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パトリシア 1

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アンデオンの冒険者ギルドで依頼票を眺めている。
クレラインとオーリアは、金がたっぷりある間は、働きたくないと言って、宿から出てこない。アルミも2人と一緒にお留守番だ。
というわけで、依頼ボードを1人で見ている訳だ。

工芸の街だけあって、工房関係の依頼が多い。
内容を見ると、センネンブナの運搬が群を抜いて多い。
依頼主は、陶芸工房と木工工房だ。
俺はカウンターに行って受付嬢に、センネンブナとは何かということと、その依頼票が多い理由を聞いた。
「センネンブナは、樹のことですよ。珍しい樹で、いつでも品薄なんです。陶芸工房と木工工房が、常に欲しがっていますから」
「なぜ、そんなに欲しがるんだ?」
「陶芸工房は、質の良い焼き物をつくるのにセンネンの火を必要としていますし、木工工房では、家具、調度品から彫刻まで、高級品は全てセンネンブナの木を使いますからね。とはいっても依頼は、陶芸組合は薪の運搬、木工組合は丸太の運搬と、内容が異なります」
「センネンの火って何だ?」
「センネンブナの薪を燃やした火を、陶芸工房ではセンネンの火と呼んでいるのですよ。陶芸の窯では、いい焼き物を仕上げるには絶対必要だと言われています」
「それが、品薄な理由か?」
「もう一つの理由は、センネンブナは高山の険しいところに生えているので運搬が大変なんですよ」
「それで運搬の依頼が多いわけか。どれくらい大変なんだ?」
「それは工房によって違うので、詳しいことは工房に行って直接確かめて下さい」
「評判のいい工房を教えてもらえるか?」
この質問に受付嬢は首を傾げて、
「う~ん、ギルドではお答えできませんね」と回答を拒否された。
仕方ないので、俺は依頼票の所に戻り、陶芸工房からの依頼票の一つを持ってギルドを出た。陶芸工房を選んだのは、運ぶのが薪だからだ。丸太の運搬なんてトラックが必要だろう。
依頼票には、パトリシアという陶芸工房の名前と、工房への道順が書かれていた。
その道順を頼りに通りを行くと、パトリシア工房という看板が目に入った。
ドアを開けるとカランと音が鳴り、受付カウンターから「いらっしゃいませ」と少女の声が聞こえる。
「ギルドの依頼を見たんだが」と言いながら、依頼票を取り出すと、少女は目を輝かせて
「センネンブナを取りに行ってくれるんですか?ちょっと、待ってください」と店の奥に引っ込んだ。
直ぐに、奥から大人の女性が出て来て
「センネンブナを取りに行ってくれるのかい?」と聞いて来た。
「ギルドに依頼があったから、条件が合えば引き受けたいと思ってな」
「それは、助かるよ。なんてったって薪だからね、運ぶのは力仕事だ。だから、ギルドに依頼票を出しておいたんだけど、あんたみたいに体が大きくて力が強そうな人だと、安心して頼めるからね。私は店主のパトリシアだ。よろしくね」
「冒険者のダブリンだ。こちらこそ、よろしく。それで、どこまで行って、どれくらい運ぶんだ?」
「ナンガブール山の上に樵の村があってね」
「ナンガブール山?」
「あんた、この辺の者じゃないんだね。ナンガブール山は、北に見えている高い山だよ。そこまで行くんだけど、かなり登るから、馬車は途中までしか行けないし、ロバも連れていけないような山道を、薪を背負って降りて来なくちゃいけない。馬車まで、何往復もするから、柔な男には頼めないんだ」
「重労働ってわけか。依頼票には、そんなことは書いてなかったぞ」
「当り前のことだからね。わざわざ書くことじゃないよ」
「そうなのか?」
「この国でセンネンブナが生えてるのは、ナンガブール山の頂上辺りだけだってのは、この街に住んでいる者は誰でも知っていることだからね」
「それで、依頼料は?」
「運んだ薪の量によるね」
「目安は?」
「そうだね、ちょっと奥へ入って」と言いながら、女店主は奥に続くドアを開けて、俺を奥の作業場に招き入れた。
作業場に積んである薪の束を差して、
「これと同じ束をこの店まで運んで、銀貨20枚でどうだい?あんたなら、山から降りるときに、1度に5束背負えるだろう。山を5回上り下りしたら25束、2日で50束、金貨10枚の報酬でどうだい。泊りは馬車だが、食べる物はこちらで持つ。いい稼ぎになるんじゃないかい」
「金貨10枚か。行くのは、俺1人か?」
「いや、私が一緒に行くよ。馬車を操らないといけないし、樵と交渉もしないといけないからね」
「2人だけか?」
「そうだよ。何か不満があるのかい?」
「いや、せっかく行くのに、もっと人数がいたらたくさん運べると思ってな」
「私も運ぶから、結構な量になるよ。馬車にも、それ以上積めないしね」
「そうか、そっちがいいなら、俺もいいぞ」

工房の女店主との交渉がまとまり、「明日の夜明けに出発するから、店の前に来てくれ」と言われて宿に戻った。

宿で、クレラインとオーリアに依頼のことを話すと、
「その店主は幾つ位?」
「30前だと思う」
「美人?」
「ああ」
「年増の魅力ね。危険な香りがする」
「だけど、お前たちは、仕事をせずにゆっくりしたいと言っていたじゃないか」
「それはそうだけど・・・」
「よし、今夜は寝かさないからね」

次の日、夜明け前に俺は宿を出た。一睡もしていないぞ。おかげで悪夢を見ずに済んだけどな。

「道中は長いから、話し相手になってもらうよ」
有無を言わさず、御者の横の席に座らされた。
馬は、あのバカでかい、角の無いヘラジカモドキだ。
「冒険者になって長いのかい?」
世間話のつもりだろうが、俺には簡単に答えられない質問から入って来た。
「まあ、そこそこだな」と、誤魔化しておく。
「ところで、あんた御者は出来るかい?」
「いや、やったことはない」
「それなら、ちょうどいい。私が教えてやるよ」
「ああ、それは有難いが」
「あんたが御者が出来れば、あたしが休めるしね」
パトリシアは、一旦馬車を止めると
「席を変わろう。あんたは、こっちに座りな」と、そのまま立ち上がって、俺の座っている席に移ってくる。形の良いお尻が俺のすぐ目の前に迫って来る。仕方なく、俺も立ち上がり、体を交差させながら御者席に移動する。
「さあ、この手綱を持って。これは右手に、これは左手に持つんだよ」と言いながら、前かがみになって俺に手綱を渡してくる。そのまま、右手で俺の右手を、左手で俺の左手を、それぞれ上から掴んで、
「暫くは、一緒にやってやるよ。腕の力を抜いて、私が動かすのに任せなよ」
そう言いながら、俺の右腕を、軽く上下に振る様に動かす。店主の背中が俺に密着し、さらに、俺の右腕は、店主の右腕と大きな胸にサンドイッチされた状態になっている。もろに胸が当たっている。
『いいのか、これ?』
俺の思いを知ってか知らずか、パトリシアは俺の両手を操って馬車を操縦している。あまりの事態に我を忘れていると。
「ちょっと聞いてる?」とパトリシアが振り返る。その位置で振り返られると、顔が近過ぎるんだが。馬車が揺れる度に、女店主の顔が俺の唇に触れそうになる。
「せっかく教えてあげているんだから、ボーとしていないで、ちゃんとして」
叱責されるが、俺は目の前に美女の顔が迫ってきているので焦っている。
パトリシアは、また、前を向いて俺の両手を、それぞれの手で操って、暫く馬車を走らせた。ようやく、
「これで分かったろう?」
と言って、パトリシアは、俺の手を離して隣の席に戻った。
『いや、体が密着したことに気を取られて、何も頭に入らなかったんだが』とも言えず、頷いておく。

昼飯に、パトリシアが用意してくれたパンとスープを食べていると、
「あんた、女はいるのかい」とストレートに聞いてきた。
ここで否定したら、クレラインとオーリアに殺されかねない。
「ああ、2人と半いる」
「何それ?」
「2人は大人だが、もう1人は子どもなので、大きくなるまで待っている」
「ふ~ん、子どもの頃から手なずけているってわけかい」
「そういう訳でもないんだが」
「お盛んだね~。うらやましいよ」
「そういう店主は、旦那はいるのか?」
「いないよ。もしよければ、あんたがなるかい?」と爆弾を投げ込んで来る。
「もてるだろう。美人だし」
「嬉しいことを言ってくれるね~。だけど、普通の男じゃ物足りなくてね。あんたは体が大きいし、夜も強そうだ。どうだい、今夜は私と寝ないかい?」
あっけらかんと、凄いこと言ってくる。だけど、ここまで言われたら断れない。
「いいのか?それなら、今夜、あんたの所に行くぞ」
「待ってるよ」

その夜、馬車の中でパトリシアがくるまっている毛皮の中に滑り込む、
「パティと呼んでおくれ」と、柔らかい腕が俺の背中に回される。
後は、言葉は要らなかった。
眷属や奴隷でもなく、娼婦でもない、普通の男と女として、初めて女を抱いた。そいう意味で、パティは、俺にとって特別な存在になった。蛇足だが、この夜、陶芸1のスキルを得ていた。
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