二度目の初恋と軟禁された蜜月

不来方しい

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第三章 現実

029 それぞれの思いを抱えて

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 夕食の準備をしている間、セシルはバラエティー番組を見てゲラゲラ笑っている。リチャードは笑いもせず、黙ってテレビ画面を見つめている。
「やっぱり何かさせてほしい」
 一度断ったのに、リチャードは中に入ってきた。けれど何をしていいのか分からないようで、視線があちこちに動く。犯人を追いつめる目は一点集中なのに、こういうところが可愛くてたまらない。
「君に、謝らなければならないことがあるんだ」
「なんでしょうか」
「今日、仕事だと話したが嘘をついた。アガサの親友の彼女に会ってきたんだ。嘘を吐いたことは謝る。ただ、恋愛絡みは怖い。大きな事件に発展する可能性もあるからな」
 彼の仕事を考えると致し方ない。常に危険と隣り合わせだ。
「彼女は、そもそも俺が男性を好きになることを納得していないようだった。男性に魅力を感じたのは確かに君だけだ。それを分かってもらいに行ってきた」
「納得してくれましたか?」
「お互いの人生を歩もうと話したよ。俺と君の間に彼女の気持ちは必要ない。ただ、友人であるのは事実だ。彼女の気持ちも放り出したくない。ありがとうと伝えてきた」
「……はい」
「ドーナツを全部弟にあげたのには腹が立っているくらいには君を愛してるよ」
「あっごっめーん」
 抑揚のない声でセシルは謝罪を口にする。
「めちゃ美味かった」
「あれは俺のだった」
「余ってたしナオが出してくれたし」
「ごめんなさい。お茶請けがなくて……」
「また作ってもらったらいいじゃんか。ナオ、それ焦げるよ」
 焼いていた魚から良い香りがしてくる。ぎりぎりだ。これ以上だとよからぬ臭いがしてきただろう。
「だから心配いらないって言ったろ。リチャードはナオが大好きなんだって。もう何回悩めば気が済むんだよ」
「僕も、あなたに謝りたいです。本当は、過去の人に会ってほしくないんです。とちうより、あなたに気がある人全般です。ずっと隠してました。醜い感情だと思われても、リチャードは魅力的だから」
「醜いとは思わないよ。こういう悩みは遅かれ早かれいずれ出たと思う。それがたまたまアガサと重なっただけだ。言わなかったけど、アガサは付き合ってる人がいるらしい」
「じゃあ、親友の女性がいろんな方法で会うように仕向けたってことですか?」
「そういうことになるね。お互い今ある幸せを大事にしようと決着がついた。心配なら、引っ越そうか? ピザ屋の件も謝っていたよ」
 ばれてしまった。
「僕はどこでも仕事ができますから、あなたの仕事のしやすい場所がいいです」
「俺は少し町から外れたところがいいね。夜になると静かで、外でバーベキューができるところ。一軒家にしようか」
「俺もバーベキューやりたい!」
「分かった分かった。引っ越しして落ち着いたら遊びにこい」



 仕事に行ってくる、と伝えると、ナオは俯きながらはいと答えた。
 これは良くない。昨日の話を引きずっている。けれど嘘はつけなかった。つくべき嘘もあるだろうが、交友関係は虚言でごまかすべき問題じゃない。
 仕事柄は本当だが、午後からだ。午前から出かけるのは、アガサの親友のヘレンと会うためだ。
 ヘレンは昨日の今日であったが、昨日の話に納得していないようだった。一方的に俺に気持ちを代弁され、ヘレン自身は言われっぱなしで納得なんてするはずがない。
 カフェで待ち合わせすると、先にヘレンが来ていた。
「すまないね。昨日あまり話せなかったから」
「別に構わないわ」
 彼女は紅茶、俺はコーヒーを注文している間、何から話そうと外を眺める。
 子をあやす父親の姿が目に映る。何かの影響からか、あれが幸せの形だとナオは心を痛めることが多い。何かに縛られた影響は、簡単に解せはしない。少しずつ解いてはいきたいが、ナオ自身が変わらないと何も生まれない。
「アガサのどこを好きになったの?」
「積極性かな。彼女といると、俺は何でもできる気がしたよ」
「違うタイプを選んだのね」
「ナオは弱さを受け止めてくれるタイプなんだ。俺ができなくてもがっかりしたりはしない。純粋で優しい子だ」
「私があなたを見かけたとき、何を思ったと思う?」
「さあ、分からないな」
「アガサを利用してやろうって思った。何もかも持って生まれてきた彼女を利用して、あの頃に戻れるなら戻ろうと思った。私、アガサに嫉妬していたのよ」
「そうか」
「親友なんて型にいるだけで、実際は全然違う。私はいつもおこぼれをもらっていただけ。当時好きだった人も、結局アガサを好きになった。本当は悔しくて悔しくて仕方なかった。彼女がいじめにあったとき、今度は私が上になれるって思った」
「そんな付き合いでも、アガサは病院に来るなとは一度も言わなかった。違うか?」
「……………………」
 小さな肩が震え出す。
 嫉妬という感情は誰にも持っているが、ときに凶悪事件に繋がることもあるから厄介だ。一般的に男性が事件を起こしやすいイメージだが、そもそもベクトルが違う。かっとなって事件化するのは男性が多く、女性は怨みを溜め続けるタイプが多い傾向にある。
 昔の知り合いだからとかそんな理由で、彼女が起こさないとも限らない。誰しも起こす可能性を秘めている。早いうちに芽を刈り取っておくべきだ。
「アガサは、ヘレンが側にいてくれて幸せだと話していたよ。女同士でうまくいかないこともあったが、一緒にいて気にかけてくれることに変わりはないと」
「利用されていても……?」
「ああ。思うところはあるみたいだがな。成人になってからも付き合いがあるのはヘレンだけだそうだ。それと、これはアガサからだ。ヘレンはヘレンの幸せを考えてほしい。怨恨にまみれた人生は送ってほしくないとさ」
「…………うん」
「ヘレンの人生がより良いものになるよう、俺も祈るよ」
「一つだけ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「あなた……本当に弁護士?」
 女の勘は鋭いというか、いきなりの質問で言葉を詰まらせた。
「どうしてそう思う?」
「なんとなく、隠し事が多そうでうまそうだなあと。ただの勘よ」
「俺は、弁護士じゃない。詳しいことは言えない」
 譲歩できる範囲はここまでだ。それでも彼女は納得したようだった。
「数年越しの失恋か……まさか男性に奪われるとは思わなかったわ。可愛らしい子ね」
「ああ。俺にはもったいないくらいだ」
「結婚は考えてるの?」
「もちろん。本当は今すぐにでもしたいくらいに」
「ふうん。せいぜい幸せになって。あなたの後ろには悶え苦しんだ女性が大勢いるってことを忘れずに」
「ははは……」
 無言で伝票を渡された。これくらいお安いご用だ。彼女の気が晴れるのなら。
「いずれ、また会おう。そのときは他のメンバーも集めて、同窓会でもしたいね」
「そうね。恋人によろしく」
 何年後かには実現して、彼女も結婚して子供ができたとは、また別の話。



 もし俺がナオの立場なら、彼を好きだという人間が現れたのならベッドに無理やり連れていって俺しか見えないようにするだろう。俺は嫉妬深い。なんせ彼がテレビに出ている芸能人に釘付けになっているだけで、さり気なくチャンネルを変える男だ。器なんてドーナツの穴程度しかない。
 ぐっすり横で眠るナオにキスをし、部屋を出た。同僚からの電話が数件。嫌な予感しかしない。
『よお、お楽しみ中すまんな』
「分かっているなら電話を控えてくれ。何の用件だ」
 電話の主はアシュトンだ。FBIであり、よく共に現場を走り回る。
『一緒に飲みに行かねえ?』
 これはあれだ。単純に飲みに行こうと誘っているわけじゃない。隠語みたいなものだ。いわゆる、潜入捜査。
「いつだ?」
『来週の金曜日。OK?』
「ああ、そっちの奢りな」
 適当にありきたりな会話を交わし、電話を切った。
 部屋に戻ると、ナオはまだ眠っている。こういう仕事をしているため、平穏とはほど遠い道を歩んでいる。それでも、せめて家にいるときは安らぎを感じたいしナオもそう思ってほしい。
 さて、外ではパトカーの音が聞こえる。また事件だ。警察が対応するだろうが、状況によっては黙っていられない。
 事件は待ってくれないが、せめて家の中だけは休息と癒しを感じよう。
 ナオもそろそろ起きそうだ。外の音に怖がるだろうが、俺の役割は決まっている。大丈夫だと言いつつ優しく抱きしめる。これに限る。
 そして外の事件が平和に終わり、俺は二度目のお誘いをするとしよう。
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