薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第二章 新生活

023 それぞれの気持ちは違っていても

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「正直な気持ちを言うと、同性愛って受け入れられないんだ。でもそれって俺自身はってこと。友達がどんな恋愛してようが、それはそれだから」
「勘違いする人がいるんだけど、同性愛だろうがなんだろうが僕にも好みがある。世の中の男性全員に恋愛感情を向けたりはしないよ」
「それは……そうだよな」
 信じようという心は伝わってくる。それでも自分の人生になかった世界がねじ込み、佐藤はかなり動揺しているのが見えた。
 自分にない異物が入り込んでくるのは怖い。誰だってそうだ。
「無理やり受け入れようとしなくて大丈夫だよ」
「や、別に嫌がってるわけじゃねーよ」
「混乱してるでしょ」
「それは、まあ……してる」
 お互いに顔を合わせ、笑った。これでよかった。
 友情とそれぞれの性的嗜好は別物だ。確認できただけで、今日ここへ来た意味がある。



「それでご飯が進まないの?」
 今日の夕飯作りは薫が担当だ。カフェで大きなパフェを食べたことや、友人と深い話をしたと話すと、薫は肩を震わせて笑っている。
 夕飯はおにぎり、具だくさんの豚汁、卵焼きとふたりが好きな食事だ。
「ちゃんと言えばよかったです」
「友達と仲良くするのは良いことだよ。喧嘩別れしないでよかったね」
 蓮のおにぎりは子供サイズの小さなものだ。可愛いボールが二つ転がっている。
「来週の日曜日なんだけど、ちょっと用事があるんだ」
「気をつけていってらっしゃい。何時頃帰ってきますか?」
「墓参りだから、午前中で終わるよ」
「墓参り?」
「ヒロとアイカの。亡くなった日は別なんだけど、今年はまだ行ってなかったからね」
「僕も行っていいですか?」
「蓮君も?」
 薫は驚き、固まっている。
「前から行きたいと思ってたんです。ご迷惑でしょうか」
「そんなことはないよ。愛する人ができたって報告できる」
「あ、愛する人……。薫さん、僕にめろめろ?」
「メロメロだし、デレデレ。ぐちょぐちょ」
「ぐちょぐちょしない?とか誘うの?」
「……なんかやらしさもないな。でもセックスしようだと直球すぎる。かと言って『月が綺麗ですね』は美しすぎる」
「僕、性行為ってもっと神秘的で綺麗なものだと思ってました」
「セックスより性行為の言い方がなんかやらしい」
「獣の行為みたい」
「俺たちの行為だって……いてっ」
 さらに続けそうなので、足を蹴ってやった。

 後日、蓮は薫に連れられて墓所へ向かった。
 行きたいと言ったのは本心であり、薫自身が重苦しい過去を話し、どす黒い心をどうにか吐き出したかった。
「蓮君、大丈夫? 体調悪い?」
「悪くないですよ」
「今朝もあまり食べてなかったし」
「ちょっとだけ緊張してます」
「実は俺も。蓮君がいてくれて心強いよ」
「薫さんは……いえ、いいです」
 質問したくてもできなかった。口にしてしまえば、関係が壊れる気がした。
──本当に、未練はないんですか?
 車から降りると、残暑特有の風が身体を包む。シャツをすり抜けて張りつく湿気は心を揺らした。
「ヒロ、アイカ、会いにきたよ。遅くなってごめん」
 薫は持っていた花を供えた。買ってきた菓子も彼らの前に置く。好みは熟知しているようで、見るからに甘そうな菓子ばかりだ。ねっとりとしたヌガー入りの菓子は、蓮も薫も普段は食べない。
「人を連れてくるなんて珍しいでしょ? 初めて紹介するけど、俺の恋人なんだ」
 薫はあっけらかんと笑っている。
「とっくに未練は断ち切れているけど、俺……ヒロのこと好きだったんだよ。でもアイカと幸せになってほしいとも願ってた。矛盾していて、俺自身もなぜこう思えたのか判ってないけどね。マカは元気でいるよ。大きくなった。また連れてくるからね」
 蓮は手を合わせ、必ず薫を幸せにすると誓った。恋敵でもあり、薫が大切に思っていた人。だからこそ、天国にいてほしいと願う。
 薫が立ち上がり、蓮も立とうとするが足が引っかかってしまう。とっさに薫が支えた。
「さっき、車の中で何を言おうとしたの?」
「覚えてたんですか?」
「気になって墓参り?どころじゃないよ」
「あー、もう解決しました?」
「解決?」
 薫の笑顔が怖い。こういうときの薫は性行為並みにしつこい。
「未練はもうないのかって嫉妬してました。僕、本当に嫉妬深いんです。判っていても止められなくて。友達にもちゃんと話すべきだって言われて、ずっと抱えてもやもやしてました。ミカちゃんにまで嫉妬でめらってましたから」
「そうなの?」
「あっでもミカちゃんも好きですよ。あんなに子供から懐かれたのは初めてですし」
 言い訳がましく聞こえたかもしれないが、実際可愛く思うのは本当だ。
「嫉妬心は誰だって芽生えるよ」
「そうですか?」
「閉じ込めてどこにも行かせたくないくらい。俺の部屋で一生手錠をかけたいくらい」
「冗談ですよね?」
「ふふ……それくらい嫉妬深いよ、俺」
 本気か冗談か判断がつかなくて困惑していると、手首に圧がかかった。
「さ、暑いしそろそろ行こうか。にしても今年は秋が来るの? 暑すぎる」
「夏の勢力が半端ないですよね。秋を追いやった代償は冬に来るかも……」
「なんだかんだ蝉も去年より鳴いてなかった気がする。夏のフルーツは美味しかったけど、秋はどうだろうね」
「ブドウと栗ご飯!」
「栗ご飯なんて久しく食べてないな。作れる?」
「おばあちゃんに電話して、レシピ聞いてみます」
 駐車場に車が止まった。車の中から女性が出てきた。
「ヒロのお母さんだよ」
 薫は蓮の耳元で囁く。
「いつも墓参りありがとう」
「毎年のことでもありますから」
「あなたが蓮君ね?」
「はい。宮野蓮です」
 女性は封筒を手にしている。それを薫に渡した。
「渡そうとも見せようとも思わなかったわ。絶対にあなたに見せては駄目だと思ってた。……少なくとも、墓参りをしてくれる間は。でももう吹っ切れたみたいね」
 女性の表情は柔らかいが、泣きそうにも見えた。
「これはなんですか?」
「うちの子が書いた日記のコピーよ」
「ヒロが?」
「全部じゃないけど、あなたのことを書いている部分があるのよ。家に帰ってから見てね」

 車の中ではお互いに無言だったが、考えていることは共通していた。
 蓮にとって、茶封筒はパンドラの箱でしかなかった。ふたりの生活が変わってしまう気がして、開けてほしくなんてなかった。
「どんな内容であっても、俺の気持ちは変わらないから」
 車から降りる直前、薫はいつもと変わらない様子だった。
「はい……大丈夫です」
 嫉妬深くても、すんなり出た気持ちだった。
 信じていないわけではないのだ。蓮自身の性格の問題であって、薫の行動に何か不安材料かあるわけではない。
 手を繋ぎながらマンションへ帰り、すぐにクーラーを入れた。
 イチジクを氷水で冷やしておいたが、氷はほぼ溶けてしまっている。水に手を入れると、一瞬で手の熱が奪われていく。
 蓮はイチジクを切り、ヨーグルトと蜂蜜をかけて出した。
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