羊飼いとグリモワールの鍵

むらうた

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第2部

15 | 王宮の魔術師 - セルシウス①

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 ベルスタは何を考えているのか。オンスも魔術師を信用するなと言うくせにベルスタを巻き込むなんて。二人ともわかっていない。

 羊の世話とノクトをオンスに預け、リリスに連れられてラザフォード家へ向かった。姉上は庭の東屋にいた。ベルスタを見た姉上の表情が新しいおもちゃを得たように輝くのを私は見逃さなかった。

 姉上の顔色をうかがっていたから、「もしセルシウスを罰するのであれば」とベルスタが言いはじめたときには正直驚いた。この羊飼いはなんの話をしているのか。一区切りついてから、「勘違いがあるようです」と姉上に断りを入れる。

「なにがだ」

 ベルスタは不服そうにこちらを見下した。

「私は罰せられない」

「それはどうかしら」

 姉上はふわりと微笑み、「セルシウスの罰については後から考えるとして、牧羊犬の身を案じるなんて良き羊飼いね。気に入りました」と言った。

 言外のなにかを察知したのか、「恐れ入ります」と言うベルスタの声に怯えがにじむ。ほら来たことを後悔しているんだろう。

「時間がないからさっそく本題だけれど、綻んだ結界の今後について話し合う席に参加することになりました。わたくしにも召集がかかったのだけれど、心当たりがあるものだから怖くって」

 姉上の圧に、ベルスタが強張る。

「申し訳ございません」

「貴方が謝る必要はないわ、貴方とわたくしは同じ被害者だと言えるもの」

「いえ! 領主様のお家に非はございません。召還したのは…」

「弟の入れ知恵でしょう。いいのよ、召還してしまったものは。わたくしもドラゴンに会ってみたいわ。謝罪が欲しいわけではなくて、わたくしが欲しいのはほんの心の支えなのよ」

「心の支え、ですか?」

「ええ、王宮に一緒に来てくれないかしら」

 言葉につまったベルスタに、「キュリー様」と助け船を出す。

「なあに」

「王宮へは私がついて行きましょう」

「もちろんよ。そのために呼んだのだから、貴方に拒否権はないわ」

「ではベルスタは」

「仲間は多い方が心強いでしょう。セルシウスを人の姿にして護衛にしようと思っていたけれど、貴方の方が適任だわ」

 このままではベルスタも行くことになってしまうが、「しかし」という発言は認められなかった。

「わたくしは支度があるから、あとのことはテスに聞いてちょうだい」

 姉上を見送ってからテスが、「出発は明朝です。お部屋を一部屋しか用意しておりませんでしたので、少々この場でお待ちください」と事務的に言う。

 ベルスタは茫然としたまま、「承知した」と応えた。

「準備が整いましたらお声がけさせていただきますが、なにかご質問などはございますか」

「そうだな…この衣服では邸宅を汚してしまわないだろうか」

「いま気になることがそれなのか」

「まさかこんなことになるとは思ってなかったんだ。というか犬に一室与えるとは、なんというか生きている世界が違うな」

「私は優秀な牧羊犬だからな」

「あの、よろしいですか」

「おっと、すまない」

 「セルシウス様に入浴していただくために浴室の手はずは整っておりますし、衣服も」とテスは言って間をあけた。ベルスタの体格と私のために用意しておいた衣服の大きさが合うかを考えているのかもしれない。

「多少、なおす必要はあるかもしれませんが、問題ないかと」

「…そうですか」

「ほかにご質問がなければ失礼させていただきます」

「ありがとう、また聞きたいことがあれば声をかけさせてもらいます」

「セルシウス様もよろしいでしょうか」

 テスは私がシュルッセルであることを知っている。それゆえの丁重さではあるが、ベルスタは奇妙そうにテスと私の顔を見比べた。

「ああ、下がってくれていいよ」

 「それでは、しばらくお待ちくださいませ」とテスは言ってあずまやを離れた。

「お犬様だな」

 ベルスタがからかう口調で言った。


    ◇◇◇


 その夜、食事後に姉上の自室に呼ばれ有無をいわさずシュルッセルの姿に戻されると、「魔導書はどこにあるの?」と聞かれた。

「オンスに預けています。というよりも、ドラゴンに預けているというほうが正しいかもしれませんが」

「貴方、生き返る気はなくて?」

「何度もお答えしているように、そのつもりはありません」

「そう…わたくしは魔導書の内容を見ていないから貴方の話を信じるほかないのだけれど、お父様とお母様はなにも言わずに逝ってしまわれたし、疑っているわけではないのよ。でも…しらを切りとおせるかしら」

「姉上らしくもないですね」

「悪役の手助けをしているようで頭が痛いわ。魔王復活なんて」

「魔王ではありません。魔物の王、です。ラザフォード家は契約を果さなければなりません。義兄ぎけい殿には伝えていただけましたか」

「言ったわ、信じがたいようだったけれどね」

「私からも説明するつもりでしたが、すでに王都へ行かれているのですね」

「貴方みたいに暇ではないのよ。それにしても、実際にこの目で見るまではわたくしでも受け入れがたいわ。ほんとうに大丈夫なの?」

「受け入れるもなにも、すでにドラゴンは存在しています。それに侵略されるわけでも戦をするわけでもありません。魔物を統治するドラゴンが復活するというだけです」

「それって十分脅威だと思うけど、反逆罪に問われないかしら」

「姉上、我々はなにも知らないのです」

「そうね」

「まだ幼いので成長するまでは内密にお願いします」

 魔導書には月の魔術や召還の術だけではなくドラゴンとラザフォード家の密約についても記されていた。どんな因縁があるのかまでは不明だが、ドラゴンの復活を助ける代わりに家の繁栄が約束されている。たしかにパウンダル領は辺境にありながら豊かな地であり、干ばつも冷夏もほぼない。
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