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第一章 レクルキス王国

3 爆殺し損ねた

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 シーニャの支度が整って、昼前には出発できた。
 商人の送迎で、村から街道までの道はよく知っている、とのことで、とりあえずの道案内は、ケーオとシーニャに任せた。
 街道まで出れば、道沿いに進むだけで町につながる。もちろん首都にも。

 しかし、一行は、なかなか進まない。

 「街に着く前に、できるだけお金を稼いでおかないと」
 「俺も、あんまり持ち出せなかったんだよな」

 二人が道々薬草を摘んだり、兎を追ったり、スライムを叩いたりするせいである。
 スライムは、体の中に金属を溜め込んでいて、小銭そのものが手に入ることもあるので、見つけ次第必ず殺される。ファンタジー系RPGの定番みたいな光景である。

 「トリス様は、お荷物魔法で隠しているんですか」
 「シーニャ。様つけなくていいよ。敬語で話すのもやめて欲しい。私も止めるから」
 「はい、トリスさ‥‥トリス」
 「よろしい。荷物はアリエルが持ってくれている」
 「うわあ。魔法使いの猫ちゃん、すごい」
 「でも家までは持っていない。今晩どこで休むか考えないといけないよ。シーニャは心算こころづもりがあるの?」
 「ケーオ、今日はどこで寝るの?」

 無計画か。

 「そうだなあ。街道沿いの街まで大分あるから、今夜は手前の岩場で休むか。道端で寝転がっていると、早馬にかれたり、追い剥ぎにったりするからな」

 「わかった!じゃあトリスさ‥‥トリス、日が暮れるまで、もう少しお金稼げるよ」

 シーニャは、スライムを見つけて叩きに行った。あれだけ殺戮さつりくされて、スライム、よくも絶滅しないものだ。昆虫レベルか。

 『トリス。あなたは、魔法を使う練習でもしましょうか』

 二人を見送りつつ、グリエルが言った。
 お宿となる岩場らしき場所まで、結構距離がある。
 彼女はひたすら猫の足で歩いている。そして何度か、パンやチーズを取り出して食べさせてくれた。

 シーニャとケーオは、小銭稼ぎのついでに木の実でも摘んでいるのか、出立してから今まで、食事をするために立ち止まったりしなかった。

 『練習はしたいけど、歩きながらできない』
 『私を頭の中で持ち上げてみてください』

 実際にも持ち上がった。素振りに従って、隣に浮かべることを考えたら、その通りになった。
 体で支えている訳ではないが、何がしかの重さを背負っている感じがする。

 『風魔法です。魔法の分類や基本的な使用法、注意点については、昨夜説明しましたよね」
 『すまん。記憶がおぼろで』

 『では、ざっと。まず、他の者に魔法が使えるところを、なるべく知られないようにしてください。あなたは闇魔法以外の全種類の魔法を高レベルで使えます。通常、ひとりが使える魔法は一属性、最大三属性までです。また、魔法を使う際、レベルに応じて魔道具、所作しょさ、詠唱を必要としますが、あなたにはいずれも必要ありません。そのぐらいレベルが高いにもかかわらず、魔法に関する知識や実践じっせんが全くない状態です』

 『それで魔法学院に入学?』
 『はい。人間が入れるかは分かりませんが。ダメなら、教会で光魔法だけでも学びましょう』

 『人間が使えるのは光魔法と闇魔法のみです。エルフやドワーフ、獣人という種族について、聞いたことはありますか』
 『アニメとかラノベとかでなら』

 中年のおっさんが、ファンタジーなアニメとかラノベとか読んでいたって、おかしくない筈だ。だから、夢がこういう世界になる訳だし。

 グリエルの一つしかない目が細くなった。

 『火、水、風、土の魔法は、人間以外の言語機能を持つ種族が使えます。彼らと人間のミックスも使えることがあります。そろそろ降ろしてください。彼らが稼ぐのを終わりにしたようです』

 言われた通り、グリエルを地面に下ろす。シーニャとケーオは腰を下ろして俺たちが追いつくのを待つ風情だ。日が傾いて来たから、寝床を確保する気になったのだろう。

 「トリス! わたし、結構お金集めたよ」
 「俺も、薬草とかを金に換えれば、しばらく宿に泊まれそうだ。今夜はあそこの岩場で休むから、暗くなる前に急ごう」

 二人とも、俺がグリエルを浮かせていたことには気づいていない。それからは、日が落ちるのと競争で、草むらをかき分けて進んだ。
 脇目も振らずに歩いた甲斐あって、夜になる前に目的地へたどり着いた。

 そこは、巨人の子どもが石積みをしたみたいに、巨石がいくつか重なり集まって、ちょっとした洞窟もどきの場所だった。湿った場所にうごめくスライムを数匹倒せば、もう貸切状態である。

 「盗賊が来るから、灯りを点けないように」

 ケーオが注意しながら、自分の荷物から細長い物を取り出してかじった。干し肉らしい。燃えるような赤毛も、暗がりではただの灰色だ。

 シーニャも、持参したパンらしき物を食べている。グリエルがまたどこかから燻製肉を出し、俺も食べた。本人は何も食べていない。彼女が食物を口にしたところを見たことがない。

 『食べてないけど、大丈夫か?』
 『ありがとうございます。隠れて食べますから、ご心配なく』

 言いながら、銅製の水筒を渡してくる。飲んで返す。どこかにしまわれる。

 食べ終わると、シーニャもケーオも、はやうとうとし始めた。初めての旅で気を張っていたのだろう。
 俺も眠くなった。ケーオの家では寝たというより、意識を失った感覚だったから、この世界で初めての眠気と言ってよかった。

 『私の姿が消えたら、岩の周囲に結界を張ってください。イメージするだけで大丈夫です。これは光魔法に属します。できそうですか?』

 グリエルが元の姿に戻って言った。俺は頷いた。ラノベやアニメに親しんでいなかったら、すぐにはわからなかったろう。
 彼女は闇に去り、俺は岩全体を一枚の大きな布で覆う様を想像した。すぐに、考えた通りのことが現実に起きていることがわかった。ただし布は朧げな光でできている。

 グリエルを持ち上げた時には気づかなかったが、自分の体から流れ出したエネルギーが材料だ。
 闇の中で岩山が光っていたら却って目立つ気もする。大丈夫なのだろうか。訊ける相手はもういない。
 もし、ここで襲われて死んだら、今度こそ現実に戻れるかもしれない。俺は目を閉じた。


 ノックの音で目を開けると、猫の姿になったグリエルがいた。結界の外である。彼女を中へ入れようと思った途端に、結界が消えた。まだ夢から覚めない。というか、もうどこまでが夢なのかわからない。

 『おはようございます』
 『おはよう』

 シーニャとケーオはまだ眠っている。空の一角がほの明るくなってはいるものの、一応夜明け前である。二人から離れた別の岩陰に移動すると、グリエルが水を入れた洗面器やらタオルやら出してくれたので、身支度を整えた。

 『今のところ人気もないので、トイレはあちらの方へ行って済ませてください』
 『はいはい』

 戻る頃には、夜明けで辺りも白み始めたが、二人が起きてこないので、また先程の岩陰に行った。
 鍛冶屋も粉挽き屋も大きな音のする仕事だ。普段から、あまり早起きしないのかもしれない。
 またグリエルが、チーズやら干果物やら出してくる。素直に食べる。

 『グリエルは何魔法使い?』
 『闇魔法です。知られると殺される危険があるので、内密にお願いします』
 『わかった』

 もしかして、グリエルを殺したら、元に戻れるのだろうか。

 思いついた瞬間にグリエルの体が火に包まれ、おならみたいな音がした。同時に火は消え、プスプスと煙が立ち上る。毛の焼ける嫌な臭い。

 『火魔法はそんな感じで攻撃に使ってください。もう少し、思考と行為を明確に区別した方がいいですよ』
 『俺、何した?』
 『私に爆殺という魔法をかけました』

 何事もなかったかのように答えるグリエル。きっとあれもおならではないのだろう。危うくグリルにするところだった。

 『すまん』
 『いえ。私はあなた以上にチート能力持ちなので、多分殺せないと思います』

 それなら、誰に殺される危険があるというのだろうか。

 『それからこの世界では、ステータスオープンとか、アイテムボックスなどというものは存在しませんから、ご承知おきください』
 『わかった。そのうち背負い袋を手に入れるわ』

 実はさっきやってみた。もちろん何も出なかった。異世界漫画だと、魔術師レベル九十九とか、戦闘力MAXとか、ゲーム画面のように表示されることがよくある。それより、トイレの様子まで見ていたのだろうか。

 『違います。ただ、襲われたりして急に消えることも有り得るので、大体の位置を把握していただけです』

 俺の心の声に、慌てた声で否定する。そこへケーオが起きてきた。

 「トリス、おはよう」
 「おはよう。シーニャは?」
 「寝ていたけど、そろそろ起きるんじゃね?」

 三人とも支度が整ったところで、街道へ入った。
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