろうか。何にというわけでもないのだが。
そこまで考えて、他の連中も案外そうなのかもしれないと思い至った。
毎年、終わり際になってみれば料理が残っていた試しがなかったからだった。
そして、料理がきちんと捌ける理由がみみっちい意地やプライドだとすると、なんだか悲しくなってくる自分がいたりして。
……なんでこんなことをしてるってのに、変なところで意地の張り合いやってんだ俺らは。
あほくせえ、とうんざりした気分を吐き出すために溜息を吐いた後で、近くの奴に声をかけた。
「おい、そっちの酒とってくれ。
――違う、もっと奥の強いやつだよ。そう、それ」
「急にどうした。珍しいな、お前がこんなの飲むなんて」
「そんな気分になったんだよ。急にな。たまにはいいだろ」
「飲み比べでもするかぁ?」
「やらねえよ。トイレの世話になりたくないしな。
酒は飲んでも呑まれるなってやつだ。何にでも節度ってもんはあるわな」
「その通りだな。んじゃ、折角だし」
なんだよ、と思って視線をやれば、相手は自分のコップを軽くかかげて揺らしていた。
意図を察して、俺も手に持ったコップを近づけた。
「「独り身万歳」」
なんとはなしに言った言葉が同じ内容だったことに、同時にぷっと吹き出した後で、コップをがちんと音を立てるようにぶつけて乾杯した。
乾杯した後で、相手は席を立って別な奴に絡みに行った。
その後姿を視線で追いながら、夜はまだまだこれからだと、そう思って、コップの中身を一気にあおったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる