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第一章 レクルキス王国

8 イケメンになりたかったので

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 冒険者の宿へ戻ると、イゲルドが新しいパーティに参加していた。
 彼は、俺たちが金目の物を持って戻ったのを見つけ、驚いた顔で寄ってきた。

 「いやあ、みなさんご無事で何より。心配していたんですよ」

 み手をしている。わかりやすい男だ。

 「一体、どうやって、あのゴブリンの群れを追い払ったんです?」
 「それは、そこにいる‥‥」

 振り向いたが、グリリは袋を置いて、姿を消していた。

 「あれ? どこに行っちゃったのかな」

 シーニャもきょろきょろ探すが、それらしい人影は見当たらない。

 「宿は別に取っている、と言っていたな」

 ワイラが冷静に思い出す。

 「分け前いらないって言ってたけど、俺はあげていいと思うぜ」
 「そうそう。取り分のお話ですね。わたしの分ですが」

 ケーオが金の話を始めたところへ、イゲルドが、被せるように割り込んだ。

 「イゲルドさん」

 声が飛んできた。鋭い視線を感じ、受付を見ると、ヘイリーがこちらを睨んでいる。

 「あなた、私にトリスさんのパーティは全滅した、と報告しましたよね。その時点で、あなたと彼らが結んでいた契約があったとすれば、それは全て無効になります。第一、仲間を見捨てて逃げたメンバーに、取り分はありません」

 イゲルドの額に汗がにじみ出す。わかりやすい男だ。

 「あはは。いやあ、取り分はなしで大丈夫、と言おうとしていたんですよ。わたしには、次の仕事がありますから、これで失礼します。お元気で」

 あたふたと去っていった。俺はヘイリーに黙礼した。彼女はちょっと頷くと、次の仕事にかかった。

 「毛玉」
 「あら、猫ちゃん。こっちに戻っていたんだ。お利口りこうさんね」

 グリエルが猫の姿で入ってきた。色々聞きたいことはあるのだが、道中にしろ、今にしろ、話せる状況になかった。
 その後、受付で手続きをして、買取担当の人を呼んでもらった。昨日見かけた男の人だった。
 悲報。ゴブリンの耳は、換金できないそうである。

 「でも、生息調査に役立つから、教えてもらえるのは、ありがたいです。査定さてい額に少し上乗せしましょう」

 小銭はそのまま懐に入れてもよくて、宝玉はもらってもよし、買取に出してもよしとのこと。
 買取金額の十パーセントを、手数料として差し引かれる。差し引き後の査定額は三アグルぐらいだった。
 初めてなので、高いのか安いのかわからない。

 「これで、もう一晩泊まれるね」
 「明日は、違うダンジョンへ行ってみるか」

 シーニャたちは冒険者としての初稼ぎに、はしゃいでいた。

 「ケーオ、君も他のダンジョンへ行けると思う?」

 彼は彼女らを見て、肩をすくめた。意外と冷静だ。

 「言っても止めないだろ。俺、胸当てだけでも、付けた方がいいと思うんだよね。トリス、買い物付き合ってくれる?」
 「防具買うの? わたしも行く!」

 シーニャが言った。休むと言うワイラに、部屋代を渡し予約を任せ、俺たち三人は宿をでた。
 グリエルもついてくる。

 「トリス、ダンジョンで会ったアリって人、知り合いだよな」

 どきりとする。初対面といえば、初対面である。

 「う、うん。そんなに親しくないけど。何で?」
 「だって、お前とか言ってたし」

 うっかりした。どういう設定にしたらいいのかも、わからない。本人はそこにいるのに、何も喋らない。猫だし。

 「グリリさんも、結婚しているのかな」

 二人してシーニャを見てしまった。
 確かに、それなりの外見ではあった。ケーオと目が合う。咳払いして、目を逸らされた。
 婚約者の割には、これまでシーニャが俺にべたべたくっついても淡々としていたのに、態度が違う。実は、彼女を好きなのだろうか。青春っぽい。

 「知らない。しばらく会っていなかったし。今度会ったときに、自分で聞いてみたらいいと思うよ」

 俺は、嘘でない範囲で、なるべくぼかして回答した。こちらは、大人の対応ということで。

 「そうしてみる。グリリさんと、お話しするきっかけになるね」

 無邪気に言うシーニャ。それから店まで、三人とも無言で歩いた。


 ケーオの防具を買った後、俺は猫と話があると言った。
 当然のように、ついて来ようとするシーニャを振り切り、強引に二人と別れた。ケーオがいて、助かった。

 俺たちは、人気のない場所を求めて、ホナナを囲む壁際まで来てしまった。
 元々緑地帯にして空けておいたのだろうが、今は屋台や小屋がぼちぼちと建っている。なるべく建物から離れた場所へ移動する。

 「で、グリリはあんただろ」
 「猫語で話すなら、他の人がいても構わないでしょうに」
 「猫語で長々と話せないからな」
 「そんなに時間かからないですよ。グリリは私です、で済むでしょうに」

 なめとんのか、我。と思った途端、グリエルの毛が逆立った。
 こいつは、心を読むのだった。おびえているのか、怒っているのか、猫だとよくわからない。

 『何にでも変身できるなら、最初から人型になっとけ』

 口を開くのも面倒になったので、頭で会話する。

 『変身には制限があります。若くて綺麗な人型の女性と、私の真の姿は、暗黒神に捧げてしまったので、変身できません』

 グリエルの言葉をよく考えてみた。

 わざわざ分けるということは、彼女は若くもなく綺麗でもない女性ということか。そういえば初めに女性と言っていたな。
 生徒の保護者と聞いて何となく男性扱いしていたが、元々俺のストーカーだった訳だし。全然存在に気づかなかったが。

 それより、契約した神が暗黒神というのは、問題ないのだろうか。

 『なら、年寄りで綺麗な女性や、若くて綺麗でない女性にはなれるのか』
 『綺麗かどうかは個人の嗜好しこうもありますので、実質人型の女性にはなれないということですね』

 『最初からそう言えばいいじゃないか』
 『神との契約上の問題です』

 『面倒臭いな。それはおいといて、明日のダンジョンについてきて欲しいんだけど』
 『可能ですが、お勧めしません。トラップダンジョンと呼ばれているんですよ、あそこ。それに、仮に無事生還できたとして、次にドラゴンダンジョンに行くと言い出します、きっと』

 『まあな』
 『召喚したあなたのことはともかく、他の人まで助ける自信はありません』

 俺は考え込んだ。チート級と自称していたグリエルとて、万能ではない。俺ができることは、ダンジョン行きを止めるか、彼女らを見捨てるか。ケーオも言っていた通り、トラップダンジョンについては、止めるのは難しかろう。
 親に頼まれたこともある。生徒みたいな彼女らを見捨てるのも、俺の良心に堪える。

 『グリエル。俺が使える魔法をざっと教えてくれないか?』
 『ざっと?』

 グリエルの一つしかない目がやや細まる。

 『そう。考えるだけで効力発揮するって言ったよな? 種類がわかれば、使えるかと思って』

 『ああ、なるほど。発動条件まで覚え切れないでしょうから、確かにざっくりお話ししておくのも、手かもしれません』

 と言って、グリエルは教えてくれた。


 光魔法 ライト、ライトニングボルト、チャーム、デミニッシュ、バリア、ヒール、
 火魔法 ボム、リット、ドライ、ファイアウォール
 水魔法 ウォーターウォール、フラッド、アイスウォール、アイスストーム
 風魔法 ストーム、フォグ、フロート、インターセプト
 土魔法 スリング、アースウォール、インプラント


 『ほんとに、だ』

 『他にも色々ありますが、誤魔化ごまかしの効かないものや、使用頻度の低そうなものは外しています。呼び名も覚えやすいように英語にしています』

 『水の壁とか、誤魔化し効かないだろ』

 『トラップダンジョンですから。上手くお使いください』

 そろそろ戻った方が良い、とうながされて従った。全部覚えられたか、自信がない。練習する時間も場所もない。選択肢が多すぎるのも、大変だ。

 『魔法学院へ入るまでは、目立たない方がいいと思います』
 『それなら何でグリリはイケメンなんだ? 目立つだろ』

 『人生で一度ぐらい、イケメンになってみたかったのです。そうでない人の人生がどんなものか、元からイケメンのトリスには、わからないでしょう』

 『んなこと』

 グリエルは肩から降りた。こうなると、喋りづらい。

 宿に戻ると、酒場でシーニャたちが食事中だった。相席させてもらう。空席はほとんどない。すぐに給仕が来た。例によって、安い品を注文する。

 「遅かったな。先に食ってたぜ」
 「部屋は取れたぞ。昨日と違うが、同じ広さだ」

 「ありがとう。実は、グリリと出くわしたから、明日ダンジョンに同行してもらえるよう、頼んできた」

 「やった! 色々聞けるね」

 「あんまり話する余裕はないと思う。ゴブゴブよりも、難しいところだろう?」

 「クリアしなくても稼げるってわかったから、今度も奥まで行かなければいいでしょ?」

 シーニャは嬉しそうだ。ワイラが唸る。

 「トラップダンジョンという名前からして、あまり稼げそうにないな。面白そうではあるが」

 「稼げないと、やばい。俺、結構ここで散財しちまった」

 「じゃあ、ドラゴンの方へ行こうか」
 「だめだ。命を無駄にするだけだろう」

 これには、俺が反対した。

 「ねえねえ、トラップダンジョンって、みんな何しに行くの?」

 シーニャが隣のテーブルに話しかけた。隣にいたのは、俺たちよりも年嵩としかさで、年季も入った戦士風の三人組だった。

 「おう、お嬢ちゃん。ホナナのダンジョン初心者か。トラップダンジョンは、経験を積むのにいい場所だぞ。お宝は置いてないけどな」

 「ないんだ」

 ケーオが肩を落とす。別の男が言う。

 「挑戦者が多いから、落とし物は結構あるけどな」

 「そうそう。ゴブゴブ楽勝でクリアできるレベルじゃないと、死にに行くようなもんだ」

 「へーえ、そうなんだ。教えてくれてありがとう」

 シーニャはこちらへ向き直った。

 「ワイラ。明日もゴブゴブダンジョンへ行きたいんだけど、だめかな」

 自分の実力をわかっている。ゴブリンの群れに危うく殺されかけたのだ。これで理解できなかったら、救いようがない。

 「構わない。折角だから、クリアしてみたい」
 「俺も、稼ぎたい」

 残る二人は、シーニャほどのこだわりはなさそうである。

 「では、決まりだな」

 俺はほっとした。ただ、ゲームではない場合、ダンジョンをクリアするという意味がよくわからない。ボスを倒すのがクリアなら、次の人はもうクリアできないではないか。

 考えてもわからないので、止めた。
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