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第二章 魔法学院

8 歴史書に知人が

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 食後、身分証を取りに行くというグリリと別れて寮の階段を上がる。
 ザインの部屋が二階だと言うので、何となく二階に止まって勉強の方法など聞いていると、クララが階段を登ってきた。

 「ちょっと! 何で初等科に入るような人が、いきなり研究科な訳? どういう手を使ったのよ」

 俺の顔を見るなりツカツカと走り寄り、食ってかかる。

 「私は基礎科です、寮長」

 クララはパッと顔を赤らめて、後ろに顔を向けた。小学生低学年くらいの男の子がいた。麦わら色の金髪をおかっぱに切り揃え、茶色の瞳がややおびえた色を帯びている。

 「僕が言ったのは、片目の猫人の方です、クララ寮長」
 「ちゃんと最初に言いなさいよっ」

 クララはそこで俺に顔を戻した。

 「ご、ごめんなさいね、人違いだったわ。しっかり勉強に励んでね。行くわよ、ロニ」
 「はい、寮長」

 二人はそれぞれの部屋へ戻っていった。見送ったザインが鼻を鳴らした。

 「ああいうところを見ると、光魔法学ぶの躊躇ためらっちゃうんだよな。俺も入信したら、彼女の手下にならなきゃいけないのかって」

 「プラハト教授は、あんな感じではなかったよ」

 「ああ司祭ね。わかっているよ。ツベルク事務次長もいい人だし。それはそれとして、寮長は来年研究科に行きたいから、敏感になっているんだろう。今度グリリが何か言われても、気にしないよう言っといてやれ」

 「うん、ありがとう」

 今日覗いた限りでも、研究科の学院生は数人だった。基礎科や寮の人数に比べて極端に少ない。希望したら入れるようなシステムではないのは、察せられた。

 グリリが階段を上ってきたのをしおに、ザインと別れて一緒に階段を上る。

 「後で話せるか」
 「シャワー空いていたら浴びたいし、その後図書室へ行きたいので、今日は無理です」

 俺だってシャワー浴びたいし、図書室へ行きたい。俺が黙っているのをどうとらえたか、グリリがなだめるように話し始めた。

 「学院内でしたら、大抵どこにいらしても、何かあった時に呼んでいただければ、分かると思います。あ、教会だけは行けないかもしれません」

 「え、やっぱり?」

 闇魔法のせいだろうか。

 「試してみたことがないだけです。それから、寮の奥に森があって、そちらの方も奥行きが判らないので、感知できないかもしれません」

 「わかった。頭に入れとく」

 グリリと別れて部屋へ戻り、シャワールームへ降りていくと、グリリはいなかった。混雑していた。俺は順番待ちをしてシャワーを浴び、図書室へ向かった。

 図書室もまた、人口密度が高かった。
 原則貸出禁止となれば、通って読むしかないのだから当然混むだろう。蔵書数を優先した室内の、元々少ない閲覧席は全て埋まっていて、立ち読みがあちこちにいる。

 俺は、とりあえず端から棚を見て回ることにした。前の世界と違って、背表紙のある本がほとんどなく、ざっと見る、ということができない。
 棚の分類表示を頼りに、後は直接本を手に取って確認するしかない。

 研究科の先生方の部屋には、背表紙のある本が結構あった。紙も印刷も普及していないようなので、本の形状で値段にかなり差があるのかもしれない。

 貸出禁止のおかげか、本の状態は総じて良さそうである。古文書レベルの古い本は、別の場所に保管されているのかもしれない。

 知りたいことがたくさんあり過ぎて、何から読んだらいいのか迷う。逆に考えれば、何を読んでも勉強になるとも言える。

 魔法関連の棚は人が集まって本を選びにくいので、空いている棚を探していく。
 グリリがいた。巻物を立ち読みしている。

 「何を読んでいるの」
 「歴史書ですね。子供向けの」

 覗くと、授業で読んだ本よりも字が小さく、分量も多い。

 ‥‥この時、魔法学院はとりでとして首都防衛の最前線となりました。
 学院の職員と学院生も王宮から来た兵士と共に戦い、ドラゴンが吐く炎によって砦が炎上した際には、大勢が命を落としました。
 王宮ではプラハト=アビエテ魔法将軍とギルガ=メルイ武術将軍が指揮を執り、首都の防衛と砦の支援に当たりました。
 こうした協力もあり、勇者ショウ、エルフのサンナ=リリウム、ドワーフのシナバ、狼人ドルフ、熊人ミース、馬人キナイ=エキュが、最後にドラゴンを倒しました。


 「凄いな」

 呟いたのは、つい最近言葉を交わした人々が、歴史上の人物として名を連ねていることに対してだった。確か、六十年ほど前の話である。

 俺の世界の感覚では、当時を生きた人が、現在も変わらず活躍していてもおかしくはない。
 ただ、人間のショウは、その間に二世代を経ている。こちらの世界の感覚に合わせると、西郷隆盛や勝海舟のような有名人が、今でも元気に大学で教鞭きょうべんをとっている感じだろうか。

 その後の歴史は、ルクス王による復興の様子を記して終わっている。奥付おくづけを見ると、ルクス十五年とある。

 「今、何年なんだ?」
 「クラール十五年。それは四十五年前の本だね」

 思ってもいない声が割り込んできて、ギョッとした。
 見ると、俺の背後から更に、痩せ型の中年男が覗き込んでいた。
 教務きょうむ係長のナムダという人だった。入学手続きの時に、説明にきた一人だ。

 「ご教示きょうじありがとうございます」

 グリリが礼を言いながら、巻物を戻し始めた。

 「そろそろ時間なので、退室して欲しい」
 「わかりました」

 巻物を元の棚に戻す。知らぬ間に、室内は俺たちだけになっていた。こんな調子で勉強していたら、到底皆に追いつけない。
 やはり、図書の持ち出し禁止はきつい。

 「研究科はまだ大丈夫みたいですね」

 グリリが言う方を見ると、窓という窓から盛大に灯りがあふれていた。教授たちから本を借りる、という手もある。難しくて読めないかもしれないが。

 「今日は早く休んだ方がいいですよ。明日、剣術の授業があるようです」

 そういえば、グリリは授業棟の入り口で掲示板を確認していて、ナムダにかされていた。
 寮でも、鎧戸よろいどの隙間から灯りが漏れる部屋がたくさんあったが、俺は自室へ戻ってさっさと寝ることにした。


 初等科の剣術は、闘技場が教室だった。天候は曇りである。掲示板に服装自由とあったので、旅装で行くと、皆見事にばらばらな格好で集まっていた。

 全般に戦いやすいシンプルな服装が多い。昨日クララの後ろにいたロニなどは、簡単な防具まで着けている。俺は魔法使い然とした、ゆったりとした服しか持っていない。
 これで授業を受けられるだろうかと、少々心配になった。

 講師陣が到着した。昨日本を持ってきてくれたバズルは、今日、武器の山積みになった荷車を押してきた。
 初めて見る人物がいた。

 四十歳くらいで細身の優男やさおとこ風ながら、きびきびとした動きが軍人を思わせる男性である。周囲の反応からすると、どうもこの人が一番偉そうだった。

 「喜べ。今日は、ユガフ=メルイ教授が直々じきじきに相手を務めてくださるぞ」

 昨日俺たちを紹介したエルフ教師が自慢気に宣言すると、学院生の間からえー、という声が上がった。興奮半分恐れ半分といったところ。聞き覚えのある名だが思い出せない。

 まず、各自が荷車から武器を選んだ。
 弓も短剣もなかったので、仕方なく軽そうな細身の剣を取る。刀というよりは、むしろフェンシングの剣に近い。指先でつまんで曲げてみたが、思ったよりしならない。

 他は、斧や槍、トゲトゲの鉄球が鎖でつながれた棒、といった変わり種もあったものの、両刃の長剣を選んだ人が大半だった。

 武器を選んだところで、教師たちが学院生を二人か三人に組み合わせ、軽く戦わせた。
 俺の相手はロニだった。彼は長剣を手にしていたが、体に比して大き過ぎるような気がした。
 多分、初等科で最年少と思われる、彼に合った武器がなかったのだろう。

 「魔法は禁止だぞ。用意、はじめっ」

 号令で打ち合いを始める。案の定、ロニは長めの剣を扱うのに苦労していた。重さも腕の力に合わないに違いない。
 もっとも、俺の方もごぼうみたいに細い剣だから、打撃力はない。突くか切り裂くか、に向いた剣だ。標的が小さい分、狙いが難しい。

 程よい組合せだったかもしれない。

 それより、どの程度に相手を攻撃したものか。同じ学院生とはいえ、小学一年生くらいの大きさのロニに剣を向けるのは、なかなかにやりにくい。あちらは遠慮なく突っ込んでくる。防戦一方になった。

 「遠慮するなよ。怪我したら、すぐ治してやるから」

 ツベルク事務次長の声がした。医務室長として、応援に来たようだ。周囲の金属音が高く激しくなった。

 「あっ」

 ロニの剣が手元に当たって、俺の剣が飛んだ。ロニは、剣先を喉元に突きつけてきた。

 「僕の勝ちですね」
 「うん、負けた」

 素直に認めると、嬉しそうに剣を下ろした。年相応の子どもらしい笑顔が、可愛い。

 「はい、そこまで!」

 剣戟けんげきの音が止んだ。あちこちで息が上がっている。教師たちが、素早く全員を見回って、怪我を治していた。重傷者はいない。

 今の戦いで勝った六人が、ユガフ=メルイ教授と剣を交わす栄誉を得た。その中にはザインもいた。

 「じゃ、遠慮はいらないから、一斉にかかってきたまえ」

 ユガフは、剣の柄に軽く手をかけたまま、ばらばらと立つ学院生を見渡した。構えてもいないように見えた。学院生たちはそれぞれ腰を落とし、武器を構える。全員長剣だ。

 「はじめっ」

 教授が抜く前に、スタートした。一斉に、というよりばらばらと思いのままに斬りかかる学院生たち。素人目にも緊張で動きが硬く見える。

 勝負は一瞬だった。斬りかかる方の時間がかかった分、長引いただけである。

 ユガフの腕が動いたかと思うと、金属音と共に剣が飛ぶ。あっと言う間に六人全員が武器を失った。ロニなど、武器を飛ばされた勢いで自分も転んでいた。

 「実戦で遠慮してたら、死ぬよ」

 明るく教授が笑う。彼は一歩も動いていなかった。

 「レイピアはねえ、儀礼とか決闘用にしか使わないんだよ。こんな武器入れとくなんて、バズルくんも適当だねえ。誰か教えてあげればいいのに」

 振り返るまでもなく、すぐ横にジェムトがいた。視線の先は、俺の持つごぼう剣である。

 「研究科の先生が、初等科の授業に来て、何しているんですか」

 「ユガフ=メルイ教授が武器を振るう機会を見逃したくなくて。あのギルガ=メルイ将軍の子孫だからね。でも初等科じゃ、こんなものか」

 「ジェムト! 見学ばかりしていないで、たまには実戦どうだ?」

 当然のことながら、教授に見つかった。ジェムトは慌てて手を振る。

 「僕は武術が不得手なんです。あ、ゴーレムでよければ」
 「了解した。出してくれ」
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