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第2部
13 | ドラゴンの仔 - セルシウス①
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時空の割れる音がした。裂け目から圧縮されたエネルギー体がペンタクルへ一直線に落ちる。
「大丈夫かっ」
駆け寄るとベルスタは放心したまま、「俺、生きてます?」と言った。
「ああ、よくやった!」
水晶は赤錆びたような色の卵に変わり果てていた。
「成功ですか? これが…ドラゴンの卵?」
ベルスタはその場にへたりこむ。
「そのようだ」
「あ、これ、ヒビが…!」
「お!」
鶏のヒナが孵るように、卵にヒビが入ったかと思うと殻に穴が空いた。鶏のヒナと違うのは穴からのぞくのがくちばしではなく小さな鉤爪だということだ。
「シュ、シュルッセル様! まずいです!」
「問題ない、あと私はセルシウスだ」
「今そんなことどうでもいいです」
混乱している羊飼いの手の中で卵の殻はぽろぽろと崩れていく。キュウキュウと微かな声が聞こえ、とうとう珍妙な頭が出た。二本の黒い角が生え、赤錆色の鱗をもつドラゴンの仔。
「キュ」
魔導書には意思の疎通がとれると書かれてあったが、成長するまでは無理だろうか。
「孵ってしまいました…」
「見ろ、小さな翼があるぞ」
「これから一体どうすれば…」
「欠伸をしている、牙まで小さい」
「そんなことどうでも、って、熱ッ」
小さな口から炎が出た。ドラゴンの仔もまさか自分の口から炎が出るとは思っていなかったようで、気まずそうにすぐに口を閉じる。ベルスタを見て、私を見て、もう一度ベルスタを見る。状況の把握をしようとしているのかもしれない。
「ドラゴン殿、私はラザフォード家の者です。貴方を召喚したのはこの地の羊飼い、怪しい者ではございませんのでご安心ください」
「キュキュ」
「会話、成り立っているんですか」
「さあな」
◇◇◇
山小屋へ戻ると羊たちが怯えて騒いでいた。圧倒的な力の気配を察知しているのだ。羊でさえ分かるのだから、これはまずいかもしれない。
「ベルスタ、ドラゴン殿に名前をつけろ」
名前で縛っておけばいざというときに役に立つ。
「お、俺ですか?」
「うむ」
ベルスタはドラゴンの仔を抱き上げ、しげしげと見る。
幼い頃、絵本で見たドラゴンは巨大で禍々しく描かれていた。しかし今、ベルスタの手の中におさまっているドラゴンはおとなしいものだ。見た目こそ絵本と同じではあるが邪気は感じない。
小さくても角も鉤爪も牙も鋭いから、もし暴れられたら無傷では済まないだろうが、きょろきょろと辺りを見回す瞳に陰りはない。生れながらにして凶悪というわけではなくて安心する。
あとは羊たちが怯えている力を抑えることができれば山小屋で飼えるかもしれない、と考えていると、「決めました」とベルスタが言った。
「ノクト、にします」
「召喚の呪文か」
「だめでしょうか、古代語のほうが似合うと思ったのですが」
「ドラゴン殿に聞いてみろ」
「お名前、ノクトではどうですか?」
ドラゴンの仔は翼をバタつかせベルスタの手から離れると空中で一回転をした。
「了解したということですかね」
「たぶんな」
「…ノクト」
「キュ」
ベルスタが呼ぶとドラゴンの仔はまたその手に戻る。羊飼いは真顔で、「かわいいかもしれません」と言う。
「犬だって名前を呼べば来るだろう」
「ケルビンは来ますがセルシウスは来ませんよ」
身に覚えがある。
「気をつけよう」
「ち、違います、セルシウスっていうのは牧羊犬のほうです」
「分かっている」
「…呼び方ですが、牧羊犬と同じというのはやめませんか」
もっと気安く接してほしいだけなのだ。私がシュルッセルのままでは身分だなんだとベルスタは遠慮ばかりしている。
「私のことは犬だと思ってもらって構わない、敬称も敬語も不要だ」
「無茶ですよ」
「声は同じだろう」
「それはそうですが、人間と犬じゃ大違いです」
「そのうち慣れる、問題ない」
ベルスタが拒否を訴えてくる前に、「ドラゴン殿の名前が決まったところで」と話題を変えた。
「放出されている力を抑えたいのだが…どうかなノクト。羊たちが怯えているんだ、自力で制御できないだろうか」
ノクトはトカゲのように目蓋を下からあげて目を細めた。考え中といったところか。
意思の疎通がはかれるところをみると魔導書の記述は正しそうだ。
「キュウ」
霧が晴れるように重厚な力の気配が消えていく。
「言葉を理解しているんですね」
「迂闊なことは言えないな」
ベルスタは膝の上のドラゴンを撫でる。ノクトは控えめに欠伸をすると目蓋を閉じてしまった。
「この仔の寝床を作らないといけませんね」
「敬語はいい」
「…ねどこを、つくらないと、な」
「その調子で頼む。今日はベルスタも疲れただろう、召喚がうまくいってよかったよ。ゆっくり休んでくれ」
私もただの牧羊犬に戻ってごろごろしたい。ここ数日、魔導書の解読で久しぶりに頭を使った気がする。
「帰るんですか? あ。帰る、のか?」
「引き止めてくれるならいるが」
敬語を使えないからか、引き止めるのが気がひけるのか、ベルスタは開きかけた口を一度つぐむ。それから決意したように、「セルシウスも」と続けた。
「お疲れ。今日は突然呼び出したのに来てくれて、ありがとう」
立ち上がり、座ったままのベルスタの側へ移動する。腰を屈めてその額にくちびるをつけた。
「引き止めてもらえるのかと思ったのに」
「俺にはそんな権利…」
「あるさ」
顎を持ち上げ、くちびるを軽く重ねた。次はもう少し深く口づけしようと顔を近づけると視線を感じた。
「大丈夫かっ」
駆け寄るとベルスタは放心したまま、「俺、生きてます?」と言った。
「ああ、よくやった!」
水晶は赤錆びたような色の卵に変わり果てていた。
「成功ですか? これが…ドラゴンの卵?」
ベルスタはその場にへたりこむ。
「そのようだ」
「あ、これ、ヒビが…!」
「お!」
鶏のヒナが孵るように、卵にヒビが入ったかと思うと殻に穴が空いた。鶏のヒナと違うのは穴からのぞくのがくちばしではなく小さな鉤爪だということだ。
「シュ、シュルッセル様! まずいです!」
「問題ない、あと私はセルシウスだ」
「今そんなことどうでもいいです」
混乱している羊飼いの手の中で卵の殻はぽろぽろと崩れていく。キュウキュウと微かな声が聞こえ、とうとう珍妙な頭が出た。二本の黒い角が生え、赤錆色の鱗をもつドラゴンの仔。
「キュ」
魔導書には意思の疎通がとれると書かれてあったが、成長するまでは無理だろうか。
「孵ってしまいました…」
「見ろ、小さな翼があるぞ」
「これから一体どうすれば…」
「欠伸をしている、牙まで小さい」
「そんなことどうでも、って、熱ッ」
小さな口から炎が出た。ドラゴンの仔もまさか自分の口から炎が出るとは思っていなかったようで、気まずそうにすぐに口を閉じる。ベルスタを見て、私を見て、もう一度ベルスタを見る。状況の把握をしようとしているのかもしれない。
「ドラゴン殿、私はラザフォード家の者です。貴方を召喚したのはこの地の羊飼い、怪しい者ではございませんのでご安心ください」
「キュキュ」
「会話、成り立っているんですか」
「さあな」
◇◇◇
山小屋へ戻ると羊たちが怯えて騒いでいた。圧倒的な力の気配を察知しているのだ。羊でさえ分かるのだから、これはまずいかもしれない。
「ベルスタ、ドラゴン殿に名前をつけろ」
名前で縛っておけばいざというときに役に立つ。
「お、俺ですか?」
「うむ」
ベルスタはドラゴンの仔を抱き上げ、しげしげと見る。
幼い頃、絵本で見たドラゴンは巨大で禍々しく描かれていた。しかし今、ベルスタの手の中におさまっているドラゴンはおとなしいものだ。見た目こそ絵本と同じではあるが邪気は感じない。
小さくても角も鉤爪も牙も鋭いから、もし暴れられたら無傷では済まないだろうが、きょろきょろと辺りを見回す瞳に陰りはない。生れながらにして凶悪というわけではなくて安心する。
あとは羊たちが怯えている力を抑えることができれば山小屋で飼えるかもしれない、と考えていると、「決めました」とベルスタが言った。
「ノクト、にします」
「召喚の呪文か」
「だめでしょうか、古代語のほうが似合うと思ったのですが」
「ドラゴン殿に聞いてみろ」
「お名前、ノクトではどうですか?」
ドラゴンの仔は翼をバタつかせベルスタの手から離れると空中で一回転をした。
「了解したということですかね」
「たぶんな」
「…ノクト」
「キュ」
ベルスタが呼ぶとドラゴンの仔はまたその手に戻る。羊飼いは真顔で、「かわいいかもしれません」と言う。
「犬だって名前を呼べば来るだろう」
「ケルビンは来ますがセルシウスは来ませんよ」
身に覚えがある。
「気をつけよう」
「ち、違います、セルシウスっていうのは牧羊犬のほうです」
「分かっている」
「…呼び方ですが、牧羊犬と同じというのはやめませんか」
もっと気安く接してほしいだけなのだ。私がシュルッセルのままでは身分だなんだとベルスタは遠慮ばかりしている。
「私のことは犬だと思ってもらって構わない、敬称も敬語も不要だ」
「無茶ですよ」
「声は同じだろう」
「それはそうですが、人間と犬じゃ大違いです」
「そのうち慣れる、問題ない」
ベルスタが拒否を訴えてくる前に、「ドラゴン殿の名前が決まったところで」と話題を変えた。
「放出されている力を抑えたいのだが…どうかなノクト。羊たちが怯えているんだ、自力で制御できないだろうか」
ノクトはトカゲのように目蓋を下からあげて目を細めた。考え中といったところか。
意思の疎通がはかれるところをみると魔導書の記述は正しそうだ。
「キュウ」
霧が晴れるように重厚な力の気配が消えていく。
「言葉を理解しているんですね」
「迂闊なことは言えないな」
ベルスタは膝の上のドラゴンを撫でる。ノクトは控えめに欠伸をすると目蓋を閉じてしまった。
「この仔の寝床を作らないといけませんね」
「敬語はいい」
「…ねどこを、つくらないと、な」
「その調子で頼む。今日はベルスタも疲れただろう、召喚がうまくいってよかったよ。ゆっくり休んでくれ」
私もただの牧羊犬に戻ってごろごろしたい。ここ数日、魔導書の解読で久しぶりに頭を使った気がする。
「帰るんですか? あ。帰る、のか?」
「引き止めてくれるならいるが」
敬語を使えないからか、引き止めるのが気がひけるのか、ベルスタは開きかけた口を一度つぐむ。それから決意したように、「セルシウスも」と続けた。
「お疲れ。今日は突然呼び出したのに来てくれて、ありがとう」
立ち上がり、座ったままのベルスタの側へ移動する。腰を屈めてその額にくちびるをつけた。
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