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虚空に話しかける頭の痛いやつ

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「おまえ、いつまで寝てるんだ。もう昼休みだぞ」

 机の上で、ミニマムな鬼二人が呆れたようにぼくを見ていた。

「まだ頭が痛いんだよ。これ、過去に戻ってきた副作用なんだろ?大丈夫なんだろうな」
「心配するな、だいたいの奴は大丈夫だ」
「なんだそのだいたいっていう不安になる単語は」
「そういえばまれに時間移動の副作用で……ああ、これは言っちゃいけない決まりになっているんでした。忘れてください」

 青鬼さんがなにかを言いかけてやめた。

 あの、それ絶対忘れられないし恐怖心が膨れ上がる言い方なんですけども……。

 揃いも揃って……わざと不安を煽ってきてるんじゃないかという気すらしてきた。

「はあ。もう一回死んでいるのだ。今更なにを恐れることがあるんだアホらしい」

閻魔ちゃんがそう言って、これ見よがしにため息をつく。

「むしろ一回死んでるから余計に気にするんだよ」

 誰が好き好んで二度も死にたいと思うのか。

「おまえには今、もっと気にしなければならないことがあるがな。さてここで問題だ。鬼である私たちはお前以外にも見えるか見えないか、どっちだと思う」
「そんなもん、騒ぎになってない時点で答え出てるだろ」
「では答え合わせに周りを見てみると良い」

 言われた通り周りを見る。するとクラスのみんながぼくの方を見て、なにやらヒソヒソと話していた。彼らがこちらに向ける視線は、まるでなにか恐ろしいものでも見るかのようだ。

「まさか、おまえらってぼく以外にも見えて」「そんなわけあるかアホめ」
「佐藤さん。冷静に考えて、一人であたかも誰かと話しているようにブツブツとなにか呟く人が周りからどう見えるか、ということを考えれば答えはでるかと思いますが」
「あーそういうことね」

 つまり彼らの目に映っていたのは小さな鬼ではなく、急にひとりで机に語りかけ出した頭のおかしいクラスメイトだったというわけだ。

「そういうことは最初に言ってくれよ……」
「別にいいだろう、減るような友達がいるわけでもあるまいし」
「おまえに一体ぼくのなにがわかるっていうんだ」

 閻魔ちゃんの、まるで友達がいないということが確定しているかのような物言いに、ぼくは噛み付いた。ぼくにだって友達100人いるかもしれないだろうが。

「忘れたのか。私はおまえの生前のことならなんでも知っているんだぞ。まあ、そんなものが無くても昼休みまでぐっすり寝ていたお前に話しかけるやつが一人もいなかった時点で、色々とお察しだがな」
「閻魔大王様。友達がいないというのがたとえ佐藤さんの過去を覗いて得た確かな事実だったとしても、相手の心を傷つけるような言葉はいけませんよ」

 青鬼さんの追撃でトドメを刺され、ぼくの心が無事砕け散った。

「それにしてもおまえ、こんなにゆっくりしていていいのか?」
「そうですね。失敗したら地獄行きなわけですから、早めに行動して損はないと思いますが」

 鬼二人がぼくを急かしてくる。けれどぼくは変な体勢で寝ていたせいでこわばった体を解すため、ぐぐっと伸びをした。

「別にゆっくりやってけばいいさ。ふう、若い体は気持ちがいいなあ。なんてったってまだガタが来てない」
「私にはなぜお前がそんなに余裕そうにしているのか理解に苦しむのだが……」

 閻魔ちゃんが怪訝そうに眉を潜めた。ふふ、地獄行きがかかってるのになぜ余裕そうかって?なぜならぼくは今回の条件を達成する上での真理に気づいてしまったのだ。

「いいか?そもそも二人は赤い糸でつながれた運命の人ってやつなんだろ?なら別になにもしなくたって、ぼくが恋愛相談されたときにやめとけって言わなきゃ勝手にくっつくわけだ。だからぼくは今回このボーナスステージを思う存分に満喫すればいいのさ」

 どうだ。この我ながらに完璧なプランは。

「赤い糸でつながっているというのは、ぶっちゃけてしまうとただ相性が良いくらいな程度なんですよ。だから、なにか強制力が働いてふたりがくっつく、なんてことはありませんよ。実際、運命の人以外と結ばれる人も少なくないですし。だから佐藤さんが邪魔をしなかったとしても、ふたりが結ばれるとは限りません」
「ということだな」

青鬼さんの説明に、閻魔ちゃんがなぜかドヤ顔で相槌を打った。

「で、でも結ばれる可能性だってなくはないんじゃ……」
「確かに可能性はあるが……条件達成のタイムリミットは次の文化祭が終わるまでにしてあるが、間に合うのか?」

 閻魔ちゃんはいけしゃあしゃあとぼくの知らない条件を出してきた。

「だからそういう重要なことは最初に!……」

 ぼくは机に手を叩きつけて立ち上がった。しかしヒソヒソ話の内容に、「あいつやばくない?」「どうする?先生呼ぶ……?」みたいな声が混じってきたのが聴こえて、ぼくはすっと着席した。

 机の上で閻魔ちゃんが「べろべろべー」と人の神経をそこなでするアホズラで舌を出す。こっちが反応できないとわかって調子に乗りやがって。

 横でそんな閻魔ちゃんを見て青鬼さんがため息をついていた。また本物の閻魔大王に説明不足をチクられてしまえ。頭の中でそう毒づきながら、ぼくはこれからどうするべきかに思考をめぐらせた。

 ぼくはさっきと違って静かに立ちあがった。

 依然として自分を標的としたヒソヒソ話は止む様子はない。「うわこっちきた」とか、結構心が痛くなる言葉が耳を刺す。

「よ、今日は飯なにもってきてんの?」

 クラスメイトによるチクチクとした精神攻撃を耐えながら、ぼくは教室の最右列の最後尾という、なかなかに良ポジションの席に座っている我が未来の親友、西宮大助に話しかけた。

「え?えっと……」

 大助はなぜか怯えたような目でぼくを見て、言葉を詰まらせた。

「ああ……」

 その様子を見て気づいた。そういえばこいつと友達になったのって、高2の途中の席替えで席が隣になってからだった。つまり今の段階はまだクラスメイトを通り越して赤の他人レベルということで。そりゃあ、そんなやつがいきなりこんなフレンドリーに接してきたら怖いわ。それも直前まで虚空に話しかけてた奴だし。

 全細胞をフル動員させてここからこの不信感を打開するような一言を探す。そして、ぼくの頭に電流のようなひらめきが走った。よし、これだ!

 ぼくはガシッと大助の肩を掴んだ。

「いいか、よく聞け大助。信じられないかもしれないが、ぼくは未来から来たんだ」

 キーンと耳鳴りがした。そして、気づくとぼくはあの裁判所に立っていた。

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