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第一章 レクルキス王国

10 暴れ馬に遭遇

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 「あなたがホブゴブリンを爆殺した瞬間に、のろいをかけました。上手くいってよかったです」
 「
 「闇魔法ですから」

 互いにひそひそ声である。やっぱり暗黒神は日陰の身か。グリリは、急に姿勢を正して声を大きくする。

 「ヒールをありがとうございました」
 「ああ。いや、済まない。その、して」
 「お気になさらず。数をこなせば、上達します」

 話しながらも手は休めない。
 まさに、数をこなすうちに、懐を探る手つきが素早く滑らかになっていく。俺たちが小物を一通り集め終わっても、お宝部屋は見つからなかった。

 「絶対あると思ったんだけどなあ」

 シーニャが一番ガッカリしていた。ケーオも同調する。

 「武器庫とかも、ないんだよな」
 「意外と、余裕のない生活だったかもしれない」

 ワイラの身につまされる発言で、ゴブリンたちに何となく同情するような空気が生まれた。おかしいだろ。殺されかけたのに。
 グリリが、出口へ足を向けた。

 「では、帰りましょう。わたくしは、ダンジョンから脱出したら、すぐにでも出立したいので」
 「えっ。一緒に旅しましょうよ」

 シーニャばかりでなく、皆が驚いた。
 俺も、猫より人間の方が役に立ちそうだったから、彼が消えるつもりであることに驚いた。

 「五人では、部屋を取るのも大変です。わたくしは、一人の方が性に合っています。目指す方向は同じようですから、縁があればまたお会いすることもあるでしょう。とにかく、今は早くここを出ましょう。たとえゴブリンが全滅したとしても、ダンジョンで夜を明かすのは、避けたいです」

 確かに、暗くならないうちに宿へ戻りたい。こういう提案もしてくれるから、グリリがいてくれた方が助かるのだ。猫じゃなくて。


 冒険者の宿へ戻って査定中に、グリエルが戻ってきた。さっきまで一緒に戦っていたとは知らない仲間が、留守番役の出迎えに笑顔を向ける。こちらはこちらで、すっかりペットの地位を築いていた。ややこしい。

 「毛玉だ」
 「あー猫ちゃん、ただいま」
 「お帰りじゃないのか」
 「にゃあ」

 貰えた金額は、1アウラ、つまり金貨1枚分だった。しかも、みんなで分けるために両替してもらったので、金貨を拝むことはできなかった。王冠は良かったのだが、玉座を削ったのがまずかったらしい。

 「ダンジョン内のを壊してはいけない、と入り口の注意書きにあった筈です」

 と査定の人に言われたが、入り口の看板をそんなに隅から隅まで読み込む冒険者はいない。
 シーニャとケーオは字が読めないらしいし、ワイラも読み書きが苦手そうだ。
 無駄な労力を費やすことになってしまった。読み書きできる年長者として、責任を感じる。

 「こうなったら、明日は首都へ向けて出発しよう」

 夕食の席で、切り出した。無謀なダンジョンアタックを繰り返したくないのが、本音だ。認めよう。

 「えー。でも、あと二つダンジョンが」

 「あたしも出発したい。他の街で父の手がかりを探したい」

 ワイラも俺に同調した。もっともな理由だった。

 「一つは一応クリアしたものな。あれは運が良かっただけで、俺たちの実力じゃない。だろ、トリス?」

 ケーオは、グリリがゴブリンにかけたには気づいていないようだ。だが、現状は把握している。何と言っても死にかけたのだ。俺は頷いた。

 「そう。せっかく稼いだお金を失わないうちに、首都に少しでも近づきたい」
 「分かった。急げば、グリリさんに追いつくかもしれない」

 ケーオの手が止まる。今夜は豪勢に、肉多めのメニューを頼んでいた。

 「シーニャン、グリー好きなのか」

 ワイラが直球で質問する。

 「トリリンの知り合いなら、信用できるでしょ。片目を無くしても生き残ったところとか、何か強そうじゃない? 一緒にいたら、たくさん稼げそう。今日も、分け前貰わなかった」

 金か。

 「一緒に旅するなら、ちゃんと取り分を渡さないと、ダメでしょう」

 思わず口を挟む。教育的指導だ。本人は、テーブルの下で香箱こうばこを作っている。元はと言えば、ややこしいことを始めたこいつも悪い。

 「そうだよ、シーニャ。タダより高い物はないぞ」

 急に元気になったケーオが、シーニャに理解できる例えを出した。幼馴染は、よくわかっている。


 翌日、俺たちは街道へ出た。ダンジョンへ続く道を横目に、首都を目指して進む。
 今日も、ダンジョンへ向かう冒険者たちの姿が途切れない。

 「わたしたち、ホブゴブリン倒しちゃったから、もうお宝ないのにねえ」

 シーニャが言う。するとケーオが

 「噂だけどな」

 と話し始めた。

 「ダンジョン奥の隠し部屋に、ホブゴブリン召喚装置があって、ボスが消えてしばらく経つと、新たな奴がやってくるらしい」

 召喚と聞いて、ついグリエルを見る。猫らしく澄まして歩いている。

 「そして、あの王冠をダンジョンの入り口に置いておくと、新たなボスが取りに来るらしいぞ。それで、ギルドはまた冒険者を呼び込むんだと」

 「確かに、あの王冠は随分と年季が入っていた。召喚されるにしても、連れて来られるにしても、代々使い回されているのだろうな」

 ワイラが言った。彼女は金属加工職人である。王冠も金目の物より、製品として職人的な目で観察していた。

 「いつか、ドラゴンのダンジョンに行きたいな」

 シーニャが未練がましく言うので、話題を変える。

 「次の街までどのくらいの距離だったかな」
 「サマスまでは、およそ一週間かかると聞いている」
 「野宿だな。腕が鳴るぜ」

 ホナナを出て以来、馬車や馬に乗った人たちが増えた気がする。
 彼らは俺たちの後ろから来れば、さっさと追い越していくし、前から来れば、たちまち大きくなってすれ違っていく。
 要は、徒歩より馬の方が早い、ということだ。馬で旅をするにしても、買うほどの金はないだろうし、借りる手続きもわからない。

 たまに、ロバに乗っている人もいた。ロバは大抵荷物を背負っているか、荷物の乗った荷車を引いている。
 人が乗るのを見かける度に、つい二度見してしまう。ロバに乗れば疲れずに済むものの、速さは徒歩とさして変わらない。

 そして、牛や羊に乗る人は見かけなかった。

 サマスまでの野宿の間も、以前と同様、シーニャたちが肉類を獲り、俺が野菜類を採った。
 河原で野宿した日には、俺は魔法の練習ついでに魚を捕まえた。

 人目に触れないところで、グリエルに教わりながら、少しずつ色々な魔法を使ってみた。
 呪文が同じでも、一回一回扱う対象も違えばその対象を使ってすることも状況に応じて異なる。
 通り一遍いっぺんに経験しただけでは、覚えたとは言えないのであった。魔法も奥が深い。

 留守番の合間に、剣の練習もした。猫相手では練習にならないので、グリエルがゴブリンに変身して相手になってくれた。
 万が一、シーニャたちに姿を見られたら、茂みに逃げ込む算段である。グリリだとその後の対処に困る。

 剣技はどうも苦手だった。やはり前の世界の常識が邪魔をして、相手を直接傷つけるとなると体が強張る。たとえ相手がゴブリンで、グリエルでも。

 「魔法で殺すのも、剣で殺すのも、同じですよ」

 ゴブリン姿で俺を組み伏せたグリエルにさとされた。
 彼女は魔法に詳しいだけでなく、武術にも通じていた。どこでそんな技を身につけたのか、あるいはチート能力の一つなのか、そこは教えてもらえなかった。

 尤も、彼女自身が使えるのは闇魔法だけで、本当は俺の方が使える魔法が多い分、能力は上らしい。

 『首都の魔法学院で勉強すれば、色々なことがわかります』

 魔法の練習の時は、猫か黒雪だるまの形である。

 『元の世界へ戻る方法とか』
 『方法があれば、ですね。教える側になれれば、研究もできますし』
 『それな』

 是非とも魔法学院の教師にならねば。と、そこで疑問が生じる。

 『お前、俺が魔法学院で教えるように勧めているけど、それで帰る方法がわかったら、俺を召喚した意味なくない?』

 『私が、本当のことを話しているとは限りませんよ』
 『疑い始めたらキリがない。まず信じる』
 『トリスはどこにいてもトリスですね』

 奴の一つしかない目が笑った気がした。そして質問は、はぐらかされた。


 サマスに近づくにつれ、馬がやたら目につくようになった。
 囲いなどはないものの、いずれも飼われている馬のようだ。一度、一頭だけはぐれた感じの馬を捕まえようとしたら、どこからか人が出てきて怒られた。いわゆる放牧なのだろう。

 こうした馬は夜、きちんと小屋などに帰るようで、夜にはきれいさっぱりいなくなった。
 馬に蹴られる心配なしに野宿できて良かった。

 とはいえ、野宿の場所をうっかり馬小屋の近くにすると、馬泥棒と間違えられる。気をつけなければならない。

 「そろそろ一週間経つな。今日明日には、サマスに入れるだろう」
 「ワイラは、まずお父さん探すんでしょ?」
 「あ、鍛冶屋ギルド行くんだろ? 俺も行く」
 「じゃあ、わたしとトリリンは一緒に宿を探そうね!」

 俺が何か言う前に、全部決まってしまった。サマスで予定のない俺に、異論はない。
 後ろがざわざわする。

 「おーい、危ないぞう、避けろ!」

 誰かの声が聞こえて、道の端へ移動しつつ、後ろを見た。

 ドッドッドッ。

 馬、暴れ馬だ。ギョロリと眼をき、口から泡を吹いている。

 『止めてください』

 グリエルの指示。

 『無理』

 「誰かあ~止めてえ!」

 甲高い声が聞こえてきた。

 『フロート、デミニッシュ』

 この場合、戦意喪失が効くのか確信はなかったが、とりあえず念じてみた。

 馬が浮く。走る脚が宙を掻く。おおーっ、と周囲がどよめいた。
 まずいかも。慌ててギリギリ地面近くまで下ろす。
 馬の脚が、徐々に動かなくなった。止まったところで、脚を地面につけてやる。

 魔法の実践じっせんは、順調である。

 『チャーム』

 馬がこっちを見た。近づいてくる。
 大きい。全身焦げ茶色で、前脚の先だけ、靴下を履いたように白い。
 まん丸な目を細めて、頭を寄せてくる。

 馬面というだけあって、長く大きい。鼻息が激しく吹き付ける。
 噛まれたら大怪我しそうだ。ていに言って、怖い。

 「ホマレ!」
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