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第2部
14 | 召喚術と結界 - ベルスタ②
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「言ったが?」
「セルシウスが話せることも知っているんだな」
「まあな」
「魔術師殿が生きていることは? 爺さんや夫人は知っているのか」
「ああ」
「それならなにかあっても安心、かな。俺じゃ役に立てそうもない」
「羊飼いはおとなしく羊の番をしていればいいさ」
「まったくだ」
もっと簡単に魔術を使えるようになるのかと思っていたが道のりは長そうだった。もし昨日の魔術師たちがノクトを見つけてしまっていたら、シュルッセル様の存在に気付いていたら、俺になにができただろう。
「キュウ」
ノクトが翼をひろげる。ふわりと浮かび上がって戸口へ向かった。なにごとかと思えば、爺さんが帰ってきたところだった。
「おっと、出迎えがあるとは」
「キュ」
「爺さん、すまないな」
「起きたか。いやいや、ドラゴンを召還するなんて常人のやることじゃないからな。どこぞの馬鹿が無茶言ったんだろう」
「だれかはやらないといけなかったんだ」と言ったのはセルシウス。爺さんはそれに溜め息で応え、「そうだとしても、まず相談するとかだな。いくらでもやり方はあったはずだぞ」と続けた。まるでセルシウスを責めているようだった。
「俺の力が足りなかったんだ。それにもう平気だ、このとおり」
ベッドから起き上がる。だるさは残っているが今朝は話すこともできなかったことを考えるとずいぶん回復している。
「ベルスタ、よぉく覚えておけ」と爺さんが脅す口調でこちらを指さす。「魔術師なんてろくな奴がおらん、信用なんぞしたら命がいくらあっても足りんからな」
セルシウスがふんっと鼻を鳴らす。
「ははっ、忠告ありがとう。でも俺の腕はこのとおり魔術師殿のおかげで元に戻った。悪いことばかりじゃない」
「腕一本で命まで預けるのか、まったく」
やれやれと爺さんは勝手知ったる室内を歩き、かまどへ火を入れた。
「勝手に作らせてもらうが、食欲はあるか」
「ああ、腹は減っている。悪いな」
「そこの犬も食うんだろ」
「当たり前だ」
「キュウ」
「このドラゴンはなにを食うんだ」
「昨日の夜は俺たちと同じスープを飲んだ」
「なら、二人と二匹分だな! 突っ立たれても邪魔だ、できるまで寝とけ」
俺はベッドへ戻り、でも寝転ぶ気分にもなれず手持ち無沙汰なのでセルシウスの背を撫でていた。ノクトは爺さんが料理をつくるのを観察している。
「ノクトはこれからどうするんだ」
セルシウスは閉じていた目蓋をあげ、上目遣いでこちらを見る。
「なにかが足りないんだ…」
「なにか?」
「魔導書に書いてあることと違う点がある。ラザフォード家の魔導書が王宮に渡っていたことも気になる」
「足りないままだとどうなるんだ」
「さあな、このまま山小屋で成長するのを見守る、か」
「ドラゴンを育てられるかなあ。いつまでも羊飼いのスープじゃだめだろう」
自分の話をしているとわかったのか、ノクトがこちらへ飛んでくる。
「大きくなったら山小屋に入れないしなあ」
ノクトは「キュ」と鳴くと、空中でくるりと前転をした。目の錯覚かもしれないが体が小さくなった気がする。いや、両手にのる大きさだった体が、片手にのる大きさに変わっている。
俺が思考の整理をしている間に、セルシウスは冷静に「なるほど、大きさは自分の意思で変えられるのか」と言った。そうか、炎の中に姿を隠せるくらいだから肉体は変幻自在なのか。
「…便利だな」
「本来の大きさはどれくらいなんだ」
「キュウウ」
今度は後転をしようとするノクトを、反射的にがっしりと捕まえた。
「待ってくれ、だめだ。山小屋よりでかくなったらどうするんだ」
「まさか」
「キュ!」
俺の手から逃れたノクトは小さな胸をはる。自称ではあるが山小屋より大きそうだ。
「気を付けろよ、危うく山小屋を壊すところだ」
セルシウスは反省のいろもなく、「成長してもここで暮らせそうだな」とのたまう。
「キュキュ」
「楽しそうね」
さすがに突然の登場にも慣れてきた。リリスは挨拶もなしに、「ちょっと、これってドラゴン?」とノクトを抱き上げる。闖入者に驚いたオンス爺さんが「急になんだ」と声をあげた。
「あら、山小屋にも使用人がいるの?」
「リリス失礼だぞ。彼は元羊飼いだ。今日は俺が体調を崩したから来てくれているにすぎない。それから爺さん、彼女は怪しい者では、あるが…ええと…」
つまった言葉のつづきは必要なかった。「知っている顔だから説明は要らん」と爺さんが言ったからだ。
「わかっちゃたアタシ。んもう、キュリー様ったらどうせばれるんだから最初から教えてくれてもいいのに」
リリスはノクトをぬいぐるみのように抱いて、くるくると回る。
「一体なんの用だ」
セルシウスが鬱陶しそう尋ねる。
「キュリー様がお呼びよワンちゃん」
「今朝会ったばかりだが?」
「潮目が変わったの、キュリー様が王宮から呼び出しくらったのよ。結界の補強について会議があるんだって、それがなんでワンちゃん呼んでくることになるのかよくわかんなかったんだけど、結界の綻びの原因ってもしかしなくてもこの仔なのかしら」
セルシウスはもちろん、俺も爺さんもなにも答えなかった。
「ま、アタシはやれと言われたことをするまでよ。ワンちゃんを連れて来いとは言われたけど、ドラゴンについてはなにも命令されてないわ」
連れていかれたあと、セルシウスはどうなるのだろう。魔導書を読み解きはしたが召還したのは俺だ。もし罰があるなら俺も受けるのが筋だろう。
「リリス、俺も連れて行ってくれないか」
「えー?」
セルシウスは「なにを言い出すんだ」と呆れている。「羊飼いは羊の番をしていればいい」
「でも…」
オンスがぱんっと手を打ち鳴らした。
「リリス、こいつも連れてってやれ」
「オンス!」
「仕事をしない牧羊犬がなにを言っても説得力がねえだろ、羊たちなら儂がみててやる。だが、その前に飯にするぞ」
「セルシウスが話せることも知っているんだな」
「まあな」
「魔術師殿が生きていることは? 爺さんや夫人は知っているのか」
「ああ」
「それならなにかあっても安心、かな。俺じゃ役に立てそうもない」
「羊飼いはおとなしく羊の番をしていればいいさ」
「まったくだ」
もっと簡単に魔術を使えるようになるのかと思っていたが道のりは長そうだった。もし昨日の魔術師たちがノクトを見つけてしまっていたら、シュルッセル様の存在に気付いていたら、俺になにができただろう。
「キュウ」
ノクトが翼をひろげる。ふわりと浮かび上がって戸口へ向かった。なにごとかと思えば、爺さんが帰ってきたところだった。
「おっと、出迎えがあるとは」
「キュ」
「爺さん、すまないな」
「起きたか。いやいや、ドラゴンを召還するなんて常人のやることじゃないからな。どこぞの馬鹿が無茶言ったんだろう」
「だれかはやらないといけなかったんだ」と言ったのはセルシウス。爺さんはそれに溜め息で応え、「そうだとしても、まず相談するとかだな。いくらでもやり方はあったはずだぞ」と続けた。まるでセルシウスを責めているようだった。
「俺の力が足りなかったんだ。それにもう平気だ、このとおり」
ベッドから起き上がる。だるさは残っているが今朝は話すこともできなかったことを考えるとずいぶん回復している。
「ベルスタ、よぉく覚えておけ」と爺さんが脅す口調でこちらを指さす。「魔術師なんてろくな奴がおらん、信用なんぞしたら命がいくらあっても足りんからな」
セルシウスがふんっと鼻を鳴らす。
「ははっ、忠告ありがとう。でも俺の腕はこのとおり魔術師殿のおかげで元に戻った。悪いことばかりじゃない」
「腕一本で命まで預けるのか、まったく」
やれやれと爺さんは勝手知ったる室内を歩き、かまどへ火を入れた。
「勝手に作らせてもらうが、食欲はあるか」
「ああ、腹は減っている。悪いな」
「そこの犬も食うんだろ」
「当たり前だ」
「キュウ」
「このドラゴンはなにを食うんだ」
「昨日の夜は俺たちと同じスープを飲んだ」
「なら、二人と二匹分だな! 突っ立たれても邪魔だ、できるまで寝とけ」
俺はベッドへ戻り、でも寝転ぶ気分にもなれず手持ち無沙汰なのでセルシウスの背を撫でていた。ノクトは爺さんが料理をつくるのを観察している。
「ノクトはこれからどうするんだ」
セルシウスは閉じていた目蓋をあげ、上目遣いでこちらを見る。
「なにかが足りないんだ…」
「なにか?」
「魔導書に書いてあることと違う点がある。ラザフォード家の魔導書が王宮に渡っていたことも気になる」
「足りないままだとどうなるんだ」
「さあな、このまま山小屋で成長するのを見守る、か」
「ドラゴンを育てられるかなあ。いつまでも羊飼いのスープじゃだめだろう」
自分の話をしているとわかったのか、ノクトがこちらへ飛んでくる。
「大きくなったら山小屋に入れないしなあ」
ノクトは「キュ」と鳴くと、空中でくるりと前転をした。目の錯覚かもしれないが体が小さくなった気がする。いや、両手にのる大きさだった体が、片手にのる大きさに変わっている。
俺が思考の整理をしている間に、セルシウスは冷静に「なるほど、大きさは自分の意思で変えられるのか」と言った。そうか、炎の中に姿を隠せるくらいだから肉体は変幻自在なのか。
「…便利だな」
「本来の大きさはどれくらいなんだ」
「キュウウ」
今度は後転をしようとするノクトを、反射的にがっしりと捕まえた。
「待ってくれ、だめだ。山小屋よりでかくなったらどうするんだ」
「まさか」
「キュ!」
俺の手から逃れたノクトは小さな胸をはる。自称ではあるが山小屋より大きそうだ。
「気を付けろよ、危うく山小屋を壊すところだ」
セルシウスは反省のいろもなく、「成長してもここで暮らせそうだな」とのたまう。
「キュキュ」
「楽しそうね」
さすがに突然の登場にも慣れてきた。リリスは挨拶もなしに、「ちょっと、これってドラゴン?」とノクトを抱き上げる。闖入者に驚いたオンス爺さんが「急になんだ」と声をあげた。
「あら、山小屋にも使用人がいるの?」
「リリス失礼だぞ。彼は元羊飼いだ。今日は俺が体調を崩したから来てくれているにすぎない。それから爺さん、彼女は怪しい者では、あるが…ええと…」
つまった言葉のつづきは必要なかった。「知っている顔だから説明は要らん」と爺さんが言ったからだ。
「わかっちゃたアタシ。んもう、キュリー様ったらどうせばれるんだから最初から教えてくれてもいいのに」
リリスはノクトをぬいぐるみのように抱いて、くるくると回る。
「一体なんの用だ」
セルシウスが鬱陶しそう尋ねる。
「キュリー様がお呼びよワンちゃん」
「今朝会ったばかりだが?」
「潮目が変わったの、キュリー様が王宮から呼び出しくらったのよ。結界の補強について会議があるんだって、それがなんでワンちゃん呼んでくることになるのかよくわかんなかったんだけど、結界の綻びの原因ってもしかしなくてもこの仔なのかしら」
セルシウスはもちろん、俺も爺さんもなにも答えなかった。
「ま、アタシはやれと言われたことをするまでよ。ワンちゃんを連れて来いとは言われたけど、ドラゴンについてはなにも命令されてないわ」
連れていかれたあと、セルシウスはどうなるのだろう。魔導書を読み解きはしたが召還したのは俺だ。もし罰があるなら俺も受けるのが筋だろう。
「リリス、俺も連れて行ってくれないか」
「えー?」
セルシウスは「なにを言い出すんだ」と呆れている。「羊飼いは羊の番をしていればいい」
「でも…」
オンスがぱんっと手を打ち鳴らした。
「リリス、こいつも連れてってやれ」
「オンス!」
「仕事をしない牧羊犬がなにを言っても説得力がねえだろ、羊たちなら儂がみててやる。だが、その前に飯にするぞ」
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