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第二章 魔法学院

5 初日から魔法試験

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 むかし、あるところに、ショウという男の子がおりました。ある時、ショウは、光の神からお告げを受けました。

 ショウは冒険者として経験を積み、遂にドラゴンがレクルキス国を襲撃しゅうげきした際、これを撃退する。彼が転生者という話は記されていない。ようやくここで、勇者伝説の大筋おおすじを知ることができた。

 次の巻物は「身近ないきものたち」。
 題名通り、レクルキスに生息する動物や魚を絵入りで紹介している。ゴブリンやオークが、猪や鹿と並んで紹介されているのが面白かった。
 巻物で幼児向けのせいか、取り上げた数は少ない。ほぼアルクルーキスまでの旅の間に、見たことがある生き物ばかりであった。

 それから木の板に移った。
 「まほう、つかってみよう」と、如何にも幼児向けの題がついている。

 この本は初めて直接役に立ちそうだった。

 クララ寮長が言っていた、生まれつき魔法を使える種族と、神との契約によって初めて魔法が使える種族の違いや、以前グリエルに一部教わった魔法の分類が、簡単な説明で書いてあった。

 というか、彫ってあった。
 彫った凹みに炭か何かを流し込み、ロウで固めて読みやすくしているようである。手間がかかっている。この形式で幼児用以外の本は作れまい。

 魔法の種類は、エルフやドワーフや獣人が生まれつき持っている火、水、風、土の魔法と、人間が神と契約することで使える光と闇の魔法。使う時に、いちいちどの魔法か意識しないから、忘れていた。

 この本で覚えたこと。
 普通、一人につき魔法は一種類しか使えない。稀に二種類使える人もいる。
 契約魔法の光と闇は、同時に契約することはできない。エルフなども、契約すれば光か闇の魔法を使うことができる。
 つまり、一人につき使える魔法は、最大三種類である。俺は五種類使える、とグリリが言っていた。レアだ。

 それから、魔法を発動させるためには、術者の能力に応じた方法がある。
 初心者や魔力の小さい者は、魔道具と呼ばれる品物、杖や指輪といったアイテムを持ち、呪文を詠唱し、決まった所作しょさを行わなければ、魔法が使えない。
 呪文の長さや所作の難しさは、消費する魔力の大きさや魔法の効果に比例し、術者の能力に反比例する。

 俺は全部なしで魔法を使える。いわゆるチート級である。この能力を上手く生かせればいいのだが。

 魔法の本は、唐突に終わってしまっていた。本を持ってきた教師が、全巻揃えなかったか、元々欠品だったのか。
 どうも、全部持ってくるのが面倒だったのではないか、と思えたのは、一番下に粘土板の本が積んであったからである。

 「お仕事、楽しいね」と題されたその本は、全十五巻、と最初に明記されていた。
 ぱっと見ただけでも、十五冊は、ない。焼き粘土は、確かに重い。とにかくある分だけ見ていくことにした。

 農業、酪農、林業、漁業、といった第一次産業が、絵入りで紹介されていた。面白かったのだが、そこで本は終わっていた。

 カーンカーン、と控え目な鐘の音が廊下の方から聞こえた。始業時と同じである。

 「はい、今日の授業はここまで」
 「ありがとうございました!」

 日直みたいな制度はないらしい。だが大体声は揃っていた。先ほどの教師が近付いてきた。

 「君たち、この本を図書室へ戻しておいてね」
 「え」

 呆気に取られる俺たちを置いて、彼はさっさと教室を出ていってしまった。入れ違いにニイアが来る。

 「わーすごい。こんなに本持ち出しで読めるなんて、羨ましい」
 「あの、図書室へ返さないといけないのですが、場所を教えてもらえますか」

 グリリが言った。

 「私も一緒に行きます。二人では重くて、一度で運べないでしょう」
 「俺も手伝おう」

 やってきたのは、プラチナブロンドに薄青の瞳を持つ、ニイアよりやや年嵩としかさの男子である。

 「ありがとう、ザイン」
 「ありがとうございます」

 グリリと俺も、声を揃えて礼を言った。実際、四人で手分けして丁度いい量だった。これを一人で持ってきた教師の力は、半端ない。

 「本当、バズルさん力持ちだなあ。熊人だからかな」

 俺の考えを読み取ったようなタイミングで、ザインが言う。

 「助手と学院生の兼任は大変と思いますが、返すところまでやって欲しいです」
 「確かに、ちょっと雑だよね」

 ニイアとザインが並んで歩くところは、アメリカの青春映画みたいだった。
 二人きりにしてあげたい。老婆心ならぬ老爺心が、頭をもたげる。
 しかし、抱えた本を返さねばならない。俺とグリリは大人しく二人の後をついていった。


 図書室には上級生らしき人たちがいて、事情を話すと元の棚へ戻すのを手伝ってくれた。

 学院長室よりもたくさん棚があって、どの棚にも本が詰まっていた。俺も時間を見つけて卒業までに全部制覇せいはしたい、と思った。そのくらい勉強しないと、とても追いつかない。

 そのまま四人で食堂へ行った。
 午後の授業の場所がわからない。一応、授業棟の入り口掲示板に、今日明日の授業予定と集合場所が書いてあるものの、教室の位置を覚えるまでは、人について歩く方が早い。

 昼食は、ニョッキと野菜のスープに、チーズがついた。例の薄いビールのような酒もある。日に三度、きちんと食べられる生活は嬉しい。

 「でさ、グリリは獣人なのか?」

 食卓につくなりザインが尋ねた。グリリは食べかけのチーズを急いで飲み込もうとして、むせた。

 「ごめん。聞いたらまずかったかな。俺、医者を目指しているから、体に関する知識を集めているんだ。種族によって苦手な物とかあるし」

 「いえ大丈夫です。自分でも何の生き物なのかはよくわからないのですが、一応人間と思っています」

 そうだよな、と前半部分について内心激しく同意する俺。黒い毛の生えた雪だるまは、この世界でも説明できまい。
 それより、半日教室で過ごして覚えた違和感が、今のザインの言葉で形になった。早速質問する。

 「この学院で、相手に聞いていい事と聞いてはいけない事の基準は何?」

 俺とグリリは授業の最初で、バズルとは別の教師から皆に紹介された。

 「今日から皆と一緒に学ぶトリスくんとグリリくんです。トリスくんは人間で、グリリくんはグリエルという雌猫になります」

 そして席に誘導され、あとはひたすら本を読んでいた。朝から昼までの授業中、小休止を数回挟んだが、その間ほぼ誰も俺たちに話しかけてこなかった。

 ニイアが、トイレへ行かず大丈夫か、と聞いてきた程度である。
 俺のイメージだと、転入生が来たら、周りを取り囲んであれこれ質問するのだが。さりとて、敬遠されている印象も受けなかった。

 「基準って言われても困るなあ」

 ザインが唸る。その横でニイアはひたすら食事を口に運んでいる。彼女は食べるのが遅いのを自覚して、少しでも先んじようとしていた。

 「聞かれて答えたくなければ答えないだけだもの。聞いてはいけない事っていうのもなあ。あ、でも、入学前の生活なんかは、向こうから言わない限り聞かないね。出身地とか、家柄とかも。皆それぞれ事情があるし」

 「使える魔法の程度を、教えないこともあります」

 ニイアがスプーンを止めて付け加えた。

 「そうだね。将来敵味方に分かれる可能性がない訳じゃない。卒業に必要なレベルさえ示せれば、全てを明かす必要はない」

 ザインも頷く。彼は喋りながら器用に食事を進めている。もう半分以上減っている。

 「参考になった。ありがとう」

 俺は微笑んだ。何となく、俺の聞きたかったこととは違う気もしたが、参考にはなった。わからないことだらけなのだ。今は、何を聞いても参考になる。

 「ご馳走様でした。私は研究科なので、先に行きます」

 グリリが席を立った。

 「おっ、いきなり凄いな。頑張れよ」

 ニイアもザインも驚いた。グリリは頷いて、去って行った。

 「グリリって、とても興味深い存在だな」

 見送るザインの表情は、研究対象を見るものだった。ニイアがその横で一生懸命食べている。俺は、何故か申し訳ない気持ちになった。


 午後は、基礎科の授業である。魔法の基礎科という意味だ。教室に集まった学院生の数は午前と同じ十三人だが、半数近く入れ替わっていた。

 ここでも俺は名前だけ紹介されて、席についた。今度は寺子屋方式ではなく、学院生の席は全部同じ方を向いている。前の世界の学校の教室と同じ形である。
 ただし教師は四人いた。正面に立つのは一人で、残り三人はそれぞれ教室の横と後ろに控えている。

 「さて、今日は魔法力強化テストの日ですね」

 教壇に立つマイアの言葉に、教室がざわめくところは、俺のいた世界と変わらない。
 自己紹介してくれたところによると、マイアは基礎科の教授である。総白髪で、六十歳くらいの上品な婦人とも見えるが、肌艶は二十代、常に笑顔で目を細めているという、謎めいた雰囲気の持ち主だ。

 今も学院生たちのささやかな抗議を笑顔で受け流し、二つのグループに分かれるよう指示を出した。教師も二手に分かれている。
 俺とザインはマイアの方で、ニイアはエルフの教師が指揮を執るグループの方へ振り分けられた。

 「先週より進歩が見られない者は、居残りです」
 「うわ、俺自信ない」

 マイア教授の言葉に、ザインが眉根を寄せる。俺など、もっと自信ない。
 列の最後尾から先頭を覗き見ると、テストと言っても、ただ魔法を披露して合否を決めるのではなく、魔道具の使い方、呪文の詠唱の仕方、所作のあり方を確認した上で、一つ一つ指導しているようだった。

 学院生の方は、指導された事をその場で早速実践させられたりして、少人数でも列がなかなか進まない。
 順番待ちの方は、他のテストの様子を見るよりも、自分の予習に余念がない。俺の前に並ぶザインも、先ほどからしきりにぶつぶつ呟きながら腕を振り、振らない方の指先に火を灯していた。

 どうも、水魔法の使い手だけが、エルフの列に振り分けられたように見える。
 エルフ教師の前には木製コップに入れた水が置いてあって、学院生が何かやり始める度に、そこから水が飛び出すのであった。
 経験上、火魔法は火がなくても発動するのは知っていたが、水魔法は水がないと発動できないようである。

 そういえば、水魔法は使ったことがないような気がする。

 試験が終わったら終わったで、学院生はいつの間にか移動していた教師二名と共に、教室の後ろで魔法の練習に励んでいる。
 室内という制約もあるし、今日の試験は威力より調整能力が主眼だろう。俺の苦手とするところである。

 昼食の時に、自分の能力を全部見せない方がいいようなことを言われたので、練習もせず他の試験を眺めているうちに、ザインが終わって振り向いた。

 「頑張れよ、新人」

 笑顔で親指を立てるサインは、恐らく試験が上手くいった、という意味だ。俺はマイア教授の前へ進み出た。

 「トリスです。よろしく御指導願います」
 「はい。あなたは初日で居残りがないから、緊張しなくていいのよ」

 マイアは笑顔で言った。長くて量も多いまつ毛に隠れて、目の表情が読み取れない。俺は緊張が取れないまま、頷いた。

 「では、まず、あなたの一番得意な魔法を見せて」
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