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第二章 魔法学院

4 いよいよ学院生活

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  食後、クララに事務室までついてきてもらい、身分証を貰った。サンナがつけていたような腕輪だった。
 他にも職員が待ち構えていて、制服やら何やら渡された。

 それから再び食堂へ戻ると、クララは食事中の女子生徒を掴まえて、俺たちに引き合わせた。慌てて食べ終えようとする彼女をなだめている間に、忙しい寮長は去って行った。

 「ニイアです。基礎科初等科一年です。よろしくお願いします」

 紹介されたのは、金髪緑眼のバービー人形のような女子生徒だった。
 見た目が大人びているのに、ぴょこんと頭を下げる様が可愛い。そのギャップがまた魅力的だ。
 エルフと人間のミックスで十五歳だという。耳は尖っていない。見た目通りのクララと同じ年齢である。エルフの影響だろうか。

 「わたくし達は二十歳を随分過ぎて初等科に入るのですが、皆さん、ニイアさんぐらいの年齢が多いのですか」

 グリリが俺も気になっていたことを尋ねた。
 クララ寮長は十五で上の応用科に行っている。ニイアが同じ年で初等科一年生なら、年長の方に数えられる筈だ。

 「人間だと、六歳ぐらいで受験を始める例が多いそうです。私のように、人間として暮らしていたエルフや獣人は、魔力の発現がまちまちなので、年齢もばらばらですね。それにほとんどのエルフやドワーフは、一族の里で暮らした後に受験しますから、トリスさん達よりも、ずっと年上です」

 「はあ、なるほど」

 六歳といったら小学生である。こっちの世界も、お受験競争が激しいのだろうか。
 もし、ここで教職に就けたら、いずれ独立してお受験塾を立ち上げられるかもしれない。貴族に雇われる家庭教師の方が、実入りがいいのかな。個人雇いだと、教え子の当たり外れで人生激変しそうである。

 将来の夢は置いといて、小学生から見れば二十歳過ぎは老人だろう。だが、年上の者もいるとのことなので、ひとまず安心した。

 食堂は一度に全員入るほどの席数がなく、食べ終えたら出なければならない。
 ニイアと三人で寮へ戻り、先ほど学院長に案内された多目的室へ行くと、既に誰かが使っていた。他に集まれる部屋はない。

 「私の部屋でお話ししましょう」
 「え、いいんですか?」
 「大丈夫です。狭いけど、何もないので」

 ニイアは三○三室、つまり俺の隣の隣だった。俺より半年前に入学したそうだが、部屋の状態はさして変わりなかった。

 「教科書、学院生用の本はないんですか」

 思わず聞いてしまう。

 「授業棟に図書室があります。持ち出し禁止ですが、読むのは自由です。魔法だけでなく、色々な分野の本があって、服の本まであるんですよ」

 緑の瞳をきらきらと輝かせて言う。ニイアには悪いが、俺は気が遠くなる心持ちがした。これは相当な暗記力が必要だ。
 小机の上に、黒板の小さい版が置いてあった。尋ねるまでもなく、ノートだとわかった。


 「朝だぞー。起きろ!」

 ウルサクが、ハンドベルを鳴らしながら、各階を回って歩く。
 向かいの部屋からはグリエルのいびきが聞こえなかったので、俺はぐっすり眠れた。
 両隣は安眠できただろうか。

 服を着て部屋を出る。階段の途中でグリリと遭う。濡れ髪だ。朝からシャワーを浴びていたのか。

 「おはようございます。すぐ追いつきます」
 「ドライ」

 グリリの髪が一瞬で乾く。昨夜、俺がシャワーを浴びた時に試して上手くいった技を、見せびらかしてみた。人の髪を乾かすのは初めてだが、成功したようだ。

 「あ。ありがとうございます」

 グリリは続けて何か言おうとしたが、俺の背後から他の学院生が来たのを見て、そそくさと階段を上がっていった。俺も邪魔にならないよう、さっさと降りる。

 朝食は、硬めのパンと薄いビール、干したベリーだった。
 朝シャワーを浴びる学院生が多いのか、夕食時よりも席が空いていた。メニューも簡単だから、皆さっさと食べて帰っていく。食べ始めると、すぐにグリリが隣に座った。

 いつもより頭が大きい気がする。爆風にさらされたような‥‥俺のせいか。

 「まず初等科ですね」

 グリリが文句を言わないので、俺も謝り損ねた。

 「うん。魔法は午後から」

 午前中は、主に一般教養課程の授業が行われる。
 ただし、在籍五年目には通常、教養課程は全て修了していることから、魔法の授業も一部午前中に行われる。

 クララ寮長の所属する応用科三年が、それに当たる。大方の学院生は、昼食を挟み、午後に魔法の授業を受ける。グリリが勧められた研究科は、午前午後関係なく研究をするところらしい。

 食べ終えて片付けているところへ、ニイアが駆けてきた。これから食べるようだ。

 「ごめんなさい。急いで食べるから、管理人室の方の出入り口で待っていてください。教室まで案内します」
 「落ち着いて食べてください。私たちは気になりませんから」

 言い置いて、後ろが詰まらないように、食堂を出た。初日で荷物もなく部屋には戻らず、言われた通り、ウルサクのいる小部屋の方にある、出入り口の外側で待つ。

 「朝食後にシャワー浴びたら、歯磨きもできますね」
 「そういう手もあるな」

 洗面所がないから、トイレの手洗い場かシャワー室でするしかない。
 紙不足といい、細かい点で不便を感じる。世界が異なるのだから、仕方がない。

 待つ間に、授業へおもむくと思しき学院生が、次々目の前を通り過ぎる。
 邪魔にならないよう脇に避けていたが、ちらちらと見てくる者もいる。始業時間も現在時刻もわからない。初日から遅刻とか、色々不安になる。

 「あっ、トリス」

 遠くから聞き覚えのある声がして、軽い足音とともに胸を揺らしてやってきたのは、サンナだった。立ち止まり、グリリを見て目を見開く。

 「あんた、グリエル?」
 「今はグリリです」

 サンナは腕組みをした。胸が強調される。相変わらず大きい。

 「人型になれるのなら、あの時に教えてよ。報告を間違ったことになるじゃない」
 「すみません」

 素直に謝るグリリ。謝っただけで済む問題とも思えないのだが。
 報告って、誰に?

 「サーンーナさーん」

 彼女の後方から、呼び声がした。職員寮の出入り口に、眼鏡をかけた細身の男性が立っている。眼鏡、存在するのだな。

 「早く、倉庫から資材を運んでくださーい」
 「ちっ。ドワ男め」

 サンナが舌打ちしたので、俺はびっくりした。しかし彼女は、俺たちに手を振ると、きびすを返して眼鏡男の方へ戻っていった。
 どうやら彼が新しい上司のようだ。

 「ドワーフらしからぬ外見ですね。ドワーフのミックスにしても、ワイラとも違う感じです」

 グリリが言った。

 「ドワ?」
 「ドワ男と言っていたので。あの眼鏡の人は、ドワーフなのではないかと思いました」

 確かに。もしそうなら、ドワーフの上司に仕える羽目になったサンナは、さぞかしストレスが溜まるだろう。キナイ学院長も、なかなか意地悪だ。
 常に上から目線のサンナには、いいおきゅうかもしれない。

 「お、お待たせしました。行きましょう」

 ニイアが息を切らせてやってきた。


 初等科の教室は、寺子屋に似ていた。一年も二年も同じ教室に席を並べる。学年ごとに、それぞれ二人ずつ教師がついている。

 黒板が前後にあって、一年は前、二年は後ろを使う。大まかな流れはあるものの、個別に勉強している生徒もいて、例えば一年でも学習が進んでいる者は、二年の黒板を見ていたりする。

 俺たちを含めて、全部で十三人しかいない。だから教師四人で、個別に対応できるのだ。俺は今は教わる身だが、何だか羨ましい。

 新入生の俺とグリエルは、クラスの中で一番遅れている。当然個別指導と思いきや、目の前にどさっと本を積まれた。本と言っても、板や粘土や巻物である。積むにも一苦労だ。

 「字は読めるんだっけ? すごい基本的なことを教えてって言うから、幼児向けの本を持ってきてみた。とりあえず、読んでみて」

 たくましい体つきの、二十歳くらいの男性に言われた。彼は返事も待たずに、他の学院生の元へ行ってしまった。俺たち、放置なのか。
 若く見えても、教える側には違いない。俺たちは教わる側。
 教師に当たり外れがあるのも、前の世界と同じようだ。

 隣に座るグリリが、一番上の巻物をそうっと取った。何も積まれていない彼の机の上に広げる。俺は横から一緒に見ることにした。

 その巻物は、レクルキス国に伝わる伝説を記した本のようだった。


 むかし、あるところに、ソールという賢い子がおりました。ある時、流行り病で両親が死んでしまったので、ソールは旅に出ました。
 
 建国神話だった。
 主人公のソールは、エルフやドワーフを従えて獣人たちを助け、レクルキス国を建てて初代の王位に就いた。以後、王家はフォンダンルミエを名乗っている。

 ここから分かったことは、獣人は大体六種いる、ということ。ケンタウルスと熊人と狼人、竜人、人魚、ハーピーのような半人半鳥。

 勇者ショウの話もあった。
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