ダブリン。進化者は無双する。8歳だけど身体は大人。

肩ぐるま

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パトリシア 2

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野営の最中に見張りも立てずにするというのは、普通なら無謀極まりない。
だから俺は、その間はサイレントの魔法を使っている。サイレントを使うと、お互いの声が聞こえなくなるが、魔物対策としては、とびきり優秀なのでクレラインやオーリアとのときも使っている。
魔物対策として、なぜサイレントが効果があるかということだが、俺の想像に過ぎないが、自然界の中では無音という状態はありえ得ない。その無音という状態を、警戒するのだろうと思う。魔物の5感は、当然、人間より数倍敏感だ。だから、無音の空間に遭遇すれば、まずは、そこから離脱を試みる。それは、魔物の生存本能なのではないかと思う。それが、サイレントの魔法を使うと、魔物に襲われない理由なのだと思う。
さて、次の日も馬車を駆って、夕方にナンガブール山の中腹にある村に着く。
この村で馬車を預け、明朝からは徒歩で山に登ることになる。

翌朝、パンとスープを食べた後、山に登る準備をしながら、
「珍しく魔物に襲われなかった」と聞くと、
「ここまでの道は、街や村の自警団が定期的に見回っているからね。元々、魔物が少ない地域だしね」とパティ。
あのときから俺の中での呼び方は、女店主じゃなく、パティになっている。
「魔物が少ない地域というのがあるんだな」
「少ないといっても、出ないわけじゃないから、気を緩めちゃいけないよ」
馬車から、背負子を出し、2人して背負う。
山道はここから急こう配で、30度以上ありそうな坂を、ジグザグに登っていく。
あまりの急こう配なので、岩に手を掛けて体を支えないと、滑り落ちそうだ。
「いつもこんな坂を上るのか?」
「ああ、いつもだよ。どうしてだい?」
「いや、重労働だと思ってな」
「ああ、柔い奴には登れないね」と言いながらも、パティは軽々と登っていく。
その後を追いかけて、俺も登る。
気配察知で周囲を警戒しながら、足元が石だらけで滑りやすい坂を登っていく。

1日に5往復すると言っているから、樵の村までは40分くらいなのだろう。
途中にある、垂直に近い所を、岩の肌を掴んで登っていく。
漸く、樵の村に着き、パティが村の男と交渉を始める。直ぐに話し合いが終わったようで背負子に薪を積み始め、俺は6束、パティが5束積んで、山を下りにかかる。
夕方までに5往復し、薪を馬車に積み込み、暗くなりかけた頃に馬車の中で眠った。
もちろん、パティがゆっくり眠らしてくれないが、山の夜の寒さの中で、お互いの肌の温かさが心地よかった。
次の日も5往復し、薪を積んだ馬車の中は、大人1人が寝ころべる隙間を残すだけになった。
「どこに寝るんだ?」
「もちろん、この隙間よ」と平然として言う。
これじゃ、抱き合って密着しないと2人は寝られない。『一緒に寝るしかないように、最初から計算していたな』と俺は思った。

街への帰りも何事もなく、無事にパトリシア工房まで帰って来た。
ところが、俺達が馬車から荷物を降ろしているところに、邪魔が入った。
「このセンネンブナはどこから盗ってきた」いきなり大声を出した男がいた。
「盗ってきただって?これはちゃんと買ってきた物だ。誰だい、人を泥棒呼ばわりする奴は?」とパティが血相を変えて、声のした方を睨む。
大声を上げたのは、工房の入口の所にいた数人の男達の1人のようだ。
俺は、何かあったときのために、すかさずパティの横に並ぶ。
「おい、パトリシア、何が買ってきただ。センネンブナの割り当てはもう終わっただろう。どこから持ってきたとしても、そのセンネンブナは陶芸組合のものだ」
勝手なことを言うので、男にサイレントの魔法をかけてやる。練習した成果で、サイレントを狙った対象に掛けられるようになっているのだ。
男は続けて何か言ったが、口をパクパクさせただけで、声が出ていないことに気付いて、慌て始めた。振り返って、仲間に何か言っているが、声が出ていないので、仲間達も戸惑っている。
そいつは、パティを振り返って、また、何か言ったが、やはり口をパクパクしているのが見えるだけだ。
「何だい、口をパクパクして、声が出ていないよ。これは、何の真似だい」とパティが体の前で腕を組んで、その男をあざ笑った。
そいつは、顔を真っ赤にして、また口をパクパクさせた後、身を翻して、逃げるようにして去って行った。仲間らしき男達も、その後を追って行った。
「あいつは誰だ?」
パティに聞くと、
「ダブがやってくれたのかい。ありがとう。あいつは陶芸組合の理事で、前から言い寄ってきている、嫌な奴さ」
「センネンブナの割り当てがどうのと言ってたな。よかったら相談に乗るぞ」
「ありがとう。それより、薪を先に運び込もう」
そう言って、店の扉を開ける。

俺が薪を馬車から降ろして、店の入口に積んでいく。それをパティが店の奥へ運び込んで、110束の薪を店に運び入れた。

「お茶でも入れよう」
パティが入れてくれたお茶を2人で飲んでいると、店の入口から人の声が聞こえたと思ったら、10人以上の男たちが店内に押し入って来た。
パティが立ち上がったので、俺も釣られて立ち上がった。 
「パトリシア」と先頭の男が叫んだ。先ほどサイレントを掛けた男だ。
「何だい、人の店に勝手に入って来て」
「センネンブナを勝手に仕入れるのは協定違反だぞ」
「そんな協定、結んだ覚えはないね」
「協定は、陶芸組合の構成員全員が対象だ」
パティは胸の前で両腕を組んで
「私は陶芸組合に入っていないからね。そんな寝言に付き合う必要はないんだよ」
「組合に入らず勝手に営業できると思っているのか?」
「何を言ってるんだい。私は、注文されたものを造っているだけだ。売っていないのに、組合から文句を言われる筋合いはないよ」
「そんな屁理屈を言うなら、お前に注文した店の営業を差し止めてやる。それが嫌なら、今日、仕入れて来たセンネンブナは没収する。おいお前達・・」
男がそこまで言い掛けたとき、俺は腰の剣を抜いて、そいつの鼻先に突き付けた。
「さっきは、店の外だったから何もしなかったが、ここはパティの店の中だ。お前らは、店に押し入って来た泥棒と同じだ。ここで斬り捨てても、どこからも文句は出ないぞ」と脅すと、そいつは、一旦、言い掛けた言葉を飲み込んだが、直ぐに気を取り直して、
「貴様、こんなことをしてただで済むと思うのか?」と逆に凄んでくるから、剣の先を鼻に押し込んでから、剣先で小鼻を斬り裂いた。いつか映画で見たシーンの真似だ。
「あうううぅ」
男は鼻を押さえて蹲った。押さえた手の指の間から血が零れだす。
暫くして、鼻を斬られたショックから立ち直ったのか、男は鼻を押さえたまま、怯えたように俺を見上げた。
そのときパティが「ダブ、もういいよ。そいつらは放っておいても」と言うので、俺が剣を鞘に戻すと、そいつは、俺とパティを遠回りするようにして店の入口に向かい、そして、逃げ出した。
リーダーが逃げたので、店の中で立ち尽くしていたそいつの手下も全て逃げ出した。

陶芸組合の連中が何度も来て物騒なので、今晩はパティの所に泊まることにした。
クレラインとオーリアに、街に帰って来たことを連絡をしておかないといけないので、店の手伝いの少女に頼んで手紙を届けておいた。
薪の片づけを手伝っていると夕飯の時間になったので、外で食べようということになり、店を閉めて、外出した。
パティが勧める店で夕飯を食べていると、外が騒がしくなった。
「親父さん、どうしたの」
「火事だそうだ」
「パティ、呑気に飯を食ってる場合じゃないよ。あんたの家の辺りらしいよ」
飯屋のおかみさんが血相を変えて告げてくる。
俺達は飯の途中で店を飛び出し、パティの店に駆け付けた。しかし、その時は遅く、火が建物全体に回っていた。パティが店に飛び込もうとするのを俺が止めた。
「仕入れたばかりのセンネンが」
センネンブナは、燃やすと火力が強いので、陶器を焼くのに使われる。運の悪いことに、パティの店には、仕入れたばかりのセンネンブナの薪が110束、残っていた薪が10束ほどあった。それが燃えたので、火の勢いが手の付けられないほど強いものになっていた。
「誰か水魔法を」とパティが周囲に懇願する。
俺も水魔法を使ってみたが、熟練度の低い俺の水魔法では、水が現れた途端に消滅する。土魔法で砂を出して撒いてみたが、何の効果もなかった。
パティは地面に膝をついて呆然としていた。
街の衛兵がやって来て、家の持ち主のパティに事情を聞き始めたが、火が出た時は、食堂で夕飯を食べていたのを食堂の経営者夫婦が口を揃えて証言したので、付け火だろうということで、パティは放免された。
しかし、パティはこの火事で全財産を失ってしまった。
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