幽閉された美しきナズナ

不来方しい

文字の大きさ
6 / 17
第一章 幽閉

06 ヒーローはどちらなのか

しおりを挟む
 顔を真っ赤にしているヒーローはこちらに近づき、司馬さんと僕を見つめる。
「手を離して下さい。そういうのは、よくないです」
「そういうの? 君と俺は初対面だよね? 俺たちの関係は、君に関係があるの?」
「それは…………」
 しどろもどろになる諏訪さんは、すみません、と小さく謝った。
「ホテルに入っていくところを見て……心配になってしまって……」
「ああ……それで。正義のヒーロー気取りだったわけか。楽しく食事をしていただけだよ? ね?」
 優しく僕に語りかけるが、目の奥が笑っていなかった。
「食事を楽しんでいただけです。今、帰るところでしたから」
 司馬さんは眉をひそめる。正直、助かった。逃げられる口実ができた。
「お気遣いありがとうございます。それじゃあ、司馬さん、ありがとうございました」
「うん。また店に行くよ」
「お待ちしています」
 司馬さんを見えなくなるまで見送り、問題の彼に向かい合う。
 大型犬は怒られると、小さくなる動画を観たことがある。まさに一致。
「……もしかして、一時間もここにいたんですか?」
「すみません……なずな君が、悲しそうに見えたので……。いても立ってもいられませんでした」
 夏に近づいている今は、夜でも暑い。シャツは肌に張りつき、色が濃くなっていた。白い肌も、ほんのりと赤く汗ばんでいる。
「帰りは少し遅くなっても大丈夫ですか?」
「え? ええ……」
「どこか開いている店に寄りましょう。奢ります」
「そんなっ……なずな君に奢らせるなんて……」
「小銭くらいは持ってます。ほら、行きましょう。僕はデザートが食べたいですし」
「は、はい…………」
 いつものファミレスは開いていない。となると、チェーン店のハンバーガーショップくらいしかなかった。
 僕はチョコパイとシェイク、彼はコーヒーと限定のアイスクリームを頼んだ。
「……………………」
「無言ですね。早くしないとアイスが溶けますよ」
「いろいろと……言いたいことがあります。それを口にしていいものか悩んでいます」
「口にするのは先にアイスにして下さい」
「うう…………はい」
 揚げたてのチョコパイは、中がとろりとしていて苦甘なチョコレートがパイ生地とよく合う。
 ふたりで腹ごしらえをして、ようやく落ち着いた頃、諏訪さんは覚悟を決めたようだ。
「さっきは余計なことをしてしまって、すみません」
「余計なこと? 僕は助かりました。あのままホテルに誘われたらどうしようかと」
「さっ……誘われたんですか?」
「誘われるところでした。あまり好きな雰囲気ではなかったです。でも、グラタンは美味しかったです」
「ぐつぐつしていましたか?」
「はい、ぐつぐつしていました」
 諏訪さんは可愛い人だと思う。言いたいことがあっても口にしない。出せない。勇気がない。どれかでも、ゆったりとした話し方や優しい物言いは落ち着くし気分が安らぐ。
「諏訪さん、さっきはありがとうございました。あなたはヒーローです。気取ってなんかいません。少なくとも、僕にとっては日曜日の朝に出てくるヒーローたちよりも立派で、恩人です」
「……人の役に立つことがなんなのか分からないんです」
 諏訪さんは紙コップのコーヒーを覗き込む。もしかしたら、ココアが良かったと思っているのかもしれない。
「だから、君の役に立てて嬉しいです」
 ほんのりと頬が染まっているのは、暑いからか照れているのか。
 諏訪さんがそわそわすると、僕も落ち着かなくなる。チョコパイはもう食べてしまった。まだ残っているシェイクで、なんとか話題を避けられた。
 そわそわ感が落ち着いてきた頃、コーヒーの横に置かれた端末に視線がいく。年季の入ったスマートフォンは、ものを大切にする彼を象徴している。
「ところで、なずな君は猫はお好きですか?」
「はい、好きです」
「お礼がしたいのですが、一緒に猫カフェに行きません?」
「今から? 開いている場所はあるんですか?」
「このくらいの時間ならわりとどこでも開いてますよ」
「では……一緒に」
「なずな君って、すごく丁寧な言葉遣いですけど、いつもそうなんですか?」
 店での僕と比べているのだろう。諏訪さんは不思議そうに首を傾げている。
「元々っていう部分もありますけど、今の家は連れ子なんです。だからなんとなく丁寧に話さないといけない気がして、癖になりました」
「……連れ子」
「はい、連れ子です。藤裔家とは血が一切繋がってないんですよ」
 いきなりこういう話をされても困らせるだけだ。けれど止められない。吐け、吐けと、また悪魔が囁いている。
「人の役に立つって難しいですよね。僕は、藤裔家に入ったことは役に立っていると思っています。そう……思い込んでます」
「どうして?」
 あまりに優しい聞き方で、歯の奥に力を入れなければ、余計なものが溢れそうだった。
「少なくとも、愛した人と幸せになれた母は幸せです」
「なずな君は?」
「……僕に幸せかどうか聞いた方は、諏訪さんが初めてです」
「……名字も呼ばれるとどきっとします」
「京助さん」
「うわ……ピストルで心臓を撃ち抜かれた気分。小さな幸せなら、今からなずな君へプレゼントできます。さあ、行きましょうか」
 猫、猫と三十路の男は可愛らしい。この人は可愛いしか出てこない。本当は自分が行きたいだけじゃないのか、とは呑み込んだ。僕も楽しみだったりする。
 閉店間近の猫カフェは、大運動会が開催されていた。寝ている猫も可愛いが、どたばたしている猫も、ドストライク。好き。チーズとどちらが好きかと聞かれたら、悩ましいところ。
「この子は、なずな君に似ています」
「寝てる子じゃないですか」
「講義中のなずな君です」
「……起きるように努力します」
 眠いときはなるべく端に座っていたはずなのに、しっかりチェックされている。
 人をダメにする座布団の上で、丸くなって寝ている猫がいる。なずな君、と勝手に名前をつけて呼んでいるが、本当はなんて言うのだろう。
「この子はヒマワリちゃんですよ。ヒマワリの下で眠っていたんです」
 店員がついでに保護猫だと明かす。まだ身体は小さく、新入りだ。
「猫飼いたいなあ」
「飼う予定はないんですか?」
「花にも悪戯するだろうし、多分ダメって言われます」
「なずな君は、花を活けたりできます?」
「少しだけですが、教えてもらいました」
「すごいすごい。華道にもいろんな種類があるんですよね」
「藤裔家は、咲き誇った花だけじゃなく、枯れ葉や虫食いの葉も使って活けるんです。びっくりですよね。初めて観たとき、これが日本の美かって思いました」
「なんだかすごい世界ですね。継ごうって思わないんですか?」
「才能がないので、ここにいます」
 諏訪さんは吹き出し、なんとか抑えようと袖で口を塞ぐ。
 こんなに笑う諏訪さんは、初めて見た。まだ笑っている。振動で寝ているヒマワリが起きた。諏訪さんを見ては大きな欠伸をし、再び寝る姿勢に入る。
「僕が活けた花は、何かに似てるなって思ってネットをいろいろ見て回ったんです。チュパカブラにそっくりでした」
「チュパカブラ?」
「ツチノコみたいな未確認生物です」
 諏訪さんはさっそく端末で調べ始めた。
 だいたいこれを検索した後は、うえ、という顔をするが、埴輪好きの諏訪さんは、ぶふっと笑いを堪えている。
「なずな君の才能を見抜けないのは、いささか問題があるように思います。僕はこれも天性のものだと感じますよ」
「ふふ……ありがとうございます。花でチュパカブラを再現できるのは世界中で僕だけです」
 笑いのツボが面白い人だと思ったが、僕と少し似ていると気づいた。
 ヒマワリは完全に目が覚め、諏訪さんのネクタイで遊んでいる。
 諏訪さんはネクタイを解き、おもちゃにして遊びだした。おもちゃは貸してもらえるのに、私物を使うのに戸惑いがない。
「猫の毛がついたネクタイ……ふふ」
 よく分からない独り言を呟いているが、楽しそうでなにより。諏訪さんが笑うと、僕も楽しい。
 世界でも活躍する藤裔家の話になると、腫れ物と同じ扱いになるが、継ぐかどうか聞かれたのは初めてだった。連れ子だとなおさらだ。
 彼は彼で家の事情が深い。前に勘当されたと言っていた。聞けば教えてくれそうだが、これも腫れ物扱いに当たる。
 どうしようか迷い、質問してみることにした。
「諏訪さんは勘当されたと前に話していましたよね?」
「よく覚えていてくれましたね」
 楽しい話でもないだろうに、諏訪さんは嬉しそうに笑う。
「家を出るって、どんな感じですか?」
「自由と制限がつきまといます」
「真逆なものがつきまとう……?」
「ええ。時間の自由はあります。その代わり、なんでも自分ひとりでしなければなりません。思っている以上に自由な時間はないです」
「ご飯作ったり、洗濯したり?」
「その通り。ひとり寂しくご飯を食べています」
 とか言いつつも、自由を満喫しているという。
 運動会中の猫たちは、何匹かネクタイに興味津々な様子で集まってきた。
「一人暮らしは興味がありますか? もしかしたら、君も僕と同じく自由を求めるタイプかもしれませんね」
「実家にいたときと、どちらが自由ですか?」
「間違いなく、今です」
 困っているわけではなさそうなのに、諏訪さんは笑うと眉毛がハの字になる。それが可愛く感じて、つんと眉毛を人差し指で触れてみた。
 猫も僕の腕につんと乗せる。面白くて可愛くて、ふたりで笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

処理中です...