記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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第三章 出現

褒賞授与

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 そうこうするうちに、子爵は何とか騎士を下し、決勝に進んだ。
 遠くから見ても、呼吸が荒い感じがする。

 修行中は、もっと激しい戦いを長時間させたものだったが、あの時は、魔法で身体も武器も強化していた。
 ついでに、魔法で回復もした。

 今日は、どちらも使えない、筈である。
 続く二試合が、すぐに終われば、休む暇もない。

 次の試合が行われる間、レーゼンスビュール侯爵とフェー子爵が、同じエリアに休むことになった。侯爵は、やはり先ほどの男だった。

 子爵は礼儀正しく侯爵に挨拶し、二、三の言葉を交わすと、離れた位置まで歩き、よろけるように座り込んだ。
 遠目から見ても、大分疲れている。


 その試合は、互いに健闘して大いに盛り上がった。子爵の休憩時間としても、まずまず取れた。
 しかし、次の試合では、たっぷり休んだレーゼンスビュール侯爵と、今しがたひと働きしたばかりの相手の対戦で、あっという間に勝負がついてしまった。
 あまりに早すぎて、忖度そんたく試合? と観客がざわついた。

 一旦待機所へ引き上げた侯爵が、子爵に向かって話しかけた。それから、世話係に何かを告げると、すぐに貴賓席の動きが慌ただしくなった。

 王と宰相以外の大臣たちが、額を集めて話し合う。すぐに結論が出て、大臣の一人が手を挙げた。
 観客は、聞き耳を立てた。

 「ただいま、レーゼンスビュール侯の申し出により、休憩なしで、このまま決勝戦へ移ることとした」

 「いいぞ~。そのままやっちまえ!」

 観客が、喜びの声を上げる。どちらの味方ともつかない。
 侯爵に、疲れは全く見られない。子爵の方は、ここから見る限り、何とも言えない。さすがに呼吸は落ち着いたようだ。

 リズワーンは、改めて貴賓席を眺めた。全員、席についている。ガルミナ姫の顔色までは、わからない。
 彼女は、先ほどの話し合いの時にも、じっとして動かなかった。その顔は、競技場へ向けられたままである。


 「始めっ」
 
 係の者の号令で、フェー子爵が攻撃を仕掛けた。軽く受け流す侯爵。余裕である。

 「まずい流れだ」

 シャラーラが呟く。子爵が焦っているのは、リズワーンにも感じ取れた。

 キン、キン、キンッ。

 軽快な剣の音は、全て侯爵の防御によるものだ。子爵が疲れるのを、待っている。
 子爵も侯爵の目論見もくろみは知っている。だが、始めた以上、攻撃を止めれば負けとなる。
 何とか隙を作って、打ち込むより他ない。

 観客が、段々静かになっていく。剣の音が場内に響く。遂には、子爵の呼吸も聞こえそうなほど、静まり返った。

 キン、キン、キンッ。

 「若えの頑張れ~」

 どこか酔っ払ったような声が、無言の会場に、ぽこりと湧いた。

 「子爵~」

 「フェー様」

 「フェ~」

 声を出すことを思い出した観客が、口々に思いつきの声援を送った。圧倒的に、フェー子爵への声が多かった。

 あくまで受け流しに徹する侯爵は、家格も年齢も、子爵より上の立場だ。そのような相手へ、果敢に打ちかかる子爵に、観客は庶民の立場を仮託したようだった。

 実際は、子爵も財務卿の息子で、権力側にある。この一戦限定の立場であった。
 付け加えるならば、レーゼンスビュールよりも、フェーの方が短くて言いやすい、という事情もありそうである。

 理由はともあれ、観客の声援は、子爵に届いた。回復魔法をかけられたように、彼の動きに勢いがついた。
 身振り手振りを加え、ますます声援が大きくなる。日光を反射して、何かがきらりと光る。

 「あっ」

 子爵が、僅かによろけた。その隙を、見逃す侯爵ではない。鋭い突きが子爵を襲う。

 「ああっ」

 観客から悲鳴が上がる。顔を覆った者もいる。

 フェー子爵は、かろうじて攻撃をかわしていた。そのまま反撃に向かう。
 これには、侯爵も受け流すだけで済まず、激しい応酬となった。

 「おおっ。いいぞ、いいぞ。やれ、やっちまえ!」

 観客が一転して盛り上がる。興奮して立ち上がる者もいた。競技を見守る係員も、落ち着きなく動き回る。


 「カラスに突かれないかな、あのゴツい指輪」

 盛り上がりに水を差すような、ヴァルスの感想も、今はさほど的外れではない。
 彼の言うのは、王室魔術師の手にある、宝石付きの品である。

 先ほどから、彼が手を動かす度に、日差しに当たり、ピカピカと無駄な光を放っていた。時間が経つにつれ、ますます光る度合いが増している。
 それだけでも十分に、試合妨害であった。だが、誰も止めない。

 シャラーラはヴァルスの言葉に反応せず、試合に‥‥ではなく、観客席の方を見ていた。リズワーンは、彼女の視線を追った。

 一人の僧侶がいた。
 白熱する試合に夢中な観客に囲まれながら、彼は試合ではなく、ピカピカ光る魔術師に注目していた。
 そのたたずまいだけで、辺りの空気が変わったように見える。誰も、彼には気づかない。

 王室魔術師が、ようやく無駄に手を動かすのを止めた。指輪が重くて疲れたのだろう。
 すると、僧侶はこちらをまっすぐに見た。

 「師匠」

 シャラーラが口の中で呟く。
 僧侶が、彼女に微笑みかけたように見えた。


 ガキンッ。

 これまでと異質な音が聞こえたかと思うと、リズワーンの視界を何かが飛んだ。
 剣だった。

 くるくると宙を舞ったそれが、地面へ落ちるまで、数秒かからなかった。
 はっと見直した観客席に、僧侶の姿はない。

 再び静まり返る観客席。この度の沈黙は、結末を促すためのものだった。

 剣を落とした者。
 呆然と両腕を下げる鎧姿は、レーゼンスビュール侯爵の方だ。
 フェー子爵は、まだ油断なく剣を構えたまま、侯爵に対峙している。

 「しゅ、終了!」

 我に返った係員が、号令をかけて、ようやく子爵が剣を下ろした。侯爵がおもむろに見やった先には、王室魔術師がいて、へなへなと腰を落とした。
 部下の魔術師たちが、慌てて駆け出す。
 と同時に、競技判定の係員が、勝負を決した二人に向かって集まり出した。


 子爵は侯爵に勝利した。
 まだ、リズワーンには、やり遂げたという実感がない。シャラーラや、ヴァルスも同様のようで、中央に目をらしている。観衆もまた、勝利確定の宣言を聞き逃すまいと、口を閉じる。

 判定は、なかなか出ない。侯爵が抗議をし、係員が対応を協議するようにも見える。

 「何を揉めているんだよ。奴らの目は節穴か?」

 近くの観客の声がリズワーンに届く。同様の不服のざわめきが、会場に広がり始めた。
 彼は、フェー子爵の勝利を更に確定する要素に気づいていたが、証拠を提示することはできなかった。
 特に、王室魔術師があのような具合では、証言を求めることも難しい。

 不穏なざわめきが、ふと止んだ。競技場に集まった者たちが、原因を求めて頭を巡らす。
 観客の注意は、とうにそちらへ向いていた。

 ラトーヤが、ガルミナ王女の手を引き、求婚者たちの元へ降りてきたのであった。

 「馬鹿な、どうやって出た?」

 リズワーンの耳に聞こえた幻聴は、王のものか、侯爵のものか。いずれにせよ、聞こえる筈のない声である。
 彼らは、先ほどラトーヤが観客席にいたことを、知らない。
 シャラーラの予想通り、彼女の師は、いつでも王の拘束から抜け出すことが可能なのだった。

 あらゆる方面に目配りし、この結末に向けてお膳立てを行った上で、最も効果的な刻を狙って現れたのは、明らかだった。
 王が囲い込みたがるのも無理はない。

 ラトーヤは、対峙する形となった係員と、主に侯爵へ向けて、にこやかに話しかけた。穏やかな雰囲気は伝わるものの、内容までは聞き取れない。

 途中、部下に抱えられて退場する王室魔術師の方を、軽く指す。
 特に何をしたでもなく、魔術師の体から、更に力が抜けたように見受けられた。

 程なく、人の輪が解けた。

 「ただいまの決勝戦、勝者はフェー子爵」

 わああっ、とひとしきり歓声が上がった後、鎮まった観客の視線は貴賓席へ向かう。そこには席を立った王がいた。
 ラトーヤを見る目が悔しげに見えるのも、リズワーンの心持ちがそうさせるのだろう。実際には、細かい表情まで読み取れない。

 競技の場には、フェー子爵とラトーヤ、ガルミナ姫の三者だけが残る。侯爵は、子爵の勝利が宣言された陰で、ひっそりと退場していた。

 「本日の武術大会、優勝者をフェー子爵と決定する。約束の褒美を取るが良い」

 子爵は王に礼を取った後、王女の前にひざまずく。
 手を差し出す王女。
 型通りの求婚と承諾は、即座になされた。立ち上がった子爵は、王女と並び立つ。その二人の手を、ラトーヤが取って重ねた。

 「わたくしラトーヤは、ガルミナ王女とフェー子爵の婚姻を、祝福します」

 王女は子爵の手を取ったまま、貴賓席を見上げた。そこには席を立った王と王妃がいる。

 「ありがとうございます。この祝福を持ちまして、ラトーヤ様にかけられた嫌疑は晴らされました。国王陛下にも、ラトーヤ様の身の自由を認めていただきたく存じます」

 ガルミナ姫の高らかな声が、競技場に響いた。観客が固唾かたずを飲んで、王を注視する。王妃が王を見た。
 王は、手を挙げて、微かに頷いたように見えた。許可とも保留とも取れる曖昧な動きだった。


 観衆は、次の動きを待たなかった。
 王に期待した動きを読み取り、声明が発せられるより先に、思い切り喜びの声を上げた。
 会場は、歓喜で満たされた。

 「おい。若えのが勝っちまったよ。やったな、おい」

 「いいもん見させてもらったぜ」

 「ラトーヤ様も、解放されて幸運が倍増だ」

 笑い合う男たちの横で、涙を流しながら三人を拝む老女がいた。

 「知り合いかな?」

 ヴァルスが尋ねる。

 「違うだろう」

 リズワーンは応じた。見渡せば、あちこちで競技場に向かって手を合わせる人がいた。
 中央では、王女と子爵が観客に手を振っている。
 その後ろに回ったラトーヤが、王に向けて軽く会釈をすると、すたすた出口へ向かって歩き出した。


 若い二人は、観客の声に応えている。観客も、二人に向けて声援を送っている。
 王は、ラトーヤを止めるかのように、一歩前へ出たが、声を発することはしなかった。

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