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36 思い出せる筈もない
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ベイジルと別れた後、俺はゾーイを連れて、急ぎアリストファムの王都へ戻った。
欲求不満のゾーイをアデラの家へ預け、王宮に向かう。
あの分では、今度もウェズリーに食われるだろうが、甘受するしかない。どうせなら、ベイジル作のディルド義手の方をゾーイに使ってもらって、その感想を聞きたいところだ。
前回同様、応接室で待たされる。今日の王宮は、ざわついていた。謁見が多いのかもしれない。
またぞろ庭で小芝居をするよりは、ここで報告を済ませた方が、気軽である。
俺は、ドワーフ国から得た情報を伝えたら、師匠の元へ身を隠すつもりだった。
アキには行き先を告げず、暫く連絡が取れないことだけ伝える。暫く、と言っても年単位、聖女の動きによっては、数十年単位の話である。
何も告げずに姿を消して、大捜索されるのも困る。
事情を説明できないのも、もどかしいが、俺の出来る最善であった。
できれば最後に、姫に会っておきたかった。
姫は普通の人間だ。数十年後には、寿命を終えている可能性が高い。何の話があるでもない。
ただ、謁見ではなく、一対一の関係で会ってみたかった。
アキに頼んでみようか。
バタン。
ノックもなしに、乱暴に扉が開かれた。
「ザカリー様! ここにいらしたのですね」
少女が一人、立っていた。一見して高位貴族とわかるが、謁見に参上した令嬢にしては、地味ななりだ。
まるで神殿に仕える巫女のような‥‥と考えて、俺は思わず後退った。
同時に、少女の方も、俺から何かを感じ取ったらしい。不意に動きを止めると、大きく目を見開いた。
「リッチ‥‥あなたも、転生していたのね」
言うなり、貴族令嬢とは思えぬ瞬発力で、飛びかかってくる。
俺は、かろうじて避けた。少女は床へ倒れ込んだ。
手を差し伸べるべき場面である。その前に、抱き止めるべきであった事も、承知していた。
だが、俺の中の何かが、彼女に対し警戒信号を発していた。
リッチ? 微かに聞き覚えのある呼び名だった。ダメだ。思い出せそうにない。
「痛、痛いわ。誰か、手を貸して下さらないかしら」
少女は床へうつ伏せたまま、手をこちらへ伸ばす。俺も手を伸ばせば、触れ合えそうな距離である。
手に触れたが最後、抱きつかれる事、間違いなしだった。
貴族令嬢を転ばせるのと、抱き合うところを見られるのと、どちらが不名誉になるだろうか。
「お付きの者を呼んで参ります」
俺は、彼女を迂回して扉へ向かった。背後で起き上がる気配がした。
勝手に閉まっていた扉が、またも乱暴に開かれた。
「エリザベス様! こちらにいらしたのですか」
キューネルン王国のご一行が、俺を押し退けるようにして、部屋へ踏み込んだ。
「乱暴はおよしなさい!」
エリザベスが、凛とした声を上げた。キューネルン一行だけでなく、俺の背筋も伸びるような力を持っていた。
「そのお方は、魔王討伐の英雄、ザカリー様です。ザカリー様は、偉大な魔術師、リチャード=オールコックの生まれ変わりですのよ。非礼は私が許しません」
「失礼しました、ザカリー様」
途端に、一行がひれ伏さんばかりになった。その後ろからは、アリストファムの近衛騎士や官僚が覗き込んでいる。
俺は、逃げ場を失った獲物のような気分で、立ち尽くした。
急遽設定された会食で、俺は明らかに浮いた存在であった。にも拘らず、給仕や同席者、主にキューネルン側から、丁重に扱われた。
会食自体は、元から予定された事らしい。姫とアキ、すなわち、マデリーン女王と王配も同席していた。
思いがけず願いが叶い、姫に会えたのは嬉しい。但し、俺との席は離れている。
俺の側に席を設けられたのは、エリザベスだった。
キューネルンの王女にして、聖女候補である。彼女は王女として国王夫妻に拝謁した後、お付きの目を盗んで王宮を徘徊したようだ。
聖女としての勘が働いた、そうである。
俺がリチャード=オールコックの生まれ変わりである、と言う話が、どうやら聖女認定の材料として使われると聞き、冗談でなく目眩がした。
エリザベスの指摘が、ある意味正しいことを、俺は知っている。彼女の能力は本物だ。
そのことと、アリストファムの神殿が彼女を聖女として承認することは、別問題である。
俺にはオールコックの記憶がないし、神殿にも生まれ変わりを証明する力はない。
彼らにそんな力があれば、俺は魔王討伐以前に、アリストファムから追放されていただろう。
神殿は、最初からエリザベスを承認するつもりなのだ。
会食の場では、エリザベスがどのようにして聖女候補となったか、これまでの歩みが語られた。
俺がドワーフ国で聞いた話も、キューネルン側視点ではあるが、伝えられた。今更アキに詳しく報告しても、時間の無駄である。
エリザベスが非凡な才能を発揮し始めたのは、物心ついた頃かららしい。
物覚えがよく、特に歴史関係の知識は、教わる前から知っていたかの如く、理解度抜群だったとか。
単なる天才児から聖女の片鱗が窺われたのは、母が失くした指輪を見つけた時である。
更に、キューネルン王国に眠る伝説の宝を見つけ出したことから、千里眼の聖女として承認を求めたのだった。キューネルン王国も、それなりの根拠があっての申請だったという訳だ。
それにしても、オールコックの名前が出るとは驚きだった。
初め、エリザベスは、王宮に保管された稀覯本について語ったらしい。
その本は、魔王討伐の報酬として、ヒサエルディスがエルフ国へ持ち去った物だ。
アリストファム側とやりとりして、本がこの地にないことを知ると、彼女は残滓があると言い出して、王宮内を案内させたのである。
そう言えば、あれもオールコックの著作だった。
ドワーフ国の承認を得た千里眼は、魔族の長の魂に関する件だ。あれも、オールコックに関わる遺物である。
「ザカリー様は、本当に転生前の記憶がございませんの?」
エリザベスは、椅子の端まで体を寄せて、上目遣いで俺を見る。完全に幼女の顔立ちなのに、目つきだけは大人の女のようだった。加えて、年齢の割に、おっぱいがやたら大きいのだ。
おっぱい好きの俺だが、これは論外だった。子供を抱く趣味はない。俺が抱くのは女であって、おっぱいではないのである。
ここのところ、ゾーイにも理解して欲しいものだ。
「失礼ながら、私が誰かの転生者である、ということ自体、信じられません。記憶がないもので」
転生ではなく、そのまま取り込んでいるのだ。千里眼で見えたのなら、間違いなかろう。記憶がないのは、本当である。
「邪魔の入らない静かな場所で、私の力を最大限発揮すれば、記憶を取り戻せるかもしれませんわ」
「私ごときに、王女殿下の貴重なお力を、お使いいただくには及びません」
「いいえ。リッチ、オールコック様は偉大な魔術師でした。その記憶は、きっと、ザカリー様のお役に立つことでしょう。そう言えば、ザカリー様は独り身でいらっしゃるとか」
「共に住む者がおります」
咄嗟に返すと、遠くから鋭い視線が飛んできた。方向を確認するまでもない。姫である。
王宮に連れてこないだけで、ゾーイの存在は把握済みと思っていたが、初耳だったろうか。
俺の小さな心臓が、焦って慌て出す。
「まあ。私は愛妾を拒むほど、狭量ではございませんわ」
これが十歳かそこいらの女児から出る言葉か。いくら巨乳でも、大人に染まりすぎである。
「殿下には、無事聖女となられた暁に、幅広く民を救うご活躍を願います」
俺はどうにか言葉を返した。沈黙で返せば、結婚の承諾と受け取られそうだった。
聖女に結婚は禁じられていないが、結婚すれば、聖女としての活動は終わる。聖女となる前から結婚を仄めかすエリザベスに、俺ははっきりと違和感を抱いた。
「エリザベス王女は、我が国の歴史にも詳しいようだ。リチャード=オールコックという魔術師については、恥ずかしながら記憶が朧げだ。宜しければ、簡単に彼の業績をご披露いただけまいか?」
俺たちの間へ声高に割って入ったのは、マデリーン女王だった。一瞬だけ不快の気配を見せたエリザベスも、崇拝するオールコックの説明を求められ、たちまち顔に喜色を巡らせた。
「喜んで。オールコック様は、才能に溢れた魅力的な魔術師でした。現在でも使われる、光によるキノコの毒性判定を最初に開発したのも彼ですわ。古代魔術の研究にも熱心で、魂を物質のように扱う術も習得していたと言われます。その全てを著した本をエルフ族に渡したのは、本当に残念です。今からでも、何年かかっても、取り戻す価値があると思いますわ」
立板に水の如く、滔々と喋り出す。
「オールコック様の最大の功績にして悲劇は、その最期です。かつて古の怪物が倒された際、その魂が三つに分けられ、それぞれが人間、エルフ、ドワーフによって見張られることになった伝説は、皆様ご存じですわね?」
得意げに座を見渡すエリザベスは、いかにも子供らしかった。女王夫妻を初め、咎め立てする者はない。
アリストファム王国の建国譚である。知らぬ訳がない。場合によっては不敬な問いかけも、賓客に、女王自ら教えを請うた話の流れで、見逃されるのであった。
「ある時、人間の見張る魂が、何者かに奪われました。オールコック様は、いち早くそのことに気付かれました。そして、盗まれた魂を追ってエルフ国まで行き、そこで命と引き換えに、怪物の魂をも滅ぼしたのです」
おいおい、と声を出すところだった。
俺の聞いた話と、随分違う。ぼかしているが、エルフ国に盗みの罪を押し付けるような話ぶりだ。
エリザベスの話が本当なら、アリストファムは、エルフ国に抗議しただろう。戦争になったかもしれない。
エルフ王が逃げ切ったとして、魔王討伐の際に、そうした過去の精算が行われた形跡もない。
つまり、俺がヒサエルディスから聞いた話の方が、事実に近いのだ。
そっと女王を窺うが、姫も訂正する気はなさそうだった。
「ですから、オールコック様が、魔王を討伐するため、転生先をアリストファム王国に選ばれたことは、大変、素晴らしいことですわ」
エリザベスが、またも上目遣いで俺を見た。
何か、言うべきなのだろう。生憎と、俺にはオールコックの記憶もなければ、アリストファム王国に対する忠誠もない。あるのは姫とアキへの仲間意識だ。
「興味深いお話を伺いました。異世界から召喚された私には、初めて聞く話でした。王配として、今後も学びを深めよう、と改めて思いました」
俺の代わりに、アキが応じた。それで、オールコックについての話題は終わりとなった。
欲求不満のゾーイをアデラの家へ預け、王宮に向かう。
あの分では、今度もウェズリーに食われるだろうが、甘受するしかない。どうせなら、ベイジル作のディルド義手の方をゾーイに使ってもらって、その感想を聞きたいところだ。
前回同様、応接室で待たされる。今日の王宮は、ざわついていた。謁見が多いのかもしれない。
またぞろ庭で小芝居をするよりは、ここで報告を済ませた方が、気軽である。
俺は、ドワーフ国から得た情報を伝えたら、師匠の元へ身を隠すつもりだった。
アキには行き先を告げず、暫く連絡が取れないことだけ伝える。暫く、と言っても年単位、聖女の動きによっては、数十年単位の話である。
何も告げずに姿を消して、大捜索されるのも困る。
事情を説明できないのも、もどかしいが、俺の出来る最善であった。
できれば最後に、姫に会っておきたかった。
姫は普通の人間だ。数十年後には、寿命を終えている可能性が高い。何の話があるでもない。
ただ、謁見ではなく、一対一の関係で会ってみたかった。
アキに頼んでみようか。
バタン。
ノックもなしに、乱暴に扉が開かれた。
「ザカリー様! ここにいらしたのですね」
少女が一人、立っていた。一見して高位貴族とわかるが、謁見に参上した令嬢にしては、地味ななりだ。
まるで神殿に仕える巫女のような‥‥と考えて、俺は思わず後退った。
同時に、少女の方も、俺から何かを感じ取ったらしい。不意に動きを止めると、大きく目を見開いた。
「リッチ‥‥あなたも、転生していたのね」
言うなり、貴族令嬢とは思えぬ瞬発力で、飛びかかってくる。
俺は、かろうじて避けた。少女は床へ倒れ込んだ。
手を差し伸べるべき場面である。その前に、抱き止めるべきであった事も、承知していた。
だが、俺の中の何かが、彼女に対し警戒信号を発していた。
リッチ? 微かに聞き覚えのある呼び名だった。ダメだ。思い出せそうにない。
「痛、痛いわ。誰か、手を貸して下さらないかしら」
少女は床へうつ伏せたまま、手をこちらへ伸ばす。俺も手を伸ばせば、触れ合えそうな距離である。
手に触れたが最後、抱きつかれる事、間違いなしだった。
貴族令嬢を転ばせるのと、抱き合うところを見られるのと、どちらが不名誉になるだろうか。
「お付きの者を呼んで参ります」
俺は、彼女を迂回して扉へ向かった。背後で起き上がる気配がした。
勝手に閉まっていた扉が、またも乱暴に開かれた。
「エリザベス様! こちらにいらしたのですか」
キューネルン王国のご一行が、俺を押し退けるようにして、部屋へ踏み込んだ。
「乱暴はおよしなさい!」
エリザベスが、凛とした声を上げた。キューネルン一行だけでなく、俺の背筋も伸びるような力を持っていた。
「そのお方は、魔王討伐の英雄、ザカリー様です。ザカリー様は、偉大な魔術師、リチャード=オールコックの生まれ変わりですのよ。非礼は私が許しません」
「失礼しました、ザカリー様」
途端に、一行がひれ伏さんばかりになった。その後ろからは、アリストファムの近衛騎士や官僚が覗き込んでいる。
俺は、逃げ場を失った獲物のような気分で、立ち尽くした。
急遽設定された会食で、俺は明らかに浮いた存在であった。にも拘らず、給仕や同席者、主にキューネルン側から、丁重に扱われた。
会食自体は、元から予定された事らしい。姫とアキ、すなわち、マデリーン女王と王配も同席していた。
思いがけず願いが叶い、姫に会えたのは嬉しい。但し、俺との席は離れている。
俺の側に席を設けられたのは、エリザベスだった。
キューネルンの王女にして、聖女候補である。彼女は王女として国王夫妻に拝謁した後、お付きの目を盗んで王宮を徘徊したようだ。
聖女としての勘が働いた、そうである。
俺がリチャード=オールコックの生まれ変わりである、と言う話が、どうやら聖女認定の材料として使われると聞き、冗談でなく目眩がした。
エリザベスの指摘が、ある意味正しいことを、俺は知っている。彼女の能力は本物だ。
そのことと、アリストファムの神殿が彼女を聖女として承認することは、別問題である。
俺にはオールコックの記憶がないし、神殿にも生まれ変わりを証明する力はない。
彼らにそんな力があれば、俺は魔王討伐以前に、アリストファムから追放されていただろう。
神殿は、最初からエリザベスを承認するつもりなのだ。
会食の場では、エリザベスがどのようにして聖女候補となったか、これまでの歩みが語られた。
俺がドワーフ国で聞いた話も、キューネルン側視点ではあるが、伝えられた。今更アキに詳しく報告しても、時間の無駄である。
エリザベスが非凡な才能を発揮し始めたのは、物心ついた頃かららしい。
物覚えがよく、特に歴史関係の知識は、教わる前から知っていたかの如く、理解度抜群だったとか。
単なる天才児から聖女の片鱗が窺われたのは、母が失くした指輪を見つけた時である。
更に、キューネルン王国に眠る伝説の宝を見つけ出したことから、千里眼の聖女として承認を求めたのだった。キューネルン王国も、それなりの根拠があっての申請だったという訳だ。
それにしても、オールコックの名前が出るとは驚きだった。
初め、エリザベスは、王宮に保管された稀覯本について語ったらしい。
その本は、魔王討伐の報酬として、ヒサエルディスがエルフ国へ持ち去った物だ。
アリストファム側とやりとりして、本がこの地にないことを知ると、彼女は残滓があると言い出して、王宮内を案内させたのである。
そう言えば、あれもオールコックの著作だった。
ドワーフ国の承認を得た千里眼は、魔族の長の魂に関する件だ。あれも、オールコックに関わる遺物である。
「ザカリー様は、本当に転生前の記憶がございませんの?」
エリザベスは、椅子の端まで体を寄せて、上目遣いで俺を見る。完全に幼女の顔立ちなのに、目つきだけは大人の女のようだった。加えて、年齢の割に、おっぱいがやたら大きいのだ。
おっぱい好きの俺だが、これは論外だった。子供を抱く趣味はない。俺が抱くのは女であって、おっぱいではないのである。
ここのところ、ゾーイにも理解して欲しいものだ。
「失礼ながら、私が誰かの転生者である、ということ自体、信じられません。記憶がないもので」
転生ではなく、そのまま取り込んでいるのだ。千里眼で見えたのなら、間違いなかろう。記憶がないのは、本当である。
「邪魔の入らない静かな場所で、私の力を最大限発揮すれば、記憶を取り戻せるかもしれませんわ」
「私ごときに、王女殿下の貴重なお力を、お使いいただくには及びません」
「いいえ。リッチ、オールコック様は偉大な魔術師でした。その記憶は、きっと、ザカリー様のお役に立つことでしょう。そう言えば、ザカリー様は独り身でいらっしゃるとか」
「共に住む者がおります」
咄嗟に返すと、遠くから鋭い視線が飛んできた。方向を確認するまでもない。姫である。
王宮に連れてこないだけで、ゾーイの存在は把握済みと思っていたが、初耳だったろうか。
俺の小さな心臓が、焦って慌て出す。
「まあ。私は愛妾を拒むほど、狭量ではございませんわ」
これが十歳かそこいらの女児から出る言葉か。いくら巨乳でも、大人に染まりすぎである。
「殿下には、無事聖女となられた暁に、幅広く民を救うご活躍を願います」
俺はどうにか言葉を返した。沈黙で返せば、結婚の承諾と受け取られそうだった。
聖女に結婚は禁じられていないが、結婚すれば、聖女としての活動は終わる。聖女となる前から結婚を仄めかすエリザベスに、俺ははっきりと違和感を抱いた。
「エリザベス王女は、我が国の歴史にも詳しいようだ。リチャード=オールコックという魔術師については、恥ずかしながら記憶が朧げだ。宜しければ、簡単に彼の業績をご披露いただけまいか?」
俺たちの間へ声高に割って入ったのは、マデリーン女王だった。一瞬だけ不快の気配を見せたエリザベスも、崇拝するオールコックの説明を求められ、たちまち顔に喜色を巡らせた。
「喜んで。オールコック様は、才能に溢れた魅力的な魔術師でした。現在でも使われる、光によるキノコの毒性判定を最初に開発したのも彼ですわ。古代魔術の研究にも熱心で、魂を物質のように扱う術も習得していたと言われます。その全てを著した本をエルフ族に渡したのは、本当に残念です。今からでも、何年かかっても、取り戻す価値があると思いますわ」
立板に水の如く、滔々と喋り出す。
「オールコック様の最大の功績にして悲劇は、その最期です。かつて古の怪物が倒された際、その魂が三つに分けられ、それぞれが人間、エルフ、ドワーフによって見張られることになった伝説は、皆様ご存じですわね?」
得意げに座を見渡すエリザベスは、いかにも子供らしかった。女王夫妻を初め、咎め立てする者はない。
アリストファム王国の建国譚である。知らぬ訳がない。場合によっては不敬な問いかけも、賓客に、女王自ら教えを請うた話の流れで、見逃されるのであった。
「ある時、人間の見張る魂が、何者かに奪われました。オールコック様は、いち早くそのことに気付かれました。そして、盗まれた魂を追ってエルフ国まで行き、そこで命と引き換えに、怪物の魂をも滅ぼしたのです」
おいおい、と声を出すところだった。
俺の聞いた話と、随分違う。ぼかしているが、エルフ国に盗みの罪を押し付けるような話ぶりだ。
エリザベスの話が本当なら、アリストファムは、エルフ国に抗議しただろう。戦争になったかもしれない。
エルフ王が逃げ切ったとして、魔王討伐の際に、そうした過去の精算が行われた形跡もない。
つまり、俺がヒサエルディスから聞いた話の方が、事実に近いのだ。
そっと女王を窺うが、姫も訂正する気はなさそうだった。
「ですから、オールコック様が、魔王を討伐するため、転生先をアリストファム王国に選ばれたことは、大変、素晴らしいことですわ」
エリザベスが、またも上目遣いで俺を見た。
何か、言うべきなのだろう。生憎と、俺にはオールコックの記憶もなければ、アリストファム王国に対する忠誠もない。あるのは姫とアキへの仲間意識だ。
「興味深いお話を伺いました。異世界から召喚された私には、初めて聞く話でした。王配として、今後も学びを深めよう、と改めて思いました」
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