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1話

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「冷たっ!」

 僕は脳天に当たった冷たい何かで目が覚めた。頭上を見ると、木が生い茂っていて、そこから水がポタポタと落ちていた。
 周りを見渡すとぼたぼたと視界不良になるぐらい雨が降っていて、地面の土は泥になってぬかるんでいる。周囲には生い茂る植物達。高くそびえ立つ樹木が土砂降りの雨から多少なりとも僕を守っていたらしい。
ーー僕が目覚めたのは森だった。

 そういえば僕が消える直前、女神さまは異世界がどうとか言っていた気がする。
もしかしたらここは異世界なのかもしれない。
 
 そんなことより幼女はどこだろうか。僕は背後の木に寄りかかって座り込んだまま、首だけ動かしてあたりをキョロキョロ見た。
幼女どころか人っ子ひとり見当たらない。木々と豪雨に視界を遮られ、辺りを見渡すことが出来ないが、近くに人里はあるのだろうか。

 僕は寒さにぶるっと震えた。寒い。体に触れる水が体温を奪っていく。と、なぜか全身がスースーするというか、服を着ているにしては水の当たる感触がおかしいと思って自分の体を見てみた。……全裸マンだった。

なんてことだ!これじゃあまるで変質者じゃないか。こんな姿じゃあ例え幼女を見つけても近寄ることができやしない。
こうはしていられないと、僕は近くにあった見たことのない植物から葉っぱを一枚ちぎった。

 不自然なほどに大きな葉っぱである。僕の手のひらより大きい。まるでこれを使って股間をを隠しなよと言わんばかりである。あたりをキョロキョロして、今度はツタを発見した。指で葉っぱに穴をあけると、ツタを通した。
股間を隠すように葉っぱをセッティングして、腰の後ろでツタを縛って固定する。

「これでよし。」

 全裸は免れ紳士としての尊厳は守られた。これで僕も立派な文明人である。適当に転がっている木の枝を立てて手を離す。そして念じる。

『この棒が倒れた先に幼女いる幼女いる幼女いる幼女いる幼女いる幼女いる幼女いる幼女いる。』

 棒は森の奥へと倒れていた。

 僕は幼女に出会うべく、森の奥へと歩みを進めた。
足場が悪くて、たまに木の枝や石を踏みつけて激痛か走る。足の裏を見ると、血が流れていた。腕なども植物の棘やギザギザした葉っぱで切れている。

 どうしようかなと頭を悩ませていると声が聴こえた。それはかすかな声。常人なら雨音にかき消されて聴こえないだろうが、僕にはハッキリとわかる。あれは幼女の泣き声だ!

 僕はすぐさま声のする方へと走り出した。足への激痛も、小賢しい植物の棘ももう気にならない。一直線に幼女に向けて走っていく。走る走る走る。そしてついに見つけた。

 その幼女は動物のような美しい耳と尻尾を持っていた。彼女はこちらには気づいていないようだ。
 僕はゼェゼェと荒げた息を落ち着ける。彼女を怖がらせるといけないからだ。

十分に息を整えてから、僕は彼女に近づいた。

「やぁ。こんな森の中でどうしたのかな。」

 僕が話しかけると彼女の獣のような耳がビクッと動いた。そして、こちらを見上げた彼女と目があった。

「いやぁぁぁぁ変態ぃ!あっちいってよぉぉぉ!」

 どうやら誤解をしているようだ。

「違うよお嬢ちゃん。僕は変態なんかじゃないんだ。」

 そういって座ったままイヤイヤと後ろに後ずさりする彼女に僕は一歩近づいた。

「変態さんこないでぇぇ!あっちいってよぉぉぉ助けてママァ!ママァァァ!」

 彼女は金切り声を上げて僕を拒絶し、そして助けを呼んだ。ああ。久しぶりの幼女の声に心が癒されていく。しかしこれほどの大声で声をあげても誰も来ないとは、どうやら近くに他の人はいないらしい。

 見つけたのが僕じゃなくてほんとうの変質者だったら大変だったところである。

「お嬢ちゃん。この格好には訳があるんだ。だから僕は決して変態なんかじゃないんだよ。」

僕がバッと腕を前に突き出してカッコいいポーズをしてニカッと笑ってみせた。

「わ、わけぇ?」

 彼女はぐすりと鼻をすすりながらたどたどしい言葉遣いでそう言った。依然として僕を見る涙目は不審者を見るそれである。

 その目を見てようやく気付いた。彼女の目は鮮やかな金色だったのだ。
黒目は細長く、もしかしたらあの獣の耳と尻尾はネコ科動物のものなのかもしれない。彼女は俗に言う獣人というやつなのだろうか?

 獣人の耳のことをマニアの人々はケモミミと言うらしい。そしてそのマニア達はケモナーと呼ばれ、もふもふとした毛を持つ動物や獣人をこよなく尊び、愛するらしい。
つまりケモナー道と幼女道と道は違えど、僕の同志である。僕は目の前の幼女を見て、ケモナーという人々の気持ちがより深く理解できた気がした。

「実は服を無くしてしまって仕方なくこの葉っぱをつけてるんだ。最初は全裸だったんだよ?
もし僕が変態なら全裸で君の前に現れるはずだ。だから僕は変態なんかじゃないんだよ。」

 Q.E.D。証明終了

 僕は自分が害のない生物だということを示すように両手を広げて一歩近づいた。

「ほ、ほんとにぃ?」

 その言い方は、僕を警戒して疑っているように聞こえる。
けれど先程まで僕が一歩近づけば3歩以上後ずさっていた彼女が今回は一歩も後ろに下がらなかった。
むしろ僕にしっかりと目を合わせているくらいだ。

「本当だよ。幼……お嬢ちゃんの泣き声が聞こえてきたから何事かと走ってきたんだ。」

「あ、体、傷……。」

と、彼女は僕の腕や脇腹を見た。僕も確認したら体のあちこちに擦り傷や切り傷ができていた。

「走った時についちゃったみたいだ。ごめんね。血とか怖いよね。」

しまった。アドレナリンが出ていたのか、走り出してからはほとんど傷のことを忘れてしまっていた。今の僕の姿はほぼ全裸で体中から血を流す変質者そのものじゃないか。

「ううん。そんなことないよ!
……そんなに傷だらけになるくらい一生懸かけつけてきてくれたんだね。
……うん!わかった。すこぉし。すこおーしだけだけど変態さんのこと信じてあげるね!」

彼女はニパッと目を褒めて笑った。未だに土砂降りの雨が降っているのに、太陽みたいに輝いた笑顔だった。

けどね。僕は変態さんじゃないんだ。紳士なんだよ。
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