前世ストーカー(自称俺推し)が俺を好きすぎて女を放棄したので、真面目に生きがいを探します

在江

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第二章 魔法学院

10 アルクルーキスの市場

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  サンナと通った正門から外へ出る。今日の門番はウネイの爺さんではなく、若い人だった。カジィエと呼ばれていた。

 門を出て塀沿いに歩くと、すぐ首都の城門に行き着く。出る時は何のおとがめもなかったが、入る時には、兵士のチェックを受けた。

 三人とも学院の身分証をつけていたから、すぐに済んだ。すぐそこから出てきたのだから、わかりそうなものだが、規則は規則ということか。

 「制服着てたら、色々お得になるぞ」

 そういうザインも私服である。地味な色合いではあるものの、なかなか洒落しゃれた感じのよそおいだった。さしずめ首都の住民といった風情である。

 「じゃあ、どうして着ないの」
 「洗濯が面倒臭いからな」
 
 この世界には洗濯機がない。替えもないので、うっかり洗濯をして、乾かなかったら悲劇だ。

 貴族の子弟などは自前じまえで数着用意して、週末ごとに汚れた分を、屋敷へ持ち帰らせているようだ。初等科だと、ロニがそうしている。

 一般庶民は、授業のない日に自分で洗う。
 あるいは、よほどのことがない限り、洗わない。

 思い起こせば、前の世界でも学校の制服は一式しか買わないし、ワイシャツとかジャージみたいなすぐ乾く物以外、基本的に休日が続く時しか洗わなかった。

 俺は乾燥魔法が使えるから、洗いさえすればいいのだが、洗濯機に慣れると、手洗いは面倒臭い。
 先程の礼拝に私服で参加していた学院生は、俺やザインも含め、大方おおかた洗濯組だろう。

 「何を買いたい?」
 「動きやすい服と、筆記具、それに本です」

 ザインの問いに、グリリが答える。彼は、すでに動きやすい服を着ている。鎧の下に着る服だ。見方によっては下着である。

 「服は、寸法すんぽうを測って作るのか?」
 「いえ。古着で結構」
 「わかった。そうしたら、まず市場だな」

 ザインはちょっと考えて、「城内の方がいいかな」とつぶやくと、先に立って足を早めた。

 俺たちは遅れないようついて行く。
 道はどこも石畳いしだたみ舗装ほそうされており、建物は石か煉瓦れんが造り、二階三階建ては当たり前である。
 アパートみたいな建物もあるが、大抵一階は店舗で、店には看板がかかっている。

 通りすがりに見ただけでは、何だかわからない場所も、多々あった。
 中には塾やギルドもあったかもしれない。

 大きな通りには名前がついていて、並木道では馬車や馬が行きっていた。小さな通りには、途中階段になっている部分もあり、どの通りにも人の行き来があった。

 「着いたぞ。ここが城内で一番大きな市場だ」

 ザインの声で、目の前に開けた風景を見る。

 路上に布を敷いて、その上にゴタゴタと品物を並べる店から始まって、屋台に似た簡易かんいな品台で売り物を見せる店があり、石造りの平屋の前に品物を出して売る店、少し離れた所には、馬やロバかラバが、牛や羊と一緒にぼうと立っている場所もあった。

 それらの最奥部には、やたら立派な教会のような建物が、こちらに背を向けるようにして建っていた。

 「あれは、教会ですか」
 「ううん。教会より上の神殿。正面は反対側で回り込むと遠いから、また別の機会に案内するよ」
 「いえ。中まで入らなくても、大丈夫です」

 また教会、というか神殿行きを断るアリ。

 無理矢理放り込んだらどうなるのだろう、と考えると、心にブレーキがかかった。また何か魔法を発動しようとしたらしい。修行の成果が出てきている。

 それにしても、教会の上が神殿なのか。日本の神仏習合しんぶつしゅうごうみたいで、ちょっと面白い。

 「俺も入らないから安心しな。文具や本もあるけれど、探すのに時間がかかるから、急ぐなら専門店へ行った方がいいと思う」

 「わかりました。では、ザインの贔屓ひいきの服屋があれば、紹介してください」

 「俺の贔屓じゃないんだが」

 ザインは気まずそうな顔になる。

 「先輩から教えてもらった店があるから、そこへ行ってみよう」

 市場に踏み込む。色々な匂いがする。この世界、どこへ行っても割と何かの匂いがするのだが、ここはまた嗅いだことのない感じだった。中古の匂い、とでも呼ぶべきか。

 古い木、びた金属、古布、カビの生えかけた革、何か干した物、それらが混じり合って独特の空気を作っている。

 「トリスも、途中で気になった店があったら、言ってくれ」

 「うん。ありがとう」

 暇だったら、片端から見て歩きたい。そうしたら、丸一日かかるだろう。

 俺たちは、そこここで店主と交渉したり、店先で品定めをしたりする人々を避けながら、右へ左へ曲がりつつ奥へと進んだ。

 店主とうっかり目が合うと、店に招き寄せられる。

 どうにか石造の建物通りに入ると、店先に衣類の山が見えた。

 「あそこ。値段の割りに質がいいって。品揃えもいいし、サイズが合えば、ラッキーだな」

 「おお、血が騒ぎます」

 「そうか?」

 に落ちないザインを尻目しりめに、グリリは山積みの衣類に突進し、品定めを始めた。

 さながらワゴンセールに立ち向かう主婦のようだ。というか、グリリは俺の塾の顧客だったから、前世子持ち確定である。
 ならば、主婦でなくてもセールには興味をかれるだろう。

 男二人が見ている間に、もうグリリは二、三の服を引っ張り出していた。

 「トリス、これを合わせてみてください」

 「え、私?」

 体操服のように、シンプルな上下を渡された。
 確かに、俺の着ている服は魔法使い風で、しかもこの間の実技でロニにあちこち破かれていた。

 渡された服は、着られそうな大きさに見える。サイズ表記のタグなどは付いていない。この世界のこの店では、試着できるのだろうか。

 「これも、どうですか」

 生地とデザインと色が、微妙に先のと異なる服も、掘り出してきた。
 腕には、自分用と思しき別の服をいくつか抱えている。この早業はやわざは、チートじゃなくて、前世の主婦スキルだ。

 「中に入れば、もっといい服あるよ」

 建物から店主が出てきた。俺と同じくらいの年齢に見える。

 「グェンル先輩から聞いてきたんです」

 「ああ、魔法学院の生徒か。沢山買ったら、おまけしてやるよ」

 店主の相好そうごうが崩れた。

 「あの、着られるかどうか、試してもいいですか」

 俺は恐る恐る聞いた。

 「おう。中に小部屋があるから、そこで着替えたらいい。だが、店の中の服も見ていけよ」

 「はい」

 服を持って建物の中へ入る。グリリとザインもついてきた。
 そこには、きちんとハンガーにかけられた服が、ラックに吊るされていた。畳んで平台に並べられた服もある。
 意外と洒落た空間だった。

 「これ、全部古着ですか」

 「いや。流行遅れで売れなかった服とか、注文主が受け取らなかった服とか、色々訳ありの奴も仕入れている。だから、運が良ければ、新品の上物が安く手に入る」

 俺が感心しているのに気づいたのか、店主は親切に答えてくれた。

 「お出かけ用の服も揃えた方がいいですね。もう、その服ぼろぼろですから」

 グリリが言った。俺は頷いて、ラックに吊るされた服を本気で見定めることにした。欲しい服がありそうな気がしていたのだ。

 「じゃあ、グリリの服は俺が見繕みつくろってやるよ。その服も、結構ぜ」

 ザインが言いながら、別のラックの方へ行く。
 グリリは、そうですかねえ、と懐疑かいぎ的な返事をしたが、彼を止めることもなく、店の中を眺めたり、一緒に服を見たりしていた。

 そこで俺たちは、結構な数の服を買った。

 値引きしてもらったとはいえ、各々おのおの一アグル程度だったのだから、激安だろう。

 どこかの冒険者登録料が、確か八十クプだった。
 グリリは、ザインが選んだ服も買って、彼の勧めで早速着替えていた。悔しいが、似合っている上に洗練された感じになった。
 俺も、自分で選んだ服に着替えた。我ながら、見栄えのする男になった。

 「これで、みんな首都の住民になったな。また来いよ」

 店主に見送られて、店を後にした。さっきより人が増えた気がする。

 「ザイン。針と糸とハサミのセットも欲しいです」

 「お針子道具?」

 「そういう名前ですか? 大層たいそうな道具はいりません。ボタンをつけたり、破けた部分を直す程度ですから」

 「んーくわしくないけど、探してみるわ」

 「なあ、ザイン。お腹空いた」

 グリリとザインの間に割りこんだ。背負い袋に入れた服が、重い。

 「じゃ、その辺で食べるか。もう少し我慢できるなら、ニイアのお母さんが働いている食堂へ行こうか、と思っていたんだが。量もあるし、美味いぞ」

 「我慢するよ」

 ニイアに言われた事を思い出して、即答した。
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