冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

文字の大きさ
33 / 34
第一章 初恋と事件

033 大切な命

しおりを挟む
 三種の毛にぼんやりした目つき。三毛猫はルカを見つけて、走ってきては、抱っこしろとせがんだ。
「この子は……っ……とっても可愛いですね」
「ああ、その子ね。残念だけど売り物じゃないのよ」
 女性はやや早口で言いきり、ルカの腕の中にいる猫を奪おうとした。
 三毛猫は今まで聞いたことのない威嚇の声を出し、女性の手から逃れようとする。
「あはは……懐かれちゃったみたいですね」
「そうみたいね。あら、電話だわ。ちょっと待ってね」
 女性は子機を持って部屋を出ていった。
 猫は間違いなくオリバーだ。生きていた。無事だった安心感は、ひとすじの涙となって頬を濡らす。
 落ち着け落ち着け、と言い聞かせ、携帯端末でオリバーの写真を撮る。愛する恋人へ送り、GPSをオンにした。
 オリバーが生きていたのは喜ばしいが、地獄の世界へ案内された。ここにまともな人間はいない。
 背後に気配を感じ振り返ると、無表情の女性が立っていた。
「その子をずいぶん気に入ったみたいね」
 電話を終えた女性が戻ってきて、冷たい目を向けてきた。
「や、ええと……この子が寄ってくるんです」
「あなた、どこかで見たことがあるわ」
「そうですか?」
 弁護士としてこの付近を何度か足を運んでいる。見慣れない人間がいれば、どうしたって記憶に残ってしまう。
 突然にオリバーがルカの手から飛び降り、廊下を走ってしまった。
「待って!」
 ルカも慌てて追いかける。後ろから女性が追いかけてくるが、あわよくば猫だけでも窓からこっそり逃がせないかと考えていた。
「そこは入るな!」
 女性の叫び声などお構いなしに、オリバーはドアを勝手に開けて隙間から入った。
 漏れる空気に混じり、血生臭さが鼻についた。ここは何かある、と直感と臭いが危険を訴えてくる。それでも、入らずにはいられなかった。
「これ、は…………」
 下から十センチほどの壁に広がる血痕に、そこからひび割れた跡。床は毛や糞尿が散乱していた。
 想像し難いことであっても、現実は物語っているのだから、これは実際に行われた。
「お、えっ…………」
 嘔吐しそうになるのを必死でこらえ、ルカは窓を開けた。
 外の空気の美味しさに感動できる日がくるとは思わなかった。
「オリバー、おいで」
 かしこいオリバーはルカの言いたいことを察知し、窓から外へジャンプした。
 後ろにいた女性はいない。猫への虐待部屋を見られた以上、逃げるかルカ自身を殺すかのどちらかだ。
 ルカも窓から逃げる直前に、壁に埋まった銃弾を引っこ抜いた。
 外にはパトカーが数台並んでいて、警察官がぞろぞろと降りてくる。
「ルカ!」
 警察官の中にエドワードがいた。厳しい表情を変えず、ルカを一度抱きしめるとすぐに離した。
「説教は後だ。パトカーへすぐに乗りなさい」
「ええ……中には女性がいました。ここの部屋は血の臭いで充満してます。それとこれ……」
「銃弾?」
「壁にめり込んでいたんです。血痕も、そこから広がっていて……」
 エドワードは息を呑んだ。
「ルカ、ここからは警察の仕事だ。意味は判るね?」
「はい。一応、証拠隠滅のために建物自体を燃やす可能性があります。消防車も呼んで下さい。中にはたくさんの猫がいますが、猫を生き物と思っていない人間です」
「判った」
 短く返事をしたエドワードだが、ルカをもう見ていない。
 ルカをパトカーに押し込め、同僚と共に建物の裏口へ回っていった。
「今、消防車も呼びましたからね。安心して下さい」
「猫を避難させてほしいです」
「ええ、ええ、大丈夫ですよ」
 窓を飛び越えるとき、微かに臭った焦げ臭さは嘘であってほしいと願う。
 だが現実に起こってしまい、建物からは灰色の煙が立ち上がる。太陽が拒否しているのか、煙は風に煽られて横に流れ、警察官たちを隠した。
 ほどなくして消防車が止まった。最悪の事態が起こってしまい、こうなるとルカには祈るしかできない。
 見覚えのあるワゴン車が走ってきた。運転席には数日前に三毛猫の飼い主だと偽った男が乗っている。
「あの人! あの人です!」
 ルカはドアを開けて警察官に向かって叫んだ。



 聴取を終えて戻ってきた頃には太陽は沈んでいて、ルカは何もせずにベッドにダイビングした。
 起床すると綺麗にベッドへくるまっていて、エドワードが布団の中へ入れてくれたのだと察する。
 寝過ぎると体調は悪化したりもするが、すぐにベッドから起き上がれるほど調子が良かった。
 シャワーを浴びた頃に、コーヒーの良い香りが漂ってくる。
 キッチンでは、エドワードがスープを温めていた。
「おはよう、寝坊助さん」
「おはようございます。かなり目覚めが良くて、お腹空いちゃいました」
「まずは食べよう。話はその後にする」
 エドワードもシャワーを浴びたばかりで、同じボディソープの香りがした。
 食後の紅茶を飲みながら、エドワードは深夜日付が変わった頃に帰ったと明かした。
「あの建物から煙が上がったが、ぼや騒ぎ程度で済んだ。君が消防車を呼んでほしいと訴えたから助かったよ」
「猫たちは無事でしたか?」
「元気だし餌もしっかりと食べていた。残った猫たちは、ちゃんと育ててくれる人に渡すそうだ」
 これにはルカもほっとした。
「猫のブリーダーをしていた女と、旦那も逮捕した。ワゴン車に乗っていた男だ。君が大統領家族のエディを助けたときがあっただろう? あのときに放たれた銃弾と一致し、問いつめたところ白状したよ」
「どうしてエディを狙ったんですか?」
「大統領の息子だとは知らなかったらしい。服装から良いところのお坊ちゃんだと察して、ちょっと脅して一人になったら攫うつもりだったと言っていた」
「そうだったんですか……」
「君には耳を塞ぎたくなる話だが……猫には毛色などで同じ命であっても値段が変わる。売り手が見つからない猫は処分をしていたようだ」
「エディや僕を襲った拳銃は、虐待や殺しの道具としても使われていたんですね」
 壁に広がる血痕は、どう見ても撃った跡だ。何を、と聞かれてもその先は恐ろしくて口には出せないが、彼女たちはとんでもない過ちを犯してしまっていた。
「旦那は金になりそうなものをかき集めたり、動画サイトの編集も行っていた。猫も売れるんじゃないかと思って、家を特定して入ったらしい。殺人については否認しているが、時間の問題だろう」
「これから裁判やらいろいろ大変でしょうけど、とりあえずは解決したってことでいいんですよね」
「そうだな。君の働く法律事務所の前で起こった事件だ。怖かっただろう」
「はい……そうですね」
 嘘をつく理由もなく、素直に認めた。隠しても良いことはないし、吐き出せば気持ちも楽になる。それに嘘をつけばエドワードは苦しげな表情を浮かべてしまう。
「二度とこんなことをしないでくれ。君が死んだら、俺は生きていけない。ひとりで動かず、相談してほしい」
「ごめんなさい。僕も確信がなかったんです。でもこれからは、ちょっとでも怪しいと思ったら相談します」
 信頼と愛情の証を込めて、エドワードにキスをした。
「事件の耐えない日々ですね……ロスは」
「日本へ行かないか?」
 ルカは何度か瞬きをした。
「旅行しに」
「案内できるほど、僕はそんなに詳しくないですよ」
「でも日本語は話せるんだろう?」
「一応……まずまずですね」
 母親相手に話してはいるが、母以外の日本人と話す経験が乏しいので、曖昧に濁した。
「行きたいです。あなたとならどこまでも」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

ランドセルの王子様(仮)

万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。 ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。 親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。

処理中です...