28 / 38
第2部
15 | 王宮の魔術師 - セルシウス①
しおりを挟む
ベルスタは何を考えているのか。オンスも魔術師を信用するなと言うくせにベルスタを巻き込むなんて。二人ともわかっていない。
羊の世話とノクトをオンスに預け、リリスに連れられてラザフォード家へ向かった。姉上は庭の東屋にいた。ベルスタを見た姉上の表情が新しいおもちゃを得たように輝くのを私は見逃さなかった。
姉上の顔色をうかがっていたから、「もしセルシウスを罰するのであれば」とベルスタが言いはじめたときには正直驚いた。この羊飼いはなんの話をしているのか。一区切りついてから、「勘違いがあるようです」と姉上に断りを入れる。
「なにがだ」
ベルスタは不服そうにこちらを見下した。
「私は罰せられない」
「それはどうかしら」
姉上はふわりと微笑み、「セルシウスの罰については後から考えるとして、牧羊犬の身を案じるなんて良き羊飼いね。気に入りました」と言った。
言外のなにかを察知したのか、「恐れ入ります」と言うベルスタの声に怯えがにじむ。ほら来たことを後悔しているんだろう。
「時間がないからさっそく本題だけれど、綻んだ結界の今後について話し合う席に参加することになりました。わたくしにも召集がかかったのだけれど、心当たりがあるものだから怖くって」
姉上の圧に、ベルスタが強張る。
「申し訳ございません」
「貴方が謝る必要はないわ、貴方とわたくしは同じ被害者だと言えるもの」
「いえ! 領主様のお家に非はございません。召還したのは…」
「弟の入れ知恵でしょう。いいのよ、召還してしまったものは。わたくしもドラゴンに会ってみたいわ。謝罪が欲しいわけではなくて、わたくしが欲しいのはほんの心の支えなのよ」
「心の支え、ですか?」
「ええ、王宮に一緒に来てくれないかしら」
言葉につまったベルスタに、「キュリー様」と助け船を出す。
「なあに」
「王宮へは私がついて行きましょう」
「もちろんよ。そのために呼んだのだから、貴方に拒否権はないわ」
「ではベルスタは」
「仲間は多い方が心強いでしょう。セルシウスを人の姿にして護衛にしようと思っていたけれど、貴方の方が適任だわ」
このままではベルスタも行くことになってしまうが、「しかし」という発言は認められなかった。
「わたくしは支度があるから、あとのことはテスに聞いてちょうだい」
姉上を見送ってからテスが、「出発は明朝です。お部屋を一部屋しか用意しておりませんでしたので、少々この場でお待ちください」と事務的に言う。
ベルスタは茫然としたまま、「承知した」と応えた。
「準備が整いましたらお声がけさせていただきますが、なにかご質問などはございますか」
「そうだな…この衣服では邸宅を汚してしまわないだろうか」
「いま気になることがそれなのか」
「まさかこんなことになるとは思ってなかったんだ。というか犬に一室与えるとは、なんというか生きている世界が違うな」
「私は優秀な牧羊犬だからな」
「あの、よろしいですか」
「おっと、すまない」
「セルシウス様に入浴していただくために浴室の手はずは整っておりますし、衣服も」とテスは言って間をあけた。ベルスタの体格と私のために用意しておいた衣服の大きさが合うかを考えているのかもしれない。
「多少、なおす必要はあるかもしれませんが、問題ないかと」
「…そうですか」
「ほかにご質問がなければ失礼させていただきます」
「ありがとう、また聞きたいことがあれば声をかけさせてもらいます」
「セルシウス様もよろしいでしょうか」
テスは私がシュルッセルであることを知っている。それゆえの丁重さではあるが、ベルスタは奇妙そうにテスと私の顔を見比べた。
「ああ、下がってくれていいよ」
「それでは、しばらくお待ちくださいませ」とテスは言ってあずまやを離れた。
「お犬様だな」
ベルスタがからかう口調で言った。
◇◇◇
その夜、食事後に姉上の自室に呼ばれ有無をいわさずシュルッセルの姿に戻されると、「魔導書はどこにあるの?」と聞かれた。
「オンスに預けています。というよりも、ドラゴンに預けているというほうが正しいかもしれませんが」
「貴方、生き返る気はなくて?」
「何度もお答えしているように、そのつもりはありません」
「そう…わたくしは魔導書の内容を見ていないから貴方の話を信じるほかないのだけれど、お父様とお母様はなにも言わずに逝ってしまわれたし、疑っているわけではないのよ。でも…しらを切りとおせるかしら」
「姉上らしくもないですね」
「悪役の手助けをしているようで頭が痛いわ。魔王復活なんて」
「魔王ではありません。魔物の王、です。ラザフォード家は契約を果さなければなりません。義兄殿には伝えていただけましたか」
「言ったわ、信じがたいようだったけれどね」
「私からも説明するつもりでしたが、すでに王都へ行かれているのですね」
「貴方みたいに暇ではないのよ。それにしても、実際にこの目で見るまではわたくしでも受け入れがたいわ。ほんとうに大丈夫なの?」
「受け入れるもなにも、すでにドラゴンは存在しています。それに侵略されるわけでも戦をするわけでもありません。魔物を統治するドラゴンが復活するというだけです」
「それって十分脅威だと思うけど、反逆罪に問われないかしら」
「姉上、我々はなにも知らないのです」
「そうね」
「まだ幼いので成長するまでは内密にお願いします」
魔導書には月の魔術や召還の術だけではなくドラゴンとラザフォード家の密約についても記されていた。どんな因縁があるのかまでは不明だが、ドラゴンの復活を助ける代わりに家の繁栄が約束されている。たしかにパウンダル領は辺境にありながら豊かな地であり、干ばつも冷夏もほぼない。
羊の世話とノクトをオンスに預け、リリスに連れられてラザフォード家へ向かった。姉上は庭の東屋にいた。ベルスタを見た姉上の表情が新しいおもちゃを得たように輝くのを私は見逃さなかった。
姉上の顔色をうかがっていたから、「もしセルシウスを罰するのであれば」とベルスタが言いはじめたときには正直驚いた。この羊飼いはなんの話をしているのか。一区切りついてから、「勘違いがあるようです」と姉上に断りを入れる。
「なにがだ」
ベルスタは不服そうにこちらを見下した。
「私は罰せられない」
「それはどうかしら」
姉上はふわりと微笑み、「セルシウスの罰については後から考えるとして、牧羊犬の身を案じるなんて良き羊飼いね。気に入りました」と言った。
言外のなにかを察知したのか、「恐れ入ります」と言うベルスタの声に怯えがにじむ。ほら来たことを後悔しているんだろう。
「時間がないからさっそく本題だけれど、綻んだ結界の今後について話し合う席に参加することになりました。わたくしにも召集がかかったのだけれど、心当たりがあるものだから怖くって」
姉上の圧に、ベルスタが強張る。
「申し訳ございません」
「貴方が謝る必要はないわ、貴方とわたくしは同じ被害者だと言えるもの」
「いえ! 領主様のお家に非はございません。召還したのは…」
「弟の入れ知恵でしょう。いいのよ、召還してしまったものは。わたくしもドラゴンに会ってみたいわ。謝罪が欲しいわけではなくて、わたくしが欲しいのはほんの心の支えなのよ」
「心の支え、ですか?」
「ええ、王宮に一緒に来てくれないかしら」
言葉につまったベルスタに、「キュリー様」と助け船を出す。
「なあに」
「王宮へは私がついて行きましょう」
「もちろんよ。そのために呼んだのだから、貴方に拒否権はないわ」
「ではベルスタは」
「仲間は多い方が心強いでしょう。セルシウスを人の姿にして護衛にしようと思っていたけれど、貴方の方が適任だわ」
このままではベルスタも行くことになってしまうが、「しかし」という発言は認められなかった。
「わたくしは支度があるから、あとのことはテスに聞いてちょうだい」
姉上を見送ってからテスが、「出発は明朝です。お部屋を一部屋しか用意しておりませんでしたので、少々この場でお待ちください」と事務的に言う。
ベルスタは茫然としたまま、「承知した」と応えた。
「準備が整いましたらお声がけさせていただきますが、なにかご質問などはございますか」
「そうだな…この衣服では邸宅を汚してしまわないだろうか」
「いま気になることがそれなのか」
「まさかこんなことになるとは思ってなかったんだ。というか犬に一室与えるとは、なんというか生きている世界が違うな」
「私は優秀な牧羊犬だからな」
「あの、よろしいですか」
「おっと、すまない」
「セルシウス様に入浴していただくために浴室の手はずは整っておりますし、衣服も」とテスは言って間をあけた。ベルスタの体格と私のために用意しておいた衣服の大きさが合うかを考えているのかもしれない。
「多少、なおす必要はあるかもしれませんが、問題ないかと」
「…そうですか」
「ほかにご質問がなければ失礼させていただきます」
「ありがとう、また聞きたいことがあれば声をかけさせてもらいます」
「セルシウス様もよろしいでしょうか」
テスは私がシュルッセルであることを知っている。それゆえの丁重さではあるが、ベルスタは奇妙そうにテスと私の顔を見比べた。
「ああ、下がってくれていいよ」
「それでは、しばらくお待ちくださいませ」とテスは言ってあずまやを離れた。
「お犬様だな」
ベルスタがからかう口調で言った。
◇◇◇
その夜、食事後に姉上の自室に呼ばれ有無をいわさずシュルッセルの姿に戻されると、「魔導書はどこにあるの?」と聞かれた。
「オンスに預けています。というよりも、ドラゴンに預けているというほうが正しいかもしれませんが」
「貴方、生き返る気はなくて?」
「何度もお答えしているように、そのつもりはありません」
「そう…わたくしは魔導書の内容を見ていないから貴方の話を信じるほかないのだけれど、お父様とお母様はなにも言わずに逝ってしまわれたし、疑っているわけではないのよ。でも…しらを切りとおせるかしら」
「姉上らしくもないですね」
「悪役の手助けをしているようで頭が痛いわ。魔王復活なんて」
「魔王ではありません。魔物の王、です。ラザフォード家は契約を果さなければなりません。義兄殿には伝えていただけましたか」
「言ったわ、信じがたいようだったけれどね」
「私からも説明するつもりでしたが、すでに王都へ行かれているのですね」
「貴方みたいに暇ではないのよ。それにしても、実際にこの目で見るまではわたくしでも受け入れがたいわ。ほんとうに大丈夫なの?」
「受け入れるもなにも、すでにドラゴンは存在しています。それに侵略されるわけでも戦をするわけでもありません。魔物を統治するドラゴンが復活するというだけです」
「それって十分脅威だと思うけど、反逆罪に問われないかしら」
「姉上、我々はなにも知らないのです」
「そうね」
「まだ幼いので成長するまでは内密にお願いします」
魔導書には月の魔術や召還の術だけではなくドラゴンとラザフォード家の密約についても記されていた。どんな因縁があるのかまでは不明だが、ドラゴンの復活を助ける代わりに家の繁栄が約束されている。たしかにパウンダル領は辺境にありながら豊かな地であり、干ばつも冷夏もほぼない。
0
あなたにおすすめの小説
いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい
一花みえる
BL
ベルリアンの次期当主、ノア・セシル・キャンベルの従者ジョシュアは頭を抱えていた。自堕落でわがままだったノアがいきなり有能になってしまった。なんでも「この世界を繰り返している」らしい。ついに気が狂ったかと思ったけど、なぜか事態はノアの言葉通りに進んでいって……?
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる