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成長
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最近、五十川さんがベティ離れを試みている、ような気がする。
「忘れてますよっ」
今だって、昼休憩に連れ立って事務所を出ようとしたが、ベティはデスクに置きっ放しだ。
俺が声をかけると、「飯食うだけだし」とさらりと言われる。
その飯食うだけのために、スーツ姿でクマのぬいぐるみだけを持って蛤食堂まで歩いていく様子がどれだけ俺に癒しをもたらしているか!
言うに言えない訴えに絶句していると、「なんだよ?」と冷ややかに睨まれる。
「ベ、ベティがさびしがるとおもいます」
「ぬいぐるみに感情はないだろ」
「社長は黙っててくださいっ」
社長はわざとらしく肩をすくめ、そんな様子に奈美枝さんは笑って「弥田くんがベティのことそんなに気に入ってたとは知らなかったわ」と言う。
本意とは違うが、正直に言うこともできないので、「ベティは馬場印刷の一員じゃないですか」と力強く主張した。
五十川さんはというと、俺の熱弁にほだされたのか「じゃあ…」とデスクまで戻りベティを手に取る。しかし、思いが通じた! と喜ぶ間もなく、「ほらよ」とこちらへぬいぐるみを差し出してくる。
「え?」
「そんなに気に入ってるなら、お前が持っていけばいいだろ」
「い、いや…そういうことじゃ…」
「似合う似合う」と手を叩いて笑う馬場夫妻がうらめしい。うらめしいが、差し出されたベティを受け取る以外にどうすることもできない。
俺はベティの腹をふにふにと揉むことで複雑な気持ちをまぎらわした。
蛤食堂まで五十川さんと並んで歩きながら、「ベティだって俺よりご主人様に持ってもらいたいよなあ?」「弥田クンのことも嫌いじゃないけどネ」「優しいなぁベティは!」などと一人二役で寸劇をしてみる。
リアクションを期待していたわけじゃない。ただの暇つぶしだけれど、「楽しいか?」と呆れたように聞かれると哀しくなった。
俺は無言の抵抗をすべくベティを五十川さんの頬に押し付ける。
「なにすんだよ」
「ベティの逆襲です」
「ああもう! 鬱陶しい!」
本気で苛立っている気配を察知しさっと手を引っ込める。
まずい。機嫌を損ねる前に謝っとこ。
「ス」
「なんなんだよ!」
ああ、遅かった。
「スミマセン」
「お前の謝罪は信用ならん」
「ひどい」
「俺はなぁ、ベティがいなくても平気になりたいんだよ」
「なんでですか! こんなに魅力的な組み合わせなのに!」
思わず俺は立ち止まり、五十川さんの手を掴むと無理やりベティを掴ませた。
五十川さんは手の中のベティを見つめ、それから俺を見上げる。
「…ぬいぐるみに依存してる自分が嫌いなんだ」
冷静な声に茶化すことができない。
「弥田は協力してくれないのか?」
そう聞かれれば拒否できるわけもなく。
「協力します、けど……もっとベティに自信を持って大丈夫ですよ」
「嘘つけ、お前も最初はドン引きしてたろ」
「そ、そんなこと」と言いかけて、そういえばそうだったかもしれないと思い出す。
五十川さんはベティを俺の手に返し、すたすたと先を歩いていく。
「弥田がいるときは、ベティがいなくても割と平気なんだ」
「え? …え!」
重要なことをそんなにあっさりと!
「お、俺…ベティの代わりになれてます?」
そんな呟きは蛤食堂の暖簾をくぐる五十川さんには届いていないようだった。
「なにボサッとしてんだよ」
駆け寄ってそのまま抱きしめたい気分だが、そんなことはできないからベティをぎゅむっと握りつぶすことにした。
五十川さんはそんな俺の葛藤も知らないで、「おい、もうちょっと丁寧に扱え」と注意してくる。
「俺っ頑張ります!」
「は? だから、つぶれてるから」
「打倒ベティ! ですね!」
「違う」
「いつでも頼ってください!」
「ああ…うん。まぁ、うん」
ベティには悪いが世代交代の日は近い気がする。恨むなよ、と心の内でつぶらな瞳に語りかけた。
その日を境に五十川さんは普段はなるべくベティと別行動をするようになった。仕事ではまだ緊張があるらしく相変わらずベティと二人連れだったけれど。
俺でベティの代役ができるなんてうれしい、はずが、寂しさもある。なんて、勝手な話だとは思う。
***
お得意様の担当は五十川さんと俺で分けていたが、割合の多い五十川さんをカバーするため俺が代わりに先方へ顔を出すことも増えていった。
「また弥田くんかぁ」
代わりに俺が校正を持って行くと、明らかにがっかりされることもあって、愛想がない五十川さんでも人徳はあるんだと見直してしまう。
さらに、五十川さんの担当者にはアクの強い人が多く、新入社員の俺を気遣って担当分けをしてくれていたのだと今更ながらに気づかされる。
そういう発見があるたびに、自分がまだまだ半人前だと思い知らされた。
半人前ながら馬場印刷の一員として頑張る意気込みはある。
ただ…パチンコ店トリプルセブン(略してトリブン)の煙草の匂いが染みついた控え室で、俺の決心は折れそうだった。
「これ、予定通り明日中の納品でお願い」
いくらお得意様だからといって、なんでもかんでも「イエス」じゃ仕事は回らない。何度か五十川さんに注意されて十分理解しているし、いつも担当しているところなら言える「ノー」が、角刈り強面の前ではすんなり出てこない。
無理! 想定外の修正あるし! 印刷機フル回転中だし!
「えっ、とですね…新しい文言を追加されているのでレイアウトの調整などありますし…明日中というのは…難しい…かと…」
「は? いや、もともとそういう納期だったでしょ?」
苛立ちを隠す気がない低い声、揺すられる足。じとりと睨まれ身が竦む。
「わ、ワタクシだけでは判断できませんので、一旦事務所に戻ってからご連絡させていただきます」
「んだよ、使えねぇな」
「っ申し訳ございません」
「戻ってからって、五時から外で用事があるんだけど。それまでに連絡くれんの?」
腕時計に視線を落とす。時刻は四時半だ。
「すぐ、戻って、確認いたします」
慌てて立ち上がってパイプ椅子をひっくり返し、「すみません」と何度も謝りながらパチンコ店を後にした。
営業車のハンドルを握る手が汗ばんでいる。
こ、怖かったぁぁ。ああでも事務所に誰もいなかったらどうしよう。いや、誰かいたとしても無理なものは無理だもんな。ちゃんと断って来いって怒られるよな。
電話でなら断れるだろうか。逆ギレされたらどうしようと考えはじめると胃が重い。
それでもぐずぐずしている時間はない。駐車場に営業車を停めると、転げるようにして事務所へ戻った。
トリブンの本来の担当である五十川さんがいてくれるといいなと思ったが、事務所には奈美枝さんしかいなかった。
「奈美枝さーん! 五十川さんか社長は?」
「まだ外回りから帰ってきてないわよ、急ぎ?」
「はい…」
「出先でとれるかわならないけど、電話かけてみたら?」
「そう、ですね!」
五十川さんの社用携帯を呼び出す。事務所の時計は四時四十五分を指している。
繰り返される電子音に諦めようとしたとき、『はい、馬場印刷の五十川です』と落ち着いた声が応えた。
「弥田です! お疲れ様です。今しゃべっていいですか?」
『ああ、どうした?』
「トリブンの方めっっちゃ怖いんですけど! 急に文言の追加しろって、それでレイアウトの変更が必要なんですが納期は予定通り明日中でって言われて…俺…ちゃんと断れなくて…すみません…」
『印刷は何時からの予定だっけ』
「今日の五時です」
『あー…レイアウトの修正はどれくらいかかりそうなんだ?』
「これからやって…二時間あれば終わるかと」
『じゃあ、根津さんに他の案件を前倒しで作業できないか聞いてみろ。うまくいけば明日の朝イチにトリブンの割り込めるんじゃないか?」
五十川さんの的確なアドバイスにどうにかなりそうな気がしてくる。
『ただし、根津さんが無理って言うなら無理だから。その場合は印刷機の都合を確認して、納品がいつになるかを先方へ伝える』
「は、はい」
『情けない声だな』
「無理って言って逆ギレされたりしませんか?」
『きちんと事情を説明すれば平気だと思うぞ。変に回りくどく言うと苛つかせるだけだから、はっきり、きっぱり、わかったか?』
「はい」
『…弥田なら大丈夫だよ、じゃあな』
お礼を言う前に通話は切れた。
五十川さんが大丈夫だと言ってくれるなら、大丈夫なのかもしれない。
俺は印刷機にかかりきりの根津さんのもとへ急いだ。しかし期待とは裏腹に、根津さんは実にあっさりと「前倒しは無理だな」と言った。
「明日の最後のやつが七時頃には終わるから、その後に印刷はじめて、ま、その日の内にっつうなら届けれて十時くらいか?」
「お願い、できますか?」
「やらなきゃいけねえんだろう? 仕方ねえよなぁ」
「ありがとうございます!」
再びわたわたと事務所に戻り、俺は深呼吸をしてから自分の席に座る。汗ばむ手で受話器をあげ、トリブンの電話番号を押した。
電話のデジタル時計は四時五十五分になっていた。
「馬場印刷の弥田と申します。いつもお世話になっております。広報担当の…」
今ここに、ベティがいてくれたらどんなに心強いかと思った。
震える声で説明をすると、「店が夜の十一時までだから、閉店までに持ってきてくれればいい」ということだった。
ど、どうにかなった。
俺は一日分の精神力を使い果たしデスクに突っ伏した。どれくらいそうしていたのか。
「逆ギレされたか?」
外回りから戻ってきたらしい五十川さんの声がする。俺は態勢は変えないで顔だけ隣のデスクへ向けた。
「おかえりなさい。いえ、明日の夜の納品で納得されました」
「よかったな」
「はい…おかげさまで…ありがとうございます…納品は夜の十時予定ですけど」
「今の時期は仕方ないよ」
「五十川さんすごいですね…あんな人とどうコミュニケーションとるんですか」
「すごかねえよ、仕事として話すだけだし。コミュニケーションなんてとろうと思ったことがない」
「そういうもんですかぁ」
「だらだらすんな。修正作業残ってんだろ」
「あーー終わった気でいたぁぁ、そうだったぁぁ」
「原稿が仕上がらないと意味ないぞ」
「…はい、わかってはいるんですが。腹が減ってて動けないというか」
空腹もだけれど、それよりも精神力回復のために癒しが必要で。
無性に五十川さんといちゃいちゃしたい! ああでも絶っ対嫌がる。嫌がるのもそそるけど! 職場とかありえない。
悶々とする俺に、「コンビニ行け」と言う五十川さんにはかわいらしさのカケラもない。
相変わらずのクールな横顔。神経質そうに眼鏡のブリッジをあげる仕草。生真面目に伸びた背筋でパソコンに向かう姿からは想像もできないようなことを、したい。今、すごく。
そんな衝動をどうどうとなだめ、俺はおとなしくコンビニへと向かった。
***
レイアウトを整え終えたのは十九時過ぎだった。隣ではまだ五十川さんが作業をしている。
「手伝えることありますか?」
「いや、もう終わる。明日も遅いんだろ、さっさと帰れ」
仕事の邪魔をするつもりはない。でも、事務所の中は二人きりで。先ほどは我慢できた衝動がむずむずと動き出す。
「五十川さんの部屋に寄ってっていいですか?」
「明日も仕事」
「そうなんですけど! 仕事だからこそっていうか。明日の頑張りのためにっていうか。今日、ちょっと、トリブンさんのこととかあって…また明日あの人に会うと思うと…こう…モチベーションが…だから、あの……だめですか?」
五十川さんはちらりとこちらを見る。いろいろ言いたいことはあるが、という風に大きなため息をつき、険しい表情で「無茶はするなよ」と言う。
「はい!」
「…ん、これ」
鞄から取り出された鍵の意味がわからない。
「え?」
「先、帰っとけ」
呆然としていると、五十川さんは腕を伸ばして俺のデスクに鍵を置き、何事もないようにパソコンに向かう。
「五十川さんっ」
「うるせぇな、ここで待たれると邪魔なんだよ」
ツンデレのお手本のような物言いに、精神力のパラメーターはぐぐぐーんと一気に回復した。でもそんなことを言っては、じゃあ来るなと言われそうで。
五十川さんの気が変わらないうちに、自分が余計なことを言わないうちに、「お先に失礼しますっ」と逃げるようにその場を離れた。
***
「弥田」と、五十川さんから呼ばれるのが好きだ。とくに、そういう最中に呼ばれる名前は、職場とはまったく違う甘い響きがあってたまらない。
浮かれ気分で五十川さんの部屋にたどり着いたが、いざ一人で待つとなると手持ち無沙汰で。テレビをつけても落ち着かず、風呂に湯をためることにした。
二人ではいろう。
にやにやと溜まっていく湯船を見ていたが、ふと洗濯洗剤と一緒に海外のお菓子のようなものが置いてあるのに気づく。派手な蛍光色のパッケージ。成分表示を確認するとバルブバスと書いてある。
鼻を近づけてみれば南国リゾート地の香りがした。
自分で買うとは思えない代物だが、プレゼントだろうか。それにしても五十川さんにあげるのにこのチョイスはないよな、などと考えていると玄関が開く音がする。
俺はひょいと廊下に顔を出した。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
「今、風呂ためてて。コレ見つけたんですけど、どうしたんですか?」
「あー、実家にあったやつ。客からの貰い物とかで」
「桃子さんの。そっかぁ、納得です」
「使っていいぞ」
「いいんですか?」
「好きそうだと、思って…」
意識せずに言ったのか、五十川さんは急にむすっと口を閉じた。自分の言葉に恥ずかしくなったらしい。
そんなのも込みで、俺が喜ばないはずがない。むしろわざとなんじゃないかと疑う。
「俺のために持って帰ってくれたんですね」
職場では我慢したがもう必要ない。俺は荷物とベティを持ったままの五十川さんをぎゅうと抱きしめる。
「うれしいです! ありがとうございます!」
いつもなら、「くるしい」とか「もういいだろ」とか言ってくるのに、いくらぎゅうぎゅう抱きしめてもなにも言われない。
あれ?
「五十川さん?」
「気が済んだか?」
そんなバリエーションもあるのかと笑いながら「はい」と返事をする。
腕の力を弱め身体を離そうとしたところで五十川さんの頭が俺の肩に預けられる。
「今日はよく頑張ったな」
胸が苦しい。熱くなる目頭に、自分が情けない。せめてこぼれないようにと奥歯をかみしめる。
「トリブンのとこ、いつも無茶言われるんだ。こっちの手がまわらなくてお前に回したけど…悪かった」
「っあやまらないでください。平気です、五十川さんが大丈夫って言ってくれたので、怖かったですけど、でも、五十川さんばっかり怖い思いしてたのかと思うと…あの…あー、なに言ってんだろ俺」
「すぐ泣く」
「泣いてませんっギリセーフです!」
「…つか、風呂…ためてるって言ってたか?」
「あ!」
時すでに遅し。慌てて浴室をのぞくと浴槽からは盛大にお湯が溢れていた。
「す、すみません!」
「いや、俺も余計なことしたし」
「余計なんて! 全然! なんならお湯ためてた俺が余計でした! せっかく…五十川さんが…」
「荷物、置いてくるな」
五十川さんはふいと脱衣所を出て行った。
「恥ずかしがっちゃてぇ、へへ」
握っていたバブルバスをもう一度嗅ぐ。俺と一緒に入るつもりでこれを、と考えるとにまにましてしまう。
包装を破く前に、説明書きへ目を通した。
へえ、泡風呂になるんだ。って、んん?
戻ってきた五十川さんが、「どうした?」と聞いてくる。
「これ…お湯をためる前から入れとかないといけないみたいです」
「そうなんだ? じゃあ今日は無理だな」
お湯を溢れさせた上に、それを抜いてもう一度ためなおすことはできない。
「そうですよねぇ…ああ、しまったな」
まあ、次回があるというのも悪くない。
楽しげな入浴剤がなくても、五十川さんを後ろから抱きしめて浸かる風呂が最高なことに変わりはないんだし。
***
まさか、こうして二人でお風呂に入ってくれるようになるとは。というか、五十川さんとこんな関係になるとは、人生どうなるかわからない。
湯船の中で後ろから五十川さんを抱きしめる。
すげえ落ち着く。
「お前の…邪魔」
恋人と風呂にはいっているのだ。期待しないわけがない。
「五十川さんだって」
俺はもたれかかっている身体の下腹部へするりと右手を伸ばす。しかしそこにはなんの兆しもなかった。
「あっれ」
「なにもしてないんだから普通だろ」
いやいやいや! だって、これから、あんなことやこんなことするのに!
「想像したりしません?」
「はあ?」
腕を撫で指を絡めて握る。わざと背中を密着させ、声をひそめて「これからされること」と囁くと、五十川さんは勢いよく俺から身体を離した。
「なんだよ、急に」
「急じゃないですよー。あったまりましたね、のぼせるんでお湯は抜いときましょう」
「ここでする気か?」
「はい。いや、最初からそういうつもりだったわけじゃないんですけど、今の五十川さん見てたら俄然ヤル気が…お風呂でするのはじめてですね」
戸惑いの表情を浮かべる五十川さんの腕を掴み抱き寄せ、背中、首筋、耳、指、いたるところに舌を這わせ吸い付いた。
「ちょ…」
意味ありげに、誘うように。それにあわせて柔らかい陰茎を優しくいじる。
「っ物好きだよなぁ」
「え?」
手の中で張りを増していく欲望にしごく力を強める。
「気持ちいいですか?」
「…うるせえ」
「俺のも、して欲しいです」
五十川さんは軽く舌打ちをしてこちらを見つめる。たぶん、睨んだつもりなのだろうが、髪と同じように濡れた瞳は怖くもなんともない。
「へらへらすんな」と言いつつも、もぞもぞと身体を動かし向かい合って俺の身体に跨ると互いの屹立を擦り合わせてくれた。
こんなこともしてくれるようになるとはなぁ。
「成長しましたね」
「どういう意味だよ」
俺は不安定に揺れる腰を捕まえ、右手で割れ目をなぞった。
わずかに強張る身体が愛おしい。
「想像しました?」
窄まりへ中指をねじこむ。
「ここに挿れられること」
「…ッ」
軽く出し入れするたびにヒクつく場所が、俺を受け入れてくれることを考えると…「たまりませんな」と思わず声に出してしまう。
指を増やし内壁を撫でる。
「ン…」
甘い吐息に下半身が熱で疼く。
「五十川さん、も、いいですよね。俺、もう」
ぐっと掴んでいた腰を寄せ、落とす。
「む、ちゃすんなっ、て…ぁ」
掴まれた腕に指がくいこむのも気にせず突き上げた。きつく狭い内側を何度も突き上げ拡げていく。
「すみ…ません、止まらないかも」
「あぁっ、あっ、あっ…」
「気持ちいいでしょう、すげえ溢れてる」
二人の腹の間で五十川さんの屹立が先走りを零し揺れていた。
「ぅあ…むり、だって…」
そう言いながら、五十川さんは腕を俺の首にまわし抱きついてくる。良いところを擦り上げるときゅうと繋がった場所が締まった。
「わかります? 奥まで、ちゃんと、這入ってますよ」
「や、た…」
睫毛の触れそうな距離で縋りつくような眼差しを向けられる。普段からは想像もつかない淫らな表情はどうしようもなく俺を煽った。荒んだ息ごと舌を絡め合う。
キスを交わしながらも腰は止まらなかった。突き上げるたびに五十川さんは身体を震わせる。
「っふ…ぁ、ア」
五十川さんが達すると搾り取るように内側が蠕くから俺も我慢がきかなかった。
「やば」
「…え?」
「す、すみません」
「これ…なか…」
「アハハ」
「あーもう」
「このままもう一回いいですか」
「嫌だ。抜けよ」
「嫌です抜きません」
「…弥田のくせに生意気だな」
「五十川さんが甘やかしてくれるので」
へへへと笑うと、両頬をつままれ、ぐにぐにと引っ張られる。
「腑抜けた面しやがって」
「ごめんなさい」
「…なにがいいんだかな」
「へ?」
五十川さんはふっと表情をゆるめる。そんな表情を隠すように頬を引っ張るのをやめ身体をこちらへ預けた。
「なんでもねえよ、ばーか」
首筋にかかる息がくすぐったい。
「五十川さんって、時々すげぇ子どもっぽいですよね」
「お前に言われたくない」
俺たちはまだ繋がったままだ。五十川さんの濡れた髪をかきあげ、「明日も頑張れそうです」と伝える。
「うん」とだけ応えるのは、このまま続きをしてもいいということなのだろうか。
俺は脱力している身体を抱きしめた。互いの心音が心地よく重なる。
「まさか男に抱かれるようになるとなぁ」
「ははっ俺もさっき考えてました、五十川さんとこんなことするようになるなんてって。不思議ですよね」
「お前が言うなよお前のせいなんだぞ」
それを許したのは五十川さんですけどね。
言ったら怒られるかなと迷っていると、控えめに「でも」と内緒話をするような、小さな声が耳をくすぐる。続きがあるらしい。
「お前が物好きでよかったよ」
抱きしめていた腕の力を強める。好きになってよかったと思う。それを伝えてよかった。
溢れる気持ちのまま、「大好きです!」と言うと、いつもの声のトーンで「知ってる。いい加減苦しい」と返されるのは照れ隠しということにしておこう。
***おしまい
「忘れてますよっ」
今だって、昼休憩に連れ立って事務所を出ようとしたが、ベティはデスクに置きっ放しだ。
俺が声をかけると、「飯食うだけだし」とさらりと言われる。
その飯食うだけのために、スーツ姿でクマのぬいぐるみだけを持って蛤食堂まで歩いていく様子がどれだけ俺に癒しをもたらしているか!
言うに言えない訴えに絶句していると、「なんだよ?」と冷ややかに睨まれる。
「ベ、ベティがさびしがるとおもいます」
「ぬいぐるみに感情はないだろ」
「社長は黙っててくださいっ」
社長はわざとらしく肩をすくめ、そんな様子に奈美枝さんは笑って「弥田くんがベティのことそんなに気に入ってたとは知らなかったわ」と言う。
本意とは違うが、正直に言うこともできないので、「ベティは馬場印刷の一員じゃないですか」と力強く主張した。
五十川さんはというと、俺の熱弁にほだされたのか「じゃあ…」とデスクまで戻りベティを手に取る。しかし、思いが通じた! と喜ぶ間もなく、「ほらよ」とこちらへぬいぐるみを差し出してくる。
「え?」
「そんなに気に入ってるなら、お前が持っていけばいいだろ」
「い、いや…そういうことじゃ…」
「似合う似合う」と手を叩いて笑う馬場夫妻がうらめしい。うらめしいが、差し出されたベティを受け取る以外にどうすることもできない。
俺はベティの腹をふにふにと揉むことで複雑な気持ちをまぎらわした。
蛤食堂まで五十川さんと並んで歩きながら、「ベティだって俺よりご主人様に持ってもらいたいよなあ?」「弥田クンのことも嫌いじゃないけどネ」「優しいなぁベティは!」などと一人二役で寸劇をしてみる。
リアクションを期待していたわけじゃない。ただの暇つぶしだけれど、「楽しいか?」と呆れたように聞かれると哀しくなった。
俺は無言の抵抗をすべくベティを五十川さんの頬に押し付ける。
「なにすんだよ」
「ベティの逆襲です」
「ああもう! 鬱陶しい!」
本気で苛立っている気配を察知しさっと手を引っ込める。
まずい。機嫌を損ねる前に謝っとこ。
「ス」
「なんなんだよ!」
ああ、遅かった。
「スミマセン」
「お前の謝罪は信用ならん」
「ひどい」
「俺はなぁ、ベティがいなくても平気になりたいんだよ」
「なんでですか! こんなに魅力的な組み合わせなのに!」
思わず俺は立ち止まり、五十川さんの手を掴むと無理やりベティを掴ませた。
五十川さんは手の中のベティを見つめ、それから俺を見上げる。
「…ぬいぐるみに依存してる自分が嫌いなんだ」
冷静な声に茶化すことができない。
「弥田は協力してくれないのか?」
そう聞かれれば拒否できるわけもなく。
「協力します、けど……もっとベティに自信を持って大丈夫ですよ」
「嘘つけ、お前も最初はドン引きしてたろ」
「そ、そんなこと」と言いかけて、そういえばそうだったかもしれないと思い出す。
五十川さんはベティを俺の手に返し、すたすたと先を歩いていく。
「弥田がいるときは、ベティがいなくても割と平気なんだ」
「え? …え!」
重要なことをそんなにあっさりと!
「お、俺…ベティの代わりになれてます?」
そんな呟きは蛤食堂の暖簾をくぐる五十川さんには届いていないようだった。
「なにボサッとしてんだよ」
駆け寄ってそのまま抱きしめたい気分だが、そんなことはできないからベティをぎゅむっと握りつぶすことにした。
五十川さんはそんな俺の葛藤も知らないで、「おい、もうちょっと丁寧に扱え」と注意してくる。
「俺っ頑張ります!」
「は? だから、つぶれてるから」
「打倒ベティ! ですね!」
「違う」
「いつでも頼ってください!」
「ああ…うん。まぁ、うん」
ベティには悪いが世代交代の日は近い気がする。恨むなよ、と心の内でつぶらな瞳に語りかけた。
その日を境に五十川さんは普段はなるべくベティと別行動をするようになった。仕事ではまだ緊張があるらしく相変わらずベティと二人連れだったけれど。
俺でベティの代役ができるなんてうれしい、はずが、寂しさもある。なんて、勝手な話だとは思う。
***
お得意様の担当は五十川さんと俺で分けていたが、割合の多い五十川さんをカバーするため俺が代わりに先方へ顔を出すことも増えていった。
「また弥田くんかぁ」
代わりに俺が校正を持って行くと、明らかにがっかりされることもあって、愛想がない五十川さんでも人徳はあるんだと見直してしまう。
さらに、五十川さんの担当者にはアクの強い人が多く、新入社員の俺を気遣って担当分けをしてくれていたのだと今更ながらに気づかされる。
そういう発見があるたびに、自分がまだまだ半人前だと思い知らされた。
半人前ながら馬場印刷の一員として頑張る意気込みはある。
ただ…パチンコ店トリプルセブン(略してトリブン)の煙草の匂いが染みついた控え室で、俺の決心は折れそうだった。
「これ、予定通り明日中の納品でお願い」
いくらお得意様だからといって、なんでもかんでも「イエス」じゃ仕事は回らない。何度か五十川さんに注意されて十分理解しているし、いつも担当しているところなら言える「ノー」が、角刈り強面の前ではすんなり出てこない。
無理! 想定外の修正あるし! 印刷機フル回転中だし!
「えっ、とですね…新しい文言を追加されているのでレイアウトの調整などありますし…明日中というのは…難しい…かと…」
「は? いや、もともとそういう納期だったでしょ?」
苛立ちを隠す気がない低い声、揺すられる足。じとりと睨まれ身が竦む。
「わ、ワタクシだけでは判断できませんので、一旦事務所に戻ってからご連絡させていただきます」
「んだよ、使えねぇな」
「っ申し訳ございません」
「戻ってからって、五時から外で用事があるんだけど。それまでに連絡くれんの?」
腕時計に視線を落とす。時刻は四時半だ。
「すぐ、戻って、確認いたします」
慌てて立ち上がってパイプ椅子をひっくり返し、「すみません」と何度も謝りながらパチンコ店を後にした。
営業車のハンドルを握る手が汗ばんでいる。
こ、怖かったぁぁ。ああでも事務所に誰もいなかったらどうしよう。いや、誰かいたとしても無理なものは無理だもんな。ちゃんと断って来いって怒られるよな。
電話でなら断れるだろうか。逆ギレされたらどうしようと考えはじめると胃が重い。
それでもぐずぐずしている時間はない。駐車場に営業車を停めると、転げるようにして事務所へ戻った。
トリブンの本来の担当である五十川さんがいてくれるといいなと思ったが、事務所には奈美枝さんしかいなかった。
「奈美枝さーん! 五十川さんか社長は?」
「まだ外回りから帰ってきてないわよ、急ぎ?」
「はい…」
「出先でとれるかわならないけど、電話かけてみたら?」
「そう、ですね!」
五十川さんの社用携帯を呼び出す。事務所の時計は四時四十五分を指している。
繰り返される電子音に諦めようとしたとき、『はい、馬場印刷の五十川です』と落ち着いた声が応えた。
「弥田です! お疲れ様です。今しゃべっていいですか?」
『ああ、どうした?』
「トリブンの方めっっちゃ怖いんですけど! 急に文言の追加しろって、それでレイアウトの変更が必要なんですが納期は予定通り明日中でって言われて…俺…ちゃんと断れなくて…すみません…」
『印刷は何時からの予定だっけ』
「今日の五時です」
『あー…レイアウトの修正はどれくらいかかりそうなんだ?』
「これからやって…二時間あれば終わるかと」
『じゃあ、根津さんに他の案件を前倒しで作業できないか聞いてみろ。うまくいけば明日の朝イチにトリブンの割り込めるんじゃないか?」
五十川さんの的確なアドバイスにどうにかなりそうな気がしてくる。
『ただし、根津さんが無理って言うなら無理だから。その場合は印刷機の都合を確認して、納品がいつになるかを先方へ伝える』
「は、はい」
『情けない声だな』
「無理って言って逆ギレされたりしませんか?」
『きちんと事情を説明すれば平気だと思うぞ。変に回りくどく言うと苛つかせるだけだから、はっきり、きっぱり、わかったか?』
「はい」
『…弥田なら大丈夫だよ、じゃあな』
お礼を言う前に通話は切れた。
五十川さんが大丈夫だと言ってくれるなら、大丈夫なのかもしれない。
俺は印刷機にかかりきりの根津さんのもとへ急いだ。しかし期待とは裏腹に、根津さんは実にあっさりと「前倒しは無理だな」と言った。
「明日の最後のやつが七時頃には終わるから、その後に印刷はじめて、ま、その日の内にっつうなら届けれて十時くらいか?」
「お願い、できますか?」
「やらなきゃいけねえんだろう? 仕方ねえよなぁ」
「ありがとうございます!」
再びわたわたと事務所に戻り、俺は深呼吸をしてから自分の席に座る。汗ばむ手で受話器をあげ、トリブンの電話番号を押した。
電話のデジタル時計は四時五十五分になっていた。
「馬場印刷の弥田と申します。いつもお世話になっております。広報担当の…」
今ここに、ベティがいてくれたらどんなに心強いかと思った。
震える声で説明をすると、「店が夜の十一時までだから、閉店までに持ってきてくれればいい」ということだった。
ど、どうにかなった。
俺は一日分の精神力を使い果たしデスクに突っ伏した。どれくらいそうしていたのか。
「逆ギレされたか?」
外回りから戻ってきたらしい五十川さんの声がする。俺は態勢は変えないで顔だけ隣のデスクへ向けた。
「おかえりなさい。いえ、明日の夜の納品で納得されました」
「よかったな」
「はい…おかげさまで…ありがとうございます…納品は夜の十時予定ですけど」
「今の時期は仕方ないよ」
「五十川さんすごいですね…あんな人とどうコミュニケーションとるんですか」
「すごかねえよ、仕事として話すだけだし。コミュニケーションなんてとろうと思ったことがない」
「そういうもんですかぁ」
「だらだらすんな。修正作業残ってんだろ」
「あーー終わった気でいたぁぁ、そうだったぁぁ」
「原稿が仕上がらないと意味ないぞ」
「…はい、わかってはいるんですが。腹が減ってて動けないというか」
空腹もだけれど、それよりも精神力回復のために癒しが必要で。
無性に五十川さんといちゃいちゃしたい! ああでも絶っ対嫌がる。嫌がるのもそそるけど! 職場とかありえない。
悶々とする俺に、「コンビニ行け」と言う五十川さんにはかわいらしさのカケラもない。
相変わらずのクールな横顔。神経質そうに眼鏡のブリッジをあげる仕草。生真面目に伸びた背筋でパソコンに向かう姿からは想像もできないようなことを、したい。今、すごく。
そんな衝動をどうどうとなだめ、俺はおとなしくコンビニへと向かった。
***
レイアウトを整え終えたのは十九時過ぎだった。隣ではまだ五十川さんが作業をしている。
「手伝えることありますか?」
「いや、もう終わる。明日も遅いんだろ、さっさと帰れ」
仕事の邪魔をするつもりはない。でも、事務所の中は二人きりで。先ほどは我慢できた衝動がむずむずと動き出す。
「五十川さんの部屋に寄ってっていいですか?」
「明日も仕事」
「そうなんですけど! 仕事だからこそっていうか。明日の頑張りのためにっていうか。今日、ちょっと、トリブンさんのこととかあって…また明日あの人に会うと思うと…こう…モチベーションが…だから、あの……だめですか?」
五十川さんはちらりとこちらを見る。いろいろ言いたいことはあるが、という風に大きなため息をつき、険しい表情で「無茶はするなよ」と言う。
「はい!」
「…ん、これ」
鞄から取り出された鍵の意味がわからない。
「え?」
「先、帰っとけ」
呆然としていると、五十川さんは腕を伸ばして俺のデスクに鍵を置き、何事もないようにパソコンに向かう。
「五十川さんっ」
「うるせぇな、ここで待たれると邪魔なんだよ」
ツンデレのお手本のような物言いに、精神力のパラメーターはぐぐぐーんと一気に回復した。でもそんなことを言っては、じゃあ来るなと言われそうで。
五十川さんの気が変わらないうちに、自分が余計なことを言わないうちに、「お先に失礼しますっ」と逃げるようにその場を離れた。
***
「弥田」と、五十川さんから呼ばれるのが好きだ。とくに、そういう最中に呼ばれる名前は、職場とはまったく違う甘い響きがあってたまらない。
浮かれ気分で五十川さんの部屋にたどり着いたが、いざ一人で待つとなると手持ち無沙汰で。テレビをつけても落ち着かず、風呂に湯をためることにした。
二人ではいろう。
にやにやと溜まっていく湯船を見ていたが、ふと洗濯洗剤と一緒に海外のお菓子のようなものが置いてあるのに気づく。派手な蛍光色のパッケージ。成分表示を確認するとバルブバスと書いてある。
鼻を近づけてみれば南国リゾート地の香りがした。
自分で買うとは思えない代物だが、プレゼントだろうか。それにしても五十川さんにあげるのにこのチョイスはないよな、などと考えていると玄関が開く音がする。
俺はひょいと廊下に顔を出した。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
「今、風呂ためてて。コレ見つけたんですけど、どうしたんですか?」
「あー、実家にあったやつ。客からの貰い物とかで」
「桃子さんの。そっかぁ、納得です」
「使っていいぞ」
「いいんですか?」
「好きそうだと、思って…」
意識せずに言ったのか、五十川さんは急にむすっと口を閉じた。自分の言葉に恥ずかしくなったらしい。
そんなのも込みで、俺が喜ばないはずがない。むしろわざとなんじゃないかと疑う。
「俺のために持って帰ってくれたんですね」
職場では我慢したがもう必要ない。俺は荷物とベティを持ったままの五十川さんをぎゅうと抱きしめる。
「うれしいです! ありがとうございます!」
いつもなら、「くるしい」とか「もういいだろ」とか言ってくるのに、いくらぎゅうぎゅう抱きしめてもなにも言われない。
あれ?
「五十川さん?」
「気が済んだか?」
そんなバリエーションもあるのかと笑いながら「はい」と返事をする。
腕の力を弱め身体を離そうとしたところで五十川さんの頭が俺の肩に預けられる。
「今日はよく頑張ったな」
胸が苦しい。熱くなる目頭に、自分が情けない。せめてこぼれないようにと奥歯をかみしめる。
「トリブンのとこ、いつも無茶言われるんだ。こっちの手がまわらなくてお前に回したけど…悪かった」
「っあやまらないでください。平気です、五十川さんが大丈夫って言ってくれたので、怖かったですけど、でも、五十川さんばっかり怖い思いしてたのかと思うと…あの…あー、なに言ってんだろ俺」
「すぐ泣く」
「泣いてませんっギリセーフです!」
「…つか、風呂…ためてるって言ってたか?」
「あ!」
時すでに遅し。慌てて浴室をのぞくと浴槽からは盛大にお湯が溢れていた。
「す、すみません!」
「いや、俺も余計なことしたし」
「余計なんて! 全然! なんならお湯ためてた俺が余計でした! せっかく…五十川さんが…」
「荷物、置いてくるな」
五十川さんはふいと脱衣所を出て行った。
「恥ずかしがっちゃてぇ、へへ」
握っていたバブルバスをもう一度嗅ぐ。俺と一緒に入るつもりでこれを、と考えるとにまにましてしまう。
包装を破く前に、説明書きへ目を通した。
へえ、泡風呂になるんだ。って、んん?
戻ってきた五十川さんが、「どうした?」と聞いてくる。
「これ…お湯をためる前から入れとかないといけないみたいです」
「そうなんだ? じゃあ今日は無理だな」
お湯を溢れさせた上に、それを抜いてもう一度ためなおすことはできない。
「そうですよねぇ…ああ、しまったな」
まあ、次回があるというのも悪くない。
楽しげな入浴剤がなくても、五十川さんを後ろから抱きしめて浸かる風呂が最高なことに変わりはないんだし。
***
まさか、こうして二人でお風呂に入ってくれるようになるとは。というか、五十川さんとこんな関係になるとは、人生どうなるかわからない。
湯船の中で後ろから五十川さんを抱きしめる。
すげえ落ち着く。
「お前の…邪魔」
恋人と風呂にはいっているのだ。期待しないわけがない。
「五十川さんだって」
俺はもたれかかっている身体の下腹部へするりと右手を伸ばす。しかしそこにはなんの兆しもなかった。
「あっれ」
「なにもしてないんだから普通だろ」
いやいやいや! だって、これから、あんなことやこんなことするのに!
「想像したりしません?」
「はあ?」
腕を撫で指を絡めて握る。わざと背中を密着させ、声をひそめて「これからされること」と囁くと、五十川さんは勢いよく俺から身体を離した。
「なんだよ、急に」
「急じゃないですよー。あったまりましたね、のぼせるんでお湯は抜いときましょう」
「ここでする気か?」
「はい。いや、最初からそういうつもりだったわけじゃないんですけど、今の五十川さん見てたら俄然ヤル気が…お風呂でするのはじめてですね」
戸惑いの表情を浮かべる五十川さんの腕を掴み抱き寄せ、背中、首筋、耳、指、いたるところに舌を這わせ吸い付いた。
「ちょ…」
意味ありげに、誘うように。それにあわせて柔らかい陰茎を優しくいじる。
「っ物好きだよなぁ」
「え?」
手の中で張りを増していく欲望にしごく力を強める。
「気持ちいいですか?」
「…うるせえ」
「俺のも、して欲しいです」
五十川さんは軽く舌打ちをしてこちらを見つめる。たぶん、睨んだつもりなのだろうが、髪と同じように濡れた瞳は怖くもなんともない。
「へらへらすんな」と言いつつも、もぞもぞと身体を動かし向かい合って俺の身体に跨ると互いの屹立を擦り合わせてくれた。
こんなこともしてくれるようになるとはなぁ。
「成長しましたね」
「どういう意味だよ」
俺は不安定に揺れる腰を捕まえ、右手で割れ目をなぞった。
わずかに強張る身体が愛おしい。
「想像しました?」
窄まりへ中指をねじこむ。
「ここに挿れられること」
「…ッ」
軽く出し入れするたびにヒクつく場所が、俺を受け入れてくれることを考えると…「たまりませんな」と思わず声に出してしまう。
指を増やし内壁を撫でる。
「ン…」
甘い吐息に下半身が熱で疼く。
「五十川さん、も、いいですよね。俺、もう」
ぐっと掴んでいた腰を寄せ、落とす。
「む、ちゃすんなっ、て…ぁ」
掴まれた腕に指がくいこむのも気にせず突き上げた。きつく狭い内側を何度も突き上げ拡げていく。
「すみ…ません、止まらないかも」
「あぁっ、あっ、あっ…」
「気持ちいいでしょう、すげえ溢れてる」
二人の腹の間で五十川さんの屹立が先走りを零し揺れていた。
「ぅあ…むり、だって…」
そう言いながら、五十川さんは腕を俺の首にまわし抱きついてくる。良いところを擦り上げるときゅうと繋がった場所が締まった。
「わかります? 奥まで、ちゃんと、這入ってますよ」
「や、た…」
睫毛の触れそうな距離で縋りつくような眼差しを向けられる。普段からは想像もつかない淫らな表情はどうしようもなく俺を煽った。荒んだ息ごと舌を絡め合う。
キスを交わしながらも腰は止まらなかった。突き上げるたびに五十川さんは身体を震わせる。
「っふ…ぁ、ア」
五十川さんが達すると搾り取るように内側が蠕くから俺も我慢がきかなかった。
「やば」
「…え?」
「す、すみません」
「これ…なか…」
「アハハ」
「あーもう」
「このままもう一回いいですか」
「嫌だ。抜けよ」
「嫌です抜きません」
「…弥田のくせに生意気だな」
「五十川さんが甘やかしてくれるので」
へへへと笑うと、両頬をつままれ、ぐにぐにと引っ張られる。
「腑抜けた面しやがって」
「ごめんなさい」
「…なにがいいんだかな」
「へ?」
五十川さんはふっと表情をゆるめる。そんな表情を隠すように頬を引っ張るのをやめ身体をこちらへ預けた。
「なんでもねえよ、ばーか」
首筋にかかる息がくすぐったい。
「五十川さんって、時々すげぇ子どもっぽいですよね」
「お前に言われたくない」
俺たちはまだ繋がったままだ。五十川さんの濡れた髪をかきあげ、「明日も頑張れそうです」と伝える。
「うん」とだけ応えるのは、このまま続きをしてもいいということなのだろうか。
俺は脱力している身体を抱きしめた。互いの心音が心地よく重なる。
「まさか男に抱かれるようになるとなぁ」
「ははっ俺もさっき考えてました、五十川さんとこんなことするようになるなんてって。不思議ですよね」
「お前が言うなよお前のせいなんだぞ」
それを許したのは五十川さんですけどね。
言ったら怒られるかなと迷っていると、控えめに「でも」と内緒話をするような、小さな声が耳をくすぐる。続きがあるらしい。
「お前が物好きでよかったよ」
抱きしめていた腕の力を強める。好きになってよかったと思う。それを伝えてよかった。
溢れる気持ちのまま、「大好きです!」と言うと、いつもの声のトーンで「知ってる。いい加減苦しい」と返されるのは照れ隠しということにしておこう。
***おしまい
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