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9話 S1 目覚めの刻
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私が今の”私”になったのは、2年ほど前のことだ。
それまでの私は、まるで夢の中にいるようだった。自分が何者なのか、どうしてここにいるのか分からなかった。
すべてがモヤに包まれ、言葉も風も、光さえもぼやけていた。
周囲の雑音を聞き、生きるために残飯を漁り、強者に虐げられていた。
そして、2年前のあの日、私は後ろから誰かに強く突き飛ばされた。何かを叫ぶ声が聞こえた気もしたが、反射的に腕を伸ばす暇もなく、私は顔面から地面に倒れ込み――石に頭を打ちつけた。
ガン、と骨の奥まで響く衝撃。瞬間、視界がぐにゃりと歪み、空と大地の境が曖昧になる。
そのはずだった。
けれど――
「……あれ?」
私は目を開けた。痛みは確かにあった。頭の奥がじんじんと痺れていた。でも、それよりも強烈だったのは、目の前の光景が、鮮明に現実味を帯びて見えたことだった。
まるで長い夢から覚めたような感覚。
岩肌の露出した地面。粗末な木の柵。穴倉のような住居。鼻を突く獣の臭いと、腐った水の匂い。
そして、こちらを見下ろして笑っている、異母兄弟の顔。
私は、そこで――はっきりと「思い出した」のだった。
日本。アスファルトの道。コンビニの明かり。スマホの画面。母の声。学生服。満員電車。都会の喧騒。友達。教室。卒業アルバム。風の匂い。
そして……交通事故の光景。
頭の中に、洪水のように「もう一人の私」の記憶――前世の記憶が流れ込んでくる。それまでのぼんやりとした感覚――この世界がどこか曖昧で、言葉も動きも遅れて伝わってくるようなあの不快な世界が、音を立てて崩れ去っていった。
これまでの私と今の私が混ざりあい“私”となった。
これまでぼんやりと見えていた世界が、色づき始め、目の前の兄の顔がはっきりと見える。そこにあった軽蔑の色も。いまにも私の頭を再び踏みつけようとする足の動きさえも。
「――ふざけないで」
口をついて出たその言葉は、今までの私が決して使わなかったはずのものだった。だが、それは確かに「私」の言葉だった。
兄が踏み下ろそうとした足を避け、私は身を翻す。そして、兄の腕を掴んで体を引き寄せると、自分の体ごと倒れ込むようにして巻き込んだ。柔らかくない地面が、私たちの重みを受け止めて衝撃を返してくる。
「うぎゃっ!?」
私の腕の中で、兄の関節が逆方向にねじれ、鈍い音が響いた。感覚で分かった。上手く極められた。私は兄の上に乗ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
目の前に、兄の顔。
怒鳴り声が出る前に、私はその顔を踏みつけた。
「ぐぶっ!」
一発。足をずらしてもう一発。
騒ぎに気づいた他の兄弟たちが駆け寄ってくるのが見えた。けれど、誰も私に手を出そうとはしない。なぜなら、私はもう皆が知る最下層の「虐げられる小娘」ではなかったからだ。弱肉強食。弱い者は強い者に食われるのが、ここのルールだ。
私の視線の先にいたのは、焚き火のそばに座っていた父。族長。だが彼はただ、愉快そうに笑っていた。
私は血のついた足を拭きもせず、その場を歩いて去った。
その瞬間から、「シャル」の過去は変わった。
そして――ワロンと出会うまでの過酷な2年が始まることになる。
それまでの私は、まるで夢の中にいるようだった。自分が何者なのか、どうしてここにいるのか分からなかった。
すべてがモヤに包まれ、言葉も風も、光さえもぼやけていた。
周囲の雑音を聞き、生きるために残飯を漁り、強者に虐げられていた。
そして、2年前のあの日、私は後ろから誰かに強く突き飛ばされた。何かを叫ぶ声が聞こえた気もしたが、反射的に腕を伸ばす暇もなく、私は顔面から地面に倒れ込み――石に頭を打ちつけた。
ガン、と骨の奥まで響く衝撃。瞬間、視界がぐにゃりと歪み、空と大地の境が曖昧になる。
そのはずだった。
けれど――
「……あれ?」
私は目を開けた。痛みは確かにあった。頭の奥がじんじんと痺れていた。でも、それよりも強烈だったのは、目の前の光景が、鮮明に現実味を帯びて見えたことだった。
まるで長い夢から覚めたような感覚。
岩肌の露出した地面。粗末な木の柵。穴倉のような住居。鼻を突く獣の臭いと、腐った水の匂い。
そして、こちらを見下ろして笑っている、異母兄弟の顔。
私は、そこで――はっきりと「思い出した」のだった。
日本。アスファルトの道。コンビニの明かり。スマホの画面。母の声。学生服。満員電車。都会の喧騒。友達。教室。卒業アルバム。風の匂い。
そして……交通事故の光景。
頭の中に、洪水のように「もう一人の私」の記憶――前世の記憶が流れ込んでくる。それまでのぼんやりとした感覚――この世界がどこか曖昧で、言葉も動きも遅れて伝わってくるようなあの不快な世界が、音を立てて崩れ去っていった。
これまでの私と今の私が混ざりあい“私”となった。
これまでぼんやりと見えていた世界が、色づき始め、目の前の兄の顔がはっきりと見える。そこにあった軽蔑の色も。いまにも私の頭を再び踏みつけようとする足の動きさえも。
「――ふざけないで」
口をついて出たその言葉は、今までの私が決して使わなかったはずのものだった。だが、それは確かに「私」の言葉だった。
兄が踏み下ろそうとした足を避け、私は身を翻す。そして、兄の腕を掴んで体を引き寄せると、自分の体ごと倒れ込むようにして巻き込んだ。柔らかくない地面が、私たちの重みを受け止めて衝撃を返してくる。
「うぎゃっ!?」
私の腕の中で、兄の関節が逆方向にねじれ、鈍い音が響いた。感覚で分かった。上手く極められた。私は兄の上に乗ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
目の前に、兄の顔。
怒鳴り声が出る前に、私はその顔を踏みつけた。
「ぐぶっ!」
一発。足をずらしてもう一発。
騒ぎに気づいた他の兄弟たちが駆け寄ってくるのが見えた。けれど、誰も私に手を出そうとはしない。なぜなら、私はもう皆が知る最下層の「虐げられる小娘」ではなかったからだ。弱肉強食。弱い者は強い者に食われるのが、ここのルールだ。
私の視線の先にいたのは、焚き火のそばに座っていた父。族長。だが彼はただ、愉快そうに笑っていた。
私は血のついた足を拭きもせず、その場を歩いて去った。
その瞬間から、「シャル」の過去は変わった。
そして――ワロンと出会うまでの過酷な2年が始まることになる。
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