雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第三章 明巴

2 みんな酔っ払いだった

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 予備校講師との合コンは、いきなりアルコールで乾杯することから始まった。

 俺とコトリは氷と水で大分薄めてもらうことで勘弁してもらったが、女性陣とフタケの4人でひと瓶があっという間に空となる。

 「大学入学したら、どうせ、未成年だろうが何だろうが、飲まされるのよ。今から練習しておかないと、急性アルコール中毒で救急車呼ぶはめになるわよ」

 女神こと由香子が、物騒ぶっそうおどしをかける。
 そんな話を聞いたら、余計に飲む気がしなくなるのも、お構いなしである。

 俺は酔っぱらうのを防ぐため、菓子やつまみを腹に入れた。

 テーブルには、寿司や揚げ物も用意してある。由香子は2口か3口でグラスを干すと、新しく瓶を開けようとしたフタケを制し、大ぶりのバッグから洋酒の瓶を取り出した。

 「じゃーん」
 「おお」

 ぱちぱちぱち。雪が率先して手を叩くので、俺とコトリも一緒になって拍手する。フタケがラベルを見て、おおっ、と驚きの声を挙げた。

 「それ、相当高いでしょう?」

 拍手とフタケの問いに気を良くしたのか、由香子は上機嫌に瓶を高々と差し上げた。飲むのも早いが、酔うのも早いたちらしかった。もう顔が赤い。

 「いいのいいの。今日は、我らが雪ちゃんの、記念すべき日を祝って、乾杯するの」
 「いや~ん。恥ずかしい」

 雪が大袈裟おおげさに明巴の背中を叩き、両手で頬を押さえた。
 彼女の顔色は変わらないが、飲む前から酔っ払いみたいな言動である。

 叩かれた明巴は、痛そうに顔をしかめながら背中に手を回すが、届かない。こちらも顔色は変わらない分、グラスの中身も一番多く残っている。

 「えっ。川相さんの記念すべき日って何、何?」

 どことなくわざとらしい感じでフタケが聞くと、雪がきゃあと言って両手を頬に当てたまま、首を左右に振った。

 「雪ちゃんが、コトリくんのこと気に入っちゃったんだって」

 あっさり教えたのは、明巴である。

 「いやあん。いやいや」

 雪は恥ずかしがるポーズを見せながらも笑顔がこぼれ、明らかに嬉しそうである。
 一番若いとはいえ、成年には達しているであろうから、年相応の仕草しぐさというには、無理がある。

 年齢に目をつむれば、3人の女性の中では、一番可愛らしいタイプだった。

 「もう、明巴ったら。自分で言わせなきゃだめよ」

 由香子は文句を言うと、洋酒のコルク栓を力任せに手でじ開けようとする。
 フタケが急いでコルク抜きを用意し、由香子に渡した。

 一方、変則的な告白を受けたコトリは、たちまち相好そうごうが崩れた。持っていたグラスを、一気に空ける。

 「ぼ、僕でいいんですか。本当に?」

 こちらも、喜んでいるようにしか見えない。

 「ほ、ん、と!」

 「じゃ、カップル成立したところで席替えね。テーブル越しに、愛は語れない」

 由香子が女神らしく仕切ると席を立った。
 つられるように皆で立つ。

 これまで女性陣と男3人がテーブルを挟んで腰掛けていたのを、由香子とフタケ、雪とコトリがそれぞれくっついて腰掛けることになった。
 残ったのは俺と明巴である。明巴が腰を下ろしたので、俺は少し体を離して隣に腰掛けた。

 「じゃ、幸せなカップルたちに改めて、かんぱ~い!」

 新たに開けた洋酒を、氷だけ取り替えた同じグラスに注ぐ。乾杯の音頭を取ったのは由香子である。明巴と俺、フタケのグラスには前の酒がまだ残っており、洋酒の瓶は3分の2が空になった。

 「雪、コトリくんと一緒にいられて、し、あ、わ、せ!」
 「ぼ、僕も嬉しいです。川相先生」

 「あたし、先生じゃないから。雪ちゃんって呼んで。あたしもコトリくんの事、タカちゃんって呼んでもいいかしら」
 「呼んでください!」

 「きゃあ、タカちゃん大好き」

 雪はコトリの顔を両手で挟むと、ぶちゅっと音を立てて唇を奪った。コトリは目を白黒させた。

 「雪ちゃ~ん」

 次の瞬間には興奮の勢いで雪を押し倒そうとする。
 雪は意外にもあっさりコトリを押し戻し、にこにこ笑った。
 
 「だめよ、タカちゃん。こんな皆のいる前で。お楽しみは、あ、と、で、ね」

 コトリは身悶みもだえした。

 「ああ、早く後にならないかな」

 俺は、大袈裟おおげさな雪とコトリのやりとりを、呆気に取られて見ていた。
 フタケはと探すと、1人掛けのソファへ重なるようにして座っていたのが、由香子ともども消えていた。

 「きっと、2人でお楽しみなのよ」

 思いがけず近くから声がして、俺はぎょっとした。
 息が首筋にかかる近さだった。

 明巴が空になったグラスを光にかざしていた。しずくがグラスの底から垂れ、服を濡らしても気にする様子がない。

 「今、ですか?」
 「神谷先生は朝帰りできないから、セックスするなら今しかないの」

 お楽しみの意味を敢えて問わなかったのだが、明巴は思い切りその単語を口にした。

 俺は顔色をうかがった。酔っ払ったような顔色には見えない。むしろ、青ざめているようである。
 明巴は、由香子が持参した洋酒の瓶に、手をかけた。

 「あっ、おぎしましょう」
 「いいのよ。下手なしゃくより、自分でした方がお互い気楽でしょう。慣れているから平気」

 俺の手は邪慳じゃけんに振り払われた。どぼどぼ、と盛大に酒が注がれる。瓶はほとんど空になった。

 溶けて小さくなった氷が浮かぶグラスを、明巴はくいくいと一気に半分飲み下す。口の端からつつっ、と筋が落ちるのを、手の甲でぬぐう。

 「あの、梶尾先生も、コトリがお気に入りだったんですか」

 おそるおそる聞いてみた。明巴はぎろりと俺をにらんだ。その目は確かに酔っ払っていた。顔色は相変わらず青いくらいである。

 「私は別に誰も好みじゃないわよ。教え子なんて」
 「すみません」

 明巴はグラスをさらにあおって空にすると、口の中に入った氷を、ばりばりと噛み砕いた。グラスをテーブルに置こうとして、目算めざんが狂い、床の絨毯じゅうたんに置く。

 当然、テーブルに額をぶつけそうになるのを、俺が手を挟んで防いだ。明巴が、その手首をむんずと掴む。

 「ありがとね。でも、あんたは結構気に入ってたわよ。授業中当てても、もたつかないし、成績もよかったし。今回の模試の結果を見るまでは」

 「すみません」
 「なんで謝るのよ」

 手首は掴まれたままである。

 「その、成績が落ちたので」
 「謝って済むなら、警察はいらない」

 もはや立派な酒乱しゅらんである。明巴はぐいと顔を寄せた。
 俺が手首を掴まれた不自由な姿勢で、後ろへ下がる。ソファの端へ追いつめられた。

 「梶尾先生」
 「こんな場所で先生と言うな」

 唇が乱暴に押し当てられ、氷で冷えた舌まで侵入してきた。

 洋酒の香りが口一杯に広がる。
 手首を押さえられたままである。俺は空いた手で明巴を抱き締めたものかどうか迷った挙げ句、のしかかられたままにした。

 目を閉じたくても閉じられない。長いキスが終わると、俺にかかった重みがふっと取れた。手首も自由になった。俺は明巴の酒を口移しに分けてもらって、酔った気分になった。

 「電話番号は?」
 「はい?」

 「電話番号を教えなさい」

 俺は鞄からノートと筆記用具を出して、アパートの電話番号を書き、明巴に手渡した。明巴は危なっかしい手つきでバッグにメモをしまうと、ソファからゆらりと立ち上がった。

 「じゃ、私これで帰るわ」

 いつの間にか、近くで明巴に負けず激しい口づけを交わしていた雪が、コトリから顔を上げた。口の周りがよだれで濡れ光っている。下でコトリが半分白目をいている。

 「え、もう帰っちゃうの」
 「だってもうこんな時間だもの」
 「あら、やだ。私も帰らなくっちゃ」

 腕時計を見た雪も、慌てて帰り支度を始めた。とろけていたコトリは、至極しごく残念そうな表情を浮かべたが、体が言うことを聞かず、でろんとしたまま動かない。
 俺も腰の辺りに違和感を感じたが、かろうじて立ち上がった。

 「女神、いや神谷先生に断らなくていいんですか」
 「ん、もう。気が利かないんだからっ。邪魔したら悪いでしょ」

 雪がウインクした。明巴が冷静に付け加える。

 「あんたたちも適当に切り上げた方がいいわ。じゃあ、お休み」
 「お休みなさい」

 女性2人はあっと言う間に出て行った。
 雪の姿が見えなくなると、呪縛じゅばくが解けたように、コトリがむくりと起き上がった。
 目は幻の雪を追い、宙をさまよっている。

 「雪ちゃんってサイコー」
 「俺たちも帰ろうか」

 フタケたちが終わるのを待っていたら、いつになるのかわからない。取り残された男2人、ただの間抜けである。

 「これ、片付けなくていいのかな」

 テーブルの上は、グラスと酒の空き瓶の間に、菓子とつまみの食い残しが散乱する。俺は食べ物を適当にまとめ、ごみを捨ててグラスと瓶を中央に寄せた。

 「これでいいんじゃないか」
 「早く雪ちゃんといろんなことしたいな」

 コトリは帰り支度をする間も、雪との思い出に心ここにあらずであった。
 俺はコトリを促して、フタケに断りを入れず部屋を出た。ここの鍵はオートロックだから、出るだけなら鍵がなくても構わない。
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