続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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37 聖女の正体

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 会食後、俺は案内の役人に頼んで、魔術師棟へ連れて行ってもらった。

 相変わらず皆、個室にこもって研究にいそしんでいるらしい。人の気配はあるが、姿は見えない。

 王宮魔術師の長、ヘンレッティ卿は不在で、マクスウェル=シルヴァンに繋いでもらった。
 飼い始めたハルピュイアの世話を、元家庭教師に丸投げした少年は、数年のうちに青年へと成長を遂げた。

 「おお。ザカリー様! お変わりなくて何よりです」

 マクスウェルの歓迎ぶりに、役人も苦笑いで退出する。それからしばらくは、彼の近況を聞くことに費やされた。

 生家のシルヴァン家が化粧品事業で潤い、マクスウェルにも良かれ悪しかれ影響が及んでいるらしい。

 「研究に必要な資料や材料が、手に入りやすくなったのは良いのですけれど、見合いを勧められるのが困ります。だって、研究に差し障るでしょう?」

 同意を求められ、返答に窮する。
 王宮に勤める魔術師が全員独身であるのは、事実である。

 結婚を禁じられていないものの、研究や職務が多忙で、他の事に構っていられないのだろう、と察する。
 また、研究に専念できる環境が整ってもいる。
 在野の魔術師には、家庭を持った上で、各々のペースで暮らす者も存在するのだ。

 仕事の多寡たかに関わらず、魔術を志す者は、世俗の幸せに関心が薄い傾向があった。
 リチャード=オールコックのように、権力を求めて女性と積極的に関わる者もいるにはいるが、俺の感覚では少数派だ。

 マクスウェルがどのようなタイプかを判断するには、まだ早い。

 「結婚は、好きな人が出来てから考えれば、良いのではないでしょうか。ところで、シルヴァン様に、聞きたいことがあります」

 「ザカリー様からご質問を受けるとは、光栄です。何なりと」

 目をキラキラさせて待ち受けるマクスウェルを、がっかりさせるのは、気がとがめた。

 「大した話ではありません。昔この国にいた、リチャード=オールコックという魔術師について、何かご存知ですか?」

 予想通り、マクスウェルは虚をつかれた様子だった。

 「リチャード=オールコック‥‥思い出しました。ムズムズ茸の判別法に貢献した先達ですね。判別法自体は、別の方が生み出したのですが、基礎となる魔法を作られたとか。また、細かいところを突いて来られる。さすがはザカリー様です」

 最終的に持ち上げられた。彼が採用されたのは、魔術の実力と聞いているが、案外出世も早いかもしれない。

 「ムズムズ茸って、本当に美味ですよね。僕も小さい頃、屋敷に生えているのを見つけて、食べたことがあります。たまたま毒のない方だったのですが、後で家の者にひどく叱られました。あの毒って、催淫作用なんですよね。だから、ご令嬢には毒キノコとしか教えないとか。品種改良して、毒のある種とない種を厳密に分けようとした人があったのを、何処か偉い人が止めた、と聞いたことがあります。どこまでが冗談かわかりませんが」

 ムズムズ茸の由来は、思い出しただけで、また食べたくて茸狩りに行きたくなる、という意味とされているが、本当は淫欲が湧き起こる様を表している。ちまたでは、ムラムラ茸とも呼ばれる。

 そこは、どうでも良いのだ。

 「他に、オールコックに関して思いつくことは?」

 「うーん。思いつきません。調べてみましょうか?」

 「いや。それには及びません」

 今にも立ち上がって書庫へ行きかけるマクスウェルを、俺は慌てて押し留めた。
 在野の魔術師から指導を受け、王宮に勤める彼が、オールコックに関してどれほどの知識を持つのか、知ることが出来ただけで、一定の収穫だった。


 次に俺は、英雄ザカリーの名とマクスウェルのコネを使って、まんまと公文書庫へ入り込んだ。
 普通に手続きしても、俺なら入れると思うが、多少の時間を節約したのだ。

 本来は、閲覧文書を指定して役人に持ってきてもらうところを、自分の目で探す。

 書庫は整頓が行き届いており、目指す文書はすぐに見つかった。

 数百年前の書類である。大切に保管しても、劣化は免れない。俺は、丁寧にページをめくる。

 魔族の長の魂が、持ち出された時の記録である。

 何者かが、王宮に保管された魂を持ち出した。気付いた王宮魔術師の一人が、行方を追ってエルフ国まで辿り着いた。
 そこで大規模な戦闘となり、犯人と魔術師は相打ち、煽りを受けて魂も破壊されたとみられる。
 なお、戦闘に巻き込まれたエルフの王族が、一名死亡した、とある。

 俺は、記録を隅から隅まで読み直した。関連資料や報告書、請求書の類まで目を通した。
 ついでに、王宮魔術師の名簿なども引っ張り出して確認した。


 リチャード=オールコックは、確かに当時、アリストファム王国の王宮に所属する魔術師であった。
 エルフ国王女、ティヌリエルの護衛にも名を連ねており、署名の残る文書まで存在した。

 名ばかりでなく、実際に仕事をしていたのだ。
 だが、魂が持ち出された一件には、記録がない。
 オールコックに限らず、記録には、その事件に関わった魔術師の名前が記載されていなかった。

 持ち出した犯人の名前も、巻き込まれた王族の名前も、固有名詞は一切使われていなかった。
 そして同年、リチャード=オールコックは死亡により、王宮の所属から除籍されていた。

 「どういうことだ?」

 思わず独りごちた。
 姫が知らないのも道理だった。王宮の公的記録に、リチャード=オールコックの名前が載っていないのだ。

 歴史を伝えるのは、生き残った者である。権力者は、不都合な事実を隠蔽歪曲いんぺいわいきょくする。

 オールコックが魂を無断で持ち出し、エルフ国へ殴り込みをかけた事実を、アリストファムの王権が隠したことは、不思議でも何でもない。

 エルフ国との利害調整も含めて、あの一件が公的には、記録の通りとされたのだ。あれからエルフ国が国を閉ざしたのも、アリストファムには好都合だったろう。

 事実上の共犯であるビアトリス王女の罪を不問とするためにも、その解決が必要だった。
 罪には問われなかったものの、王女は格下のゴールト伯爵家へ下賜かしされている。伯爵家にとっては名誉だが、王女にとっては一種の罰だろう。

 問題は、エリザベスが、何故リチャード=オールコックと一件の関わりを知っていたか。
 千里眼、と一言では片付けられない。

 公的記録には、その名前をほのめかす記載すらないのである。後進である魔術師にも、存在をほとんど知られていなかった。
 代々の魔術師が、名を広めないよう、注意していた可能性もある。

 俺の心を読んだとも言えない。王女の語った話は、俺の記憶とは全く異なっていた。彼女は、独自の手段でその話を自分のものにしたのだ。

 リッチ。あなたも転生。


 思い出した。エリザベスは、リチャードの転生者と見た俺を、リッチと呼んだ。
 過去、彼をリッチと呼んだ人物がいた。

 ビアトリス=アリストファム王女である。
 エリザベスは千里眼ではない。ビアトリスの生まれ変わりなのだ。

 ビアトリスは、オールコックに惚れていた。彼の行動を美化して語ることは容易たやすい。
 証拠もなく、自分の罪を隠蔽するにも都合が良い。今では、本心から自分の話を信じているかもしれない。

 俺の体がエリザベスに拒否反応を示したのは、オールコックの本心がそうさせたのだろうか。
 ハリナダンの魂が影響したのか。それとも、俺自身?

 確かに、俺はエリザベスであろうと、ビアトリスであろうと、受け入れる気はない。
 だが、エリザベスの方は、未だオールコックに未練がある様子だった。

 相手は、大国キューネルンの王女にして、聖女になろうとする女である。姫もアキも、俺と彼女が結びつくのは嫌だろうが、政治情勢をかんがみて、王命を出さないとも限らない。

 やはり、身を隠す他ない。

 俺は、文書庫を出た。
 もう、挨拶回りなどする余裕はなかった。アキには、察してもらおう。彼は気配りの出来る奴だ。後始末は任せた。

 王宮を、出口へ向かって歩き出す。たまにしか来ない場所でも、長年通えば、ある程度方向の見込みはつくものだ。

 先導なしに堂々歩く俺を、見咎める者は少ない。何せ俺は、魔王討伐の英雄ザカリーなのだ。

 「まあザカリー様。いいえ、オールコック様。やはり私たちは、運命で結ばれているのですわ。ちょうど今、お会いしたいと思っておりましたの」

 ビアトリス、いやエリザベス。どちらでもある存在が、目の前に現れた。
 俺は、蛇に睨まれた蛙のように凍りついた。
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