どこにでもいる働いている人の日常

どらぽんず

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独り身たちのクリスマス会

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 クリスマスイブ。
 それは一年のうちで最も世間が盛り上がるだろうイベントのひとつだった。
 街にはLEDライトでこれでもかというくらいに豪華で明るいイルミネーションが飾り付けられて。店先のガラスにはハッピーだのメリーだのと書かれたスノースプレーの白い文字が踊り、そうでなくても派手な色合いの看板が立っていたし、サンタの赤白衣装を身に纏った店員さんが客を取り込もうと声をあげたりもしていた。
 ――この時期の街中は常に盛況だ。
 それは、人が多くなるから、というだけではなかった。
 それぞれが、家族やパートナーといった相手のために準備をしているからだった。その日に過ごす楽しい時間に胸を膨らませているからだった。
 その後にあるだろう大きな楽しみ、そこにある期待感が、街の空気をざわつかせているのだと強く思う。
 ああ、すばらしきかなクリスマス。
 思ったとおりの素敵な時間を過ごせている者は、それはもう幸せなひと時を味わっているのだろう。
 一方で、そうでない者も街中のどこかにはいるものだった。
 ――誰に隠すものでもない。自分のことだ。
 そして、それはここに居るこいつらも含まれる。
「リア充ほろびろおおおおお!」
「かんぱああああい!」
 街中にあるレンタルスペースの一部屋で、がちゃんとガラスがぶつかる音と、それを覆い隠すように野太い叫び声があがった。
 その後はもう混沌とした様子で異様な盛り上がりを見せた。
 ある者はみんなで持ち寄った料理をがっつき。ある者は酒をえらい勢いで飲み始めた。
 酒の勢いで上がるテンションと軽くなる口から出てくるのは仕事の愚痴から性の悩みまで様々だった。
 ただ、決して険悪な空気になることはなかった。
 ……全員、それなりに付き合いは長いからなぁ。
 楽しむための線引きくらいはできる程度に、理性は働く連中だということはよく知っていた。

 ――みんなが思い思いの楽しみ方で、宴会を楽しんでいる。
 ここに居るのは、カップルのイベントであるクリスマスイブを忘れてしまうくらいに盛り上がろうぜ、と発起人の言葉に乗った人間で。言うまでも無く、お相手の居ない独り者ばかりであった。
 ……この宴会もこれで何年目だろうなぁ。
 そんなことを思い返して、幸いにもここに来れなくなった人間のことを思い浮かべた。
 最初に比べれば、やはりここに来る人間の数は減った。
 参加している連中の口からは、今年になって来なくなった奴の名前もちらほら漏れていた。
 ――羨ましいのだ。
 少なくとも俺は、そんな連中のことが羨ましかった。俺もいつになったらこの集まりを卒業できるやらと、そんなことを考えていた。
 これはこれで楽しいけれど、カップルと楽しむ夜というのも別な意味で楽しいはずだからだった。
「…………」
 なんとはなしに、時計を見る。
 時計の針は、もう少しで九時を指そうとしているところだった。
「あいつも今頃しっぽりやってんのかねぇ」
 呟きを拾ったのか、近くに居た一人が横合いから肩をがっと抱いて近寄ってきた。
 息が酒くせえよばぁか、と言ってやると、そいつは当たり前だろと応じた後でこう言った。
「俺らもこれ終わったら風呂にでも行くか?」
 随分と婉曲な表現を使うもんだ。そう思った後で、肩を竦めた。
「金がねえよ。奢ってくれるなら行ってもいいけどよ」
 そいつはこちらの言葉を鼻で笑い飛ばして離れると、肩を思ったより強めに殴ってきた。そしてこう続けた。
「パチンコで今日負けたから無理だな。俺もすっからかんだ。
 ――おいそこ! 吐くならトイレまで這ってでも行ってからやれ!
 汚したら面倒なんだから。いい大人だろてめえ!」
「強く叩きすぎだよアホ。いてえじゃねーの」
 言って、相手の肩を軽く小突いた。
「酔ってんだ、多少は多めに見ろ」
「だからこの程度で済ましてる」
「そりゃありがとよ。
 ……お前は相変わらず飲まねえなぁ」
「飲んでないわけじゃねえよ。
 飲んでもあんまり酔えないから、料理を楽しんでんの、俺は」
 よっと立ち上がって、テーブルの上にある大鍋からビーフシチューをよそった。
 自分で頼んでデリバリーをしてもらったやつだったが、あまり捌けがよくないようだ。量が減っていなかった。
 ……まぁ、周りは食べ物より酒な連中が多いから仕方が無いか。
「シチューかよ。俺らにゃ似合わねえな」
「そうか?
 クリスマスでパーティーみたいなことをするなら、あってもいい料理だと思うがね」
 ビーフシチューを口に運ぶ。
 ――うん、初めて使うところだが、味は悪くない。
 他のやつらももっと食べればいいのに。
「まぁ酒が捌ければ、後は飯だ。その内捌けるだろ」
「そうかもな」
 料理は全員が一品ずつ持ち寄る形で用意されていた。
 あんまり気にすることでもないが――なんとなく、自分の用意したものが残っていると気分がよくないものである。なんだか負けたような気がするからだろうか。何にというわけでもないのだが。
 そこまで考えて、他の連中も案外そうなのかもしれないと思い至った。
 毎年、終わり際になってみれば料理が残っていた試しがなかったからだった。
 そして、料理がきちんと捌ける理由がみみっちい意地やプライドだとすると、なんだか悲しくなってくる自分がいたりして。
 ……なんでこんなことをしてるってのに、変なところで意地の張り合いやってんだ俺らは。
 あほくせえ、とうんざりした気分を吐き出すために溜息を吐いた後で、近くの奴に声をかけた。
「おい、そっちの酒とってくれ。
 ――違う、もっと奥の強いやつだよ。そう、それ」
「急にどうした。珍しいな、お前がこんなの飲むなんて」
「そんな気分になったんだよ。急にな。たまにはいいだろ」
「飲み比べでもするかぁ?」
「やらねえよ。トイレの世話になりたくないしな。
 酒は飲んでも呑まれるなってやつだ。何にでも節度ってもんはあるわな」
「その通りだな。んじゃ、折角だし」
 なんだよ、と思って視線をやれば、相手は自分のコップを軽くかかげて揺らしていた。
 意図を察して、俺も手に持ったコップを近づけた。
「「独り身万歳」」
 なんとはなしに言った言葉が同じ内容だったことに、同時にぷっと吹き出した後で、コップをがちんと音を立てるようにぶつけて乾杯した。
 乾杯した後で、相手は席を立って別な奴に絡みに行った。
 その後姿を視線で追いながら、夜はまだまだこれからだと、そう思って、コップの中身を一気にあおったのだった。

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