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第一章 レクルキス王国
11 騎手の少女
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ぜいぜい息を切らしながら、少女が駆けつけた。
馬より薄い栗色の髪に栗色の瞳、年齢はシーニャと同じくらいだろう。体にピッタリとした服が、小柄で細身の体を強調していた。
俺に触れんばかりだった馬の顔が、ふっと横を向いた。少女の方向である。
助かった。
「もう、離れちゃだめって言っているでしょう。心配したんだから」
まだ、はあはあ言いながら、馬を撫でる。
馬も、大人しく撫でられている。尻尾を振り立てるところは、犬みたいだ。
落ち着いて見れば、毛並みも艶々して、身も引き締まった綺麗な馬だった。これまですれ違った荷運びの馬と種類まで違って見える。
「止めてくださって、ありがとうございました。助かりました」
少女は、何となく成り行きを眺める俺たちに、ようやく気づいて、礼を言った。
「何かお礼をしたいのですが、今は急ぐので。ええと、サマスに行くところですか?」
「そうだよ。歩きながら話すか?」
ケーオが答えて歩き出す。少女は手綱を取って、ケーオと並んだ。
少女はパミといった。サマスで開かれるレースに参加するため、愛馬サマスパミホマレを連れて行く途中だった。
「競馬? 乗って行けば早いんじゃないのか」
「ホマレを疲れさせたくなくて。まだ蹄鉄を打ち直していないし」
ケーオの目が輝いた。
「わお。俺、鍛治職人やっているんだ。蹄鉄打つ時、一緒に見ていてもいいか?」
「もちろんです。でも、あの、レースの出場登録とか、いろいろ手続きが終わってからになるので、お待たせすることになると思います」
「俺は全然構わないぜ。あ、ワイラどうする? ギルドへ先に行くか?」
ケーオが振り返る。問われたワイラは、考え込んだ。真剣に迷っている。父親探しといっても、ダンジョンにも潜るし、呑気な旅である。あまりに思い入れがなくて、前の世界で父親だった身としては、複雑な思いになる。
「あたしも蹄鉄打つところ見たい。だからケーヤンと一緒に行く」
今回も、あっさり父親を後回しにした。
そんな事情を知らないパミは、笑顔を見せた。
「ありがとうございます。実は一人で心細かったので、とても嬉しいです」
「こっちこそ、珍しいもの見せてくれるって話はありがたいよ。パミ、若いのにしっかりしていて偉いな」
「いいえ。本当はお姉ちゃんが一緒に来てくれる筈だったんですけど、急にラキさんから地主の集まりがあるとか言われて。あ、ラキさんは隣に住んでいる人です」
「へーえ。そうなんだ」
二人で盛り上がっている。俺は、並んで歩くシーニャに話しかけた。
「シーニャもケーオたちと一緒に見て回る? 宿の方は、私一人でも手続きするよ」
彼女は、先ほどからケーオとパミを食い入るようにに見つめていたのだが、俺の声で我に返ったようだった。
「トリリンと一緒に行く。あんまり大勢で押しかけても、迷惑になるもの」
すると、声を聞きつけたパミが振り向いた。
「大丈夫ですよ。どうか、ご遠慮なく」
シーニャは顔を赤くして手を振った。
「いいの、いいの。遠慮していない」
「レースがあるなら、宿も早めに取っておかないと、野宿になってしまうからね。間に合えば、レースは見に行くよ」
彼女がなぜか動揺しているようなので、俺が説明を付け加えた。パミは納得して、またケーオと話し始めた。
ワイラとケーオが二人きりで別行動しても気にしなかったシーニャが、パミと話すケーオを気にする理由がピンとこない。
そうこうしているうちに、サマスに入った。
ここも壁に囲まれてはいたが、門に関所はなく、いわゆるフリーパスだった。ホナナで手に入れた冒険者の印を手に身構えていた俺は、拍子抜けした。
壁の内側へ入ったところで、俺とグリエル、シーニャはケーオたちと別れた。
サマスでは、馬の飼育や競馬が盛んだった。中心部の広場には馬関係の店が並んでいる。
冒険者の宿は、壁に近い地区に押しやられていた。
行って見ると、壁際と聞いて想像した、うらぶれたイメージとは違い、大きな建物だった。
ほとんどホテルのような造りで、冒険よりも競馬目当ての客が多かった。ここはギルド制ではなく、従って冒険者割引もなく、普通に四人部屋を取った。
「馬のレースは、どこで開催されているのですか」
ついでにフロントに聞いてみる。
「ああ。ホナナから来たんだね。反対側の門から出て、すぐ右に行けばわかるよ」
よく尋ねられるのだろう。反射的に簡潔な説明が返ってきた。
「どうする? もう用は済んだから、レースの方へ行ってみる?」
「ケーオたちに悪いけど、わたしが持っている分だけでも、毛皮とか売っておきたい」
暴れ馬騒ぎで忘れていた。道中集めた獲物で小銭を稼がないと、旅費がない。
宿代にすら足りないかもしれないのだった。ここの冒険者の宿で、買取ってもらおうと思っていたのが、そんな制度はなく、アテが外れた。
「いいところに気がついたね。私も持っている品を売り払いたい。一緒に店を探そう」
褒められて、シーニャが頬を赤くした。
それから、二人であちこち回って毛皮や骨、薬草を小銭に換えた。荷物も軽くなり、懐も温まって気持ちが落ち着いたところで、競馬場へ向かった。
ホテルで聞いた通り、一旦サマスの門から出て右を向くと、目指す場所はすぐにわかった。
屋台がずらっと立ち並び、道を作っている。道の先には、街の壁と向かい合うように、観客席らしき建造物が設えてある。
壁の上から人の頭がぴょこぴょこ見えるのは、無料見物の客だろう。その間を繋ぐように、低い木の柵で囲まれた奥行きのある空間が、レースの行われる場所だった。
観客席の裏の方にも、いくつか平屋の建物があるし、小さめのコースに見える場所もあった。馬の控え所だろうか。遠くの方まで様々な建物が点在する風景は、壁の外にあるもう一つの街だった。
屋台の道を進む。甘い匂い、肉や魚介を焼く香ばしい匂い。看板を見ても売られている品を見てもよくわからないが、匂いは食欲をそそった。
持ち合わせに余裕があれば、片端から味見したいところだ。
「あ、シーニャン」
ワイラとケーオがいた。二人とも、串刺しの何かをもぐもぐ食べている。
「シーニャ、これすげーうまいぜ。食べてみろよ」
ケーオが食べかけの串を突き出す。シーニャがギョッとして後退った。
「な、何それ」
イボイボが無数についた触手が、大量に踊っている。
「しょくしゅやきって言っていた」
ワイラが口から触手をはみ出したまま、喋る。匂いからして、イカだろう。シーニャたちは山育ちだから、初めて見るのか。
「パミとは別れたのか?」
シーニャが、恐る恐るイカの足をケーオから食べさせてもらう横で、食べ終えたワイラに聞く。
「もご。レースの準備があるから、別れた。あっちで馬券売っているから、トリリンも買いな。儲かるらしい」
ワイラはやや不明瞭な発音で答えた。まだ口の中でイカを噛んでいる。
「買わないとレースは見られない?」
「見るだけでもいいって、パミィは言っていた」
「君たち買ったの?」
「うん。十倍ぐらいになるやつ。あ、ケーオは、もっと儲かるやつだったかな」
それで当てるのは、無理だろう。
俺は競馬素人だが、倍率が高ければ当たる確率が低いことぐらいは知っている。競馬が運任せではなく、研究を重ねて当てに行く賭け事だということも。
しかし、既に買ってしまったものは、仕方がない。この世界では、法則が異なるかもしれないし。いや、それはなさそうだ。
その時、ラッパのような音がした。
「そろそろレースが始まるよ~」
案内の声がした。店の前で溜まっていた人々が、コースの方へ移動を始める。
木の柵の外側から見るつもりでいたら、ケーオたちは立派な観客席の方へ行こうとした。
「入っていいのか」
「おう。特別席以外は、大丈夫らしいぞ」
ケーオが言った通り、馬券を持たない俺たちもノーチェックで上がれた。少し高くなっている分、広いコースがよく見える。
一周で一キロメートルぐらいだろうか。手前に芝生、奥に土でできたシンプルな横長円形の二つのコースがある。
特別席というのは、観客席の最上段で、肘掛け椅子と屋根付きの区分けされた場所だった。
高さだけで言えば、街を囲む壁の方が、よく見えるだろう。
客の入りはまずまずで、特別席とやらにも、身なりの良い殿方が、着飾ったご婦人を侍らせて、コースの方を眺めていた。
また、特別席とまではいかないものの、観客席の最前列には、テーブルとパラソルのついた席が並び、他と区分けされていた。そこに座るにも、別料金が必要らしい。
身なりの良い、というか金回りの良さそうな人々が、飲み物や食べ物を前に座っていた。
やがて、騎手を乗せた馬たちが、コースに入ってきた。
馬だから慣らし運転、とは言わないが、そんなような感じでコースの外周側を軽く走っている。白黒茶色の組み合わせだけなのに、一頭一頭異なる特徴を持っていて、遠目にも見分けやすい馬たちだった。
茶色だけでも黄色っぽいのや赤っぽいのから、黒に近いのまである。たとえ馬が全部同じ色だったとしても、数字と名前らしき文字の書かれたゼッケンを、腹に掛けているから、区別はつく。
中にパミがいた。乗っている馬は、先ほど暴れていた馬である。馬だけでなく、本人もレースに出るとは思わなかった。そう言えば、騎手みたいにぴったりとした服を着ていた。
「おっ、パミじゃん。お」
バコッ。
手を振りかけたケーオが、ワイラに叩かれた。
「痛えっ! 何するんだよっ」
「金のかかった真剣勝負だ。邪魔するな」
ワイラの目は真剣だった。十倍だけれど。
それでケーオも納得したので、その場は収まった。
他の観客は、注意する者がいないので、好き勝手に盛り上がっていた。コースは広い。よほど大声を出さなければ、レースの邪魔にはならないのだろう。
ケーオは騎手の注意を引こうとしたからな。下手すると、八百長と間違われるかもしれない。ワイラが怒ったのも無理はない。
揃いの鎖帷子を着た警備員らしき人たちも、騒ぐ群衆を注意しなかった。
「おらっ、フジテイオー頑張れ」
「イタミブライアンいったれ」
「有り金全部突っ込んだんだ、パクリキャップ頼む」
競馬未経験の俺でも、聞いたことのあるような、ないような名前が耳に入る。
「えー馬が興奮しますので、大声はお控えください。レースに影響します」
無料観客席の最前列にも係員が何人か配置されていて、こちらはメガホンみたいな道具を口にあてて注意していた。皮を丸めたか、削ったか、とにかく木製だった。
一通り慣らした馬が順番に、スタート地点へ並び始めた。
馬より薄い栗色の髪に栗色の瞳、年齢はシーニャと同じくらいだろう。体にピッタリとした服が、小柄で細身の体を強調していた。
俺に触れんばかりだった馬の顔が、ふっと横を向いた。少女の方向である。
助かった。
「もう、離れちゃだめって言っているでしょう。心配したんだから」
まだ、はあはあ言いながら、馬を撫でる。
馬も、大人しく撫でられている。尻尾を振り立てるところは、犬みたいだ。
落ち着いて見れば、毛並みも艶々して、身も引き締まった綺麗な馬だった。これまですれ違った荷運びの馬と種類まで違って見える。
「止めてくださって、ありがとうございました。助かりました」
少女は、何となく成り行きを眺める俺たちに、ようやく気づいて、礼を言った。
「何かお礼をしたいのですが、今は急ぐので。ええと、サマスに行くところですか?」
「そうだよ。歩きながら話すか?」
ケーオが答えて歩き出す。少女は手綱を取って、ケーオと並んだ。
少女はパミといった。サマスで開かれるレースに参加するため、愛馬サマスパミホマレを連れて行く途中だった。
「競馬? 乗って行けば早いんじゃないのか」
「ホマレを疲れさせたくなくて。まだ蹄鉄を打ち直していないし」
ケーオの目が輝いた。
「わお。俺、鍛治職人やっているんだ。蹄鉄打つ時、一緒に見ていてもいいか?」
「もちろんです。でも、あの、レースの出場登録とか、いろいろ手続きが終わってからになるので、お待たせすることになると思います」
「俺は全然構わないぜ。あ、ワイラどうする? ギルドへ先に行くか?」
ケーオが振り返る。問われたワイラは、考え込んだ。真剣に迷っている。父親探しといっても、ダンジョンにも潜るし、呑気な旅である。あまりに思い入れがなくて、前の世界で父親だった身としては、複雑な思いになる。
「あたしも蹄鉄打つところ見たい。だからケーヤンと一緒に行く」
今回も、あっさり父親を後回しにした。
そんな事情を知らないパミは、笑顔を見せた。
「ありがとうございます。実は一人で心細かったので、とても嬉しいです」
「こっちこそ、珍しいもの見せてくれるって話はありがたいよ。パミ、若いのにしっかりしていて偉いな」
「いいえ。本当はお姉ちゃんが一緒に来てくれる筈だったんですけど、急にラキさんから地主の集まりがあるとか言われて。あ、ラキさんは隣に住んでいる人です」
「へーえ。そうなんだ」
二人で盛り上がっている。俺は、並んで歩くシーニャに話しかけた。
「シーニャもケーオたちと一緒に見て回る? 宿の方は、私一人でも手続きするよ」
彼女は、先ほどからケーオとパミを食い入るようにに見つめていたのだが、俺の声で我に返ったようだった。
「トリリンと一緒に行く。あんまり大勢で押しかけても、迷惑になるもの」
すると、声を聞きつけたパミが振り向いた。
「大丈夫ですよ。どうか、ご遠慮なく」
シーニャは顔を赤くして手を振った。
「いいの、いいの。遠慮していない」
「レースがあるなら、宿も早めに取っておかないと、野宿になってしまうからね。間に合えば、レースは見に行くよ」
彼女がなぜか動揺しているようなので、俺が説明を付け加えた。パミは納得して、またケーオと話し始めた。
ワイラとケーオが二人きりで別行動しても気にしなかったシーニャが、パミと話すケーオを気にする理由がピンとこない。
そうこうしているうちに、サマスに入った。
ここも壁に囲まれてはいたが、門に関所はなく、いわゆるフリーパスだった。ホナナで手に入れた冒険者の印を手に身構えていた俺は、拍子抜けした。
壁の内側へ入ったところで、俺とグリエル、シーニャはケーオたちと別れた。
サマスでは、馬の飼育や競馬が盛んだった。中心部の広場には馬関係の店が並んでいる。
冒険者の宿は、壁に近い地区に押しやられていた。
行って見ると、壁際と聞いて想像した、うらぶれたイメージとは違い、大きな建物だった。
ほとんどホテルのような造りで、冒険よりも競馬目当ての客が多かった。ここはギルド制ではなく、従って冒険者割引もなく、普通に四人部屋を取った。
「馬のレースは、どこで開催されているのですか」
ついでにフロントに聞いてみる。
「ああ。ホナナから来たんだね。反対側の門から出て、すぐ右に行けばわかるよ」
よく尋ねられるのだろう。反射的に簡潔な説明が返ってきた。
「どうする? もう用は済んだから、レースの方へ行ってみる?」
「ケーオたちに悪いけど、わたしが持っている分だけでも、毛皮とか売っておきたい」
暴れ馬騒ぎで忘れていた。道中集めた獲物で小銭を稼がないと、旅費がない。
宿代にすら足りないかもしれないのだった。ここの冒険者の宿で、買取ってもらおうと思っていたのが、そんな制度はなく、アテが外れた。
「いいところに気がついたね。私も持っている品を売り払いたい。一緒に店を探そう」
褒められて、シーニャが頬を赤くした。
それから、二人であちこち回って毛皮や骨、薬草を小銭に換えた。荷物も軽くなり、懐も温まって気持ちが落ち着いたところで、競馬場へ向かった。
ホテルで聞いた通り、一旦サマスの門から出て右を向くと、目指す場所はすぐにわかった。
屋台がずらっと立ち並び、道を作っている。道の先には、街の壁と向かい合うように、観客席らしき建造物が設えてある。
壁の上から人の頭がぴょこぴょこ見えるのは、無料見物の客だろう。その間を繋ぐように、低い木の柵で囲まれた奥行きのある空間が、レースの行われる場所だった。
観客席の裏の方にも、いくつか平屋の建物があるし、小さめのコースに見える場所もあった。馬の控え所だろうか。遠くの方まで様々な建物が点在する風景は、壁の外にあるもう一つの街だった。
屋台の道を進む。甘い匂い、肉や魚介を焼く香ばしい匂い。看板を見ても売られている品を見てもよくわからないが、匂いは食欲をそそった。
持ち合わせに余裕があれば、片端から味見したいところだ。
「あ、シーニャン」
ワイラとケーオがいた。二人とも、串刺しの何かをもぐもぐ食べている。
「シーニャ、これすげーうまいぜ。食べてみろよ」
ケーオが食べかけの串を突き出す。シーニャがギョッとして後退った。
「な、何それ」
イボイボが無数についた触手が、大量に踊っている。
「しょくしゅやきって言っていた」
ワイラが口から触手をはみ出したまま、喋る。匂いからして、イカだろう。シーニャたちは山育ちだから、初めて見るのか。
「パミとは別れたのか?」
シーニャが、恐る恐るイカの足をケーオから食べさせてもらう横で、食べ終えたワイラに聞く。
「もご。レースの準備があるから、別れた。あっちで馬券売っているから、トリリンも買いな。儲かるらしい」
ワイラはやや不明瞭な発音で答えた。まだ口の中でイカを噛んでいる。
「買わないとレースは見られない?」
「見るだけでもいいって、パミィは言っていた」
「君たち買ったの?」
「うん。十倍ぐらいになるやつ。あ、ケーオは、もっと儲かるやつだったかな」
それで当てるのは、無理だろう。
俺は競馬素人だが、倍率が高ければ当たる確率が低いことぐらいは知っている。競馬が運任せではなく、研究を重ねて当てに行く賭け事だということも。
しかし、既に買ってしまったものは、仕方がない。この世界では、法則が異なるかもしれないし。いや、それはなさそうだ。
その時、ラッパのような音がした。
「そろそろレースが始まるよ~」
案内の声がした。店の前で溜まっていた人々が、コースの方へ移動を始める。
木の柵の外側から見るつもりでいたら、ケーオたちは立派な観客席の方へ行こうとした。
「入っていいのか」
「おう。特別席以外は、大丈夫らしいぞ」
ケーオが言った通り、馬券を持たない俺たちもノーチェックで上がれた。少し高くなっている分、広いコースがよく見える。
一周で一キロメートルぐらいだろうか。手前に芝生、奥に土でできたシンプルな横長円形の二つのコースがある。
特別席というのは、観客席の最上段で、肘掛け椅子と屋根付きの区分けされた場所だった。
高さだけで言えば、街を囲む壁の方が、よく見えるだろう。
客の入りはまずまずで、特別席とやらにも、身なりの良い殿方が、着飾ったご婦人を侍らせて、コースの方を眺めていた。
また、特別席とまではいかないものの、観客席の最前列には、テーブルとパラソルのついた席が並び、他と区分けされていた。そこに座るにも、別料金が必要らしい。
身なりの良い、というか金回りの良さそうな人々が、飲み物や食べ物を前に座っていた。
やがて、騎手を乗せた馬たちが、コースに入ってきた。
馬だから慣らし運転、とは言わないが、そんなような感じでコースの外周側を軽く走っている。白黒茶色の組み合わせだけなのに、一頭一頭異なる特徴を持っていて、遠目にも見分けやすい馬たちだった。
茶色だけでも黄色っぽいのや赤っぽいのから、黒に近いのまである。たとえ馬が全部同じ色だったとしても、数字と名前らしき文字の書かれたゼッケンを、腹に掛けているから、区別はつく。
中にパミがいた。乗っている馬は、先ほど暴れていた馬である。馬だけでなく、本人もレースに出るとは思わなかった。そう言えば、騎手みたいにぴったりとした服を着ていた。
「おっ、パミじゃん。お」
バコッ。
手を振りかけたケーオが、ワイラに叩かれた。
「痛えっ! 何するんだよっ」
「金のかかった真剣勝負だ。邪魔するな」
ワイラの目は真剣だった。十倍だけれど。
それでケーオも納得したので、その場は収まった。
他の観客は、注意する者がいないので、好き勝手に盛り上がっていた。コースは広い。よほど大声を出さなければ、レースの邪魔にはならないのだろう。
ケーオは騎手の注意を引こうとしたからな。下手すると、八百長と間違われるかもしれない。ワイラが怒ったのも無理はない。
揃いの鎖帷子を着た警備員らしき人たちも、騒ぐ群衆を注意しなかった。
「おらっ、フジテイオー頑張れ」
「イタミブライアンいったれ」
「有り金全部突っ込んだんだ、パクリキャップ頼む」
競馬未経験の俺でも、聞いたことのあるような、ないような名前が耳に入る。
「えー馬が興奮しますので、大声はお控えください。レースに影響します」
無料観客席の最前列にも係員が何人か配置されていて、こちらはメガホンみたいな道具を口にあてて注意していた。皮を丸めたか、削ったか、とにかく木製だった。
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