恋ヶ淵

yukoji

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【-過去②- いつもの日常はいつだって形を変えていく】

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 西菜さんとの衝撃的な会合の後、俺は何をするでもなく自分の席に座り込み、西菜さんとの出来事をただただ考えていた。時折、イザベラさんが来る前の空気を堪能しようとしていたんだった! と、気付くことはあったがその気持ちも全て西菜さんの衝撃に持っていかれていた。
 『男の言うことは信用できない』西菜さんが言ったその言葉が、リストカットに繋がっているんだろうという検討は当然ながらついたものの、そもそも彼女の事を良く知らないので男に騙されたのか、それともひどい事をされたのか……。そんな考えが頭の中をグルングルン廻るだけで、妄想を超える想像をする事はとてもじゃないが出来なかった。
 そして俺は、彼女に何が出来るんだろうとも考えていた。が、解決の糸口が見えるはずもなく、そのうちに一人、また一人と教室にクラスメイトが入って来て「おっめずらし~じゃん恋ヶ淵こいがぶち~」と声を掛けられるも軽く挨拶をする程度。人が増えてきて考え事が出来ないと判断した俺は、台本を考える時に良く行く自分だけの秘密基地へ向かった。屋上に続く階段のドアの前の踊り場。ここなら何かアイデアが出るかもしれない。
 が、そこで考えて生まれたものは、台本に出てくるような不幸な少女のストーリーだった。結局ここだと芝居の事しか考えられねぇのか、と人間としての欠落性を若干感じながら教室に戻った。
 まだ西菜さんは戻ってきていない。そして、イザベラさんも登校して来ていなかった。どうしたもんかなぁとモンモンとして席に着き、両瞼を閉じ顎に手を乗せて再び考え込む。すると、聞きなれた声が話しかけてきた。
 「ユーマおっす~ってあれ? ご機嫌斜めですかこの野郎~朝からそんな顔してたら一日がつまらなくなるぞ」
 俺は朝からとんでもない出来事に遭遇しているんだよ道山みちやまくん。
 「別にご機嫌斜めでもなんでもねーよ」
 「おうおうおうユーマ何があったんよ俺に話してみーや」
 学校で一番の仲良しはこの道山貴史みちやまたかしだが、野球バカだし、そんでもって西菜さんにとって朝の事は誰にも知られたくないだろうからとても話せそうにない。
 「いんやなんでもねー。俺そんな辛気くせぇー顔してた?」
 「しまくりんぐのイカリングよ~ユーマちゃん。また美人お姉さまになんか言われた~? なぁ、なんて罵られた? なんて罵られた?」と道山は目を輝かせた。
 「あのな、何回も言ってるけど女の姉弟なんてうざいだけだからな」
 「またまた~。で、何があったんよ?」
 「いんや別に。昨日興奮しすぎてあんまり寝れなかったからちょっと疲れてんじゃねぇかな」
 「あ~! イザベラちゃんね!」
 と、ほどほどにデカい声で話した坊主頭が後ろから伸びてきた手にパッカーンと叩かれた。
 「そんな大きな声で話さない」
 「お~朱凛しゅり~! お前来るのおっせ~よ!」
 「だから先に行って貰ってたんでしょ。とにかく貴史、そんな無神経に大きな声をださないの」
 「そんなにデカかった?」
 「「でけぇよ」「大きかったわよ」」
 すまん。と、道山は頭を下げた。「イザベラさんがいない時にイザベラさんの話を誰かに聞かれちゃったらしたらユーマくん困るもんね」と小声で成瀬なるせは言った。
 「おい道山」
 「おう」
 「おう。じゃねぇよ、お前もう成瀬に昨日の事話したのか」
 「俺と朱凛しゅりの間に秘密はないからな」と、道山は成瀬に向かって親指をグッと立ててニカッと満面の笑みを見せた。成瀬もそれに応えるようににっこりと笑う。いや、おい成瀬よ、そこはにっこり笑うお前の気持ちも分かるが少しは彼氏の事を非難しようぜ。いとも簡単に俺の秘密を話してんだから。
 「ユーマくん、わたしも応援してるから何かあったらいつでも相談してね」
 「もちろん俺にもな」
 「そりゃまぁ有り難いけどよ、成瀬以外に話すなよ」
 「おうよ」と、しつこく親指を立てた道山は、成瀬とそれぞれ自分の席に向かって行った。
 う~ん。イザベラさんの事についてはそりゃありがたいけれど、西菜さんの事についてはやっぱり話さない方が良いだろう。さっきみたいにでかい声で話したりはしないだろうけど、やっぱりかなりデリケートな問題だよなぁと、考えているとイザベラさんがホームステイ先のクラスメイト、津木つきさんと一緒に登校してきた。するとクラスの女子が次々とイザベラさんの周りを取り囲み、なにやら話し掛けていた。さすが交換留学生、そして俺の未来の嫁。やはり人気者だな。うむうむ。あっ、おいそこのお前、藤木てめーこの野郎俺の許可なくイザベラさんに話掛けてんじゃねーぞ。と、思いつつ。あくまで気持ちを表さないようにそれとなく、それとな~くチラチラとイザベラさんを眺めていると、視線の端に移った道山が俺とイザベラさん、それと藤木とを交互に見やって首をクイクイやっている。いや、あのな道山、だから俺はお前のそういうところの無神経さはどうかと思うぞマジで。割とマジで。

  ☆★☆★

 「イザベラさんがいるからって変な事をするな」と、朝のホームルーム後に道山を隣の空き教室に呼び出して話した俺だったが、道山はその言葉に対し「ユーマ、そういう他人の冷やかしが二人を盛り上げるんじゃねーのか?」と対面から俺の両肩掴み、真剣な表情で返してきやがった。やっぱちょっとおかしいよな。と、思わせるには十分な意味不明具合だった。良かれと思ってやってくれるのは嬉しいけれど、とりあえずイザベラさんとの事は放っておいてくれと伝えておいた。
 その後はこれといったこともなく時間が過ぎた。いつもと違う事と言えば、俺が体力回復の為に居眠りを多くしていたぐらいだ。しかしまぁ、寝ても覚めても西菜さんの事が頭から離れる事はなかった。授業中もちょこちょこと、出来るだけ他の人にバレないように西菜さんの様子を伺っていたが西菜さんと目が合うような事もなく、また、休み時間の後に手首に包帯を巻いている……! みたいなこともなかった。イザベラさんは左三列目の一番後ろの席なので授業中に見ることは出来なかったが、休み時間に道山と話しながらそれとなくガン見していた。
 六時間目のチャイムが鳴り、時間の拘束から解放された囚人みたいな賑わいの中でも西菜さんに変わった様子は無かった。平然とした様子で身支度をし、彼女はすぐに教室を出て行った。ちゃんとした解決になっていないことはもちろん分かってはいたが、とりあえず学校ではもう大丈夫だろうと安堵した。
 西菜さんを見送った俺は完全に意識をスイッチさせた。俺だって本当はあの藤木のようにイザベラさんに話し掛けに行きたかった……! あぁ! 話しかけに行きたかったさ! だけど西菜さんとの朝の件が頭に残りまくっていた事、それに加え寝たり起きたりで頭がぽわぽわしていたのでイザベラさんにコンタクトを取ることをやめていた! なぜなら……。イザベラさんに対するベストなファーストインプレッションを担保し、放課後の約束された時間に全てを賭けていたからだ!

 教室を出て、校舎を出て、新しくも古くもない安いプレハブのような屋根のある渡り廊下をまっすぐ進み、体育館との九十度の分かれ道を右に進行。そこからちょっと行くとコンクリートの道と屋根はなくなって、その先は旧校舎である文芸棟。
 「久し振りに来たな」と思わず口に出た。
 文芸棟に入る。木造校舎特有の湿り気の中に感じる独特の懐かしさ、冷ややかで嫌みのない古木の匂い。相も変わらず創作意欲が掻き立てられる。演劇部に向かう途中の階段踊り場の窓から見える背の高い大きな木々。それが風に吹かれ緑の香りを運んでくる。あぁ。この感じ。色々と思い出す。やべぇ爽やかだ。イザベラさんとここで時間を共にするなんてマジで最高だな。などと考え、二階一番奥の教室、演劇部の前まで歩く。
 ガラガラガラと演劇部の引き戸を開けると、教室前方に一年生と思われる女の子が三人と男の子が二人。それぞれ手にプリントを持ち座っていた。その半円の対面に座っているのは……真珠まじゅだ。黒木真珠くろきまじゅ。同じようにプリントを持ち、相変わらずのポニーテール。
 真珠も一年生達も、扉の開いた音で俺の方を見た。真珠はそのパッチリとした切れ目の二重で一瞬こちらを見て、そのまま黒髪ポニーテールを揺らし再びプリントに視線を戻した。そして……。プリントを読み始めた。
 「おい真珠っ」と、俺が話掛けてもそのまま無視して話を進めている真珠。
 その不自然さに動揺したのか、一年生たちは俺と真珠とをしかめっ面で交互に見ている。
 「こんにちは」
 と、俺が出来る最大限の初対面の人用挨拶を一年生たちに投げかけたが、明らかに様子のおかしい真珠の様子を伺っているからか返事は返ってこなかった。
 「おい真珠」
 「だから、良いみんな? 今後の練習については……」「お前の説明はきっと誰の耳にも入ってねーぞ」
 「チッ」とあからさまな舌打ちをして、ようやく真珠は俺の方を向いた。
 「何しに来たの」
 と、投げ捨てるように言い放つと真珠は立ち上がり、細めた目で俺を見詰めながらこちらに歩いてきた。
 「部活をしに来た」と、俺は努めてにこやかに言った。
 「今更何言ってんの?」
 「だって俺演劇部じゃん」
 一年生たちは驚いているようだった。
 「ふざけんな」と、仁王立ちした真珠が腕を組む。「あんた二年生になってからも全然部活に来なかったじゃない」
 「だから俺はあの時一回休むって言ったじゃん。全部出しきってすっからかんになっちまったって」
 「だからって新入生歓迎会でも全く手を貸さないで、夏の大会だって手伝いにも来なかったじゃない。大体ね、あんたが台本を書いてくれないから私たちは既存の台本使ってやったのよ? しかも予選敗退したし。っていうかよくノコノコとここに来れたわね。あんたどういう神経してんのよ?」
 やべーこれ真珠さんうまく扱わないとこの後にキレる。と、長年の付き合いから俺は分かっていた。
 「ってゆーか先輩たちが引退した後の演劇部は私と、あんたと、風間くんしかなかったのによくもまー『すっからかんになった』とかそんな理由で出て行ってあたしたちのこと完全に放置できたもんよね?」
 「ごめんって真珠。それはホントごめん悪かった。だけどマジであの時全部すっからかんになって演劇から一回離れなきゃってなったんだよ。ホントすまん。マジごめん」と、俺は頭を下げた。
 「はぁ……、で、あんた何しにここに来たのよ」
 「芝居」
 「ほんとなの?」
 「あぁ、マジだって。ところで風間くんは?」
 「話し変えんな。風間くんは、辞めたよ」
 「うっそなんで!?」
 「夏の大会まではいたんだけどね。受験勉強に専念するからって」
 「受験準備はやっ!」
 「あんたマジで私がどれだけ大変な目にあったと思ってんの?」
 「だから悪かったって、ごめんって。だけど俺が消えたから真珠は新歓のあの一人舞台が出来たんじゃん? あの舞台ヤバかったって。真珠マジすげーなって本気で思ったから。ねっ、みんな、真珠の一人芝居凄かったよね?」と、座ったまま置いてけぼりになっている一年生に話掛けると皆一様に目を輝かせ「良かったです」「サイコーした」「感動しました」「真珠先輩の一人芝居を見たからここにいるっす」等と賛辞を述べた。それを聞いて真珠はそれまでと打って変わって頬を赤らめ、視線を右斜め下に落した。俺、ナイスチョイス。
 「ほら、良かったじゃん」
 「うっ、うるさい! とにかく本当に大変だったんだから!」
 変わってるようであまり変わっていない真珠に懐かしさを覚えたが……あれだ。つまり真珠はめっちゃくちゃ大変だったのか。
 「本当にごめん。けど休みは必要だったんだ。まぁ、その、とにかくごめんなさい」と、俺はもう一度頭を下げた。
 「今更謝られたって遅いんだけどな~」
 真珠はいじわるをするように言った。
 「本当に悪かったって。でもほら、夏の大会も頑張ってたっしょ? 俺は尚高しょうこうじゃなくてうちのが全然良かったって思ったよ」
 「そりゃねぇ~……って、あんた観に来てたの!?」
 「いや俺演劇部員だし、そこは行くだろ」
 「なんなのよ全く……」
 と、真珠が言うとそこで会話は終わり部室内は野球部のランニングの掛け声と、吹奏楽部のぷぉーという音に包まれた。するとそれまで座って話を聞いていたおかっぱ頭の女の子が唐突に挙手をし口を開いた。
 「あの~真珠せんぱ~い、ちょっといいですか?」
 「どうしたのさっちゃん?」
 「あの~その~、ぶっちゃけ……その先輩は真珠先輩の彼氏ですか?」
 「違うけど?」と、真珠は秒で返した。期待外れの答えだったのか、さっちゃんは「そうなんですか~」とちょっと残念そうに言った。そうだよな。女の子だもんな。そういう色恋沙汰大好きだよな。だけどさっちゃん、君はいきなりぶっこんだ質問をしてくるな。と思いつつ、「真珠と俺はただ付き合いが長いだけだよ」と俺も返した。
 「どれくらいですか?」とさっちゃん。
 「こいつとは中学校から一緒に芝居をやってるの。とにかく、ユーマあんたこれからはちゃんと部活に出てくるんでしょうね」
 「休部する前に休んだことなんてなかっただだろ?」
 「そうね……。だけど一つだけ条件がある」
 「何?」
 「もうその気まぐれみたいなのは絶対に無しにして。高校演劇が出来るのはあと一年を切っちゃってるから本気で、本当の本気で活動に取り組んで」
 「わかった」
 「あともう一つ」
 「ふたつじゃねえ」「最高の台本を書いて」と、真珠はきっぱりと言い切った。
  そうそうこの感じ。芝居に対する真珠のこの感じ。ゾクゾクしてきた。
 「わかった」
 真珠は俺の答えを自分に落とし込むように一つ間を置いた。
 「よしっ! そーしたらみんな、これからこの先輩が部活に復帰する事になったことだし、自己紹介でもしようかっ」とその時、コンコンッと開きっぱなしになっていた引き戸を叩く音がした。
 そこには「こんにちは~」と挨拶をする津木さんと、津木さんの肩を弱弱しく掴み、覗き込むようにこちらを見ているイザベラさんの顔があった。
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