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第二章 魔法学院
9 ゴーレム キター!
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「皆、下がって下がって」
バズルたちが声を出しながら、学院生たちを端へ押しやるようにした。俺もジェムトから離れ、壁の方まで後退った。
ジェムトの詠唱は聞こえなかった。所作も背中に隠れて見えなかった。
彼の前の地面が、ぼこぼこ沸き立つように盛り上がると、中から数メートル級の土巨人が現れた。
闘技場の壁とほぼ同じ高さだ。
太い脚の間から、ユガフ=メルイ教授の姿が見える。ダビデとゴリアテみたいな図である。
よく見ようと、壁沿いに横へ移動する。ゴーレムの背中から抜けたところで、進めなくなった。特等席は、既に学院生でいっぱいだった。
戦いも始まっている。土ゴーレムが腕を地面に突き立てたところだった。直前までユガフのいた場所である。
当然、ユガフは飛び退いて避けている。飛んだ先は、ゴーレムの腕だった。そのまま腕を駆け上がる。
ゴーレム、反対側の腕を伸ばして掴もうとする。素早くすり抜け、頭の天辺まで登ったユガフは、下を見て叫ぶ。
「フレイル!」
グリリが、持っていた武器をぶん投げた。トゲトゲつきの鉄球と棒を鎖で繋いだ武器は、鉄球を先にしてゴーレムの頭に飛んでいく。
命中した。土がばらばらと落ちていく。後からついてきた棒を、ユガフが器用に受け取った。
「ひゃははっ、楽しいなあ」
ユガフが声を上げると、先生方の顔色が変わった。
「まずいぞ。ジェムト、ゴーレム解体してくれ」
「そんな。面白いのは、これからですよ」
ジェムトの眼鏡がキラリと光る。エルフ教師の耳が赤くなる。
「ジェムト講師!」
「はいはい」
「ゴージャスライトニング!」
ジェムトがのんびり返事をするのと、明るいユガフの声が重なった。俺の手から、ごぼう剣が叩き落とされた。空が明るくなった。
どごっ。ぼたぼたぼたっ。
俺の肩が押されてしゃがませられるのと、目の前に電流が走るのと、土が落ちてくるのと、周囲が武器から電流を流されて光るのと、ユガフが電流で光ったフレイルをゴーレムに叩きつけるのと、全ては同時に起こった。
魔法と武器のコンボを食らった土ゴーレムは、ジェムトが解体したせいもあるだろうが、崩壊した。ユガフは器用に土の塊を避けて、地面に降り立った。
「と、まあ、通常フレイルは馬上の敵を落とすのに使うんだが、工夫次第で応用が効くということだな。ああ楽しかった」
教授の解説を聞けたのは、学院生では俺とグリリと斧か槍を持っていた数人だけだった。
残りは、剣から電撃を受けて、地面に伸びていた。
素早く立ち直った先生方が、急いで治療に当たっていた。ジェムトも一緒に治療に回った。俺も、手近な学院生を治した。
「はい。今日の授業はこれで終わりだ。ジェムト講師、午後までに闘技場の土をならしておいてくださいね」
「はいはい。ピニャ助教授に頼もうかな」
エルフ教師に厳しく命じられたジェムトは、後半を小声にして言った。
基礎科では、ここ数日ずっと座禅をさせられている。正確には瞑想訓練と呼ぶらしい。
「あなたは、魔法を使う基礎がなっていません」
とマイア教授に指摘されて、訓練することになった。
終業後も時間の許す限り行うように、との指示で、なかなか図書室へも行けず、この世界の勉強も捗らない。光の神についての知識も、ないままである。
そのまま日曜日を迎えてしまった。ザインとの約束もある。先延ばしにはできない。
食堂で、グリリを見かけた。学院に入ってから、別行動が多い。
召喚された時、一緒に行動するよう言われた記憶があるのだが、当人が現状を良しとするなら、俺としてはむしろ望むところだ。
今日も、手近な空席で食事しようとしたら、グリリの隣にザインが座った。何か話している。
邪魔しない方がいいのだろうか。しかし、俺はこれからザインと出かける用事がある。
「おはよう」
結局、二人の前に席を取った。
「おはようございます」
「おはよう、トリス。今日よろしくな」
朝食は、パンとチーズと牛乳に加えて、バターが付いていた。牛の恵みに感謝である。
「で、俺たち礼拝の後、街へ買い物に行くんだけど、お前も行く?」
「行く」
返事をしながら考える。グリリは研究科で午後は別行動である。いつの間に、そんなに親しくなったのだろう。
「じゃ、決まり。出かけるまでに、外出届をウルサクさんに出しておいて」
ザインは立ち上がった。グリリも席を立つ。俺は取り残された。と思ったら、入れ替わりにニイアが来た。
「おはよう、トリス」
「おはよう」
今日は授業がないせいか、彼女はのんびりしている。
「学院の生活には慣れた?」
「教室の場所はいくつか覚えた。先生や皆の名前が、まだ覚えられない」
俺は食べながら答えた。礼拝に行かなければならない。多分、ニイアが来たということは、あまり時間がない筈だ。
「たくさん覚えることがあって大変ね。何かわからないこと、思いついたら聞いて」
「うん、ありがとう。そうだ、礼拝の後になるんだけど、一緒に街へ行かない? ザインとグリリも一緒なんだ」
食べ終えて席を立つ際、思いつくまま誘ってみた。ニイアは口をもぐもぐさせながら、ふるふると首を振った。
「お母さんに会うから、一緒には行けない。タベルっていう食堂で働いているの。良かったら食べに来て」
「うん。じゃあ、また」
食器を片付けて、一旦寮に戻る途中、誰かにぶつかられた。
「あ、ごめん」
一応謝る。相手は、初等科の授業で見覚えのある顔だった。赤みがかった茶髪に赤味を帯びた茶色の瞳。名前まではわからない。謝られて当然、といった態度である。
「『殺すな盗むな漏らすな、繁殖禁止』って教わったろ?」
「うん」
入学手続きの時ナムダ係長から教わった、学院の規則である。簡潔で直截的過ぎる言葉のせいで、はっきり覚えている。
「彼女に手を出すなよ、新入り」
「‥‥」
あまりに想定外の話に、何も言えずにいると、承諾と受け取ったのか、満足そうに頷いて、去っていった。
我に返り、急いでトイレで口をすすぐ。出ると、ザインが降りてきたところに鉢合わせた。
「そろそろ行った方がいいと思うぞ」
「ごめん、遅くなった」
授業棟の端にある礼拝堂に着くと、中は人でいっぱいだった。
座席に区別はないものの、何となく前の方に教職員、その後ろに学院生が順番に座っているような印象だった。
寮長のクララなどは、教職員のすぐ横の壁際に立っていた。その隣にはロニと、後数人が並んでいる。新入りの俺たちは一番後ろの端に腰掛けた。
堂内を見渡すと、まず正面の大部分を占める、金属製のパイプ列柱が目に入った。
その上には、天井近くまで色鮮やかなステンドグラスが、嵌め込まれている。絵柄は様々で、物語を表しているかもしれない。全体として、キリスト教の教会によく似ていた。
音楽が奏でられた。誰が弾いているのかと腰を浮かして探すと、何と先ほど俺にぶつかっていちゃもんをつけてきた、赤っぽい髪の男子だった。
音階も音程も記憶にあるのと微妙に異なるものの、この世界で初めて聞いた、まともな音楽である。前の世界でピアノを弾けた俺には、彼が羨ましい。誰もいない時に、弾かせてもらえないものか。
元々静かだった堂内は、音楽でますます静かになった。そして一つの曲が終わり、次の曲が始まると、側面の壁際に並んで立っていたクララたちが、曲に合わせて歌い始めた。すると、席に着いている人たちも一緒に歌い出した。
俺は歌詞も音階も知らなかったが、楽器ができる強みで、何となく合わせることができた。隣席のザインが驚いたような表情で俺を見ている。彼は無理矢理歌ったり、歌う振りをしたりもしなかった。
クララたちは斉唱が終わると、教職員のすぐ後ろの席に座った。パイプオルガンを弾いていた彼は、近くに用意されていた壁際の席へ移動した。
そして、既に登壇したプラハト=アビエテ教授、今は司祭、が話を始めた。
「今日は、キュリの話をしましょう。皆さんご存知の通り、治癒魔法の祖と言われる人物です」
要は、不幸の連続人生を送っていたキュリという人物が、光の神のお陰で病気も治り、治癒魔法を取得して、順調な人生になったという話だった。
話も面白かったが、プラハト司祭の話しぶりが、研究棟で会った時と全く違っていたことが、また面白かった。
以前会った時の服の上から、更に華やかな刺繍を施した布を羽織り、落ち着いた声音で丁寧に話す司祭からは、その艶やかな容姿と相まって、正に神の使いといった印象を受けた。
内容から推して、俺とザイン以外は何度も聞いた話ではないかと思うのだが、後ろから見る限り皆熱心に耳を傾けている様子だった。
最後に教訓めいた締め括りを付け加えてプラハト司祭の話は終わり、再びクララたちと赤髪の彼が移動して歌を歌い、礼拝は終わった。
キリスト教のミサだと、パンを食べたり寄附を募ったりするイメージがあって、急いで身一つで参加してしまった俺は身構えていた分、ほっとした。
外へ出ると、プラハト司祭が見送りに出ていた。
「今日は、礼拝に参加してくれてありがとう。また来てくれたら嬉しい」
礼拝中と同じ話しぶりである。後ろから次々と参加者が出てくるので、俺は簡単に応えた。
「はい。また来ます」
「今日はありがとうございました」
ザインも礼を言った。その後急ぎ足で寮へ戻り、外出の支度を整えた。自室を出て、グリリの部屋を訪ねると、扉を開けたグリエルが手招きした。促されて中へ入り、扉を閉める。
「何これ」
机の上に革袋。ずっしりとした重みが見るからに感じられる形状。
「服や本、ペンを買うのに使ってください」
「俺、金あるよ」
シーニャたちと旅している間に稼いだ分である。衣食住最低限必要なものは支給されるので、手付かずのまま残っている。
「足りません。これから何にお金がかかるかわからないので、そちらは取っておいて、こちらを使ってください。これは元々あなたの分です」
確かに、この世界でお金を稼ぐ前は、必要な物をグリエルに出してもらっていた。
「おーい、グリリ。トリスはこっちか」
ノックの音とともに、ザインの声が聞こえた。俺は咄嗟に革袋を掴んだ。
「じゃ、貰っとくわ」
目を離した隙に、グリエルはグリリに姿を変えていた。
バズルたちが声を出しながら、学院生たちを端へ押しやるようにした。俺もジェムトから離れ、壁の方まで後退った。
ジェムトの詠唱は聞こえなかった。所作も背中に隠れて見えなかった。
彼の前の地面が、ぼこぼこ沸き立つように盛り上がると、中から数メートル級の土巨人が現れた。
闘技場の壁とほぼ同じ高さだ。
太い脚の間から、ユガフ=メルイ教授の姿が見える。ダビデとゴリアテみたいな図である。
よく見ようと、壁沿いに横へ移動する。ゴーレムの背中から抜けたところで、進めなくなった。特等席は、既に学院生でいっぱいだった。
戦いも始まっている。土ゴーレムが腕を地面に突き立てたところだった。直前までユガフのいた場所である。
当然、ユガフは飛び退いて避けている。飛んだ先は、ゴーレムの腕だった。そのまま腕を駆け上がる。
ゴーレム、反対側の腕を伸ばして掴もうとする。素早くすり抜け、頭の天辺まで登ったユガフは、下を見て叫ぶ。
「フレイル!」
グリリが、持っていた武器をぶん投げた。トゲトゲつきの鉄球と棒を鎖で繋いだ武器は、鉄球を先にしてゴーレムの頭に飛んでいく。
命中した。土がばらばらと落ちていく。後からついてきた棒を、ユガフが器用に受け取った。
「ひゃははっ、楽しいなあ」
ユガフが声を上げると、先生方の顔色が変わった。
「まずいぞ。ジェムト、ゴーレム解体してくれ」
「そんな。面白いのは、これからですよ」
ジェムトの眼鏡がキラリと光る。エルフ教師の耳が赤くなる。
「ジェムト講師!」
「はいはい」
「ゴージャスライトニング!」
ジェムトがのんびり返事をするのと、明るいユガフの声が重なった。俺の手から、ごぼう剣が叩き落とされた。空が明るくなった。
どごっ。ぼたぼたぼたっ。
俺の肩が押されてしゃがませられるのと、目の前に電流が走るのと、土が落ちてくるのと、周囲が武器から電流を流されて光るのと、ユガフが電流で光ったフレイルをゴーレムに叩きつけるのと、全ては同時に起こった。
魔法と武器のコンボを食らった土ゴーレムは、ジェムトが解体したせいもあるだろうが、崩壊した。ユガフは器用に土の塊を避けて、地面に降り立った。
「と、まあ、通常フレイルは馬上の敵を落とすのに使うんだが、工夫次第で応用が効くということだな。ああ楽しかった」
教授の解説を聞けたのは、学院生では俺とグリリと斧か槍を持っていた数人だけだった。
残りは、剣から電撃を受けて、地面に伸びていた。
素早く立ち直った先生方が、急いで治療に当たっていた。ジェムトも一緒に治療に回った。俺も、手近な学院生を治した。
「はい。今日の授業はこれで終わりだ。ジェムト講師、午後までに闘技場の土をならしておいてくださいね」
「はいはい。ピニャ助教授に頼もうかな」
エルフ教師に厳しく命じられたジェムトは、後半を小声にして言った。
基礎科では、ここ数日ずっと座禅をさせられている。正確には瞑想訓練と呼ぶらしい。
「あなたは、魔法を使う基礎がなっていません」
とマイア教授に指摘されて、訓練することになった。
終業後も時間の許す限り行うように、との指示で、なかなか図書室へも行けず、この世界の勉強も捗らない。光の神についての知識も、ないままである。
そのまま日曜日を迎えてしまった。ザインとの約束もある。先延ばしにはできない。
食堂で、グリリを見かけた。学院に入ってから、別行動が多い。
召喚された時、一緒に行動するよう言われた記憶があるのだが、当人が現状を良しとするなら、俺としてはむしろ望むところだ。
今日も、手近な空席で食事しようとしたら、グリリの隣にザインが座った。何か話している。
邪魔しない方がいいのだろうか。しかし、俺はこれからザインと出かける用事がある。
「おはよう」
結局、二人の前に席を取った。
「おはようございます」
「おはよう、トリス。今日よろしくな」
朝食は、パンとチーズと牛乳に加えて、バターが付いていた。牛の恵みに感謝である。
「で、俺たち礼拝の後、街へ買い物に行くんだけど、お前も行く?」
「行く」
返事をしながら考える。グリリは研究科で午後は別行動である。いつの間に、そんなに親しくなったのだろう。
「じゃ、決まり。出かけるまでに、外出届をウルサクさんに出しておいて」
ザインは立ち上がった。グリリも席を立つ。俺は取り残された。と思ったら、入れ替わりにニイアが来た。
「おはよう、トリス」
「おはよう」
今日は授業がないせいか、彼女はのんびりしている。
「学院の生活には慣れた?」
「教室の場所はいくつか覚えた。先生や皆の名前が、まだ覚えられない」
俺は食べながら答えた。礼拝に行かなければならない。多分、ニイアが来たということは、あまり時間がない筈だ。
「たくさん覚えることがあって大変ね。何かわからないこと、思いついたら聞いて」
「うん、ありがとう。そうだ、礼拝の後になるんだけど、一緒に街へ行かない? ザインとグリリも一緒なんだ」
食べ終えて席を立つ際、思いつくまま誘ってみた。ニイアは口をもぐもぐさせながら、ふるふると首を振った。
「お母さんに会うから、一緒には行けない。タベルっていう食堂で働いているの。良かったら食べに来て」
「うん。じゃあ、また」
食器を片付けて、一旦寮に戻る途中、誰かにぶつかられた。
「あ、ごめん」
一応謝る。相手は、初等科の授業で見覚えのある顔だった。赤みがかった茶髪に赤味を帯びた茶色の瞳。名前まではわからない。謝られて当然、といった態度である。
「『殺すな盗むな漏らすな、繁殖禁止』って教わったろ?」
「うん」
入学手続きの時ナムダ係長から教わった、学院の規則である。簡潔で直截的過ぎる言葉のせいで、はっきり覚えている。
「彼女に手を出すなよ、新入り」
「‥‥」
あまりに想定外の話に、何も言えずにいると、承諾と受け取ったのか、満足そうに頷いて、去っていった。
我に返り、急いでトイレで口をすすぐ。出ると、ザインが降りてきたところに鉢合わせた。
「そろそろ行った方がいいと思うぞ」
「ごめん、遅くなった」
授業棟の端にある礼拝堂に着くと、中は人でいっぱいだった。
座席に区別はないものの、何となく前の方に教職員、その後ろに学院生が順番に座っているような印象だった。
寮長のクララなどは、教職員のすぐ横の壁際に立っていた。その隣にはロニと、後数人が並んでいる。新入りの俺たちは一番後ろの端に腰掛けた。
堂内を見渡すと、まず正面の大部分を占める、金属製のパイプ列柱が目に入った。
その上には、天井近くまで色鮮やかなステンドグラスが、嵌め込まれている。絵柄は様々で、物語を表しているかもしれない。全体として、キリスト教の教会によく似ていた。
音楽が奏でられた。誰が弾いているのかと腰を浮かして探すと、何と先ほど俺にぶつかっていちゃもんをつけてきた、赤っぽい髪の男子だった。
音階も音程も記憶にあるのと微妙に異なるものの、この世界で初めて聞いた、まともな音楽である。前の世界でピアノを弾けた俺には、彼が羨ましい。誰もいない時に、弾かせてもらえないものか。
元々静かだった堂内は、音楽でますます静かになった。そして一つの曲が終わり、次の曲が始まると、側面の壁際に並んで立っていたクララたちが、曲に合わせて歌い始めた。すると、席に着いている人たちも一緒に歌い出した。
俺は歌詞も音階も知らなかったが、楽器ができる強みで、何となく合わせることができた。隣席のザインが驚いたような表情で俺を見ている。彼は無理矢理歌ったり、歌う振りをしたりもしなかった。
クララたちは斉唱が終わると、教職員のすぐ後ろの席に座った。パイプオルガンを弾いていた彼は、近くに用意されていた壁際の席へ移動した。
そして、既に登壇したプラハト=アビエテ教授、今は司祭、が話を始めた。
「今日は、キュリの話をしましょう。皆さんご存知の通り、治癒魔法の祖と言われる人物です」
要は、不幸の連続人生を送っていたキュリという人物が、光の神のお陰で病気も治り、治癒魔法を取得して、順調な人生になったという話だった。
話も面白かったが、プラハト司祭の話しぶりが、研究棟で会った時と全く違っていたことが、また面白かった。
以前会った時の服の上から、更に華やかな刺繍を施した布を羽織り、落ち着いた声音で丁寧に話す司祭からは、その艶やかな容姿と相まって、正に神の使いといった印象を受けた。
内容から推して、俺とザイン以外は何度も聞いた話ではないかと思うのだが、後ろから見る限り皆熱心に耳を傾けている様子だった。
最後に教訓めいた締め括りを付け加えてプラハト司祭の話は終わり、再びクララたちと赤髪の彼が移動して歌を歌い、礼拝は終わった。
キリスト教のミサだと、パンを食べたり寄附を募ったりするイメージがあって、急いで身一つで参加してしまった俺は身構えていた分、ほっとした。
外へ出ると、プラハト司祭が見送りに出ていた。
「今日は、礼拝に参加してくれてありがとう。また来てくれたら嬉しい」
礼拝中と同じ話しぶりである。後ろから次々と参加者が出てくるので、俺は簡単に応えた。
「はい。また来ます」
「今日はありがとうございました」
ザインも礼を言った。その後急ぎ足で寮へ戻り、外出の支度を整えた。自室を出て、グリリの部屋を訪ねると、扉を開けたグリエルが手招きした。促されて中へ入り、扉を閉める。
「何これ」
机の上に革袋。ずっしりとした重みが見るからに感じられる形状。
「服や本、ペンを買うのに使ってください」
「俺、金あるよ」
シーニャたちと旅している間に稼いだ分である。衣食住最低限必要なものは支給されるので、手付かずのまま残っている。
「足りません。これから何にお金がかかるかわからないので、そちらは取っておいて、こちらを使ってください。これは元々あなたの分です」
確かに、この世界でお金を稼ぐ前は、必要な物をグリエルに出してもらっていた。
「おーい、グリリ。トリスはこっちか」
ノックの音とともに、ザインの声が聞こえた。俺は咄嗟に革袋を掴んだ。
「じゃ、貰っとくわ」
目を離した隙に、グリエルはグリリに姿を変えていた。
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