転生ヒロインは何も知らない

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サポートキャラ③

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 自分の席に座って、前方のヒロインちゃんの後姿を観察する。
 切ったばかりと言っていたショートヘアに慣れていないせいか、しきりに襟足を気にする仕草を見せるヒロインちゃんに、その隣の翔君がチラチラと視線を向けているのが私の席からは良く見えた。

 ひー君に対する噂話に盛り上がる周囲に相槌を返していたヒロインちゃんは、予鈴とともに慌てて私の手を取り教室へと入った。もしかしたらあまりいい噂ではないし、気分を害したのかもしれない。
 気になったけれど、自分の席を確認して着席する頃には担任の福田先生が教室に入ってきてしまったため、聞くことはできなかった。

 先生の簡単な挨拶の後、編入生ということでヒロインちゃんが真っ先に挨拶をすることになった。ここもゲームの流れ通りだ。

「父の仕事の都合で先月越してきました、花咲音子です。よろしくお願いします」

 最低限の挨拶だけして着席したヒロインちゃん。ぱらぱらとまばらな拍手に紛れて手を打ち鳴らしながら、私は感動のままスタンディングオベーションしそうになるのを必死にこらえていた。
 私というサポートキャラとの出会いに狂いが生じてしまったせいか、ひー君との出会い以外の展開がゲームと異なってしまったが、この自己紹介でやっとゲームが始まったのだと実感したのだ。

 ヒロインちゃんに向かってこっそりと話しかける翔君に、公式カプ推しオタクの私はますますテンションが上がった。

「(あーー……、良い。最高。これよこれ、こういうのがやりたかった!)」

 私は推しの部屋の壁や天井になって生活を見守りたい系のオタクである。
 壁や天井ではなく、ヒロインちゃんの友人枠のサポートキャラとして転生し、攻略対象とヒロインちゃんの絡みを間近で見られるなんて……。
 前世の私はいったいどんな善行をして徳を積んだのだろう。死因だとかもさっぱり覚えていないが、でもきっと何かすごくいいことをした気がする。じゃなきゃこんな幸せ、説明がつかない。
 何かって何だかさっぱわわからないけど。前世の自分に感謝しつつ、教室前方で繰り広げられる翔君とヒロインちゃんの出会いイベントに私は思いを馳せた。

 そして、自分の自己紹介の番に気付かずちょっと恥をかいた。翔君もヒロインちゃんとの話に夢中になって同じことをしていたのでそれほど目立たなかったと思いたい。



+++



 さて、始業式の日、つまりヒロインちゃんの登校初日のイベントはもう一つある。
 それはサポキャラと放課後に立ち寄ったカフェで起きる、唯一の大学生攻略対象キャラとの出会いだ。
 そしてこの大学生・土浦聡こそ、前世の私の最推しである。正直に言おう。これまでにも幾度となく彼がバイトするカフェに通い、遠目に彼が働く姿を眺めてきた。
 前世のプレイヤーの間では『つっちー』とか『さと君』なんて呼ばれていたけれど、ヒロインちゃんとのカップリングを推す私はゲーム内でヒロインちゃんが呼ぶ『聡さん』を推していきたい。

 優しくて穏やかな口調は低いけれど柔らかな声にとてもあっているし、清潔感のある髪型や服装がとてもよく似合う好青年だ。実は甘いものが好きで、ここで彼の好きなチョコレートケーキを注文することで出会い時の好感度が少しだけ上昇する。
 私はもちろんこれまでに何度もチョコレートケーキを頼んできたし、聡さん本人に注文したり、サーブしてもらったこともある。当然のごとく、ヒロインちゃんとの出会いで発生するバイトへの誘いはなかったが。
 それでも私は性懲りもなくカフェラテとチョコレートケーキを注文した。ヒロインちゃんも少し悩んだみたいだけど、同じものを注文する。

「やっぱり…………」
「ん? 何か言った?」
「あっ、ううん! なんでもない!」

 思わずこぼれてしまったのは、落胆に近い感情だった。
 きっとこれで、聡さんとヒロインちゃんの出会いイベントが発生する。私はゲームの通り、目の前で繰り広げられる彼らの出会いイベントを特等席で見られるわけだ。嬉しい。嬉しい、はずなのになぜか胸が苦しかった。
 
 聡さんは攻略対象で、この世界はヒロインちゃんのためのものだ。だから、サポートキャラとは言えモブの私が、攻略対象を本気で好きになるなんて空しいだけだとわかっていた。
 だからあくまでもカフェの客として、こっそりと密かに彼を眺めてはヒロインちゃんとのイベントやスチルを思い返して幸せな気持ちに浸っていたというのに。
 改めて聡さんと恋に落ちることができるヒロインちゃんが実際に現れて、これから彼らの出会いイベントが発生するのだと思うと暗澹たる気持ちが胸を占拠した。

 あんなに食べて、気付いたらもともと好きだったショートケーキよりもっと好きになっていたチョコレートケーキも、今日ばかりは、今日からはおいしく食べられないかもしれない。
 自分の気持ちがコントロールできなくて、楽しみなはずなのにちっともテンションが上がらない。ヒロインちゃんが話しかけてくれるのに、頭が回らなくてまともな返事ができている気がしなかった。


 そして、やっぱりというか、注文したものを運んできたのは聡さんだった。ゲームの通りなのに、私はますます苦しくなってひっそりと唇を噛んだ。
 目の前では一口食べるなり思わずといった風に感嘆の声を漏らすヒロインちゃんに、それを聞いた聡さんが小さく笑った。

「当店一押しはチーズケーキだけど、個人的にはこっちのチョコレートケーキのほうがおすすめですよ」
「あ、そうなんですね……ありがとうございます」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」

 ゲーム通りの表情。ゲーム通りの会話。何回もプレイして何回も見た光景を、画面越しではない実物としてこの目にすることができているのに。
 他の攻略対象のときのように喜べない自分に驚いたし、納得もした。
 聡さんは攻略対象で、この世界はヒロインちゃんのためのものだ。だから、サポートキャラとは言えモブの私が、攻略対象を本気で好きになるなんて空しいだけだとわかっていた。
 わかっていた、はずだった。
 頬張ったケーキを噛み締めるようにきつく目を閉じた。
 そうでもしないと涙と一緒に言ってはいけないことをぶちまけてしまいそうだったから。


「やばい、めっちゃおいしい。バイト代はゲームに捧げるつもりなのにこれはやばい……」

 ヒロインちゃんからバイトという単語が出た瞬間、もしかして、と期待してしまう。けれどやっぱりそんなはずはなくて、バイトを探してるというヒロインちゃんに、ゲーム通り聡さんが声をかけた。

「急にごめんね、俺は土浦聡、大学二年。
うちの店、ちょうど新しいバイトを募集してるんだ。白高の子なら学校からも近いよね?」

 ゲームと同じタイミング、ゲームと同じセリフ、ゲームと同じ表情。
 私は攻略対象とヒロインちゃんが恋人になっていく姿を眺めて、応援するのが好きなはずなのに、ゲームで何度も見たこの光景を現実でも見ることができてうれしいはずなのに。

 ヒロインちゃんがここで了承すれば、それはつまりヒロインちゃんが聡さんルートに入るということ。
 彼は同じ高校の生徒ではないから、ここで同じバイト先の先輩と後輩という関係にならなければ攻略ができない。そういう仕様だ。

 聡さんから目が離せないまま、まるで判決を待つような心地でヒロインちゃんの返答を待っていた。

「えーっと……、すいません」
「えっ?!」

 思わず大きな声が出てしまって、慌てて両手で口を押える。驚いたようなヒロインちゃんと聡さんの目がこちらを向くのがますます恥ずかしくて、ごまかすように首を左右に振った。

「(まさか、まさかまさかまさか……!)」

 丁寧に断るヒロインちゃんに、眉尻を下げた下げた聡さんが離れていく。その時にちらりとこちらを見たような気がしたけど、都合の良い私の勘違いだったかもしれない。


 もしかして、という期待で胸がと頭がいっぱいで、気付いたら駅まで来ていた。いつ店を出たのか、会計した記憶もないのだが大丈夫だろうか。

「また明日ね」
「うん、また明日……。ねぇ、ほんとにバイト、いいの?」
「え? うん。私どうせなら本屋とかが良いんだよね」

 思わず確認すれば、ヒロインちゃんはあっさりと頷いた。
 泣きそうになりながら駅でヒロインちゃんと別れて、私は改札を通――らずに、来た道をダッシュで引き返した。運動は苦手だけど、羽が生えたように体が軽く感じた。
 とは言え店に着いた頃には肩で息をして膝に手をついてぜぇぜぇしてしまったけど。

「あれ? 君はさっきの……、どうかした? 何か忘れ物?
いつもよく来てくれるし、何もなかったと思うんだけど……」

 出たばかりのカフェに戻ってきた私に、たまたまレジにいた聡さんが驚いて声をかけてくれる。
 猛ダッシュで店に駆け込んできたうえ、出入り口でぜぇはぁする不審極まりない私にまで優しくしてくれるなんて、と苦しさとは関係なしに涙が出そうになった。
 というか今までのもすべて認識されていたことに泣きそうだ。胸がいっぱいで息切れとは別の理由で言葉が出てこない。

「大丈夫? とりあえずこれ飲んで……」
「っ……あの!」

 あんまりにも息切れが酷かったせいか、グラスに水を注いで差し出してくれたけど、それを受け取るより先に顔を上げた。

「バイトって、私じゃだめですか……?!」

 ヒロインじゃないからだめかもしれない。だけど、ヒロインじゃないけど、私は、私だって、この世界で生きているから。ゲームの通りの生き方なんてできないと思ってしまったから。
 私は、いまここで、この世界で生きている聡さんが好きだから、この世界で生きている私として、聡さんを好きになったから、頑張っても良いんじゃないかと思ったのだ。
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