異世界オタクは幾何学の魔女と伴に

痛痴

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2章 異世界オタクと人形達の街

30話 成仏

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ーカンダラ市営鉱山―

 それはそうと戦闘継続である。
 黒靄さんはとてもスポーツマンシップに溢れた方で、俺の支援魔導具が起動されるまで待ってくれることになった。

「足伝う蛇の嘯く長い舌。死者に垂れる柘榴の汁。生ある者は生命を落とせ。生亡き者も絶望せよ。これこそが人の本性。萬の根源にして最古の呪い」

プロモ・アド・アンテ冥界への誘い

 俺は物騒な詠唱で魔導具を起動させた。
 普通魔導具には詠唱は必要ない。だがこの魔導具は少し複雑な魔術を発動させる為に必要らしい。
 最初の詩めいた詠唱は暗号らしく、必要な詠唱が凝縮して含まれているのだとか。

 効果はすぐに現れた。

「これは……」

 アンドレー君の身体の周りに瘴気としか言いようのない汚れた空気が渦巻く。
 そして、それが偶にアンドレー君の耳元で人の形をとり、

「殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」

 うん、結構やばいやつだ。

「ケント、バッチリだよ。力が溢れてくるみたい」

 だが、アンドレー君にとってはきちんと支援になっているみたいだ。
 まあ、呪い友達だ。そういえば黒靄さんも呪いみたいなもんだな。

 俺は呪い同士の戦い合いを見せられているのか。急に帰りたくなってきたが、上に戻れば牢屋の中の牢屋行きなので救いはない。

 ため息をついて、俺は魔精石をポケットから取り出すと、二人に見せた。

「魔精石は迷宮の壁に強く当たると、大きな音を響かせる。今からこれを地面に叩きつけるから、それを合図にしよう。いいな?」

 二人は頷いた。
 俺は魔精石を強く握り直すと、それを持つ拳を高く振り上げる。

 アンドレー君が膝を曲げて突撃の構えをとった。
 ステータスが向上しても、アンドレー君の戦い方が変わる訳ではない。むしろその戦法のメリットをよる強く発揮できる。
 アンドレー君は所謂軽戦士というやつで、重さよりも速さを取る戦い方をする。スケルトンの身体は人よりも質量を持たない。それ故に、重さに頼る戦法は悪手なのだ。

 だが、今回の場合は2つの点でその戦法が通じなかった。

 1つ目に、純粋な速度である。触手の速度はアンドレー君がやっと反応できるレベルだし、レーザー至っては見てから躱すというのは原理上できない。

 生物は光を網膜で受け取り、脳へ伝達する。そこには僅かなタイムラグが発生するのだ。

 光を情報源としている以上、光の速度の攻撃に対応できるはずもない。

 まあ、眼球があるべき場所に空洞しかない彼が光学的なセンサーによって環境を把握しているのかは謎ではあるがそれでも躱すのは厳しい筈だ。

 2つ目に、手数である。アンドレー君は一応人型なので腕が2本しか無いが、黒靄は違う。
 おそらく彼が出せる触手の最大数は15から20あたりだろう。そして、それらすべてが全く違った動きを組み合わせて襲い掛かってくる。
 生物っていうのは行動を脳味噌で計算している。それはつまり根性や精神論的なものでは、圧倒的な演算能力の差は覆せないことを意味しているのだ。

 黒靄の攻撃を躱し切るには、地球人類の脳味噌は弱すぎる。アンドレー君は幾らかマシだが、それでも知能はそこまで違いがあるわけではない。

 きっと勝負はすぐ終わる。いや、終わらなければ待つのはアンドレー君の死だ。

 ステータス向上による一点突破を仕掛けることだけがアンドレー君に残された戦法である。

 ――勝てよ、アンドレー。

「それでは決闘を始める。両者、用意」

 空気が緊迫する。二人とも相手を睨む。

「始めっ」

「やああっ」

 想像通りアンドレー君が膝をバネにして勢い良く飛び出す。硬い迷宮の床が砕け、破片が飛び散るほどの威力。その運動エネルギーが足裏から膝を伝わり、上半身へ。そして、効率的に槍に集約されていく。
 いつも通りの必殺技。例え能力に優れた黒靄であっても不可避な攻撃。
 だが、黒靄はその程度の存在ではなかった

「馬鹿な」

 黒靄がアンドレー君と同じ速度で向かってくる。
 明らかに不合理な攻撃だ。位置を固定している方が勝ち目は高い筈なのに。

 アンドレー君は触手の攻撃を受け流して進んでいく。
 先程とは違う。ステータスが上がったアンドレー君ならば、触手は余裕で躱しきれる。

 だが、

「ぐっ」

 レーザー攻撃は違う。アンドレー君は軽量化の為、あの環境破壊しそうな鎧を付けていない。アンドレー君の肋骨が融解する。

 黒靄はレーザーを連発しながら、アンドレー君と互角の速度で空中を走る。
 なるほど。わかったぞ。

 黒靄はアンドレー君の軽量化戦闘を評価していたらしい。
 つまり、ステータスが向上すれば耐えきれる自身が無かったのだ。

 そこで考えたのが自ら接近戦を挑むということである。
 これは敵の虚をつけるし、何より弾幕を密集させられる。

 今、前に動こうとしていたアンドレー君に後ろへ回り込む余力などない。
 よって、レーザー攻撃を前方に集中させることができる。

 しかし、それで殺られるようでは軽戦士の名折れだ。

 アンドレー君が冷静さを取り戻して、攻撃を通り抜けて行く。
 右へ左へ、ランダムに飛び移りながら砲撃を躱し、俊敏に動き回る様はまるでステップを踏んでいるかのように軽やかだった。
 もちろんただ見守る黒靄ではない。触手を槍のように突き出す。

「足りないよ」

 アンドレー君は難なくそれを切り裂く。だが、それは黒靄の罠だ。
 触手の断面から突如飛び出したのはレーザー攻撃。攻撃の直後という意識の合間をついた必中の攻撃。
 当然、アンドレーは躱しきれず、頭蓋骨に大穴を開けられる。

 スケルトンにとって心臓とも呼べる頭蓋。それを大きく傷つけられれば、どんなに高位のスケルトンであっても助からない。

 だが、黒靄は気を緩めなかった。
 むしろ次の瞬間、目の前のスケルトンから自分を殺す攻撃が来るのだと確信していた。
 そしてその予想は正しい。アンドレーの本体は槍。頭蓋を壊された程度では活動停止には至らない。

「やあっ!」

 アンドレーが槍で突きを放つ。黒靄は素早く触手をかき集め、防御した。

 傷つく触手。だが、命は繋ぎ止めている。

 アンドレーは理解した。次の一瞬で、勝負が決する。

 一瞬の静けさ。そして、それが破られる。

 黒靄が勢い良くアンドレーに突進する。巨大な質量を加速度を持って、強大な力とか化す。
 圧倒的暴力。誰でも分かる脅威。

 大きいものは強い。ただそれだけの攻撃。
 だが、それは最も効果的な技としてアンドレーに襲いかかった。

 避けられない。ケントが叫ぶよりも早く、アンドレーの身体はバラバラになった。

「アンドレー!!!」

 分かっていた。これは真剣勝負。
 負ければ死ぬのだ。ケントはオレンジジュースの入った紙カップを握り締めた。

「ヴォおおおおおお!!」

 勝者の雄叫びが鳴り響く。辺りに散らばった骨。そして何より折れてしまった彼の本体。
 ケントどうやって逃げようか、それだけを考えていたとき……。

 彼だけは諦めていなかった。

「ちょっとそれは早すぎるよ」

 ザシュ。黒靄の口元から黒い血液が垂れる。
 そして力を失い、崩れ去るように倒れた。

 アンドレーである。
 彼はいつの間にか復活し、黒靄の背後へ周って不意打ちしたのだ。

 そして、肌と肌(両者、皮膚なんてモノは無いが)が触れ合うような距離まで近づき、

「君のことは忘れない」

 槍を一閃に突かれた黒靄はうめき声を上げながら、小さく萎んでいった。




「アンドレー」

 アンドレー君は何も言わなかった。
 黒靄が小さくなって、少しずつ崩壊していく。

 おそらく彼にとってようやく現れた好敵手だったのだろう。しかも紳士だし。

 仕方ない。

「おい、黒靄。お前らの種族って成仏っていうのができるんだろ?」

 黒靄が「ギギギ」と呻く。きっと肯定だ。
 そして、俺は彼のギギギの他の意味を知っている。

「これは、まあ俺が担保に預かっていたものでな。俺は担保としてその人が売られれば一番生理精神的にくる物を選んでるんだが……」

 そう言って、俺は懐から柔らかい布の塊を取り出した。

「ケント、それって」

 俺はにこやかに微笑んだ。

「ああ、このストッキングを少し貸してやるよ。暫く俺らはどっかに行ってる。最後の晩餐だ。味わえよ」

 俺達は遠くでキャンプの用意をしに行った。
 途中で何かの泣き声が聞こえたが、あえて無視しておいた。

 暫く経って元の場所に残ると、黒い粘液まみれになったモザイク必至のストッキングと、山盛りになった魔精石があった。

 ―カンダラ市営鉱山 浅層 4番街―

 質素ながらも女らしさを感じさせる部屋の中。
 一人の女が何かに気付いたかのように、ピクリと眉を動かした。

「ワダ・ケント……」

 彼女はベッドの上で体育座りをすると、自分のふくらはぎに手を触れた。

 その顔は、復讐の炎に燃えていた。


 ―カンダラ市営鉱山 深層―

 今、なんか致命的なことが起こった気がしたが、きっと気のせいだろう。
 悲しい犠牲はあったが、彼も成仏できた。
 ハッピーエンドと言っても差し支え無いはずだ。

 俺はアンドレー君に腕を差し出した。

「ありがと」

 アンドレー君は遠慮なく俺の動脈に噛み付く。しかし血は一滴も出ない。
 何を吸い取っているのかは、謎だ。

「アンドレーも疲れただろ。キャンプの用意の残りは、俺が全部やっとくぜ」

「助かるよ」

 そう言ってアンドレー君は既に出来上がった天幕の中に入っていった。

 さて、残りの用意を片付けよう。
 と言っても、そこまで量はない。既にキャンプ自体は張ったので、後は飯の準備とかだ。

「さて、今日は……」

 持ってきた食糧を見る。
 色々あるが、貴重な食材を贅沢に使う訳にはいかないので、献立は限られてくる。

「よし、おじやにでもするか」

 食糧を入れてきたポーチの中から、よく分からない缶詰と米に似ているけど形が立方体の穀物、根菜類を取り出す。

 よく分からない缶詰は、中に白くとろとろしたゲル状の何かが入っており、そこに魚の白身のようなものが沈んでいる。
 まあ、表現すると美味そうには見えないが、これが中々いけるのだ。

 塩味が濃いので、調味料は特に要らないだろう。

 まず、根菜類を食べやすいサイズにナイフで切り、野営用の即席魔導加熱式鍋で炒めていく。そこに、水と先程の缶詰を入れて、暫く煮込む。

 時間がかかるので調理用の時短魔導具を使って、素早く煮込む。

「よし、そろそろ頃合いだな」

 そして、ある程度水分が飛んだそれに飯盒で炊いていた米を投入する。
 ソースと米が程よく絡んできたら、ついでに胡椒を入れる。

「よし、これで良いだろう。一人食っちまうのは、なんかあれだが……アンドレー君はご飯食べれないしな」

 という訳で白いソースと絡んだ米をスプーンで掬う。
 おじやからは湯気が上がり、クリーミーで、かつ何故か香ばしい薫りが漂っている。

「いただきます」

 始めに感じるのは熱さ。
 だが、その後に味わい深い魚の出汁とミルクの濃厚さが舌の上に広がった。美味い。
 得体のしれないものだけで作った割には上々の出来上がりだ。

「おじやというよりリゾットっぽいけどな」

 まあ、美味いので文句は言わない。
 最近、醤油や味噌が欲しくなってきたが、米があるのでまだ耐えられている。

 よく異世界もので『この世界には米が一応あるが、日本のような美味しさは無い。普段、当たり前のように食べていた米は過去の弛まぬ品種改良の努力によって培われてきたものなのだと思い知った』みたいなのがよくあるが、例によってこの世界だと通用しない。
 普通に美味しい。というか異世界人だって品種改良ぐらいするわな。

 異世界飯マズイみたいなのは、偏見な気がする。
 食文化だって収斂進化をしていくのだ。身体の構造がそこまで違わないのなら、時間をかければ同じような美味しさのものが生まれていくのは必然である。

 まあ、経済上の問題でのマズイ飯はあるかもしれないが、ある程度文明が進歩すれば全員が一定以上の水準に到達するだろ。
 とにかく、この世界で食った飯はユニークだが不味くは無い。

「ふう、食った、食った」

 この世界は俺のようなか弱い人間にとっては危険な場所である。
 だが、何とか生きていけている。それは一人の力ではなく、多くの人の協力あってのことだ。

 とっくに死んでいた。でも、生かされている。

 思うことは一つだ。

「オタク、許さねぇ」

 俺はそもそもの原因を呪いながら、心地よく寝に入った。

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