11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

043 成功か失敗か

 美しさの欠片もない足音で一室へ踏み入れたのは、新しく隊長になった黄羅だった。
 背丈や顔は紫影に似た要素はあるが、顔色は悪い。
 病み上がりで副隊長まで上り詰めた執念は、恐ろしい。
「俺がお前の審判者だ」
「………………は? 蜜香さんは?」
 咲紅は固まり、心底驚愕して絶望的な色を滲ませた。
 演技であるが、絶望したのは本当だ。同じ空気を吸いたくないと、肺が悲鳴を上げている。
「お前、蜜香に一服持っただろ? ……その顔を見るに、本当みたいだな。紫影みたいなことをしやがって。どうせあいつの悪知恵だろ? 紫影の手癖は昔と同じで最悪なのは変わらないな」
「一人でよく喋る奴だな」
「息子を守るためならどんな手を使ってでもする。つくづく恐ろしい男だ。お前もあいつと同じ、犯罪者の仲間入りってわけだ」
「そもそも薬を盛ったなんて言ってない。アンタが俺の審判者になるって、本部の人から許可を得たのか?」
「当然、知ってる。教祖様もな。大いに喜ばれて、紫影より適任だとおっしゃったよ」
 クロよりのグレーなんてものではない。教祖は完全に紫影をクロ扱いだ。
 巫覡と疑いがあるから執拗に儀式を行うのか、巫覡にするために他者に委ねて犠牲を行うのか。どちらにせよ、本部は敵だとさらに印象づいた。
「一つだけ、取引してやるよ」
「取引?」
「もし今ここでお前が巫覡だと名乗れば、教団へは秘密にしてやる」
「巫覡じゃないし、俺にメリットがある話なのか?」
「あるだろ。教団の玩具にされるよりは、俺の性欲処理をしてもらう。紫影の息子だってのは気に入らないが、お前の顔はわりと好きなタイプなんだ。俺に呼び出されたら毎度部屋に来て、しゃぶるんだ。簡単だろ?」
 何を言っているのか、この男は。
 沸々と小さな気泡が立ち、怒りの沸点へ近づいていく。
「お前は教祖に好かれたいと思ってる」
 黄羅はぴくりと反応を見せる。
 黄羅の弱点になるのでは、と感じた。
「俺を巫覡にして発表した方が、都合がいいんじゃないのか。結局、何より優先してるのは、紫影に対する復讐だろ。父親の愛情なんて、求めてない」
「黙れ」
 怒りが沸いているのは、黄羅も同じだった。
 黄羅には聞こえない声が、頭へ鮮明に入ってくる。
 それはできないと、蛇たちは咲紅の願いを否定してくる。
 咲紅は願いを込めて、蛇たちに懇願した。
「よそ見している余裕があるのか」
 黄羅は不敵な笑みを浮かべて、咲紅の腕を掴んだ。
「やめろ! 離せ!」
「しゃぶれ。噛んだら殺して蛇の餌にしてやるからな」
 黄羅は咲紅の足を蹴り、押し倒した。
 馬乗りになると、全体重を鳩尾にかける。体格差があり、咲紅は身動きが取れない。もがけばもがくほど、体力が失われる。
 黄羅は浴衣の中に手を入れ、褌の隙間から性器を取り出した。まだ猛々しさはないものの、大きさを維持していた。
 唇に当てられた瞬間、嫌悪感が増し、咲紅は声に出さずに噛めと叫んだ。
「ぐっ……あ…………!」
 天井から蛇が落ちてきた。毒々しい色の蛇は真っ先に頭をもたげた性器へ牙を向ける。
 黄羅は声にならない呻き声を上げた。急所を噛まれ、蛇は離そうとしない。
 鳩尾が軽くなり、おもいっきり黄羅を突き飛ばした。
 黄羅は畳に頭をぶつけ、鈍い音を立てる。
 咲紅は這いつくばって廊下に出ようともがいた。
「うっ……いっ…………!」
 むき出しの二の腕に、もう一匹の蛇が口を開ける。本当にいいのだな、と脳に声が直接振動した。
──おもいっきり噛め!
 咲紅は目の前の蛇に命じる。蛇はやる気のなさそうな顔で、咲紅の二の腕にかぶりついた。
「ああっ……ぐっ……いたっ……!」
 本当は対して痛くない。いきなり前触れもなく急所を噛まれた黄羅とは違い、予め噛まれると判っていたからだ。
 少量の毒は、咲紅の身体を巡っていく。毛細血管を通り、冷たい液体が徐々に蝕む。
 目がかすみ、誰かが重厚な扉を開けてもはっきりとは見えなかった。
「さっちゃん!」
「千歳、離れなさい。毒蛇がいます」
 声で千歳と葵だと判った。大きな足音が段々と近づいてくるが、二人のものではない。
「これは一体なんだ」
「げん、いち……」
 大きな足音は玄一だった。彼の声は怒りに震えている。
「葵さん、医師を呼んで下さい」
 玄一はこちらへ駆け寄ってくると、浴衣の袖で肩の辺りを縛った。
「だい、じょうぶ……」
「ああ、おとなしくしてろ」
「あいつも噛まれてる……」
 玄一は唸る黄羅を尻目に見るが、すぐに視線を落とした。
 対処が的確で、まるでこうなることを予測していたかのようだ。
 黄羅には別の隊員が集まった。噛めと命を下した咲紅と、前触れもなく急所を噛まれた黄羅とでは、痛みがまるで違う。
「黄羅副隊長、動けば毒が回ります!」
「どうか仰向けに……」
 隊員の言葉に、黄羅はいくらかおとなしくなった。
「咲紅、このまま医師の元へいきます」
 葵は通信機で連絡を取った後、咲紅の元へやってきた。
 玄一の手慣れた施しを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
「少し……寝たい」
「ええ、担架が来るまで、目を閉じていていいですよ」
 本来なら寝ている時間だ。なぜ自分は起きていなければならないのかと、運命を呪いたくなる。
 咲紅は目を閉じる瞬間、心配そうに見つめる玄一の姿が映った。
 手を誰かに握られているが、誰のものか判らなかった。



 曲がり角で小さな影が見え、紫影は半歩後ろへ下がった。
 このまま気づかずにいれば、ぶつかっていただろう。
 現れたのは、巫覡である瑠璃と楓だった。
「楓様、瑠璃様、ご機嫌麗しゅうございますか」
「まあ、紫影さん。ご機嫌麗しゅう」
 巫覡の中では場数を踏んでいる楓だ。一番若い瑠璃よりも先に挨拶をしなければならない。
 紫影からすれば若造だが、教祖の嫡男といえど教祖でない限り、立場は彼らが上である。
 不快ながらも、手を組んで会釈した。
「これから晩酌をしようかと思いまして、紫影さんもご一緒にいかがですか?」
「申し訳ございません。細々とした雑務がございます。また後日にお誘い頂けたらと思います」
「まあ、お断りされるなんて」
 楓は心底傷ついたとばかりに着物の袖で口元を隠す。
「しかと任務をこなしている我々より、仕事が大事だとおっしゃるのですね」
「申し訳ございません。すべては教団のために努めております」
「少しくらい良いではありませんか」
 エレベーターで従者を連れて現れたのは、茉白ましろだ。一番古株であり、巫覡は年功序列のため、楓と瑠璃は横へ避けた。
「茉白様、ご無沙汰しております」
「そうですね。全然お顔を出して下さらないんですから。我々より仕事がお好きとおっしゃるのですか?」
 茉白は優雅に微笑むが、内心はまさかそんなはずがないと透けて見えている。
「そのようなことは断じてございません。仕事は他の者にでも任せましょう。よろしければ、晩酌にお供させて下さい」
 憎々しくてたまらないが、巫覡が正しい。そもそも神に近い存在で、逆らえる立場ではないのだ。
 それを判っていて聞くのだから、腹立たしくて仕方なかった。
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