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第2部
14 | 召喚術と結界 - ベルスタ①
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ドラゴンの召喚なんて大役をやり遂げた興奮と、変な魔術師たちが現れたのとで、その日はなかなか眠れなかった。
浅い眠りの中で夢を見た。真っ暗闇に一人でいる夢だ。何も見えないし、何も聞こえない。闇は、拡散していると同時に収縮もしていた。怖くはなかった。闇は俺そのものだった。
千年のその先の来るべき時まで眠っている闇だ。消えた命が循環するための、朽ちた肉体が再生するための、しばらくの眠りだ。
「ベルスタ」
セルシウスの声がする。どちらのセルシウスだろう。
「起きろ、仕事だ」
頬に当たる感触が濡れた鼻先で、牧羊犬のほうだとわかる。そういえば、魔術師殿は朝までいたことがない。
起きなければと思うのに、目蓋が開かない。体が重い。どうにか腕を動かし、指先でセルシウスの柔らかな毛に触れる。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
意識して呼吸をする。深く深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そうすることで体が忘れてしまった機能を取り戻してくれるのではないかと期待して。
「ベルスタ?」
心配そうな声に平気だと応えたいのに、まだ口はうまく動かない。
「キュウ」
「…召喚で負荷がかかったのかもしれない。ノクト、留守番を頼めるか」
「キュキュ」
「うむ、なにを言っているかはわからないが、了解した顔だな」
「キュ!」
枕元でドラゴンと牧羊犬が話している。声だけだと、本当にシュルッセル様が側にいるみたいだ。
「聡いドラゴンのお前様に言うまでもないことだが、昨日のような輩が来たら姿を隠すんだぞ」
ノクトの返事を聞くと、セルシウスは俺の額を舐めて、「おやすみ」と言った。
召喚の負荷か。情けないことだ。
「キュ」
ノクトが俺の肩の辺りで体を丸める気配がする。夜明け前の静けさが山小屋を満たしている。
水を汲みにいかなければ。羊たちを放牧しなければ。俺はなんのためにここにいるのか。
◇◇◇
つぎの眠りは深かく夢は見なかった。目覚めと同時に体も動く。
「起きたか」
隣にセルシウスが寝そべっていた。ノクトも丸まっている。山小屋の中はすっかり明るくなっていた。
「…寝坊してしまった」
「今日は休みだ」
「そういうわけにはいかない」
「羊たちのことは心配するな、オンスを呼んできたから」
「オンス爺さんを? わざわざ麓の村から?」
「ノクトのことをキュリー夫人に報告して、ついでに転移の術で山小屋まで送ってもらった。どうだ、私は優秀な牧
羊犬だろう」
褒めるべきなのか、呆れるべきなのか。とりあえずセルシウスの主張を「そうだな」と肯定しておく。
「情報も集めてきたぞ。昨夜の魔術師どもはラザフォード家にも顔を出したそうだ」
「辺境伯夫人に叱られなかったか? 勝手にドラゴンを召喚して」
「小言は言われたが、なにをしても文句のある方だから…それからドラゴン召喚についてだが、おそらくマクスウェルは気づいていない」
「マクスウェル?」
「昨夜の魔術師の、銀色長髪のほうの名だ」
「知り合いなのか?」
「あ…いや、私が一方的に見知っているにすぎない」
「ふうん、召喚に気づいていないなら一体なにを探っていたんだろうな」
「それなんだが、どうやら王国に張ってある結界が綻んだらしい」
そういえば召喚のときにものすごい音がしていた。
「俺たちのせいか…」
「おそらくな。幸運だったのは結界よりも月の魔術のほうが上位魔術だった点だろう。下位だった場合は召喚できなかっただろうし、力が均衡していても相殺された衝撃で下手したら結界はすっかり壊れてしまっていたかもしれない」
「すっかり壊れて…」
考えただけでぞっとする。もし結界が壊れていたら、知らなかったでは済まされない。それなのにセルシウスは、「仮定の話だ」とさらりと言う。
「実際は壊れていないのだから問題ない」
「そうかもしれないが…それで、綻びとやらは直せるんだよな」
「それが簡単な話ではなくてだな…王国の結界は若き天才魔術師が一人で施したものなのだが、一部分だけを修復できるような術式になっていない」
「つまり? 全部の結界を作り直さないといけない、と?」
「すでにある結界の装置を使えば魔力を張りなおすだけでいいが、その場合は一度結界を解除しなければならない。そうなると魔物が侵入してくるかもしれないな。かと言って結界の装置から作り直すにはそれなりに時間がかかる」
セルシウスはなんだか悪そうににやついている。
「いい気味だとでも言いたそうだな」
「しばらくは結界をどうするかで王宮も議会も大忙しだ、領地拡大を目論む貴族たちもそれどころではないだろうな」
領地拡大と聞いて左腕に微かな痛みを感じる。軍で勤めていたときは疑問に思わなかったが、あんな魔物だらけの地を領地にしてどうするのだろう。
あの地に住む魔物たちを追い出してまた結界を張り人間が住めるようにするつもりなのだろうか。人間と理は違っても魔物は魔物で生きているのに。
「しばらく結界は綻んだままか」
「うむ。魔術師どもがラザフォード家を訪ねた建前はその綻びの注意喚起だ。よほど力のある魔物が綻びを狙って侵入しようとしない限りは大丈夫だが、可能性としては、ゼロではない」
「建前か」
「消えた魔術師のことなどさっさと忘れてくれればいいのにな」
ノクトが身じろぎをして起きる。眠たげな眼と視線があうと、「キュ」と挨拶をしてくれる。
「そういえば、爺さんにはノクトのこと話したのか?」
浅い眠りの中で夢を見た。真っ暗闇に一人でいる夢だ。何も見えないし、何も聞こえない。闇は、拡散していると同時に収縮もしていた。怖くはなかった。闇は俺そのものだった。
千年のその先の来るべき時まで眠っている闇だ。消えた命が循環するための、朽ちた肉体が再生するための、しばらくの眠りだ。
「ベルスタ」
セルシウスの声がする。どちらのセルシウスだろう。
「起きろ、仕事だ」
頬に当たる感触が濡れた鼻先で、牧羊犬のほうだとわかる。そういえば、魔術師殿は朝までいたことがない。
起きなければと思うのに、目蓋が開かない。体が重い。どうにか腕を動かし、指先でセルシウスの柔らかな毛に触れる。
「どうしたんだ、大丈夫か?」
意識して呼吸をする。深く深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そうすることで体が忘れてしまった機能を取り戻してくれるのではないかと期待して。
「ベルスタ?」
心配そうな声に平気だと応えたいのに、まだ口はうまく動かない。
「キュウ」
「…召喚で負荷がかかったのかもしれない。ノクト、留守番を頼めるか」
「キュキュ」
「うむ、なにを言っているかはわからないが、了解した顔だな」
「キュ!」
枕元でドラゴンと牧羊犬が話している。声だけだと、本当にシュルッセル様が側にいるみたいだ。
「聡いドラゴンのお前様に言うまでもないことだが、昨日のような輩が来たら姿を隠すんだぞ」
ノクトの返事を聞くと、セルシウスは俺の額を舐めて、「おやすみ」と言った。
召喚の負荷か。情けないことだ。
「キュ」
ノクトが俺の肩の辺りで体を丸める気配がする。夜明け前の静けさが山小屋を満たしている。
水を汲みにいかなければ。羊たちを放牧しなければ。俺はなんのためにここにいるのか。
◇◇◇
つぎの眠りは深かく夢は見なかった。目覚めと同時に体も動く。
「起きたか」
隣にセルシウスが寝そべっていた。ノクトも丸まっている。山小屋の中はすっかり明るくなっていた。
「…寝坊してしまった」
「今日は休みだ」
「そういうわけにはいかない」
「羊たちのことは心配するな、オンスを呼んできたから」
「オンス爺さんを? わざわざ麓の村から?」
「ノクトのことをキュリー夫人に報告して、ついでに転移の術で山小屋まで送ってもらった。どうだ、私は優秀な牧
羊犬だろう」
褒めるべきなのか、呆れるべきなのか。とりあえずセルシウスの主張を「そうだな」と肯定しておく。
「情報も集めてきたぞ。昨夜の魔術師どもはラザフォード家にも顔を出したそうだ」
「辺境伯夫人に叱られなかったか? 勝手にドラゴンを召喚して」
「小言は言われたが、なにをしても文句のある方だから…それからドラゴン召喚についてだが、おそらくマクスウェルは気づいていない」
「マクスウェル?」
「昨夜の魔術師の、銀色長髪のほうの名だ」
「知り合いなのか?」
「あ…いや、私が一方的に見知っているにすぎない」
「ふうん、召喚に気づいていないなら一体なにを探っていたんだろうな」
「それなんだが、どうやら王国に張ってある結界が綻んだらしい」
そういえば召喚のときにものすごい音がしていた。
「俺たちのせいか…」
「おそらくな。幸運だったのは結界よりも月の魔術のほうが上位魔術だった点だろう。下位だった場合は召喚できなかっただろうし、力が均衡していても相殺された衝撃で下手したら結界はすっかり壊れてしまっていたかもしれない」
「すっかり壊れて…」
考えただけでぞっとする。もし結界が壊れていたら、知らなかったでは済まされない。それなのにセルシウスは、「仮定の話だ」とさらりと言う。
「実際は壊れていないのだから問題ない」
「そうかもしれないが…それで、綻びとやらは直せるんだよな」
「それが簡単な話ではなくてだな…王国の結界は若き天才魔術師が一人で施したものなのだが、一部分だけを修復できるような術式になっていない」
「つまり? 全部の結界を作り直さないといけない、と?」
「すでにある結界の装置を使えば魔力を張りなおすだけでいいが、その場合は一度結界を解除しなければならない。そうなると魔物が侵入してくるかもしれないな。かと言って結界の装置から作り直すにはそれなりに時間がかかる」
セルシウスはなんだか悪そうににやついている。
「いい気味だとでも言いたそうだな」
「しばらくは結界をどうするかで王宮も議会も大忙しだ、領地拡大を目論む貴族たちもそれどころではないだろうな」
領地拡大と聞いて左腕に微かな痛みを感じる。軍で勤めていたときは疑問に思わなかったが、あんな魔物だらけの地を領地にしてどうするのだろう。
あの地に住む魔物たちを追い出してまた結界を張り人間が住めるようにするつもりなのだろうか。人間と理は違っても魔物は魔物で生きているのに。
「しばらく結界は綻んだままか」
「うむ。魔術師どもがラザフォード家を訪ねた建前はその綻びの注意喚起だ。よほど力のある魔物が綻びを狙って侵入しようとしない限りは大丈夫だが、可能性としては、ゼロではない」
「建前か」
「消えた魔術師のことなどさっさと忘れてくれればいいのにな」
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