姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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19 元魔王の封印

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 風呂からあがっても、ヒサエルディスは戻っていなかった。俺は食糧庫を漁り、台所を使って勝手に料理した。
 少し迷ってから、彼女の分を取り分けておく。研究に熱中すると、師匠も姉弟子も寝食を忘れる傾向がある。料理が傷むまで戻りそうになかったら、こちらで食べれば良い。

 「ゾーイは、魚の方がいいのか。猫みたいに?」

 「いいえ。ザック様と同じ物が食べたいです」

 そういえば、お茶菓子も俺と同じように食べていた。
 向かい合って食卓に着く。つい習慣で作ってしまったが、俺の方が主人なんだよな。

 「お前、料理できるのか?」

 「いえっ。肉を切り刻んだり、食材を丸焼きするぐらいならできると思いますが、料理となると、できる気がしません。これ、すごく美味しいです。ザック様は、お料理が上手なんですね」

 ナイフとフォークを器用に操りつつ、にっこり笑顔を作るゾーイ。本当は出来るのではないか、と疑ってしまう。
 試してみたい気持ちはあるが、ここはヒサエルディスの台所だ。散らかるリスクを考えれば、控えた方が良い。

 「皿洗いはできそうか?」

 聞くだけ聞いてみた。

 「出来ると思います」

 やる気はあるらしい。ここの食器は陶磁器とガラスが多い。直せないこともないが、破られる前提で試す緊張は避けたいところである。
 食後、二人並んで洗うことになった。ゾーイは、意外とまともに働いた。


 俺の寝室も、何なく探し当てることができた。ただしベッドは一つである。ゾーイの部屋が別に用意されているようにも思えず、彼女も当然のように俺と同じ部屋へ入った。

 「寝る時は、猫になれよ」

 愛液まみれの服は、入浴時に洗って魔法で乾かした。今も着用中である。一緒にベッドで眠ることも可能だ。ただ、二人寝るには狭いのだ。

 「わかりました、ザック様」

 不満そうな表情を見せたゾーイは、しかし逆らわなかった。たちまち猫に変じ、服が落ちた。俺は服を片付け、猫を抱き上げた。もふもふと触り心地が良い。

 「ありがとうございます」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、ゾーイが礼を言った。俺は、そのまま猫を抱いてベッドへ入り、眠った。


 そして、朝方。
 またもゾーイは猫人化していた。野宿では、こうはならない。安心できる環境下でこのような姿になるところを見ると、人型の方が本性に近いのか。ほぼ忘れているが、こいつは元魔王なのだった。

 「う~ん」

 そして、服の上から俺の朝立ちを挟み込み、割れ目へ擦り付ける。小さな口元が緩み、端から牙が覗いた。背中へ回った腕の幅を狭めると、俺たちの距離が近付く。

 「止めておけ。吸われる可能性がある」

 ギョッとして後ろへ飛び、床へ着地した。
 ベッドの足元に、ヒサエルディスと師匠が立っていた。二人とも裸であるが、全くいやらしく感じないところが、いかにもエルフらしかった。見た目だけは、芸術作品のようである。

 「おはよう、ございます」

 寝起きの口から、朝の挨拶が出た。聞きたい事を言葉にするには、目覚めが足りなかった。

 「あっ。おはようございます、ザック様」

 ゾーイが起き上がった。全裸三人に対し、服を着た俺一人。絶対に、俺の方がまともな筈なんだが、何だか俺一人が変態のように思えた。

 「朝飯でも食いませんか」

 俺は裸の三人に提案した。


 成り行きで、またも俺が食糧庫を漁り、四人分の朝食を作った。昨夜取り分けた料理は、手をつけられていなかった。それも一緒に卓へ出した。

 「ザックの料理を食べるのは、久々だ。腕を上げたな」

 「ザック様の料理は、全部美味しいです」

 「そういえば、しばらく食べていなかったな。うん、美味しいよ」

 「師匠は、ご自分の体をもっと大事にしてください」

 一同、ひとしきり食べることに集中し、空腹が満たされたところで、俺の頭も回り出した。

 「師匠。色々尋ねたいことがあります」

 「何か?」

 師匠は、俺の淹れたタンポポコーヒーを、満足そうに味わっている。

 「この元魔王が、復活する可能性はあるのでしょうか?」

 俺はゾーイを指し示した。指された方の猫人もどきは、コーヒーカップを置いて、しゃちほこばる。

 「可能性を言うなら、そりゃあ、あるだろう。なあ、ヒッサ」

 あっさり肯定する師匠は、ヒサエルディスに同意を求めた。
 同じくコーヒーをすすっていた姉弟子は、頷いた。

 「魔王が何故出現したか、そもそも魔族とは何なのか、という問題だな」

 これは長くなるぞ。俺は、シンクに置いた皿を洗っておけば良かった、と思った。しかし、皿洗いを先にすれば、その間に師匠は研究へ戻ってしまう。

 「魔王がいなくなっても、魔族は出現しているだろう?」

 ヒサエルディスが話を進める。姉弟子と言っても、長命のエルフである。弟子入り期間が全然違う。俺にとっては、ほとんど親のような存在なのだ。

 「ええ。場所によっては、増えているとも聞きました」

 俺は、ゾーイをチラ見しながら答えた。もしかしたら、元魔王の彼女が原因で増えたのではないか、と考えたのである。

 ゾーイは身を縮めるようにして座っている。今でも元魔王どころか、魔族にも見えない。彼女に触発されて魔族が増えたとしても、意図的な行動ではなさそうである。

 「魔族は、瘴気しょうきや念から生じる。教えたと思ったんだがなあ」

 師匠が言った。俺の考えを読み取ったみたいだった。

 「そうでしたっけ? では、何もないところからも発生するのですね」

 「自然の山中から生まれることもある、ということだな。人間しか存在しない場所からも発生する」

 ヒサエルディスが、俺の言いたかったことを適切に言い換えた。ゾーイに聞かせるためだろう。彼女の平らになっていた耳が、ぴょこりと立ち上がった。

 「では、魔王は?」

 「まず、魔王、という種族が存在する訳ではない」

 師匠の言葉に、目から鱗が落ちる思いがした。その通りだ。
 魔王は単独で存在し、魔王家とか、魔王一族とか、他の個体が存在した形跡がなかった。徒党を組まなかった訳ではない。

 魔隊長とか、魔将軍とか、一生懸命名前考えただろうな、と思わせる幹部魔族と共に行動していたが、彼らはそれぞれ別個の種族であり、たとえ同じ種族であっても、血縁や婚姻関係ではなく、力関係によって共闘していたのだ。

 「推測になるが、戦ったり食べたりすることで魔力を蓄えた魔族の個体が、一定以上の能力を持った時、同じような条件の魔族同士で力比べをした結果、仲間内から魔王として認定され、自ら名乗る資格を得るのではないか」

 師匠の話は、俺が見てきた魔族と矛盾しない。大体のところ、その推論は正しいように思われた。
 意外と公平な世界だな、魔族。食われる人間には迷惑な話だが。

 「すると、元魔王だからと言って、優遇される訳ではない?」

 「そう言うことだ。それも、人間と主従契約の従の方を結んでいる立場は、将来契約が解消されたとしても、不利に働くだろう」

 「あとは、当事者のやる気次第かな」

 ヒサエルディスが、ゾーイを見ながら言う。

 「魔王になりたいかどうか?」

 「それもあるが、強くなりたい気持ちが先だろう。魔族は、力の上下を関係性の基本とする。今の彼女を見ていても、個体や魔力の維持は通常の食料で十分まかなえそうだ。魔族が人間などを襲うのは、魔力を増やすため、と考えていい」

 「じゃあ、キスを止めたのは」

 「元は魔王まで上り詰めた存在だ。口からエネルギーを補給するタイプの生き物が、魔力を持つ存在に口をつけたら、無意識に魔力を吸い取る可能性を考えた。実際どうなるかは、やってみないとわからないが。ザックの魔力を全部吸い取られたら、痛手になる」

 師匠もまた、ゾーイに注目する。美形エルフ二人から見つめられた元魔王は、すがるような目を俺に向けた。

 「私、魔王にはなりたくありません。でも、強くなって、ザック様の役に立ちたいです」

 「強くなるには人間とかも食べることになるし、あんまり強くなったら、主従の契約が破れるかもだし、ザックはお前を倒すことになるよ」

 ヒサエルディスが指摘した。しゅん、となるゾーイ。
 師匠が、急に目を輝かせた。またろくでもないことを思いついたに違いない。

 「それなら、魔王ちゃんが、人間の魔力を食べなくても強くなれるよう、調べてみよう」

 「本当ですか? ありがとうございます!」

 ゾーイも目を輝かせる。

 「では、ゾーイは師匠に預けるということで」

 「え?」

 俺の言葉に、元魔王が不安な顔を向けた。

 「もちろんだとも。徹底的に調べさせてもらうよ」

 師匠は当然のように頷く。彼が本気を出して調べるとなると、最短でも一年や二年はかかると思って良い。エルフは長命なのだ。
 ますます不安の濃くなる元魔王の猫耳が、平らに伏せられた。師匠の言葉の意味を正確に理解したようだ。

 「ザック様は、どうするのですか?」

 「しばらくここで遊ばせてもらうが、近いうちに家へ帰る」

 「そんな。ザック様のお側にいたいです」

 「どっちかを、選ぶしかないねえ」

 ヒサエルディスが、やんわりとゾーイに決断を求めた。
 契約上、主の俺が決めれば済むことではある。俺が、どうでも良いと思っていることを察したのだろう。

 正確に言えば、師匠に預けたいところだ。元魔王が力をつけたら、俺一人で対応できるとは思えない。

 問われたゾーイは、俺たちの内心など全く知る由もなく、真剣に悩んでいる。
 放っておけば、一生悩んでいるのではなかろうか。

 「お前が考える間、ザックを借りるよ。師匠も、早く試したいでしょう?」

 悩むゾーイに、ヒサエルディスが言い渡した。俺は嫌な予感がした。

 「そうだな。とりあえず、魔王ちゃんが勝手に魔力増やせないよう封印するよ。それなら、後の心配もない」

 師匠が腰を浮かした。元魔王の力を封印するなどと、ひどく簡単に言ってのけたものだ。
 最初からそうすれば良かったじゃないか、と思う。そこが師匠の師匠たる所以ゆえんである。
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