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彼はおそらく、探偵かストーカーの才能がある
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コミケ当日、僕らは朝っぱらから会場へと来ていた。
「ぼく、寝過ごしちゃうのが怖くて全然眠れなかったよ……」
「ぼくは余裕で8時間睡眠だ」
「時間管理しっかりできて羨ましいなぁ」
「まあそれほどでもない」
ぼくはにやりと笑った。
「母親に起こしてもらっておいてよくもまあ」
「まさか息子を朝起こす作業があと10年以上続くとは、佐藤さんのお母さまも思ってなかったでしょうね」
目の下に隈を作っている大助と会話中、鬼たちのネチネチとした言葉をいつものように無視する。
「そういえば、カタログ持ってきた?」
「あー、忘れたかも」
カタログとは、少し前に参加証と一緒に大助に渡された、鈍器のように分厚い、コミケについて書かれた本のことだ。心得とか、参加サークルの場所が書かれた会場のマップみたいのが載ってたのだけど、かさばるので置いてきてしまった。
「じゃあ、これ」
大助は背中のリュックサックから自分のカタログを取り出した。
「でも、おまえはこれ無くて困らないのか?」
「大丈夫、ぼくは全部暗記してるから」
「お、おう」
まるで当たり前のように言われた。こいつ、なぜこれでテストの点数が悪いんだろうか。
「あと、これも渡しとくね」
そう言って、リュックサックをガサゴソと漁る。
「これって、無線機か……?」
出てきたのは、よく映画とかで軍人とかが使ってるような黒くてごっつい無線機だった。
「コミケの会場って、電波が不安定になるから、はぐれたときとかの連絡用にと思って」
「お、おう。ありがとう……」
なんだろう。普段はへなへなのへぽっこ野郎の大助が、今日だけはものすごく頼りになるイケメンに見えてきた。
近所で有名な行列のできるラーメン屋が鼻くそに思えてくるレベルの長蛇の列に並び、しりとりという会話の墓場に足を踏み入れたものの、僕らはやっとのことで会場内に入ることができた。
「えーっと。まず僕がチェックしてるサークルがあってね。佐藤くんも好きなアニメの同人誌を出してるんだけど……あれ?って痛っ」
「いって!急に止まるなよ」
人がひしめく中でも平然としている、というかむしろ普段より生き生きとした様子の大助の後ろに付いていたら、大助が急に足を止めたせいで、ごつんとその後頭部に鼻をぶつけた。
「痛たたた……。それよりあれ、春風さん……?」
大助は頭をさすりながらそうつぶやいて、人混みの中、ただ一点を見つめた。
視線の先をたどると、帽子を深くかぶってサングラスにマスクをした人物がいた。この暑い中、正気を疑う格好だ。
「あれが春風さんだって……?」
類似点がかけらも見受けられないが。
「なあ、あの不審者が、なにをもって春風さんって思ったんだ?」
「え?いや身長とか歩き方とか、あと露出してる部分の肌とか、耳の形とかでわからない?」
大助は真顔で早口になりながらそう答えた。いいから瞬きしろ、怖いから。
「わかんねーよ。あと判断材料にしてる情報がナチュラルにキモい」
「ひどいよ!」
ひどいのはおまえの人物識別方法だ。
「とりあえず仮にあれが春風さんだとして、なんでわかったのか理由を聞かれたら、聞き覚えのある声だったからとか適当にごまかしとけよ。間違っても本当のことは言うな」
「ええ?うん。まあどうせ話しかけないし……」
「は?」
いや待て。一体こいつはなにを言っているのだ。
「ここは全国のオタクが集う場所だぞ。つまりここに来ている春風さんは99%オタクだぞ!春風さんとオタクトークで話を弾ませられるんだぞ」
「そ、そうだよね。ここで勇気を出せば……」
大助は自分の頬をパンパンと叩くと、ごくりとツバを飲みこんだ。
「ぼ、ぼく頑張るよ」
ぼくらは春風さんの、すぐ後ろまで距離を縮めた。
「よし、行ってこい」
「え!?いやついてきてよ!」
大助はすがるような目で必死でそう訴えた。
「なに言ってんだ。おまえ一人で行くに決まってるだろ」
「でも佐藤くん、コミケ初心者だし、一人だと迷っちゃうかもしれないから……」
「おまえが渡してくれたこれがあるから大丈夫だ」
ぼくはリュックからカタログを取り出して、大助の逃げ道を潰した。
「くっ、でも……」
「誰かと一緒に来てるのかとでも聞かれたら、別行動してるとでも言っとけ。ほら行ってこい」
「うわあっ」
うじうじとしている大助の、文字通り背中を押して春風さんの方へと突き飛ばした。
バランスを崩した大助は春風さんの背中によりかかるようにして転倒を回避した。
春風さんが「キャッ!」と可愛らしい悲鳴をあげた。ああ、今の声はたしかに春風さんだ。片思い男子の想い人に対するレーダーが高性能すぎて、ぼくは恐怖すら感じた。
「ごごご、ごめん。足がもつれちゃって!わざとじゃ、わざとじゃないんだ」
「えっ!?西宮くん!?」
不可抗力とはいえ、春風さんの体に触れてしまった大助は、まるで満員電車で痴漢冤罪に怯えるサラリーマンのようにビクビクしているが……まあ春風さんなら笑って許してくれそうだし、大丈夫だろう。
ぼくは健闘を祈りながら、人混みの中に紛れた。
「いったい、ここはどこだ……?」
そしてその後、5分で迷った。
「ぼく、寝過ごしちゃうのが怖くて全然眠れなかったよ……」
「ぼくは余裕で8時間睡眠だ」
「時間管理しっかりできて羨ましいなぁ」
「まあそれほどでもない」
ぼくはにやりと笑った。
「母親に起こしてもらっておいてよくもまあ」
「まさか息子を朝起こす作業があと10年以上続くとは、佐藤さんのお母さまも思ってなかったでしょうね」
目の下に隈を作っている大助と会話中、鬼たちのネチネチとした言葉をいつものように無視する。
「そういえば、カタログ持ってきた?」
「あー、忘れたかも」
カタログとは、少し前に参加証と一緒に大助に渡された、鈍器のように分厚い、コミケについて書かれた本のことだ。心得とか、参加サークルの場所が書かれた会場のマップみたいのが載ってたのだけど、かさばるので置いてきてしまった。
「じゃあ、これ」
大助は背中のリュックサックから自分のカタログを取り出した。
「でも、おまえはこれ無くて困らないのか?」
「大丈夫、ぼくは全部暗記してるから」
「お、おう」
まるで当たり前のように言われた。こいつ、なぜこれでテストの点数が悪いんだろうか。
「あと、これも渡しとくね」
そう言って、リュックサックをガサゴソと漁る。
「これって、無線機か……?」
出てきたのは、よく映画とかで軍人とかが使ってるような黒くてごっつい無線機だった。
「コミケの会場って、電波が不安定になるから、はぐれたときとかの連絡用にと思って」
「お、おう。ありがとう……」
なんだろう。普段はへなへなのへぽっこ野郎の大助が、今日だけはものすごく頼りになるイケメンに見えてきた。
近所で有名な行列のできるラーメン屋が鼻くそに思えてくるレベルの長蛇の列に並び、しりとりという会話の墓場に足を踏み入れたものの、僕らはやっとのことで会場内に入ることができた。
「えーっと。まず僕がチェックしてるサークルがあってね。佐藤くんも好きなアニメの同人誌を出してるんだけど……あれ?って痛っ」
「いって!急に止まるなよ」
人がひしめく中でも平然としている、というかむしろ普段より生き生きとした様子の大助の後ろに付いていたら、大助が急に足を止めたせいで、ごつんとその後頭部に鼻をぶつけた。
「痛たたた……。それよりあれ、春風さん……?」
大助は頭をさすりながらそうつぶやいて、人混みの中、ただ一点を見つめた。
視線の先をたどると、帽子を深くかぶってサングラスにマスクをした人物がいた。この暑い中、正気を疑う格好だ。
「あれが春風さんだって……?」
類似点がかけらも見受けられないが。
「なあ、あの不審者が、なにをもって春風さんって思ったんだ?」
「え?いや身長とか歩き方とか、あと露出してる部分の肌とか、耳の形とかでわからない?」
大助は真顔で早口になりながらそう答えた。いいから瞬きしろ、怖いから。
「わかんねーよ。あと判断材料にしてる情報がナチュラルにキモい」
「ひどいよ!」
ひどいのはおまえの人物識別方法だ。
「とりあえず仮にあれが春風さんだとして、なんでわかったのか理由を聞かれたら、聞き覚えのある声だったからとか適当にごまかしとけよ。間違っても本当のことは言うな」
「ええ?うん。まあどうせ話しかけないし……」
「は?」
いや待て。一体こいつはなにを言っているのだ。
「ここは全国のオタクが集う場所だぞ。つまりここに来ている春風さんは99%オタクだぞ!春風さんとオタクトークで話を弾ませられるんだぞ」
「そ、そうだよね。ここで勇気を出せば……」
大助は自分の頬をパンパンと叩くと、ごくりとツバを飲みこんだ。
「ぼ、ぼく頑張るよ」
ぼくらは春風さんの、すぐ後ろまで距離を縮めた。
「よし、行ってこい」
「え!?いやついてきてよ!」
大助はすがるような目で必死でそう訴えた。
「なに言ってんだ。おまえ一人で行くに決まってるだろ」
「でも佐藤くん、コミケ初心者だし、一人だと迷っちゃうかもしれないから……」
「おまえが渡してくれたこれがあるから大丈夫だ」
ぼくはリュックからカタログを取り出して、大助の逃げ道を潰した。
「くっ、でも……」
「誰かと一緒に来てるのかとでも聞かれたら、別行動してるとでも言っとけ。ほら行ってこい」
「うわあっ」
うじうじとしている大助の、文字通り背中を押して春風さんの方へと突き飛ばした。
バランスを崩した大助は春風さんの背中によりかかるようにして転倒を回避した。
春風さんが「キャッ!」と可愛らしい悲鳴をあげた。ああ、今の声はたしかに春風さんだ。片思い男子の想い人に対するレーダーが高性能すぎて、ぼくは恐怖すら感じた。
「ごごご、ごめん。足がもつれちゃって!わざとじゃ、わざとじゃないんだ」
「えっ!?西宮くん!?」
不可抗力とはいえ、春風さんの体に触れてしまった大助は、まるで満員電車で痴漢冤罪に怯えるサラリーマンのようにビクビクしているが……まあ春風さんなら笑って許してくれそうだし、大丈夫だろう。
ぼくは健闘を祈りながら、人混みの中に紛れた。
「いったい、ここはどこだ……?」
そしてその後、5分で迷った。
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