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【-過去⑥- 思っているより簡単な事と難しい事の境目は最初の準備で決まる】
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姉貴との話を聞いて、そして西菜さんの事を考えて、とにかく俺は西菜さんの事をよく見て、信用して貰う事、心を開いて貰う事が一番大切だと考えた。西菜さんはどういう人で、何をすればいいのか。そして、姉貴の言うように俺がマイナスの方向に引っ張られないようにするのはどうすれば良いのか。そういう事に着目して頑張って行かなければと思った。
西菜さんの気持ちを知るためには西菜さんについて想像をする、西菜さんの気持ちになって考える為の『彼女に対する知識』が必要だと思ったので、まずは西菜さんのツイッターをくまなく見た。
ツイッターを始めていたのは高校生からだと分かった。入学してから間もなく『にしな』のアカウントを使い始めて、『ナナナ。』のアカウンントを使い始めたのは去年の冬ごろからだった。
『にしな』のアカウントは最初は普通な感じだった。そして驚いたことに、同じ制服を着た女の子と写っている写真があった。つまり去年のクラスでは友達がいて、写真を撮ってツイートするくらい仲の良い人がいたのだ。西菜さんは一年生の時、学校でもその女の子と話をしていたはず。その女の子に話を聞けば、西菜さんについての事が少しは分かると思った。しかし、そのぽっちゃりした女の子を学校で探しても見つからず、俺は去年西菜さんと同じクラスだった男子にその友達の写真を見せて話を聞いてみた。すると、「その子はたしか一学期が終わったら転校してたよ」という情報と「西菜さんと話していたかもしれないけどあまり覚えていない。っていうか西菜さんは本を読んでいた印象しかない」という話に落ち着いてしまった。
その女の子が転校してしまって何かあったのかとも思ったが、それより写真を撮ってツイートするぐらいの仲の良さがあるのに、その友達が転校した事に対しての反応がツイッターでないのが気になった。
去年の夏以降、『にしな』のアカウントで自分で描いたであろう絵の投稿が増えていった。最初は公園の風景画のようなものが多かった。そしてその内に、デフォルメされた人間の絵が多くなり。その絵は段々と陰鬱なものが増えていく。そのタイミングで『ナナナ。』のアカウントを使っていくようになっている。つまり、冬。去年の冬くらいに西菜さんの何かが変わったのであろう事が伺えた。そして、『ナナナ。』のアカウントでは陰鬱な絵以外でも死にたい。消えたい。信用できない。段々とそういうツイートが増える。正直見るのがツラかった。そんなネガティブな言葉を、そんなにネガティブな感情に支配され続けている状態を。もちろん俺だって感情の浮き沈みはあるけれど、ここまで暗い時期が続いている人がいるという事にショックを受けた。そしてツイッターの検索でも『メンヘラ』という言葉で探してみた。検索をして驚いた事は、そういった人が意外と多くいるという事実だった。そしてその中には男もいた。実際にリストカットをしている人もいて、その人達はなぜかその写真をとって投稿していた。痛々しくて心が痛んだ。そして、ハッシュタグをつけてそういう人と繋がりたい、などと書いている人も多かった。
寂しいのか。調べていて一番に思ったのはそういう感情だった。寂しいから繋がりたいと思うのは理解できた。だけど、そもそもインターネットの繋がりというものがよく分からないのでそんなものがあってどうするのだろうとも思った。また考える。あぁ。そういう繋がりでも良いから何かしら人との関係性を持っておきたいのかと気付く。そして、そういう人達は日常生活できっと上手くコミュニケーションを取れないのかもしれないと推測した。
その人たちが抱く寂しさとは何だろうと考える。それは恐らく理解して貰えない。理解し合う人がいないというところから来るものなんじゃないかと思った。学校で友達がいないように見える西菜さんだ。そういった『自分を出せる人』がいないんじゃないか。だからインターネットに助けを求める。もちろん、昔からの友達とかそういう人がいて、その人たちの前では普通にしているのかもしれないけれど。
ツイッターを見ていて『メンヘラ』と検索して出てくる人たちの中には二つの種類があると気付いた。自分から積極的に陰鬱な事を発信し、人と接触を取ろうとしている人。そういう人たちは大体自分の写真もアップしている。そして見たところ男も女も顔が悪いという事ではなく、どちらかと言えば整っているように見えた。チヤホヤされるために『メンヘラ』というワードを使っているように感じ取れた。そしてあともう一つのグループ。そちらもそういった発信はするけれど、自分の顔写真とか個人情報に繋がりそうな事をあまり出さないで、人との接触をとっているように見えない人。西菜さんは後者だった。
とりあえず西菜さんのような人達の事を少し知れた気がした。現状の自分に対して寂しさを持っていたり、自分は自分でいいと思うような自己肯定感、自分に対する自信みたいなものがない人達なんじゃないかと思った。だから俺は西菜さんに心を開いて貰う事ももちろんだが、西菜さん自身に、自分に対する自信を持てるようになって貰うのが良いんではないかと思った。
西菜さんに対する俺の考え、姿勢は決まったものの、それをどうやって実行するのかが難しかった。心を開いて貰うために何をすればいいのか。その為に今の俺が出来る事は何か。考えても埒が明かない。わからない。だけど何か行動をしないと何も変わらない。そう思った俺は西菜さんにやっぱり話し掛ける事にしようと決めた。また冷たい態度を取られても、姉貴の言うようにそれは西菜さんが俺の事を試しているだけだ。と、出来るだけ肯定的に、前向きに考えられるようにしようと思った。
そして俺はその考えを実行に移した。
あまり頻繁に話掛けに行き過ぎると本気で嫌がられてしまうかもしれないので、西菜さんの様子を伺いながら、そしてあまり西菜さんに負担のかからないようにと考えながら話掛けに行った。
朝、「おはよう」ととりあえず声を掛けに行く。西菜さんは本を読んでいて、俺を無視する。少しの間返答を待つが俺を見る事もしない。そうなるといくら覚悟を決めていてもやっぱり残念な気持ちにはなってしまうもので、その日のうちに西菜さんに再び話し掛ける事はしない。そして少なくともその日一日はあまりその事について考えない。そして、次の日にまた話しかける事は俺の心に負担が来ると思ったので、必ず一日空けてから話し掛けるようにした。
西菜さんに対しての方針は決まっているので無視をされても『やっぱりまたこうなったか』と、段々と考えられるようになっていた。そのうちに気付いた大事な事が一つあった。『本気で期待をしなければ俺もそんなに嫌な気持ちにならない』という事だ。西菜さんに何で話し掛けているのかと言えば、『心配している』と彼女に伝えた事、そして西菜さんについて考えて、心を開いて欲しいと思うようになったから。しかし心を開くタイミングは西菜さんが決める事で、俺が決める事ではない。つまり、いつどうなるかはわからない。だったら俺は西菜さんがそうなってくれる事を心の中で持ちながら、そのタイミングについては西菜さんに任せようと思った。こちらでいつまでにこうなって欲しいとか、こうなりたいとか、そういった事を期待しないだけで、無視をされても俺の感情はそんなに動かなくなっていた。
そして、西菜さんに無視をされた後は『西菜さんの事を一旦置いといて』他の事を考えられるようになっていた。イビーを見るとやっぱり心が安らいだし、部活に参加しているうちにどんどん仲良くなったので、西菜さんの事がありつつも学校生活が前よりも楽しくなってきていた。イビーの学校ではどんなことが普通なのかとか、ニュージーランドでの芝居っていうのはどういう感じなのかとか。そういった事を色々話して、イビーとコミュニケーションを取っていくうちに台本の案も固まっていった。
日本に強い憧れを持つ海外在住の女の子。趣味は日本関係のネットサーフィン。ある日、そんな彼女宛に郵便が届き、日本の高校に期間限定で通学出来る特別な権利が与えられた。その条件をクリアするとなんと一週間だけ日本人になれると書いてある。彼女はなんとか日本に行って、憧れていた日本の生活を手にするが約束の一週間が経ってしまい……。
「みたいな流れで最後はまだ微妙なんだけど、その女の子は日本人になるか自分の国に戻るかで選択を迫られる感じにしようかと思ってる」
「その条件っていうのは過去の自分を捨てるとかそんな感じ?」と真珠は言った。
「そんな感じ。あとは、その少女は日本人になったって思ってんだけど、それはその魔法みたいなので錯覚させられてるだけで……とか、まだオチは決まってないけどうねりのある話にはしたい」
「うーん」と真珠は考えて言った。「けどこれをやるんだったらイビーの日本語の負担がキツすぎない? 十二月までにそんな流暢に話せるようになるとは考えられないんだけど」
「そこなんだけど……。イビーと真珠って割と背格好似てると思うんだよね」
「そう?」
「顔のタイプとかも近いと思う。だから、日本人になっている時の少女を真珠がやって、外国人の時のパートはイビーにして……みたいに考えてんだけど」
「なるほど」と、真珠はまた考えた。
真珠がGOサインを出せばこれで書き始められる。毎度の事だが真珠に話をする時が一番緊張する。
「イビーにも訊いてみないとわからないけれど、見せ方とかを考えれば面白くなりそうな感じはする。あんた今これを書いてみたいんでしょ?」
「あぁ」
真珠は一拍置いて言った。
「おっけ。それじゃあこれで」
「おぉ! マジか!」
「うん。とりあえず書き始めて」
「りょーかいっ! んじゃとりあえずこれで行くわ!」
西菜さんの事は置いといて、学校生活自体は良好に回っていた。しかしそのうちに西菜さんにも変化が起こった。『ナナナ。』のアカウントで明らかに俺に対する悪口を書いているものが目立つようになってきた。
『しょっちゅう話掛けてきてマジうざい。死ね』
『アイツ頭オカシイだろ』
『無視してんだからそっちも無視しろよ』
『マジキモイ』
「コイツ本当に嫌な女だな」と姉貴は髪をかき上げて続けた「ユーマ、アンタ嫌じゃないの? ってかこんなこと言われてんだから別にこの女に関わらなくて良いって。私が腹立つわマジで」
姉貴の言うことは十分に理解出来ていた。
「いやそれがさ……自分でもびっくりしてんだけど、もうこういうの慣れちゃって。けどな姉貴、西菜さんは俺に対しての悪口は言ってるけど、そのお蔭かどうかは知らないけど『死にたい』とか『リスカしたいとか』そういう事は言わなくなってんだよね」
姉貴は口をへの字に曲げた。
「じゃあなに? あんたは前よりは良くなってるって思ってるわけ?」
「まぁね」
「はぁ……。知らないけどさぁ……。とりあえずあんた自身もこの女に引っ張られてるわけじゃなさそうだから良いっちゃ良いけど……。その女も言ってるけどアンタおかしいっちゃおかしいよマジで。マゾなの?」
「マゾなのかな? けどもう慣れちゃってるから問題ないし、台本が詰まってる時の方がよっぽどキツイかな」
「アンタの方が心配だわ」
「ハハ。けどさ、これも姉貴が前に言ったように俺を試してるんだったら全然耐えれるし、本当にヤバいって感じたら距離を取るよ。今んとこ西菜さんからヤバそうな印象は受けてないから」
「十分ヤバイと思うけどね」と、姉貴は大きな溜息をついた。
そんなこんなで西菜さんとは距離を置きつつ様子を見ていたんだが、ある日俺が話掛けた時に転機が起こった。
「夜庭の夢、おもしろいね」と、俺が言うと西菜さんは驚いた顔をして、そしてとうとう返事をしてくれた。
「読んだのか?」
「読んだよ。一昨日買ったんだけど面白かったから二日で読み終わった」
「そう」
「西菜さんはどの小説家が一番好きなの?」
「時代は?」
好きな小説家と訊いて時代を問われたのは初めてなんじゃないか。
「なんでも」
「アガサ・クリスティー、三島由紀夫、太宰治、谷崎潤一郎、川端康成、江戸川乱歩、あとは紫式部っていうか源氏物語。最近のだと恩田陸、村上春樹、舞城王太郎、宮部みゆき」
読んだことがない小説家が何人もいた。
「色々読むんだね」
「他にも読む。読んでる時は世界に入れるから」と、西菜さんはハッとした顔をした。そして俺から視線を外し、今度は下を向いて言った「お前もう学校では話しかけてくるな」
「なんで?」
「回りを見ろ」
と、俺は辺りを見渡した。何人かのクラスメイトがこちらを見ているのが伺えた。
「学校で目立つのは嫌だ」
「わかった。それじゃあツイッターでメッセージ送っていい?」
西菜さんは相変わらず下を向いていて、少しの間を置いた後に「分かった」と言った。
そこからは何もかもが順調だった。イビーも台本の案を気に入ってくれて、部員全員の賛同も得られたことで台本がどんどん進んでいった。そのうちにイビーと部活以外でも良く話すようになって、授業間の休憩中にイビーが台本の事で話し掛けに来てくれる事も多くなった。
「ユーマダイホンススンダ?」
「うん。昨日はイビーが日本に行くまでを書いたよ。それでねイビー」
「ナニ?」
「イビーの役が日本に来るまで一人で舞台にいる事になると思うから、俺の母さんに英語で話して貰った声とかを録音してさ、イビーのお母さん役として使おうと思ってて」
とにかく楽しかった。唯一の懸念である西菜さんの事も上手くいっているし、イビー、部活、充実した毎日を送っていた。
『お前マゾなのか』
『多分違うと思うけどw』
『そうか』
『西菜さんは自分で小説は書かないの?』
『疲れる。それに絵の方が好き』
『確かにいっぱい描いてるよね。絵はいつから始めたの?』
『小学生』
『キャンパスに描いたりする?』
『スケッチブックとかノート。日記にも絵を描いてる』
『おぉ!! 日記書くんだ! 俺も毎日書いてるよ! 忘れる時もあるけどw』
『そうか』
西菜さんの気持ちを知るためには西菜さんについて想像をする、西菜さんの気持ちになって考える為の『彼女に対する知識』が必要だと思ったので、まずは西菜さんのツイッターをくまなく見た。
ツイッターを始めていたのは高校生からだと分かった。入学してから間もなく『にしな』のアカウントを使い始めて、『ナナナ。』のアカウンントを使い始めたのは去年の冬ごろからだった。
『にしな』のアカウントは最初は普通な感じだった。そして驚いたことに、同じ制服を着た女の子と写っている写真があった。つまり去年のクラスでは友達がいて、写真を撮ってツイートするくらい仲の良い人がいたのだ。西菜さんは一年生の時、学校でもその女の子と話をしていたはず。その女の子に話を聞けば、西菜さんについての事が少しは分かると思った。しかし、そのぽっちゃりした女の子を学校で探しても見つからず、俺は去年西菜さんと同じクラスだった男子にその友達の写真を見せて話を聞いてみた。すると、「その子はたしか一学期が終わったら転校してたよ」という情報と「西菜さんと話していたかもしれないけどあまり覚えていない。っていうか西菜さんは本を読んでいた印象しかない」という話に落ち着いてしまった。
その女の子が転校してしまって何かあったのかとも思ったが、それより写真を撮ってツイートするぐらいの仲の良さがあるのに、その友達が転校した事に対しての反応がツイッターでないのが気になった。
去年の夏以降、『にしな』のアカウントで自分で描いたであろう絵の投稿が増えていった。最初は公園の風景画のようなものが多かった。そしてその内に、デフォルメされた人間の絵が多くなり。その絵は段々と陰鬱なものが増えていく。そのタイミングで『ナナナ。』のアカウントを使っていくようになっている。つまり、冬。去年の冬くらいに西菜さんの何かが変わったのであろう事が伺えた。そして、『ナナナ。』のアカウントでは陰鬱な絵以外でも死にたい。消えたい。信用できない。段々とそういうツイートが増える。正直見るのがツラかった。そんなネガティブな言葉を、そんなにネガティブな感情に支配され続けている状態を。もちろん俺だって感情の浮き沈みはあるけれど、ここまで暗い時期が続いている人がいるという事にショックを受けた。そしてツイッターの検索でも『メンヘラ』という言葉で探してみた。検索をして驚いた事は、そういった人が意外と多くいるという事実だった。そしてその中には男もいた。実際にリストカットをしている人もいて、その人達はなぜかその写真をとって投稿していた。痛々しくて心が痛んだ。そして、ハッシュタグをつけてそういう人と繋がりたい、などと書いている人も多かった。
寂しいのか。調べていて一番に思ったのはそういう感情だった。寂しいから繋がりたいと思うのは理解できた。だけど、そもそもインターネットの繋がりというものがよく分からないのでそんなものがあってどうするのだろうとも思った。また考える。あぁ。そういう繋がりでも良いから何かしら人との関係性を持っておきたいのかと気付く。そして、そういう人達は日常生活できっと上手くコミュニケーションを取れないのかもしれないと推測した。
その人たちが抱く寂しさとは何だろうと考える。それは恐らく理解して貰えない。理解し合う人がいないというところから来るものなんじゃないかと思った。学校で友達がいないように見える西菜さんだ。そういった『自分を出せる人』がいないんじゃないか。だからインターネットに助けを求める。もちろん、昔からの友達とかそういう人がいて、その人たちの前では普通にしているのかもしれないけれど。
ツイッターを見ていて『メンヘラ』と検索して出てくる人たちの中には二つの種類があると気付いた。自分から積極的に陰鬱な事を発信し、人と接触を取ろうとしている人。そういう人たちは大体自分の写真もアップしている。そして見たところ男も女も顔が悪いという事ではなく、どちらかと言えば整っているように見えた。チヤホヤされるために『メンヘラ』というワードを使っているように感じ取れた。そしてあともう一つのグループ。そちらもそういった発信はするけれど、自分の顔写真とか個人情報に繋がりそうな事をあまり出さないで、人との接触をとっているように見えない人。西菜さんは後者だった。
とりあえず西菜さんのような人達の事を少し知れた気がした。現状の自分に対して寂しさを持っていたり、自分は自分でいいと思うような自己肯定感、自分に対する自信みたいなものがない人達なんじゃないかと思った。だから俺は西菜さんに心を開いて貰う事ももちろんだが、西菜さん自身に、自分に対する自信を持てるようになって貰うのが良いんではないかと思った。
西菜さんに対する俺の考え、姿勢は決まったものの、それをどうやって実行するのかが難しかった。心を開いて貰うために何をすればいいのか。その為に今の俺が出来る事は何か。考えても埒が明かない。わからない。だけど何か行動をしないと何も変わらない。そう思った俺は西菜さんにやっぱり話し掛ける事にしようと決めた。また冷たい態度を取られても、姉貴の言うようにそれは西菜さんが俺の事を試しているだけだ。と、出来るだけ肯定的に、前向きに考えられるようにしようと思った。
そして俺はその考えを実行に移した。
あまり頻繁に話掛けに行き過ぎると本気で嫌がられてしまうかもしれないので、西菜さんの様子を伺いながら、そしてあまり西菜さんに負担のかからないようにと考えながら話掛けに行った。
朝、「おはよう」ととりあえず声を掛けに行く。西菜さんは本を読んでいて、俺を無視する。少しの間返答を待つが俺を見る事もしない。そうなるといくら覚悟を決めていてもやっぱり残念な気持ちにはなってしまうもので、その日のうちに西菜さんに再び話し掛ける事はしない。そして少なくともその日一日はあまりその事について考えない。そして、次の日にまた話しかける事は俺の心に負担が来ると思ったので、必ず一日空けてから話し掛けるようにした。
西菜さんに対しての方針は決まっているので無視をされても『やっぱりまたこうなったか』と、段々と考えられるようになっていた。そのうちに気付いた大事な事が一つあった。『本気で期待をしなければ俺もそんなに嫌な気持ちにならない』という事だ。西菜さんに何で話し掛けているのかと言えば、『心配している』と彼女に伝えた事、そして西菜さんについて考えて、心を開いて欲しいと思うようになったから。しかし心を開くタイミングは西菜さんが決める事で、俺が決める事ではない。つまり、いつどうなるかはわからない。だったら俺は西菜さんがそうなってくれる事を心の中で持ちながら、そのタイミングについては西菜さんに任せようと思った。こちらでいつまでにこうなって欲しいとか、こうなりたいとか、そういった事を期待しないだけで、無視をされても俺の感情はそんなに動かなくなっていた。
そして、西菜さんに無視をされた後は『西菜さんの事を一旦置いといて』他の事を考えられるようになっていた。イビーを見るとやっぱり心が安らいだし、部活に参加しているうちにどんどん仲良くなったので、西菜さんの事がありつつも学校生活が前よりも楽しくなってきていた。イビーの学校ではどんなことが普通なのかとか、ニュージーランドでの芝居っていうのはどういう感じなのかとか。そういった事を色々話して、イビーとコミュニケーションを取っていくうちに台本の案も固まっていった。
日本に強い憧れを持つ海外在住の女の子。趣味は日本関係のネットサーフィン。ある日、そんな彼女宛に郵便が届き、日本の高校に期間限定で通学出来る特別な権利が与えられた。その条件をクリアするとなんと一週間だけ日本人になれると書いてある。彼女はなんとか日本に行って、憧れていた日本の生活を手にするが約束の一週間が経ってしまい……。
「みたいな流れで最後はまだ微妙なんだけど、その女の子は日本人になるか自分の国に戻るかで選択を迫られる感じにしようかと思ってる」
「その条件っていうのは過去の自分を捨てるとかそんな感じ?」と真珠は言った。
「そんな感じ。あとは、その少女は日本人になったって思ってんだけど、それはその魔法みたいなので錯覚させられてるだけで……とか、まだオチは決まってないけどうねりのある話にはしたい」
「うーん」と真珠は考えて言った。「けどこれをやるんだったらイビーの日本語の負担がキツすぎない? 十二月までにそんな流暢に話せるようになるとは考えられないんだけど」
「そこなんだけど……。イビーと真珠って割と背格好似てると思うんだよね」
「そう?」
「顔のタイプとかも近いと思う。だから、日本人になっている時の少女を真珠がやって、外国人の時のパートはイビーにして……みたいに考えてんだけど」
「なるほど」と、真珠はまた考えた。
真珠がGOサインを出せばこれで書き始められる。毎度の事だが真珠に話をする時が一番緊張する。
「イビーにも訊いてみないとわからないけれど、見せ方とかを考えれば面白くなりそうな感じはする。あんた今これを書いてみたいんでしょ?」
「あぁ」
真珠は一拍置いて言った。
「おっけ。それじゃあこれで」
「おぉ! マジか!」
「うん。とりあえず書き始めて」
「りょーかいっ! んじゃとりあえずこれで行くわ!」
西菜さんの事は置いといて、学校生活自体は良好に回っていた。しかしそのうちに西菜さんにも変化が起こった。『ナナナ。』のアカウントで明らかに俺に対する悪口を書いているものが目立つようになってきた。
『しょっちゅう話掛けてきてマジうざい。死ね』
『アイツ頭オカシイだろ』
『無視してんだからそっちも無視しろよ』
『マジキモイ』
「コイツ本当に嫌な女だな」と姉貴は髪をかき上げて続けた「ユーマ、アンタ嫌じゃないの? ってかこんなこと言われてんだから別にこの女に関わらなくて良いって。私が腹立つわマジで」
姉貴の言うことは十分に理解出来ていた。
「いやそれがさ……自分でもびっくりしてんだけど、もうこういうの慣れちゃって。けどな姉貴、西菜さんは俺に対しての悪口は言ってるけど、そのお蔭かどうかは知らないけど『死にたい』とか『リスカしたいとか』そういう事は言わなくなってんだよね」
姉貴は口をへの字に曲げた。
「じゃあなに? あんたは前よりは良くなってるって思ってるわけ?」
「まぁね」
「はぁ……。知らないけどさぁ……。とりあえずあんた自身もこの女に引っ張られてるわけじゃなさそうだから良いっちゃ良いけど……。その女も言ってるけどアンタおかしいっちゃおかしいよマジで。マゾなの?」
「マゾなのかな? けどもう慣れちゃってるから問題ないし、台本が詰まってる時の方がよっぽどキツイかな」
「アンタの方が心配だわ」
「ハハ。けどさ、これも姉貴が前に言ったように俺を試してるんだったら全然耐えれるし、本当にヤバいって感じたら距離を取るよ。今んとこ西菜さんからヤバそうな印象は受けてないから」
「十分ヤバイと思うけどね」と、姉貴は大きな溜息をついた。
そんなこんなで西菜さんとは距離を置きつつ様子を見ていたんだが、ある日俺が話掛けた時に転機が起こった。
「夜庭の夢、おもしろいね」と、俺が言うと西菜さんは驚いた顔をして、そしてとうとう返事をしてくれた。
「読んだのか?」
「読んだよ。一昨日買ったんだけど面白かったから二日で読み終わった」
「そう」
「西菜さんはどの小説家が一番好きなの?」
「時代は?」
好きな小説家と訊いて時代を問われたのは初めてなんじゃないか。
「なんでも」
「アガサ・クリスティー、三島由紀夫、太宰治、谷崎潤一郎、川端康成、江戸川乱歩、あとは紫式部っていうか源氏物語。最近のだと恩田陸、村上春樹、舞城王太郎、宮部みゆき」
読んだことがない小説家が何人もいた。
「色々読むんだね」
「他にも読む。読んでる時は世界に入れるから」と、西菜さんはハッとした顔をした。そして俺から視線を外し、今度は下を向いて言った「お前もう学校では話しかけてくるな」
「なんで?」
「回りを見ろ」
と、俺は辺りを見渡した。何人かのクラスメイトがこちらを見ているのが伺えた。
「学校で目立つのは嫌だ」
「わかった。それじゃあツイッターでメッセージ送っていい?」
西菜さんは相変わらず下を向いていて、少しの間を置いた後に「分かった」と言った。
そこからは何もかもが順調だった。イビーも台本の案を気に入ってくれて、部員全員の賛同も得られたことで台本がどんどん進んでいった。そのうちにイビーと部活以外でも良く話すようになって、授業間の休憩中にイビーが台本の事で話し掛けに来てくれる事も多くなった。
「ユーマダイホンススンダ?」
「うん。昨日はイビーが日本に行くまでを書いたよ。それでねイビー」
「ナニ?」
「イビーの役が日本に来るまで一人で舞台にいる事になると思うから、俺の母さんに英語で話して貰った声とかを録音してさ、イビーのお母さん役として使おうと思ってて」
とにかく楽しかった。唯一の懸念である西菜さんの事も上手くいっているし、イビー、部活、充実した毎日を送っていた。
『お前マゾなのか』
『多分違うと思うけどw』
『そうか』
『西菜さんは自分で小説は書かないの?』
『疲れる。それに絵の方が好き』
『確かにいっぱい描いてるよね。絵はいつから始めたの?』
『小学生』
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