前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

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第一章 レクルキス王国

15 取り調べ

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 サンナの希望通り、俺たちは泊めてもらえる上に、ちょっとした仕事も紹介してもらえることになった。ティリエはサンナの後輩に当たるとかで、頭が上がらないらしい。

 夕食は、案内された部屋で取った。野菜料理ばかりだったが、とても美味しかった。レモンの天ぷら、豆のアーモンドミルク煮込み、木の実のベリージャムえ。

 何故だろうと考えて、思い当たる。
 砂糖や塩、香辛料がたくさん使われていて、味が濃い。パンも白く柔らかく、前の世界を思い出す味だった。おまけに蜂蜜はちみつ酒も出た。

 ティリエ隊長も同席して、色々教えてくれた。
 この森は、首都防衛のために作られたもので、エルフの一族が管理している。

 万里ばんり長城ちょうじょうとまではいかなくとも、広い範囲を占めていて、実験的に新しい植物を育てている場所もある。だから、案内人がいないと、無事に通り抜けられない。

 この世界では砂糖も香辛料も高価な品だが、この森で似たような植物を作り出した。
 その成果を、俺たちは堪能たんのうしている訳だった。植物だけでなく、はちも飼っている。

 蜂蜜酒は、いつも街で飲む酒より濃く、本当の酒だった。その酒を、俺より年下のシーニャたちは、美味しいといいつつがぶ飲みしていた。この世界では、飲酒解禁年齢が低いのかもしれない。体の発達は、前の世界と同じようにも思えるけど、そういう習慣なら、しょうがない。

 サンナが止めないので、俺も放っておく。今日はグリエルも、テーブルの下でお相伴しょうばんあずかっていた。
 猫らしく、両手でパンを押さえながら、食いちぎっている。人型グリリに変身しようにも、外へ出られないのだ。

 シャワールームのような場所もあった。あくまでも植物を利用して作っているので、滝行たきぎょう付きの水浴び場といった感である。
 パミの牧場にあった風呂には及ばないものの、体をきれいにできるのは、ありがたい。

 シャワーから戻ってみると、食事をした部屋の奥に、新たな空間が出現していた。そこには四人分のベッドがあった。
 サンナには別の部屋を用意したとのことで、残りの四人と一匹で眠ることになった。
 道中でも宿屋に五人部屋がなく、いつもサンナは一人で別室だった。それで、今回も誰も異を唱えなかった。

 「そう言えば、猫ちゃんと寝るの初めてかも。一緒に寝る?」

 シーニャがグリエルを抱えようと、近付く。
 蜂蜜酒をがぶ飲みした割には、足取りもしっかりしている。ケーオもワイラも普段と変わりなく見える。
 この世界の人間は、アルコールに強いようだ。

 グリエルは素早くワイラのベッド下に潜り込んだ。シーニャが覗き込んでも出てこない。普通の猫でも、こうなったら出てこないだろう。

 俺には別の心配があった。

 夜中、案の定、目が覚めた。
 いびきである。ワイラのいびきには何とか慣れたところだった。今夜はグリエルのいびきとの二重奏、というよりも、不協和音である。

 この不規則な音の共演の中、どうしてシーニャとケーオが熟睡できるのか、未だに謎である。若さだろうか。床下から異音を聞かされているワイラも起きる気配がないのが、不思議だ。

 発光植物で柔らかく照らされた部屋は、夜昼の判別ができない。この世界にも時計はあるが、貴重な品で、勿論もちろんここにはなかった。
 夜明けが近ければ、もう起きてしまってもいいのだが。

 ふと思いついて、ワイラのベッドごと、バリアでおおってみた。
 音が止んだ。

 「やった」

 仕組みはわからないが、確か通気性はあった筈。これで寝られる、と思った時、ベッドの下から黒い手が出てきた。
 グリエルである。コツコツとバリアを叩くと、手は引っ込んだ。しばらく見ていたが、何も起きない。急に魔法をかけられたのに気づいて、確かめただけのようだ。
 俺はもう一回寝ることにした。次に起きたら解除しよう。


 朝食時にはサンナとティリエが合流して、今日する仕事の説明も受けた。

 「金属を溜め込む木がありまして、そこから採取した金属が、どのくらいの加工に耐え得るか、知りたいのです。ケーオさんとワイラさんに検証をお願いします」

 「へーえ。木から金属が採れるなんて、面白いな」
 「承知した」

 二人とも、職業柄、興味を示した。ティリエは、シーニャに目を向けた。
 その前から、彼女はティリエの顔をつくづく眺めている。

 「シーニャさんには、剣士として、別の何種類かの木の性質を確かめるために、協力いただきたいです」
 「結婚していますか」

 「は‥‥?」
 「シーニャ、やめろって」

 ケーオが注意する。絶対、彼女の耳には入っていない。

 「結婚はしていませんし、当面するつもりもありませんよ」

 サンナ以外には、ハーフドワーフのワイラにも公平に接してきたティリエも、これには苦笑して答えた。
 そして、シーニャが次の質問をする前に、俺の方を向いた。

 「トリスさんには、魔法能力を生かした実験に協力していただきたい。そこにいる、ペット、もご一緒で構いませんよ」

 「わかりました。お役に立てれば嬉しいです」
 「では、後ほど迎えの者を使わします」

 朝食後、間もなく行き先ごとに迎えが来た。
 シーニャの迎えは、ティリエほどではないにしろ、顔立ちの整ったエルフで、彼女の表情を見ると、ケーオたちが先に部屋を出ていてよかった、と思えた。

 「この部屋は監視されています」

 二人残された途端に、グリエルが猫語で喋った。

 「だろうね」

 俺たちの迎えは、革鎧かわよろいを着込んで帯剣した、筋肉質のエルフらしからぬエルフだ。互いに黙礼した後、無言で案内された。
 背を向けている彼から緊張が伝わってくる。とてもじゃないが、話しかける雰囲気ではなかった。

 案内先の部屋へ入ると、後ろで扉が閉まった。
 中で待っていたのは、サンナとティリエである。木製のテーブルが二台と椅子が数脚のシンプルな部屋で、実験の材料らしいものは見当たらなかった。

 この配置は、前の世界で見たことがある。取調室だ。俺は前の世界で真っ当な市民だった。体験するのは初めてである。

 「座って。その、生き物も」

 テーブルの向こうに座る、サンナが言う。今は、マントなしで体にピッタリとした服を着ていて、しかも盛り上がった胸の上半分が、き出した状態で机の上にはみ出している。
 俺たちは、机の前に並べられた椅子に腰掛けた。

 グリエルは猫姿だから飛び乗った、が正しい。
 俺の視界から外れる事になる、後ろの方の小さいテーブルには、ティリエが座っていた。

 鎧ではないが、皮製の防護服らしき厚手の服を着込んでいた。暗い予感にとらわれる。
 早くも旅が終わるかもしれない。ここで死んでも元の世界に帰れる訳ではない、確か。緊張で記憶がぼやける。

 「トリス。これから尋ねることには、正直に答えて欲しい。あなたがここで話したことは、全て正式の書類に記載され、公式の記録として残ります」

 まるで逮捕されるみたいだ。

 「可能な限り、努めます」

 一緒に旅をするに当たって、サンナから敬語禁止を言い渡されてきたが、こういう雰囲気では丁寧な言葉遣いにならざるを得ない。
 サンナも、この場で敬語禁止を改めて言いつのったりはしなかった。気分がさらに沈む。俺はこの世界に来てから、悪いことはしていない、と思う。自分を信じるしかない。

 名前とおよその年齢、出身地を問われる。まず順当な質問だ。
 しかし俺の場合、名前はグリエルに命名された名しか思い出せないし、現在の肉体年齢についても正確には知らない。
 この世界における出身地も、シーニャの村付近、というのが実際のところである。

 村長に照会されるまでもなく、シーニャたちに尋ねれば、村人ではないとすぐに判明する。どう答えても怪しまれる。だから、グリエルと打ち合わせた通り、本当のことを話した。

 「ニホン? ニッポンではなくて?」
 「ニッポンとも言います」

 サンナの反応は予想と違っていた。あまり驚かないし、それがどこにあるのかも追及しなかった。
 勇者が日本からの転生者というし、他にも日本からの転生者はたくさんいて、日本についての情報が広く知られているのかもしれない。俺は召喚された身であるが。

 「何の目的で動いているの?」
 「元の世界へ帰る方法を知るために、魔法学院で勉強したいと思っています」

 これは本心だ。しかし、サンナは疑わしげな表情になった。

 「転生者は前の世界で死んでここに来ている。帰れるとは思えないわ」

 「わかりません。帰れるのが一番ですが、ここに留まらなければならないとしても、魔法の勉強をするのは、生活のために必要です」

 俺は死んでいないし、多分。

 「ふーん。道理は通っている」

 そしてサンナはやおらグリエルを差した。グリエルが猫らしく、耳を後ろに倒す。

 「それは何なの」
 「ペットの、猫です」

 変な汗が出る心地がする。サンナの整った顔が怖い。椅子から腰を浮かし、テーブルごしに顔を近付ける。盛り上がった胸も近くなる。あ、もうちょっと前に出てくれたら、たまたま当たったり、する、かも。

 「猫じゃないでしょう。『それ』から、もの凄い魔力を感じるのよ」

 微妙に胸が当たりそうな当たらない位置で、サンナの前進が止まった。計算しているのか?

 「そんなこと、言われましても」

 俺は困ってグリエルを見た。困ったら何とかしてくれると言った筈だ。グリエルも俺を見る。前足を舐めながら頭をやたら撫で回す。
 如何にも猫らしい仕草である。まさか、今更いまさら、猫だとアピールしているのか。

 「にゃお」
 「あくまでも猫と言い張る?」

 サンナも猫語がわかるらしい。魔法の力なのか、エルフの力なのか。

 「にゃーにゃーにゃー」
 「なるほど。理解しました」
 「先輩、何て言っているんです?」

 背後からティリエが聞く。

 エルフが全員、猫と話せるわけではなさそうだ。そして、ティリエが魔法を使えるならば、サンナと違う種類のものだ、ということもわかった。

 闇魔法以外全て使える俺には、もちろんグリエルの言葉がわかるが、手持ちカードが多すぎて、どれが有効なカードかわからない。
 やはり魔法の勉強は必要である。
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