くちなわ

参望

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5.境

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 瞼に明るさを感じる。花の匂いと春のような暖かさもだった。
 徐々に五感が戻り、キヨはトグロを巻いたカガミの懐で裸のまま目を覚ました。  
 二人は湖の真ん中辺りにある小島の岸辺にいた。辺りは柔らかく日が差し、桃や桜などの花木から花弁が舞っている様子が霞みがかって見えた。
 「ここは?」
 キヨはゆっくり身を起こした。まだ頭がぼんやりしているようだ。
 「お前の住む地『ツキオカ』さ。ここはお前が館に着く前に渡った湖だ。」
 カガミが下顎でキヨの頭を撫でた。
 「こんな素敵な場所だったなんて。来る時は霧で分かりませんでした。」
 「この土地にはお前たち『人の領域』と、その片割れである私たち獣や草木の精の『精霊の領域』がある。館とこの辺りはその境目だ。」
 遠くの岸に目をやると、輝く尻尾を持つ狐と狸がじゃれ合っていた。やがてその2匹は水干を纏った人間の童の姿に姿を変えた。
 「自然や魂、その他の理が複雑に絡み合うこの二つの領域は、物質がどちらかに多くなるともう片方を押し潰してしまう。そうなるといろんなことが起こる。
例えば水や雲の量では、片方にその量が偏れば大水、そしてもう片方には干ばつが起こる。」

 「よって二つの領域は古より、その豊かさの均衡を保つ方法を編み出し、それを行ってきた。
 それが『蛟(ミズチ)の儀』、すなわち『蛟(ミズチ)の子』を産む儀式だ。」
 「『蛟(ミズチ)』?」
 「人間達が考え出した水妖の類のことではない。
 『蛟の子』は『ツキオカ』の二つの領域を無傷で行き来し、雨雲や水源の量を調節して水害を防いで大地に適度な潤いを与えてくれる大切な子。
 数百年経った今、前の子は寿命でこの世を去った為、再び新しい子の誕生が望まれている。」
 「精霊の子供を産む……。その為の婚礼だったのですか?」
 「ああ。だがその前に種の異なる者同士故に、信頼し合えるかどうか互いに見極める目的の方が強い。」

 カガミは人の姿になり、キヨを抱きかかえてからそっと地面に下ろした。ついでにキヨの髪に付いた花びらを取り除く。
 「私は当初の思い通りお前を受け入れることにした。お前が私の本当の姿を怖がらなくなったからな。
 キヨ、お前はどうだった?」
 「私は……。」
 キヨは俯く。 
 「今度はお前が決める番だ。
 種の違う私を信じて、しかも子を成さねばならない。簡単に決められることではないだろう。」
 カガミは近くに敷いていた上着をキヨの肩にかけてやり、白蛇の姿に戻って湖の中に入って行く。そのままスイスイと泳ぎ始めた。
 「カガミ様?どこへ!」
 キヨも上着が濡れないように畳んでから水に入り、水面を覆う白い花びらを掻き分けながら後を追った。 
 花びらと花びらの隙間から見える湖の水は青々とした水草や小魚達が見えるほど透き通って綺麗だった。

 「確かこの辺りで……。」
 カガミを見失った場所には別の小島があった。キヨ達が先程いた場所より狭く、大きな桃の木が一本だけ生えているだけだった。
 キヨはその木の根元に空いた穴にカガミが入って行くのを見た。触れようと小島に上がった時にはもうカガミの尾が完全に穴に収まってしまっていた。
 「私が決める……でもどうやって?」
 途方に暮れるキヨの目に木に実った果実が目に止まる。
 瑞々しく、よく熟れ、花の蜜が糸を引きながら滴っていた。
 (そういえば昨晩の御神酒を少し飲んでからその後何も飲んでない。色々あったし喉が乾いたな……。)
 キヨは果実をもぎ取り、そのままかじった。
 口の中に花の香りが広がり、酸味のある果汁が喉を流れる。
 キヨは自分が何をやってるのか自分でもおかしいと思いながらも、蜜や果汁が素肌に滴れるのも構わず夢中で果実を貪った。

 

 
 平げた後、酒に酔った時のような目眩と眠気を感じた。
 数回瞬きをした後、目の前に人間の姿のカガミが立っているのが目に入った。彼は口の周りに付いた液体を華奢な指先で拭い、舐めとっている。
 「『ツキオカ』の豊穣を堪能してくれたようで嬉しく思う。
 今更恥ずかしい事はないはずなのだが、『これ』を見せるのは少し照れるな。」
 その言葉を聞くのを最後にキヨは眠りに落ちた。
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