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第一章:神術学園
第四話:神術学園初日
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女子生徒は階段の上から転落した事で気を失ってしまったのだろう……そんな彼女を空洞は揺さぶって声をかけ起こそうとする。
「おい、あんた……大丈夫か?」
「ぅ……」
呻き声を上げ、僅かに瞼を動かしはするものの目を開く様子は無い女子生徒……どうやらちょっとやそっとでは覚ましそうに無かった。
「ちょっと、大丈夫?!貴方って本当に無茶するわね!」
「人命を救うためなら多少の無茶はいくらでもするよ」
「はぁ────まったく貴方って子は……まぁでも、そこが貴方の良い所なのだけれどね。それよりその子は大丈夫なの?気を失ってるようだけれど」
「見たところ怪我は無さそうだし、あんな高さから落ちたもんだから気を失っちまうのは仕方のねぇ事だろ。それよりも……」
空洞はそこで言葉を止めると、キッと階段の上を睨み付け、そこでそそくさと逃げ出そうとしている三人の女子生徒に向けて大声を上げた。
「テメェら逃げようとするんじゃねぇぞ!!」
その声の大きさは勿論、空洞が声を発した瞬間にその周囲をまるで押し潰すかのような空気が広がる。
それにより周囲にいた生徒達は勿論、普段から凶悪犯を相手にしている秋穂でさえも萎縮してしまった。
空洞に怒鳴られた三人の女子生徒達も例外ではなく、逃げ出そうとした姿のまま顔だけをこちらに向けて震え上がっていた。
「テメェら……なんでこいつを突き飛ばした?」
「ち、違っ……わ、私達がやったんじゃ……」
「あの体勢で落ちたってことは正面から突き飛ばしたって事になるよな?幸いにもここに刑事がいる……こいつの制服から指紋が検出されれば直ぐに分かる事だよな?」
空洞の言う通り女子生徒の事を突き飛ばしたと思われる三人は、その言葉を聞いてサーッと表情を青ざめさせていた。
その内の一人に関してはそれを超えて真っ白になっている。
〝ここからはあんたの仕事〟と言わんばかりに空洞が秋穂に顔を向ければ、秋穂は我に返って女子生徒達に話しかけた。
「彼の言う通り私は警視庁第0課神威犯罪対策室所属の刑事よ。先程彼の話にあった通り、この子から貴方達の指紋が検出されれば明らかな証拠になるわ。幸い……彼が受け止めてくれたから良かったものの、最悪〝暴行致死罪〟になっていたかもしれないわ。それでも、〝暴行罪〟に問われる事にはなるでしょうけれどね」
秋穂の言葉に三人はガタガタと震えている。
しかし真ん中に立っていた女子生徒は口をキュッと結んだあと、両腕を組んで開き直ったかのようにこう返した。
「ふ、ふん……やるならやってみれば?」
「あ?」
「私の親は大手企業の社長なの。それこそ、この国の経済を担っている企業の一つなの。この程度の事、揉み消すくらい簡単なのよ」
まるで勝ち誇ったかのように〝ふふん〟と鼻を鳴らす女子生徒。
その後ろに立っていた二人もそれに続くように同じく空洞達を見下ろしていた。
「その子は〝不幸を運ぶ子〟なのよ。その子に関わった人達は皆不幸になるの」
「それで?」
「しかも全然神威を使えない無能なのよ。それなのに私を差し置いてSクラスだなんておかしいでしょう?だからこう言ってやったのよ、〝不正でもしたんでしょ〟って」
国立菊花神術学園の入学試験は非常に厳しいものだというのは日本では誰もが知る事実で、それ故に不正など出来ないというのは常識でもある事なのだが、しかしこの女子生徒は空洞の腕の中で気を失っている女子生徒が不正をしたと思い込んでいるようで、その事を空洞達にそう話した。
「そうしたら〝してない〟って嘘をつくものだから痛い目に合わせようとしたのよ。それにもし死んだとしても悲しむ人なんていやしないわよ」
「こいつの親が悲しむだろうが」
嘲笑を浮かべる女子生徒にそう言い返した空洞だったが、その言葉を聞いた女子生徒は途端に吹き出し笑い始めた。
「なに笑ってやがる?」
「アハハ!だってあんた、いきなり可笑しい事を言うんだもの。その子はね、親に愛されてなんかいないのよ!だって無能で疫病神なんだから。その子の家は〝姫神家〟って言って日本有数の大財閥にして神威の名家だけれど、その娘であるその子は神威も満足に使えない無能なのよ。そんな娘を愛する親なんて、普通はいないでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、またしてもあの気圧されるような空気が広がった。
それを発しているのは他でもない空洞。
隣にいた秋穂は落ち着くように宥めようとしたが、その前に空洞が地を這うような声で女子生徒に向けてこう言っていた。
「もういいや。テメェもう黙れ」
底冷えするかのような低い低い声……その声に女子生徒達は再び萎縮してしまう。
そんな彼女達の眼前で空洞は秋穂に女子生徒の事を頼む。
「秋穂さん、この子のこと頼むわ」
「何をするつもり?」
「あのアホ共に灸を据えようと思ってさ」
「やり過ぎたら駄目よ」
秋穂はそこで〝駄目だ〟と言わない辺り、彼女もまた女子生徒達の言葉に頭が来ていたのだろう。
そんな秋穂に女子生徒の事を任せた空洞はゆっくりと立ち上がり、そして射抜くような視線を女子生徒達に向けながら一歩踏み出してゆく。
「あんたも吹っ飛ばされればいいわ!」
空洞がこちらに近付いてくると分かった女子生徒は手を翳すと風を起こし始める。
その風は彼女の翳した手のひらの前で収束し球体を作り上げた。
(〝風〟の神威ね……)
そう冷静に分析をする秋穂。
しかし空洞の力を知っているからか、それが彼に向けられようと焦ることは無かった。
「吹き飛びなさい!」
そうして放たれた風の球体は真っ直ぐに空洞へと飛び、そしてその身体に当たる直前で空洞が振り払った手によってかき消された。
「……へ?」
頭の中では空洞が無様に吹っ飛んでゆく姿を想像していた女子生徒だったが、その想像とは違う結果に彼女は思わず間の抜けた声を漏らす。
「もう一度……!」
まるで弾丸のように次々と風の球体を放ってゆく女子生徒……しかし結果は当然、その全てが空洞によってかき消される結果となった。
「なんで……なんでよ!」
「テメェは自分が上だと勘違いしてるようだが、世の中にゃあ上には上がいるもんなんだよ。つまり、俺はテメェより〝上〟って事だ」
「馬鹿にして……!」
女子生徒は次に球体ではなく、集めた風をそのまま横薙ぎに払う。
するとその風は一閃の刃となり空洞を襲った。
まぁ、その風の刃も空洞の手によってかき消されてしまうのだが……。
「そんな……」
「これで分かったか?テメェの〝底〟がよ」
「くっ……なら、これで……!」
「ちょっ……風華様!それは流石に……」
「なによ!あんたも私に楯突くわけ?!」
「い、いえ……」
膨大の風を集め始めた〝風華〟という女子生徒にその隣にいた女子生徒が苦言を呈そうとしたが、ひと睨みされて大人しく引き下がる。
それを見ていた空洞はその場でため息をついた。
「はぁ~……やれやれ。食い下がらずに言いなりか」
「うるっさいわね!あんたなんてこれで終わりよ!」
「今までのを見て通じねぇとまだ分からねぇのか……」
「あんたなんか死んじゃえ!」
そうは言ったものの、風華は本気で殺すつもりなど無かった。
ただ少し空洞を怖がらせる為だけに放とうとしていた技……しかし対する空洞は呆れにも似た表情で静かに手を翳す。
「今度こそ……無様に吹き飛びなさい!」
(〝風弾〟に〝風刃〟……からの〝風砲〟だなんて、相当訓練したのね。でも、可哀想だけど貴方じゃ空洞くんには勝てないわ)
秋穂がそう思った通り、空洞を襲った風華の〝風砲〟はいとも容易くかき消された。
空洞がした事といえば、ただ手を翳しただけ。
しかしその光景に風華は今度こそ絶望の表情を浮かべた。
そんな風華の目の前に立ち見下ろす空洞。
「おう、テメェの目の前まで来たぜ?」
「くっ……!」
風華は急いで技を放とうと手を動かすが、その腕は空洞に掴まれてそして彼の無効化により風華は神威を発動出来なくなる。
「なっ……どうして?!」
「俺の神威には触れた相手の神威を無効化させる能力があってな?つまり今のテメェは神威を使うことが出来ないって事だ」
「は、離し……」
「だがこの神威はテメェの神威のように飛ばしたりなんだり出来るような代物じゃなくてな。使い勝手が悪ぃんだ。だから普段から身体を鍛えてんだよ」
風華は慌てて空洞の手を振り払おうとするも、ピクリとも動かない。
そうこうしている内に空洞の拳がゆっくりと上がった。
「なによ!私を殴るつもり?!そんな事をすればパパが黙ってないわ!」
「生憎と、テメェみてぇな手合いを相手したことがあるんでね……そう脅されたところで気にもしねぇんだわ」
「女を殴るなんて最低よ!」
風華がそう言い放った所で空洞がピタリと動きを止める。
やはり女性からそのように言われたら躊躇してしまうのだと風華がニヤリと笑んだその時、空洞の口から出たのは彼女にとって驚きの一言であった。
「確かに……俺は普段は女子供、そして年寄りは殴らねぇ主義だ。けどな?相手が悪党だと分かったら、例え女子供、そして年寄りだろうと俺は情け容赦無く殴るぜ?」
「ひっ……!」
風華は小さな悲鳴を漏らした。
そして空洞は拳に更に力を込めると、その拳を風華の顔目掛けて突き出した。
「ちょっ……空洞くん?!」
その光景を見ていた秋穂は驚き、声を上げる。
しかしその拳は風華の顔面すれすれで止められていた。
「つっても、今は実際に殴るつもりはねぇよ。これはお灸だ。馬鹿な事をしてそれでも反省していない奴へのな。だか、二度目はねぇ……また次にあの子に何かしているのを見かけたら、今度こそ殴る。いいな?」
その言葉に風華はカクカクと何度も首を縦に振ってから、空洞が手を離したタイミングでその場にへたり込んだ。
その際に彼女のスカート付近から液体が流れ出たのを見るに、どうやら今ので失禁したのだろう。
それを見た空洞は途端に気迫を鎮め、罰が悪そうに頬をかいた。
風華の取り巻きであった二人の女子生徒達は、自分達が従っていた相手の情けない姿を見てもなお、彼女の元に駆け寄り声をかけている。
その際にチラチラと空洞を見るような素振りをしているので、どうやら彼から風華を守ろうとしているらしい。
しかし空洞はそれには気にも止めていなかった。
何故なら彼が今、気になっているのは周囲の視線と、そこから生まれる声であったからだ。
「見てよあの子……」
「うわぁ、漏らしちゃってんじゃん」
「あの子、確か〝嵐山家〟の娘だよな?」
「あれだけ威張り散らしてたのに……情けねぇな」
「おい、笑ってやるなよ」
「お前だって」
「まぁ、嵐山家の恥晒してんだから笑っちまうのは無理ねぇか」
「あはは……」
「くすくす……」
その声は当然、風華の耳にも入っており、彼女は悔しいやら恥ずかしいやら情けないやらで今にも泣き出しそうな表情になっていた。
泣けば更に笑われる……しかしそんな風華の心を突き刺すように声は止むことが無かった。
「嵐山家の恥晒し」
「威張り散らしてただけの雑魚」
「Sクラスだなんておこがましい」
「おい……今言ったのは何処のどいつだ?」
いよいよ風華の涙腺が堰を切ろうとした矢先、そんな声が周囲に響き渡る。
風華が顔を上げてみれば、そこには周囲を睨め付ける空洞の姿があった。
空洞からそう問われた周囲の者達は一斉に口を噤み、中には顔を逸らす者までいる。
そんな彼らを一瞥しながら空洞は更に続けた。
「今こいつを馬鹿にした奴はどいつだって聞いてんだ」
「い、いや……だって……なぁ?」
「そいつ……初等部の時から威張り散らしてたし……」
「なんていうか……ざまあみろって感じ……」
「だったら今の今まで傍観してたテメェらは何なんだ?」
『────っ!』
口々に言い訳をし始める生徒達に空洞の鋭い視線が突き刺さる。
「そう思ってんなら言えば良かっただろうが。なんで言わなかった?どうせこいつの親がどうのこうの言い訳して目を逸らしてただけだろうがよ」
図星を突かれて更に黙ってしまう生徒達。
「何処に行ってもいるんだよなぁ……見て見ぬふりしてきたくせに、いざそいつが無様な姿を見せた瞬間によってたかって批難してくる奴ってのがよ。まったく……そういう奴らをなんて言うか知ってるか?〝卑怯者〟って言うんだよ」
その言葉にビクリと身体を震わせる生徒達。
それでも風華に謝ろうとしない彼らを見て空洞は呆れ果てたのか顔を風華へと向けた。
「一生卑怯者として生きていきてぇなら勝手にしろ」
静まり返った周囲。
そして今度は風華が口を開く。
「どうして……」
「あん?」
「どうして私を庇ったの?」
「別に庇ったわけでも守ったわけでもねぇよ。テメェを許したわけじゃねぇからな。ただテメェに注意すらしなかったくせに、いざこの時ばかりにあれこれ言い出す奴が嫌いだってだけだ」
そうして空洞は風華の前でしゃがみ込むと、その視線を真っ直ぐに風華の目へと向けてこう言った。
「テメェも、あの子が目を覚ましたら頭を下げて謝罪しろ。例え許されなかったとしても、許されるまで何度でも頭を下げろ。それが筋ってやつだ」
それだけを言って空洞は立ち上がり、踵を返して去ろうとする。
しかし途中で足を止めると、再び風華達の前へと戻ってきた。
「そういや、こんな事を女子に聞くのも何だけどよ……ここって下着とかって売ってんのか?」
「へ?あ……うん……ここって全寮制だから……購買に行けば下着とかも売ってた……はず……です……」
「そうか。そうなるといくらくらいすんのかなぁ~。まぁこれだけあれば足りるだろ」
空洞はそう言うなり財布から五千円を取り出し風華の隣にいた女子生徒へと手渡した。
その事に目を丸くして驚いている風華達三人に空洞はこう話す。
「流石にそこまでする気は無かった。こればっかりはやり過ぎた俺が悪い。だからそれで下着やら何やら買ってくれ。じゃあな。あっ、絶対にあの子に謝れよ?」
空洞はそう言うと今度こそ風華達の前から去っていった。
「大丈夫ですか風華様!」
「急いで着替えに参りましょう!……風華様?」
取り巻きの二人の女子生徒からそう声をかけられた風華。
しかし彼女の目はずっと空洞が去っていった方向を見続けており、二人の声が聞こえていないのかボーッとした表情を浮かべている。
そんな彼女に二人は互いに顔を見合せ首を傾げていたが、そんな時に風華がようやく口を開いた。
「素敵……」
「「…………………………はい?」」
主の言葉にポカンとする二人を他所に、風華は少しだけ頬を赤く染めるのであった。
───────────────────
《次回予告》
女子生徒を突き落とした嵐山風華との騒動を解決した空洞
そんな彼があの女子生徒の元へと戻ると、そこには見知らぬ人物が秋穂と話をしている光景を目撃する
訝しげに思う空洞……そして彼は秋穂によりその人物が意外な人物である事を知る
次回、〝神術学園学園長、九重〟
「おい、あんた……大丈夫か?」
「ぅ……」
呻き声を上げ、僅かに瞼を動かしはするものの目を開く様子は無い女子生徒……どうやらちょっとやそっとでは覚ましそうに無かった。
「ちょっと、大丈夫?!貴方って本当に無茶するわね!」
「人命を救うためなら多少の無茶はいくらでもするよ」
「はぁ────まったく貴方って子は……まぁでも、そこが貴方の良い所なのだけれどね。それよりその子は大丈夫なの?気を失ってるようだけれど」
「見たところ怪我は無さそうだし、あんな高さから落ちたもんだから気を失っちまうのは仕方のねぇ事だろ。それよりも……」
空洞はそこで言葉を止めると、キッと階段の上を睨み付け、そこでそそくさと逃げ出そうとしている三人の女子生徒に向けて大声を上げた。
「テメェら逃げようとするんじゃねぇぞ!!」
その声の大きさは勿論、空洞が声を発した瞬間にその周囲をまるで押し潰すかのような空気が広がる。
それにより周囲にいた生徒達は勿論、普段から凶悪犯を相手にしている秋穂でさえも萎縮してしまった。
空洞に怒鳴られた三人の女子生徒達も例外ではなく、逃げ出そうとした姿のまま顔だけをこちらに向けて震え上がっていた。
「テメェら……なんでこいつを突き飛ばした?」
「ち、違っ……わ、私達がやったんじゃ……」
「あの体勢で落ちたってことは正面から突き飛ばしたって事になるよな?幸いにもここに刑事がいる……こいつの制服から指紋が検出されれば直ぐに分かる事だよな?」
空洞の言う通り女子生徒の事を突き飛ばしたと思われる三人は、その言葉を聞いてサーッと表情を青ざめさせていた。
その内の一人に関してはそれを超えて真っ白になっている。
〝ここからはあんたの仕事〟と言わんばかりに空洞が秋穂に顔を向ければ、秋穂は我に返って女子生徒達に話しかけた。
「彼の言う通り私は警視庁第0課神威犯罪対策室所属の刑事よ。先程彼の話にあった通り、この子から貴方達の指紋が検出されれば明らかな証拠になるわ。幸い……彼が受け止めてくれたから良かったものの、最悪〝暴行致死罪〟になっていたかもしれないわ。それでも、〝暴行罪〟に問われる事にはなるでしょうけれどね」
秋穂の言葉に三人はガタガタと震えている。
しかし真ん中に立っていた女子生徒は口をキュッと結んだあと、両腕を組んで開き直ったかのようにこう返した。
「ふ、ふん……やるならやってみれば?」
「あ?」
「私の親は大手企業の社長なの。それこそ、この国の経済を担っている企業の一つなの。この程度の事、揉み消すくらい簡単なのよ」
まるで勝ち誇ったかのように〝ふふん〟と鼻を鳴らす女子生徒。
その後ろに立っていた二人もそれに続くように同じく空洞達を見下ろしていた。
「その子は〝不幸を運ぶ子〟なのよ。その子に関わった人達は皆不幸になるの」
「それで?」
「しかも全然神威を使えない無能なのよ。それなのに私を差し置いてSクラスだなんておかしいでしょう?だからこう言ってやったのよ、〝不正でもしたんでしょ〟って」
国立菊花神術学園の入学試験は非常に厳しいものだというのは日本では誰もが知る事実で、それ故に不正など出来ないというのは常識でもある事なのだが、しかしこの女子生徒は空洞の腕の中で気を失っている女子生徒が不正をしたと思い込んでいるようで、その事を空洞達にそう話した。
「そうしたら〝してない〟って嘘をつくものだから痛い目に合わせようとしたのよ。それにもし死んだとしても悲しむ人なんていやしないわよ」
「こいつの親が悲しむだろうが」
嘲笑を浮かべる女子生徒にそう言い返した空洞だったが、その言葉を聞いた女子生徒は途端に吹き出し笑い始めた。
「なに笑ってやがる?」
「アハハ!だってあんた、いきなり可笑しい事を言うんだもの。その子はね、親に愛されてなんかいないのよ!だって無能で疫病神なんだから。その子の家は〝姫神家〟って言って日本有数の大財閥にして神威の名家だけれど、その娘であるその子は神威も満足に使えない無能なのよ。そんな娘を愛する親なんて、普通はいないでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、またしてもあの気圧されるような空気が広がった。
それを発しているのは他でもない空洞。
隣にいた秋穂は落ち着くように宥めようとしたが、その前に空洞が地を這うような声で女子生徒に向けてこう言っていた。
「もういいや。テメェもう黙れ」
底冷えするかのような低い低い声……その声に女子生徒達は再び萎縮してしまう。
そんな彼女達の眼前で空洞は秋穂に女子生徒の事を頼む。
「秋穂さん、この子のこと頼むわ」
「何をするつもり?」
「あのアホ共に灸を据えようと思ってさ」
「やり過ぎたら駄目よ」
秋穂はそこで〝駄目だ〟と言わない辺り、彼女もまた女子生徒達の言葉に頭が来ていたのだろう。
そんな秋穂に女子生徒の事を任せた空洞はゆっくりと立ち上がり、そして射抜くような視線を女子生徒達に向けながら一歩踏み出してゆく。
「あんたも吹っ飛ばされればいいわ!」
空洞がこちらに近付いてくると分かった女子生徒は手を翳すと風を起こし始める。
その風は彼女の翳した手のひらの前で収束し球体を作り上げた。
(〝風〟の神威ね……)
そう冷静に分析をする秋穂。
しかし空洞の力を知っているからか、それが彼に向けられようと焦ることは無かった。
「吹き飛びなさい!」
そうして放たれた風の球体は真っ直ぐに空洞へと飛び、そしてその身体に当たる直前で空洞が振り払った手によってかき消された。
「……へ?」
頭の中では空洞が無様に吹っ飛んでゆく姿を想像していた女子生徒だったが、その想像とは違う結果に彼女は思わず間の抜けた声を漏らす。
「もう一度……!」
まるで弾丸のように次々と風の球体を放ってゆく女子生徒……しかし結果は当然、その全てが空洞によってかき消される結果となった。
「なんで……なんでよ!」
「テメェは自分が上だと勘違いしてるようだが、世の中にゃあ上には上がいるもんなんだよ。つまり、俺はテメェより〝上〟って事だ」
「馬鹿にして……!」
女子生徒は次に球体ではなく、集めた風をそのまま横薙ぎに払う。
するとその風は一閃の刃となり空洞を襲った。
まぁ、その風の刃も空洞の手によってかき消されてしまうのだが……。
「そんな……」
「これで分かったか?テメェの〝底〟がよ」
「くっ……なら、これで……!」
「ちょっ……風華様!それは流石に……」
「なによ!あんたも私に楯突くわけ?!」
「い、いえ……」
膨大の風を集め始めた〝風華〟という女子生徒にその隣にいた女子生徒が苦言を呈そうとしたが、ひと睨みされて大人しく引き下がる。
それを見ていた空洞はその場でため息をついた。
「はぁ~……やれやれ。食い下がらずに言いなりか」
「うるっさいわね!あんたなんてこれで終わりよ!」
「今までのを見て通じねぇとまだ分からねぇのか……」
「あんたなんか死んじゃえ!」
そうは言ったものの、風華は本気で殺すつもりなど無かった。
ただ少し空洞を怖がらせる為だけに放とうとしていた技……しかし対する空洞は呆れにも似た表情で静かに手を翳す。
「今度こそ……無様に吹き飛びなさい!」
(〝風弾〟に〝風刃〟……からの〝風砲〟だなんて、相当訓練したのね。でも、可哀想だけど貴方じゃ空洞くんには勝てないわ)
秋穂がそう思った通り、空洞を襲った風華の〝風砲〟はいとも容易くかき消された。
空洞がした事といえば、ただ手を翳しただけ。
しかしその光景に風華は今度こそ絶望の表情を浮かべた。
そんな風華の目の前に立ち見下ろす空洞。
「おう、テメェの目の前まで来たぜ?」
「くっ……!」
風華は急いで技を放とうと手を動かすが、その腕は空洞に掴まれてそして彼の無効化により風華は神威を発動出来なくなる。
「なっ……どうして?!」
「俺の神威には触れた相手の神威を無効化させる能力があってな?つまり今のテメェは神威を使うことが出来ないって事だ」
「は、離し……」
「だがこの神威はテメェの神威のように飛ばしたりなんだり出来るような代物じゃなくてな。使い勝手が悪ぃんだ。だから普段から身体を鍛えてんだよ」
風華は慌てて空洞の手を振り払おうとするも、ピクリとも動かない。
そうこうしている内に空洞の拳がゆっくりと上がった。
「なによ!私を殴るつもり?!そんな事をすればパパが黙ってないわ!」
「生憎と、テメェみてぇな手合いを相手したことがあるんでね……そう脅されたところで気にもしねぇんだわ」
「女を殴るなんて最低よ!」
風華がそう言い放った所で空洞がピタリと動きを止める。
やはり女性からそのように言われたら躊躇してしまうのだと風華がニヤリと笑んだその時、空洞の口から出たのは彼女にとって驚きの一言であった。
「確かに……俺は普段は女子供、そして年寄りは殴らねぇ主義だ。けどな?相手が悪党だと分かったら、例え女子供、そして年寄りだろうと俺は情け容赦無く殴るぜ?」
「ひっ……!」
風華は小さな悲鳴を漏らした。
そして空洞は拳に更に力を込めると、その拳を風華の顔目掛けて突き出した。
「ちょっ……空洞くん?!」
その光景を見ていた秋穂は驚き、声を上げる。
しかしその拳は風華の顔面すれすれで止められていた。
「つっても、今は実際に殴るつもりはねぇよ。これはお灸だ。馬鹿な事をしてそれでも反省していない奴へのな。だか、二度目はねぇ……また次にあの子に何かしているのを見かけたら、今度こそ殴る。いいな?」
その言葉に風華はカクカクと何度も首を縦に振ってから、空洞が手を離したタイミングでその場にへたり込んだ。
その際に彼女のスカート付近から液体が流れ出たのを見るに、どうやら今ので失禁したのだろう。
それを見た空洞は途端に気迫を鎮め、罰が悪そうに頬をかいた。
風華の取り巻きであった二人の女子生徒達は、自分達が従っていた相手の情けない姿を見てもなお、彼女の元に駆け寄り声をかけている。
その際にチラチラと空洞を見るような素振りをしているので、どうやら彼から風華を守ろうとしているらしい。
しかし空洞はそれには気にも止めていなかった。
何故なら彼が今、気になっているのは周囲の視線と、そこから生まれる声であったからだ。
「見てよあの子……」
「うわぁ、漏らしちゃってんじゃん」
「あの子、確か〝嵐山家〟の娘だよな?」
「あれだけ威張り散らしてたのに……情けねぇな」
「おい、笑ってやるなよ」
「お前だって」
「まぁ、嵐山家の恥晒してんだから笑っちまうのは無理ねぇか」
「あはは……」
「くすくす……」
その声は当然、風華の耳にも入っており、彼女は悔しいやら恥ずかしいやら情けないやらで今にも泣き出しそうな表情になっていた。
泣けば更に笑われる……しかしそんな風華の心を突き刺すように声は止むことが無かった。
「嵐山家の恥晒し」
「威張り散らしてただけの雑魚」
「Sクラスだなんておこがましい」
「おい……今言ったのは何処のどいつだ?」
いよいよ風華の涙腺が堰を切ろうとした矢先、そんな声が周囲に響き渡る。
風華が顔を上げてみれば、そこには周囲を睨め付ける空洞の姿があった。
空洞からそう問われた周囲の者達は一斉に口を噤み、中には顔を逸らす者までいる。
そんな彼らを一瞥しながら空洞は更に続けた。
「今こいつを馬鹿にした奴はどいつだって聞いてんだ」
「い、いや……だって……なぁ?」
「そいつ……初等部の時から威張り散らしてたし……」
「なんていうか……ざまあみろって感じ……」
「だったら今の今まで傍観してたテメェらは何なんだ?」
『────っ!』
口々に言い訳をし始める生徒達に空洞の鋭い視線が突き刺さる。
「そう思ってんなら言えば良かっただろうが。なんで言わなかった?どうせこいつの親がどうのこうの言い訳して目を逸らしてただけだろうがよ」
図星を突かれて更に黙ってしまう生徒達。
「何処に行ってもいるんだよなぁ……見て見ぬふりしてきたくせに、いざそいつが無様な姿を見せた瞬間によってたかって批難してくる奴ってのがよ。まったく……そういう奴らをなんて言うか知ってるか?〝卑怯者〟って言うんだよ」
その言葉にビクリと身体を震わせる生徒達。
それでも風華に謝ろうとしない彼らを見て空洞は呆れ果てたのか顔を風華へと向けた。
「一生卑怯者として生きていきてぇなら勝手にしろ」
静まり返った周囲。
そして今度は風華が口を開く。
「どうして……」
「あん?」
「どうして私を庇ったの?」
「別に庇ったわけでも守ったわけでもねぇよ。テメェを許したわけじゃねぇからな。ただテメェに注意すらしなかったくせに、いざこの時ばかりにあれこれ言い出す奴が嫌いだってだけだ」
そうして空洞は風華の前でしゃがみ込むと、その視線を真っ直ぐに風華の目へと向けてこう言った。
「テメェも、あの子が目を覚ましたら頭を下げて謝罪しろ。例え許されなかったとしても、許されるまで何度でも頭を下げろ。それが筋ってやつだ」
それだけを言って空洞は立ち上がり、踵を返して去ろうとする。
しかし途中で足を止めると、再び風華達の前へと戻ってきた。
「そういや、こんな事を女子に聞くのも何だけどよ……ここって下着とかって売ってんのか?」
「へ?あ……うん……ここって全寮制だから……購買に行けば下着とかも売ってた……はず……です……」
「そうか。そうなるといくらくらいすんのかなぁ~。まぁこれだけあれば足りるだろ」
空洞はそう言うなり財布から五千円を取り出し風華の隣にいた女子生徒へと手渡した。
その事に目を丸くして驚いている風華達三人に空洞はこう話す。
「流石にそこまでする気は無かった。こればっかりはやり過ぎた俺が悪い。だからそれで下着やら何やら買ってくれ。じゃあな。あっ、絶対にあの子に謝れよ?」
空洞はそう言うと今度こそ風華達の前から去っていった。
「大丈夫ですか風華様!」
「急いで着替えに参りましょう!……風華様?」
取り巻きの二人の女子生徒からそう声をかけられた風華。
しかし彼女の目はずっと空洞が去っていった方向を見続けており、二人の声が聞こえていないのかボーッとした表情を浮かべている。
そんな彼女に二人は互いに顔を見合せ首を傾げていたが、そんな時に風華がようやく口を開いた。
「素敵……」
「「…………………………はい?」」
主の言葉にポカンとする二人を他所に、風華は少しだけ頬を赤く染めるのであった。
───────────────────
《次回予告》
女子生徒を突き落とした嵐山風華との騒動を解決した空洞
そんな彼があの女子生徒の元へと戻ると、そこには見知らぬ人物が秋穂と話をしている光景を目撃する
訝しげに思う空洞……そして彼は秋穂によりその人物が意外な人物である事を知る
次回、〝神術学園学園長、九重〟
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