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淡雪、生家からやってきた使者に怯える

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 この時代、婚礼を挙げたら一月以内に婚家へ生家から言祝ぎの使者やお祝品を届ける事になっている。
 ご多分に漏れず、我が来栖家からも西園寺家へお祝品を携え使者がやってくるという。
 通常使者に立つのは、領主に近い親族か重職を担う家臣だったと記憶している。なら、叔父上か家令の兵頭あたりだと思うんだけど、虫の知らせかなんだかもの凄く不吉な予感がして仕方がない。直江からの誘い(主に光顕や直江の侍女達だけど)もあの手この手で躱さなきゃならないし、精神的に疲弊しそうだよ。
 都筑か晴あたりなら誰が来るか知っていそうだよね。
 よし、聞こう。

「晴、そろそろ来る頃じゃない?」

「何がですか~」

 窓から入る陽の光を調整していた晴が背を向けたまま呑気に

「もうすぐお昼ですから~おやつは我慢ですよ~」

「違う、言祝ぎだよ」

「言祝ぎ~?そういえば~そうでした~」

 晴の顔付きが急に真面目になった。

「ヤバいです~忘れてました~」

「誰が使者に立ったか聞いてる?」

「淡雪様こそ~聞いてないんですか~」

「晴、何慌ててるんだよ」

「知らないんですか~お使者の中には~」

 晴がいうには、言祝ぎには文字通りお祝いにくるという反面、嫁ぎ先に付いていった侍女や侍従が怠けずにちゃんと主に仕えているか、主を蔑ろにしていないか、色仕掛で寝取ったりしていないかを検分確認するという側面もあるとのことだ。それを確認するのは古参のチェックに厳しい侍女で、不届き者を見つけたら、即、随行させてくる侍女や侍従と入替えて連れ帰る。
 連れ帰られた者はそれはそれは恐ろしい目にあうという。

「恐ろしい目って何?」

「古参の侍女の方々の監視の下~身なりから箸の上げ下げ、歩き方や道具の手入れの仕方を事細かにチェックされて~それこそ一から教育し直されるんですよ~しかも~朝から夜遅くまで~休む暇もなくですよ~」

 晴が涙目になっている。
 そ、それは恐ろしいな。口うるさい近江に一日中監視されたら・・・無、無理っ。半日でキレるは。

「随行されるのが~讃岐さんならいいんですが~」

 讃岐は鷹揚で至らぬことがあっても先ずは、手取り足取りして優しく教えてくれるので古参の侍女の中では若い侍女や新人にダントツの人気がある。

「周防さんだったら・・・」

 自分から言っておいて、恐怖からか晴の顔から血の気が一気に引き、紙のように真っ白になっていた。

 周防かぁ・・・
 周防は古参も古参、大ベテランの侍女であり、母上の腹心でもある。侍女頭を務め、父上でも頭が上がらない。己にも他人にも厳しく、重箱の隅どころか針先まで確認する。で、失敗したら大きな声を上げないかわりに扇をピシリと鳴らし、目から冷凍光線をだしながら睥睨される。あの冷凍光線を浴び、無言で睨みつけられようものなら新人の侍女など化石化するか失神する。ちなみに晴も化石化したクチらしい。
 どおりで晴が恐怖で固まるはずだよ。
 周防の教え子があの口うさい近江だと聞いて納得だよ。 

「晴、頑張れ」

「淡雪様~、何を他人事のように~お使者が家令の兵頭さんならいいですけど~もし、あのお方だったらどうします~?」

 晴の一声で今度は僕が真っ青になった。
 何という恐ろしいことをいうんだよ、晴。
 その人物を思い浮かべ、ぶるりと身震いした。

「・・・都筑なら知ってるかな」

「呼びますか~?」

「や、やっぱり止めとく」

「懸命です~」

 今から絶望の淵に立つ勇気は僕にも晴にもない。
 直江との接触を最小限にしつつ、使者が到着するまで僕と晴は誰がくるのかを想像し、戦々恐々としたのだった。



 言祝ぎの使者一行が西園寺家を訪れたのはあれから三日後のことだった。
 先ずは領主である直江に言祝ぎの挨拶をし、持参した品を渡した後、直江から使者に労いの言葉をかけ、小宴を設けて感謝を表す。
 その間、嫁いだ僕は表に出ることなく部屋でじっとしていなければならない。
 僕から覗くわけにもいかず、落ち着かない時間を過ごすことになる。
 こちらに来るにも最低でも二時間はかかるだろう。その間まんじりともせず待つなんて、もう生殺し状態じゃないか。
 そんなことは精神衛生上悪いとしか思えず、ならば何かして気を紛らわそうと趣味であるもの造りを始めた。
 嫁いでからこっち、いろいろとあったせいでご無沙汰していたこともあり、つい、夢中になってしまった。
 今回のは画期的だよな~ムフフ。僕って天才じゃなかろうかと悦に入っていたら、晴が呼びに来た。
 いいところを邪魔され、ブツブツと文句をいいつつ、来客間に足を踏み入れた途端、僕は壁に張り付いた。
 な、なんでこいつがいるんだよ。

「げっ、お前、何でここに」

 そこには背中に定規でも入っているんじゃないと疑いたくなるほど姿勢正しく座っていた弟の来栖 冬星とうせいがいた。

「おかえり、兄さん」

 冬星は振り返って真っ直ぐに僕を見た。
 冬星は癖のある栗色の髪を持ち、キリッとした眉に涼し気な目元をしている。性格は生真面目で休むとか無駄に遊ぶということをしない。
 いまも机の上には書物が開かれている。
 僕より年下のくせに大人びていて、並ぶと僕の方が弟に見られるのが癪でしかない。

「来訪があると解っていて、部屋を空けるなんてどうかと思うな。僕だからいいようなものの、これが大公様や他の方だったらどうするの、失礼だよ」

 と、やんわりと諌めてくる。

「それと兄さん、まさかとは思うけど、嫁いでまで中和泉様に連絡なんて取られてないよね?」

「智秋に?取ったけど?ちょっと、相談したいことがあるから誰か寄越してって連絡したら、智秋の方から来たよ。久々にあったけど、相変わらずマメだよね、智秋。手土産にマロングラッセ持ってきてくれた」

「呼んだの?中和泉様をここに・・・」

 冬星が信じられないという顔で僕を見た。

「残酷過ぎる・・・中和泉様に同情するな、僕は」

 そりゃ、過密スケジュールの智秋に相談を持ちかけたことは、悪いなぁと思ったけどさ。智秋が自ら来たんだもんね。
 それに智秋はちゃんと無理なら無理、駄目なら駄目っていうぞ。 
 いつだったか、僕が誕生日プレゼントによく切れる短剣が欲しいといったら笑みを浮かべて
「却下」とバッサリいわれたし。
 大体さ、何で成人もしてない冬星が来るんだよ。
 父上の名代で伯爵位の叔父上が使者として立つのはわかるよ。
 けどさ、いくら跡取りだからって冬星、未成年じゃん。爵位も叙爵してない無位無官の子どもが来訪するほうがおかしい。

「冬星、なにしに来たんだよ」

「兄さんの顔を見に来たに決まってるじゃないか」

 僕は胡乱げな目で冬星をみた。
 嘘つけ・・・何でもかんでも統計を取って、分析し突き詰める事以外は食事や睡眠でさえ雑事だからと最低限しかしないお前が、僕の言祝ぎに足を運ぶのはおかしいだろう。
 その証拠にテーブルに広げた統計資料はなんだよ。ちょっと部屋に居なかっただけで分析するか?
 長い時間馬車や馬に乗って他領へきたら、普通はゆっくりと身を休めるもんだろう。寸暇を惜しんで分析しようとするあたり、冬星が進んでこっちに来たとは考え難い。 
 僕は冬星をひたと睨みつけ、

「見え透いてるんだよ、お前は。僕の顔見たいがためにきたなんてさ。さぁ、正直に真実ほんとうのことをいえよ、冬星」


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