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12 村の恋愛模様
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ゴールト団長のハーレムを十分見せつけられた後、俺は無事解放された。夜である。
もう一晩、娼館に泊まる羽目になってしまった。この晩のお相手は、コッコラであった。
家に帰り着いた後、アデラ宛に辺境騎士団で見聞きした事を送った。
俺は何の権限も持っていない。
メイナードのような優秀な男に頼られて、僅かながら情が動いたことは、認めよう。
それに、あれを放置して辺境騎士団が実質崩壊したら、緊急時の盾として役に立たない。
平和が脅かされると、俺の安楽生活にも影響する。
しばらくは、何事もなく過ぎた。
俺は相変わらず森の中で暮らし、時々村へ出る。
薬屋の未亡人とは、あれからヤっていない。彼女が妊娠したかどうかは、未だ不明である。
「ザックさんよお。たまには飲んで行けよ。一杯奢ってやるからよ」
酒場の親父が引き止めた。いつも、俺が酒を買うだけで帰ってしまうからだ。
俺が酒を買うのは、薬を作る材料としてである。酒場で飲む時間も勿体ない。
犬人の親父は、昼間から飲んだくれている。知り合いだらけの村でなかったら、店が潰れているのではないかと思う。
「俺も一杯奢ってやるよ。これで二杯もタダ酒が飲めるぞ」
兎人のピートが割り込んだ。鍛冶屋である。仕事がない時は、ここで酒を飲んでいる。
村人は、彼に仕事を頼む際、家よりも酒場へ来た方が話が早い、と知っている。
俺は、カウンターへ腰を下ろした。
「二杯もいらん。代わりにつまみをくれ」
「つまみ? じゃ、酒はピートの奢りな。ツケておくぞ」
注文を受けた親父は、酔っ払いとも思えないキレのある動きで、蒸留酒と炒り豆を用意した。ピートが空のグラスを掲げる。
「かんぱーい。あれ、酒入ってねえぞ。親父、もう一杯」
「あいよ」
改めて、カップをぶつけて乾杯する。飲み物にガラスの器を使うのは、王都の貴族ぐらいだろう。
この辺りでは、木製カップが標準である。辺境騎士団ですら、そうだった。彼らの場合、酔っ払って割ることが多そうだ。
団長だけは、銀製のカップを使っていたかもしれない。貴族だから、自前で用意する財力はある。
「最近、村のねーちゃんが、やたら綺麗に見えるんだけど。おいらに、嫁を世話してくれる人、いねえかなあ」
ピートが長い耳をぴくぴく動かす。
「お前、結婚諦めたんじゃなかったのか」
親父が突っ込む。
「でも、ウィロウ夫人とかだったら、いけるんじゃねえかと。旦那を亡くしてから、男っ気なしだろ? そろそろ体が疼いているとか」
未亡人の名前が出て、俺はどきりとする。炒り豆をボリボリと齧って動揺を誤魔化した。
「お前の体が、勝手に疼いているだけだ。ウィロウ夫人は、ボビーを育てるので手一杯だろ」
親父は、自分のカップに商売物の酒を注いで呷った。自分が飲める酒を客に出すのだから、質は信頼できる。
ひどい商売をする輩は、人間が飲めない液体を酒瓶に詰めて売ることもある。それで失明した酒好きを、何人も見たことがある。
「男はお呼びじゃないってか」
ピートが悄気た。
これで未亡人が妊娠したら、どんな噂になるのか。俺は、考えただけで頭が痛くなってきた。
仕込む際は、一人で育てると言っていたが、気が変わるかもしれない。
まして、相手が俺と明かされたら、ピートは恨むだろうか。
「司祭様は、また寄付を募る旅に出ているんだっけか」
親父は酔っ払いらしく、脈絡なく話を変えた。酒浸りの頭には、教会の司祭の不在もあやふやらしい。
たまにしか村へ来ない俺も、実は知らない。
「この村からの寄付だけじゃあ、やっていられんだろ。ホリーちゃんも苦労しているものなあ‥‥シスターって、結婚できるんだっけ?」
ピートの赤い目が輝いた。
「シスターじゃなくなるけどな」
俺は教えてやった。彼が何を考えているのか、手に取るようにわかった。俺の首に、猫の尻尾の感触が蘇る。
「結婚しないお付き合いとかなら、続けられるのか」
「あの娘は、最近スコットと付き合っているみたいだぜ。コーディが見たって」
親父が兎人の儚い夢を粉砕した。コーディは、熊人の大工である。
「村長の息子が面倒見るなら、俺の出番はねえなあ」
「司祭は知っているのか?」
俺は、つい口を挟んだ。懺悔室の一件以来、教会へ足が向かないままだった。信仰心の薄い俺でも、一般的にシスターが恋愛禁止なことは知っている。
「知らんと思うが」
親父がアルコール漬けの頭を振った。
「でも、ホリーちゃんがシスター辞めたら、教会潰れちまう。司祭様は村の外へ出稼ぎに行かないと生活できないし、その間、教会には誰もいなくなるじゃないか」
ピートが教会の心配をし始めた。
「新しいシスターを入れるしかないだろう。ほら、最近、騎士団から女騎士が大勢退職しただろ? 誰か一人くらい来ないかな」
「何で?」
これもまた初耳だった。この辺で騎士団と言えば、辺境騎士団だろう。俺の投書が関係するのだろうか。気になる。
「詳しくは知らねえけど、新しく来る団長の方針らしいぜ」
親父も内部事情までは知らないようだ。ゴールト団長が貴族出身だから、表向きは通常の配置換えと見せかけて体面を繕ったのだ。
団員の大掛かりな入替を伴うなら、実質は処分だろう。辞めさせられたのは、女騎士ばかりではあるまい。
水牛頭のメイナードはどうなったろうか。
「女騎士かあ。シスターにならなくてもいいから、村へ来てくれないかな」
ピートが溢れ出る涎を拭った。早くも妄想が爆発したようだ。
「ちょっと。就任祝いに、酒樽ぐらい贈ってくれても、いいんじゃない?」
庭の手入れをしていた俺は、不意打ちを喰らった気分だった。家の周りの結界は、敵意のある者にしか反応しない。アデラは当然、敵意なしで入り込んだのである。
「休暇の度に来なくたっていいだろ」
「何言ってるの」
彼女は馬から飛び降りた。マントがひらりと翻った。
「私アデラは、この度、辺境騎士団長を命じられました。ここも管轄内だから、よろしく」
俺は口も利けなかった。
もう一晩、娼館に泊まる羽目になってしまった。この晩のお相手は、コッコラであった。
家に帰り着いた後、アデラ宛に辺境騎士団で見聞きした事を送った。
俺は何の権限も持っていない。
メイナードのような優秀な男に頼られて、僅かながら情が動いたことは、認めよう。
それに、あれを放置して辺境騎士団が実質崩壊したら、緊急時の盾として役に立たない。
平和が脅かされると、俺の安楽生活にも影響する。
しばらくは、何事もなく過ぎた。
俺は相変わらず森の中で暮らし、時々村へ出る。
薬屋の未亡人とは、あれからヤっていない。彼女が妊娠したかどうかは、未だ不明である。
「ザックさんよお。たまには飲んで行けよ。一杯奢ってやるからよ」
酒場の親父が引き止めた。いつも、俺が酒を買うだけで帰ってしまうからだ。
俺が酒を買うのは、薬を作る材料としてである。酒場で飲む時間も勿体ない。
犬人の親父は、昼間から飲んだくれている。知り合いだらけの村でなかったら、店が潰れているのではないかと思う。
「俺も一杯奢ってやるよ。これで二杯もタダ酒が飲めるぞ」
兎人のピートが割り込んだ。鍛冶屋である。仕事がない時は、ここで酒を飲んでいる。
村人は、彼に仕事を頼む際、家よりも酒場へ来た方が話が早い、と知っている。
俺は、カウンターへ腰を下ろした。
「二杯もいらん。代わりにつまみをくれ」
「つまみ? じゃ、酒はピートの奢りな。ツケておくぞ」
注文を受けた親父は、酔っ払いとも思えないキレのある動きで、蒸留酒と炒り豆を用意した。ピートが空のグラスを掲げる。
「かんぱーい。あれ、酒入ってねえぞ。親父、もう一杯」
「あいよ」
改めて、カップをぶつけて乾杯する。飲み物にガラスの器を使うのは、王都の貴族ぐらいだろう。
この辺りでは、木製カップが標準である。辺境騎士団ですら、そうだった。彼らの場合、酔っ払って割ることが多そうだ。
団長だけは、銀製のカップを使っていたかもしれない。貴族だから、自前で用意する財力はある。
「最近、村のねーちゃんが、やたら綺麗に見えるんだけど。おいらに、嫁を世話してくれる人、いねえかなあ」
ピートが長い耳をぴくぴく動かす。
「お前、結婚諦めたんじゃなかったのか」
親父が突っ込む。
「でも、ウィロウ夫人とかだったら、いけるんじゃねえかと。旦那を亡くしてから、男っ気なしだろ? そろそろ体が疼いているとか」
未亡人の名前が出て、俺はどきりとする。炒り豆をボリボリと齧って動揺を誤魔化した。
「お前の体が、勝手に疼いているだけだ。ウィロウ夫人は、ボビーを育てるので手一杯だろ」
親父は、自分のカップに商売物の酒を注いで呷った。自分が飲める酒を客に出すのだから、質は信頼できる。
ひどい商売をする輩は、人間が飲めない液体を酒瓶に詰めて売ることもある。それで失明した酒好きを、何人も見たことがある。
「男はお呼びじゃないってか」
ピートが悄気た。
これで未亡人が妊娠したら、どんな噂になるのか。俺は、考えただけで頭が痛くなってきた。
仕込む際は、一人で育てると言っていたが、気が変わるかもしれない。
まして、相手が俺と明かされたら、ピートは恨むだろうか。
「司祭様は、また寄付を募る旅に出ているんだっけか」
親父は酔っ払いらしく、脈絡なく話を変えた。酒浸りの頭には、教会の司祭の不在もあやふやらしい。
たまにしか村へ来ない俺も、実は知らない。
「この村からの寄付だけじゃあ、やっていられんだろ。ホリーちゃんも苦労しているものなあ‥‥シスターって、結婚できるんだっけ?」
ピートの赤い目が輝いた。
「シスターじゃなくなるけどな」
俺は教えてやった。彼が何を考えているのか、手に取るようにわかった。俺の首に、猫の尻尾の感触が蘇る。
「結婚しないお付き合いとかなら、続けられるのか」
「あの娘は、最近スコットと付き合っているみたいだぜ。コーディが見たって」
親父が兎人の儚い夢を粉砕した。コーディは、熊人の大工である。
「村長の息子が面倒見るなら、俺の出番はねえなあ」
「司祭は知っているのか?」
俺は、つい口を挟んだ。懺悔室の一件以来、教会へ足が向かないままだった。信仰心の薄い俺でも、一般的にシスターが恋愛禁止なことは知っている。
「知らんと思うが」
親父がアルコール漬けの頭を振った。
「でも、ホリーちゃんがシスター辞めたら、教会潰れちまう。司祭様は村の外へ出稼ぎに行かないと生活できないし、その間、教会には誰もいなくなるじゃないか」
ピートが教会の心配をし始めた。
「新しいシスターを入れるしかないだろう。ほら、最近、騎士団から女騎士が大勢退職しただろ? 誰か一人くらい来ないかな」
「何で?」
これもまた初耳だった。この辺で騎士団と言えば、辺境騎士団だろう。俺の投書が関係するのだろうか。気になる。
「詳しくは知らねえけど、新しく来る団長の方針らしいぜ」
親父も内部事情までは知らないようだ。ゴールト団長が貴族出身だから、表向きは通常の配置換えと見せかけて体面を繕ったのだ。
団員の大掛かりな入替を伴うなら、実質は処分だろう。辞めさせられたのは、女騎士ばかりではあるまい。
水牛頭のメイナードはどうなったろうか。
「女騎士かあ。シスターにならなくてもいいから、村へ来てくれないかな」
ピートが溢れ出る涎を拭った。早くも妄想が爆発したようだ。
「ちょっと。就任祝いに、酒樽ぐらい贈ってくれても、いいんじゃない?」
庭の手入れをしていた俺は、不意打ちを喰らった気分だった。家の周りの結界は、敵意のある者にしか反応しない。アデラは当然、敵意なしで入り込んだのである。
「休暇の度に来なくたっていいだろ」
「何言ってるの」
彼女は馬から飛び降りた。マントがひらりと翻った。
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俺は口も利けなかった。
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