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青髭鬼元帥は嘆き 朱い華は策略す
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婚儀を滞りなく終えた直江は疲れ果ていた。
肉体的というよりも精神的に。
傍目から見ると疲れたその姿は普段の精悍さが形を潜め色悪が目立ち、直江の姿を目にした侍女達は腰砕けになる者、失神する者などが多々現れた。
そんな状況も露知らず、直江は、
“どうしてもこれだけは、確認しておかないと気がすまない”
と、精神的にヘロヘロに疲弊した頭に活を入れ、淡雪の侍従である都筑を呼びつけた。
なぜ、新婚初夜に新郎が新婦に性教育の講義をしなければならないのか。
それだけでなく、なぜ、我が西蓮寺家は新婚初夜にマグロの解体ショーをし、作物の受粉作業をするという古くからのしきたりがあると思い込んだのか。
何が嬉しくて新婚初夜に新床でマグロの解体ショーをしなければならない。
考えれば考えるほど直江にはさっぱり解らない。
自然と眉間にも深い皺を刻む。
淡雪の勘違いで鬼元帥直江の怜悧な思考が徐々に苛なまれていく。
敵の裏をかき、策略を用いて撃破してきた直江だが、淡雪の天然の撹乱には対処する術もなく混乱するのみだった。
その証拠に、
もしや、淡雪の実家である来栖家では新婚初夜にそういう儀式が行われているのでは?
だから間違えたのか。
性知識が皆無の淡雪が実家の儀式を踏襲しようとしたのは、仕方のない事かもしれないと考えると、
だとしたら、一概に淡雪を責めるもの憚られる。
・・・しかし、人とは解らないものだ。
直江は淡雪の父、来栖正親の容貌を思い浮かべた。
柔和としかいいようのがなく、中道路線の王道を行くあの当主が・・・
不意に直江は人外魔境の住人と化した淡雪の侍従を思い出した。役人めいたあの侍従が幽鬼となったくらいだ。
正親がねじり鉢巻きに大漁旗張りの法被を着て、長庖丁片手に新婚初夜にマグロの解体ショーを行ったところで不思議ではないかもしれない・・・あの侍従にしてあの主人ありといったところか。
人は見かけによらないというが・・・
など、正常な人間なら先ず考えない。
冷静沈着な鬼元帥をもっても冷静沈着では居られず、直江を思考の巨大迷路へと突き落とす。
直江の頭は最早混沌とし、自分でも可怪しいと判断できない状況に追い込まれているということにすら気づかない状況だった。
このままでは沼色の何かに引きずり込まれ、二度とこちらに戻ることができなくなるだろう一歩手前で直江を呼び戻したのは、呼ばれた都筑だった。
「お呼びとお聞きしましたが、何か?」
都筑が部屋の隅に控えているのを直江は近くへ来るよう目で促した。
そろそろと歩を進め、失礼に当たらない距離まで歩を詰めた。
表情一つ崩すことなく直江の前に侍る。
「淡雪の筆頭侍従であり、来栖家の執事であったお前に聞きたいことがある」
「お答えできることであれば」
「来栖家には特殊な儀式でもあるのか?」
「仰っている意味が解りかねますが・・・」
都筑が怪訝そうな表情を浮かべた。
「・・・では、率直に聞こう。来栖家では新婚初夜に新床でマグロの解体ショーを行うのか?」
「はぁっ?」
つい、都筑は頓狂な声を上げてしまった。
「し、失礼しました。閣下におかれましては、なぜそのようなことを?」
「来栖家のしきたりではないのか?」
直江が訝しげな表情で訊う。
「どこの世界に新床でマグロを捌くんですか。由緒正しき来栖家にそんなしきたりはございません。反対に、なぜそう仰られるのかこっちが聞きたいのですが」
「やはりな・・・しかし、それならどうして・・・」
ブツブツと呟く直江の姿に都筑は不穏な予感がする。
「あ、あの・・・ま、まさか、それは・・・淡雪様が・・・」
直江が頷いた。
マジですか!?と都筑の表情が言っていた。
「いまひとつ聞く。来栖家では閨の教育はどうなっているのか」
何だろう物凄く嫌な予感がする。
まさかとは思うが・・・いや、そんなことはない。
晴も言っていたではないか。
古参の侍女達が、淡雪様の声が部屋の外にまで聞こえて若い者には毒だ噂していたと。
自分を責めるように見る直江に何か思うところがあったのか、都筑の額に薄っすらと汗が滲んだ。
最悪の事態に都筑はゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐る
「閨教育といいますと・・・」
直江が苦々しく
「朝まで正しい性教育の講義をさせられた」
“・・・あの発熱は知恵熱だったのか。だぁ~っ、あの世間知らずが一っ”
都筑は頭を抱えたくなったというか、実際に頭を抱えた。
直江は初夜どころか指一本触れることなく、性教育をさせられたのだと思い至るに、都筑は直江に対して申し訳なく土下座したくなった。
直江は直江で都筑の顔面蒼白となり狼狽える様にここにも犠牲者がいることを知り、つい、
「お前も苦労するな」
と同情の念を浮かべしみじみといった。
鏡に紅を引いた己が顔が映る。
噎せような芳香の中、故国から付き従ってきた腹心の女官長の報告に耳を傾けた。
「滞りなく婚姻を挙げられ、あの方のあまりの激しさに花嫁は寝込まれたそうですよ」
角度を変えながら化粧の出来を確認する。
細く弓形に描いた眉、目尻だけに引いたアイラインがきつい印象を和らげていた。
「そう」
貴妃が頷くと女官により鏡が下げられた。
捧げられた凝った細工を施された腕輪に白く細い手首を通す。
貴妃は矯めつ眇めつ着けた腕輪を見る。
「これまでとは打って変わったご様子に周囲の者も驚いているとか」
「いいことね」
女官長の手を借り立ち上がると朱い衣の裾をついと蹴捌く。
貴妃は朝の挨拶のため豪奢な部屋を後にした。
後宮務めの女官や使用人が道を開け、頭を下げる中、渡り廊下を女官長に手を引かれながら優雅な足取りで歩く。
貴妃は尋ねるとはなしに
「可愛さのあまりに誤ってとなったら・・・どうなるかしら」
「・・・そうですね、生家が勢いのある家系となると、いかに位が高くとも無事ではすまないかと」
「ふふふ、寵愛が過ぎるのも考えものかしら」
「そうでございますね」
「禍福は糾える縄の如し・・・良いことがあると悪いこともある」
「この世の理でございます」
「ああ、そういえば、無事に婚礼を終えると生家から言祝ぎの使者が遣わされるのよね」
「はい。そろそろ着く頃合いかと」
「恙無く済むといいわね」
「ええ、そうですね」
女官長が肯定する。
あでやかな貴妃の口元に酷薄な笑みが浮かんだ。
肉体的というよりも精神的に。
傍目から見ると疲れたその姿は普段の精悍さが形を潜め色悪が目立ち、直江の姿を目にした侍女達は腰砕けになる者、失神する者などが多々現れた。
そんな状況も露知らず、直江は、
“どうしてもこれだけは、確認しておかないと気がすまない”
と、精神的にヘロヘロに疲弊した頭に活を入れ、淡雪の侍従である都筑を呼びつけた。
なぜ、新婚初夜に新郎が新婦に性教育の講義をしなければならないのか。
それだけでなく、なぜ、我が西蓮寺家は新婚初夜にマグロの解体ショーをし、作物の受粉作業をするという古くからのしきたりがあると思い込んだのか。
何が嬉しくて新婚初夜に新床でマグロの解体ショーをしなければならない。
考えれば考えるほど直江にはさっぱり解らない。
自然と眉間にも深い皺を刻む。
淡雪の勘違いで鬼元帥直江の怜悧な思考が徐々に苛なまれていく。
敵の裏をかき、策略を用いて撃破してきた直江だが、淡雪の天然の撹乱には対処する術もなく混乱するのみだった。
その証拠に、
もしや、淡雪の実家である来栖家では新婚初夜にそういう儀式が行われているのでは?
だから間違えたのか。
性知識が皆無の淡雪が実家の儀式を踏襲しようとしたのは、仕方のない事かもしれないと考えると、
だとしたら、一概に淡雪を責めるもの憚られる。
・・・しかし、人とは解らないものだ。
直江は淡雪の父、来栖正親の容貌を思い浮かべた。
柔和としかいいようのがなく、中道路線の王道を行くあの当主が・・・
不意に直江は人外魔境の住人と化した淡雪の侍従を思い出した。役人めいたあの侍従が幽鬼となったくらいだ。
正親がねじり鉢巻きに大漁旗張りの法被を着て、長庖丁片手に新婚初夜にマグロの解体ショーを行ったところで不思議ではないかもしれない・・・あの侍従にしてあの主人ありといったところか。
人は見かけによらないというが・・・
など、正常な人間なら先ず考えない。
冷静沈着な鬼元帥をもっても冷静沈着では居られず、直江を思考の巨大迷路へと突き落とす。
直江の頭は最早混沌とし、自分でも可怪しいと判断できない状況に追い込まれているということにすら気づかない状況だった。
このままでは沼色の何かに引きずり込まれ、二度とこちらに戻ることができなくなるだろう一歩手前で直江を呼び戻したのは、呼ばれた都筑だった。
「お呼びとお聞きしましたが、何か?」
都筑が部屋の隅に控えているのを直江は近くへ来るよう目で促した。
そろそろと歩を進め、失礼に当たらない距離まで歩を詰めた。
表情一つ崩すことなく直江の前に侍る。
「淡雪の筆頭侍従であり、来栖家の執事であったお前に聞きたいことがある」
「お答えできることであれば」
「来栖家には特殊な儀式でもあるのか?」
「仰っている意味が解りかねますが・・・」
都筑が怪訝そうな表情を浮かべた。
「・・・では、率直に聞こう。来栖家では新婚初夜に新床でマグロの解体ショーを行うのか?」
「はぁっ?」
つい、都筑は頓狂な声を上げてしまった。
「し、失礼しました。閣下におかれましては、なぜそのようなことを?」
「来栖家のしきたりではないのか?」
直江が訝しげな表情で訊う。
「どこの世界に新床でマグロを捌くんですか。由緒正しき来栖家にそんなしきたりはございません。反対に、なぜそう仰られるのかこっちが聞きたいのですが」
「やはりな・・・しかし、それならどうして・・・」
ブツブツと呟く直江の姿に都筑は不穏な予感がする。
「あ、あの・・・ま、まさか、それは・・・淡雪様が・・・」
直江が頷いた。
マジですか!?と都筑の表情が言っていた。
「いまひとつ聞く。来栖家では閨の教育はどうなっているのか」
何だろう物凄く嫌な予感がする。
まさかとは思うが・・・いや、そんなことはない。
晴も言っていたではないか。
古参の侍女達が、淡雪様の声が部屋の外にまで聞こえて若い者には毒だ噂していたと。
自分を責めるように見る直江に何か思うところがあったのか、都筑の額に薄っすらと汗が滲んだ。
最悪の事態に都筑はゴクリと唾を飲み込むと、恐る恐る
「閨教育といいますと・・・」
直江が苦々しく
「朝まで正しい性教育の講義をさせられた」
“・・・あの発熱は知恵熱だったのか。だぁ~っ、あの世間知らずが一っ”
都筑は頭を抱えたくなったというか、実際に頭を抱えた。
直江は初夜どころか指一本触れることなく、性教育をさせられたのだと思い至るに、都筑は直江に対して申し訳なく土下座したくなった。
直江は直江で都筑の顔面蒼白となり狼狽える様にここにも犠牲者がいることを知り、つい、
「お前も苦労するな」
と同情の念を浮かべしみじみといった。
鏡に紅を引いた己が顔が映る。
噎せような芳香の中、故国から付き従ってきた腹心の女官長の報告に耳を傾けた。
「滞りなく婚姻を挙げられ、あの方のあまりの激しさに花嫁は寝込まれたそうですよ」
角度を変えながら化粧の出来を確認する。
細く弓形に描いた眉、目尻だけに引いたアイラインがきつい印象を和らげていた。
「そう」
貴妃が頷くと女官により鏡が下げられた。
捧げられた凝った細工を施された腕輪に白く細い手首を通す。
貴妃は矯めつ眇めつ着けた腕輪を見る。
「これまでとは打って変わったご様子に周囲の者も驚いているとか」
「いいことね」
女官長の手を借り立ち上がると朱い衣の裾をついと蹴捌く。
貴妃は朝の挨拶のため豪奢な部屋を後にした。
後宮務めの女官や使用人が道を開け、頭を下げる中、渡り廊下を女官長に手を引かれながら優雅な足取りで歩く。
貴妃は尋ねるとはなしに
「可愛さのあまりに誤ってとなったら・・・どうなるかしら」
「・・・そうですね、生家が勢いのある家系となると、いかに位が高くとも無事ではすまないかと」
「ふふふ、寵愛が過ぎるのも考えものかしら」
「そうでございますね」
「禍福は糾える縄の如し・・・良いことがあると悪いこともある」
「この世の理でございます」
「ああ、そういえば、無事に婚礼を終えると生家から言祝ぎの使者が遣わされるのよね」
「はい。そろそろ着く頃合いかと」
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