ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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こうしてわたしは気づいてしまう

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 その日、わたしが自殺場所として選んだあの男と初めて会った橋に、あの男の姿はなかった。すこし待っても、男が来る気配はない。ついに予想が外れたんだろう。というか、いままで予想が合っていたことの方がおかしいんだ。

 わたしは手すりによりかかって、あの男が来るのを……待て。わたしは一体、なにをしているんだ。わたしは、あいつを待とうとしたのか?そうじゃない、そうじゃないだろう。

 わたしの目的は、ここから飛び降りることだ。あいつがいないということは、ついに目的が達成できるといことで、この状況は喜ぶべきものだろう。

 それなのにわたしは、あいつが来ないことを残念に思ったのか。しっかりしろ。わたしは自分の頬をペしりとはたく。わたしはここに、自殺をしに来たんだ。そう自分に言い聞かせて、のっそりとした足取りで手すりの上へとよじ登る。

 下を見ると、暗くてなにも見えない。息と鼓動が荒くなって、視界がぼやける。ふいに体から力が抜けて、足がつるりと前に滑った。一瞬の浮遊感の後、なぜだかスローモーションな視界の中、わたしの体は宙に投げ出された。

 肩に激痛が襲った。見上げると、あの男が、わたしの腕を掴んでいた。


※                    ※                    ※


 わたしを引き上げて汗だくの男が、みっともなくぜえぜえと地面にへたり込む。わたしも、足がすくんでまるで動けそうにない。捕まれた腕の方の肩が、ズキズキと痛んだ。

「実は、なんだかんだ言って、死なないんじゃないかって思ってたんだけど……本気だったか」
「最初から、そう言ってたでしょ」

 違う。わたしは、死のうとしたんじゃない。あの時わたしは、土壇場で怖くなって、手すりを降りようとしただけだ。そしたら震えた足がすべってしまっただけ。

 なのに口をついた強がりに、わたしは自己嫌悪した。

 わたしは死のうとして初めて、死にたくないと思っている自分に気づいた。だから必死になって、手を上へと伸したのだ。もしわたしが本当に死のうとしていたら、手を伸ばしていなかったら、手を掴まれることもなくあのまま暗闇の中に消えていただろう。すべて終わっていただろう。なのに、なのに。

「……おまえのせいだ」

 全部全部、おまえのせいだ。

「ぼくは別に、君に好かれたくて自殺を止めようとしてるわけじゃないからね。好きに嫌ってくれよ。うっ、吐きそうだ。食ってすぐに走るもんじゃないな……」

 おまえはなんにも、なんにもわかってない。嫌いだったら、どんなに楽だったか。あの時腕を掴まれて、おまえの顔を見て、わたしは安心してしまったんだ。

 涙があふれるが、これは肩が痛いせいだ。肩が痛いから泣いてるだけなんだ。自分にそう言い聞かせようとする時点で、本当は自分がなぜ泣いているのか、もうわかっていた。

 直前で死ぬのを怖いと思ってしまった自分も、男に手を掴まれて安堵してしまった自分も、素直に助けてくれたことを感謝できない自分も、全部が情けなくて、涙が止まらなかった。

 男はわたしが泣いてもなにも言ってこなかった。黙って、泣いているわたしを不思議そうに眺めている。

 こういう時、慰めるのが男じゃないのか。自殺させたくないなら、メンタルケアをしっかりしろ。心のなかで男への悪態がとめどなく溢れて、けれど何一つ口には出せなかった。
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