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第四章 セリアンスロップ共和国

16 議会襲撃? 事件

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 エサムが立って扉を開ける。今回は見張りがいないから、人目ひとめを気にせず動いた。出入り口には、鍵もかかっていなかった。

 「ありゃ、何の音だ?」

 外を見るなり、飛び出した。グリリが続く。俺も続いた。


 土ゴーレムがいた。

 議会の建物に合わせて、やや小型である。

 それは、奇妙なを抱えていた。毛羽けばだったボロ雑巾の塊‥‥の中に、目鼻がある。人形かと思いきや、動いた。
 生き物である。

 「を、引き渡すのだ」

 しわがれているものの、意外とはっきりした声が、耳に届いた。対峙たいじしているのは、氷の壁とキリルである。
 その後ろに、クレアとマイアがいた。

 「だーかーら、彼女達は、お前さんの花嫁じゃないって」

 のんびりした声で説得するキリルの顔が、なかうろこで覆われている。
 慌てて駆けつけた俺たちに、クレアが気付いた。

 「蝙蝠人の長老らしいです。外交問題になるので、手出ししないように、と」

 「うへっ。に娘はやれんなあ。俺、独身で子どももいないけれど」

 エサムが呟いた。大いに同感である。

 キリルが強制排除に動けない訳は、相手が議員だから、ということのようだ。

 まさに今、議会が開かれていた。出席のために来た、と主張されたら、共和国の民意を代表する議員を、暴力で押さえつけたことになってしまう。

 同様の理由で、俺たちが攻撃すれば、外交の火種となる。お手上げ状態である。

 この状況をいいことに、長老は土ゴーレムの腕の中から、マイアを手招きしている。
 勿論もちろん、彼女は応じない。どう考えても、正規の手続きにのっとっていないからだろう。決して、長老が生き物にすら見えない姿だから、ではない。
 クレアや俺たちにも目を配りつつ、相手の動向を観察している。
 表情には出ていないが、父親のことも心配しているに違いない。

 「眠らせれば、いいんじゃないか?」

 グリリに耳打ちした。
 厳密には、魔法をかけること自体が攻撃に含まれる。ただし、緊急避難的に攻撃者を眠らせるなら、この場合、見逃してもらえる可能性はある。相手は超高齢者、元々生きているかどうか分かりにくい。運よく、バレないかもしれない。

 グリリは首を振った。

 「この種族は、人たちです」

 眠りを知らない相手にも効かないのか。こんな時だが、ちょっと面白い。それにしても闇魔法、意外と使えないな。

 と、長老の横に、新たな土ゴーレムが出現した。やはり、建物に合わせた小ぶりサイズである。そして、足元の床が崩れていた。そこが、か。

 二体目のゴーレムは、キリルの作ったと思しき氷の壁を、拳で突き始めた。殴る度に、ミシリミシリ、と亀裂が入る。

 「きゃあああ! 誰か助けて!」

 やや芝居がかった調子で、クレアが声を張り上げた。俺はふと思いつき、彼女の声を議場へ流した。風魔法の応用である。
 その間に、エサムとグリリが、彼女達を後退させた。

 危なかった。
 皆が下がったところへ、砕けた氷が飛び散った。床に落ちた音の重量感。結構な塊である。尖ってもいる。

 土ゴーレムは障壁が消えたのをいいことに、二体揃って前進を始めた。キリルが立ちはだかった。今や、全身が鱗で覆われている。

 「メナッシュ議員、それ以上レクルキスの客人に危害を加えようとするなら、あなたを拘束する」

 声から、のんびりした調子が消え失せた。ゴーレムは止まらない。

 「花嫁を、渡せ」

 そこへ、警備員の一団が到着し、議場からも議員たちが顔を覗かせた。山羊脚、牛頭、と見慣れない面々に混じって、ネルルクとソゾンの姿も見えた。

 「長老! まだ、花嫁は決まっていません」

 駆け寄ったソゾンは、土ゴーレムに払われ、転倒した。議員達から、あっと声が上がる。

 「キリル顧問、メナッシュ議員の無力化を許可する」

 議員達の背後から、議長の声が聞こえた。

 キリルは、口の中で呪文を唱えた。長老も怪しげな手招きをする。
 俺は、とりあえず自分達だけバリアを張った。議員達やキリルを含めるかどうか、一瞬迷い、切り捨てた。議員の総数や位置もわからないし、俺達は絶対に攻撃できない。彼らとは立場が違う。

 土の壁が俺達を取り囲むのと、氷塊が集まってゴーレム化するのとは、ほぼ同時だった。

 土壁は、ソゾンを除く議員達を外側へ押しやり、俺達と分断した。

 壁の向こうで、混乱した声が聞こえた。
 建物の壁が、一部崩れたようだ。土壁と天井の間に、隙き間ができている。床も敷石が完全にめくられ、土台の土が剥き出しになり、ぼこぼこである。

 土ゴーレムは周囲の状況などお構いなしに、俺たちのいる方へ突進する。氷ゴーレムが迎え撃つ。がっぷり四つに組んで、互いに押し引きとなった。

 キリルは、長老へと飛びかかった。地面から土塊が飛び出したかと思うと、こちらへ向かってスピードを上げた。
 見えない手が投げているようである。俺の張ったバリアに当たり、ぼとぼと落下する。その過程で、一部ソゾンにも当たった。何か、申し訳ない。だが、今更、張り直しする余裕もない。

 土塊は、前線のキリルにも当然命中する。彼はものともせず、蹴りを放った。長老を守るゴーレムの腕に当たった。ぼろり、と土が崩れる。

 彼は、間髪入れず連続で蹴りを入れた。ゴーレムは力持ちだが動きが鈍い。長老の守りを優先した分、打撃のダメージを全て食らった。

 長老は、土塊攻撃をキリルに集中させた。服が破けるほどの衝撃だった。布の下は、鱗で覆われていた。キリルの攻撃は続いているが、土埃つちぼこりせたりして、全力を出せない感じは伝わってくる。屋内で、周囲に守るべき人が大勢いる状況だ。戦いにくいだろう。

 「ソゾンさんを、助けられないかしら」

 マイアが言った。彼は戦う土ゴーレムと氷ゴーレム、飛び交う土塊の間にあって、身動きできない。先ほどから、何か探し物をしているようにも見えた。

 「個別にバリアを張ってあげては?」

 「あ、そうか」

 「そうですn」

 マイアとクレアが同時に言った。やはり、マイアは父親の危機に動揺していた。

 しかし、彼女達が呪文を唱える前に、土壁の向こうから、水差しが投げ込まれた。ネルルクの声がしたように思う。
 見上げたソゾンの口が動いた。キリルの動きに合わせ、落下中の水差しから水が飛び出て、長老を包み込んだ。

 土ゴーレム達の動きが、ぴたりと止まる。そこへキリルの拳が入り、ゴーレムの頭が吹っ飛んだ。
 氷ゴーレムも二体目の土ゴーレムを押し倒した。土ゴーレム共は崩れ落ち、水に包まれた長老は落下した。
 土塊も消え、土壁が落ちる。もうもうと土埃が立った。


 蝙蝠人の長老は、議会の決議により、議員資格を剥奪された。ソゾン代理がそのまま議員になるかどうかは、蝙蝠人の集会で決まるそうだ。

 十中八九、認められるだろう、とはネルルクの言である。長老ことメナッシュは、その集会で長老の座を降ろされる可能性が高い、とも。

 議会へ乱入して建物を壊し、危うく外交問題を引き起こす騒ぎを起こした人物が、一族の長老としてふさわしいとは言い難い。そうでなくとも、高齢で寿命を囁かれる身である。地位に留まったとして、今後、長老として求められる役割を果たせるか、大いに疑わしい。

 ただ、今回の騒ぎは、ソゾンとネルルクによって予め仕組まれていたのではないか、という気がしてならない。

 議会の日程こそ、直接事務局から連絡を受けていたとしても、廊下で偶然出くわしたマイアとクレアをそれと見分けたのは、ソゾンとの会食時に、何処かから覗いていたからではないか。例えば、あの巨大な肖像画辺りから。

 移動もゴーレムの手を借りるような状態で、ソゾンに知られず覗きをするのは、難しかろう。
 マイアに対しての期待を煽らせ、議会という公の場で失態を演じさせることで、長老の座と議員の資格を同時に奪おうと、画策したのではなかろうか。

 全ては疑念に過ぎない。確かめる義務も術もない。

 それに、娘の結婚相手としては、あのメナッシュとかいう長老よりも、ソゾンの方が、断然いい。俺も娘を持つ父親である。この件を深掘りする気は、ない。
 キリルも、俺と同じ考えのように見えた。いや、彼は、相手が誰であっても、当面、娘を嫁入りさせるつもりがなさそうだ。


 俺達は、マイアを残してレクルキスへ帰国することになった。

 国交を結ぶため、正式な手続きを進めるのだ。竜人の盗まれた財宝調査は、マイアが協力して結果を伝える手筈である。
 彼女はキリルと住むことになるらしい。キリルは幸せいっぱいである。

 例の、バルヴィンの店にも行って、土産を買った。クレアは無事に諜報員と連絡をつけることができた。彼は連絡が途切れた間、人知れず随分と気を揉んだようである。

 宰相の娘で公使が行方不明となれば、一大事である。下手をしたら国交どころか戦争が始まる。彼が早まらなくてよかった。

 帰路は、共和国が費用を出して、レクルキスまで送ってくれることになった。となるとファウスティの宿屋には泊まれないだろう。イリエントは首都に比べれば小さい町だから、噂で無事と伝われば良いのだが。

 出立の前夜、マイアが一人で部屋を訪ねてきた。グリリとエサムはまとめてバリアの中で眠っている。

 「クレアは?」

 「眠っているわ。一応、扉に結界を張ったから心配ない」

 とりあえず椅子に腰掛けてもらう。つい先ほども、皆で打ち合わせをしたテーブルである。

 「魔法学院では、魔法のご指導をいただき、ありがとうございました。お陰様で、この世界で魔法を正確に扱えるようになりました。一緒に戻れないのは寂しいですが、故郷での幸せを願っております」

 俺は頭を下げた。一度、きちんとお礼を言いたかったのだ。マイアはくつくつと笑った。

 「先に言われてしまったわね。こちらこそ、あなた方を一から指導できて、運が良かった。この経験は、共和国で役に立つと思う。ありがとう」

 一般向けの学校を作るかも知れない、という話はネルルクから聞いている。

 「竜人の財宝の件、帰国したら、そちらでも調べて欲しいの。サンナ=リリウムに聞いてみて。あの人、一緒に行っていたかも知れない」

 「一緒にって、ニャオ‥‥」

 「聞くときは、直接ではなくて、学院長を通すのよ。誤魔化されないように」

 「承知しました」

 後のレクルキス王自らが、盗賊まがいのことをしたとは、表立って言えない。

 それにしても、エルフとはいえ、サンナは何歳なのだろう。マイアが学院に戻らないと知ったら、基礎科教授の座を狙い始めるかもしれない。
 とりとめもない考えが浮かぶままにしていると、マイアが席を立った。見送りについていく。
 彼女は、扉の前で振り返った。

 「トリス。自分の意志とは無関係に故郷から切り離された、という意味では、あなたと私は同じ境遇だと思うの。私はレクルキスに残っても、幸せに暮らす自信があった。故郷へ戻りたいという希望を捨てる必要はないけれど、この世界にいる間も、幸せに暮らしてね」

 「はい。ありがとうございます」

 ここでは子ども扱いでも、俺にとっては師であった。厳しい師匠であった。
 そんな風に思ってくれていたなんて、意外だった。嬉しかった。
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