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二話:関係の変わった日
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いる、いらないの話は平行線を辿った。
「いらないったらいらないんです。放っておいてください」
「クラスメイトを見殺しにできる訳ないでしょ。ほら、ちょっと目瞑って」
その言葉に従わずにいると、彼は大きな手の平で僕の目を覆った。彼の手は僕と違って温かった。こんなところまで僕と彼は違っている。
「待ってください」
人に魔力を移すということはつまり。不意に顎を持ち上げられ、唇に柔らかなものが触れた。ぬめっとしたものが、唇の間に割って入ろうとする。僕は頑なに口を開けない。開けてなるものか、と体をこわばらせる。そんな意思を悟ったのか、彼は一度離れると、耳元で囁く。
「口、開けて」
「やです」
強情なんだからと言って彼はまた口づけた。抵抗に疲れた僕の牙城は敢え無く崩れ去り、舌が侵入してくる。それと同時に温かなものが流れ込んでくる。魔力だ。たまに兄さんが僕の食事に混ぜるそれとは段違いの力。未知のものが身体に広がってゆく感覚に体がびりびりして、力がぬけていく。姿勢を保てなくなる。不本意なことに彼に体重を預ける形になってしまう。目を覆っていた彼の温かな手が僕の腰を支えた。観念して僕は目を閉じる。じんわりと体が温かくなって、今まで体が冷えていたんだということに初めて気づいた。温かさが心地よい。もっと、と思い始めたと同時に彼の体は離れた。
「ごめん、ちょっとやり過ぎたかも。魔力に慣れないうちは酔ってしまうから」
顔が熱いのは、魔力のせいだけなのか。片手で顔を抑えてうつむく。いつも冷たいはずの手まで熱かった。
「どう?」
彼は手慣れた様子で僕を抱き寄せた。彼の背中にまわした手を拳にして叩く。抵抗のつもりだったが彼は離してくれない。体力でも僕は劣るのだ。
「どうしてこんなこと……」
「魔力良いでしょ」
「良くないです」
「そう?」
「もうしないでください」
「どうしようかな」
彼は魔力が欲しいと乞われれば、誰にでもこういうことをするのだろうか。するのだろう。随分慣れたような流れの良さだった。ぼうっとしているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
初めて魔力供給をされた日を境に、僕たちの関係は変わった。彼は折に触れて僕に口づけをしては魔力を寄越してくる。何度も何度も断り、拒んだが魔力が流れ込んでくるときの心地よさを思うと、断り切れずいつも流されてしまう。ここまでされると、慕われているのかという思いが沸いてしまう。いやいやと首を横に振る。彼は人気者で僕は親族である父にさえ嫌われているはぐれ者。これといった特技もなく、顔が整っているわけでもなく、男子としては低い背丈に筋肉のつかない体。好かれることなど有り得ない。彼は気まぐれに一匹狼であった僕を追いかけたくなり、たまたま今は僕のところにいるだけで、持っているものを持たざる僕に与えているだけ。対等ではない。いずれ飽きて、別のところへ行くのだと自分に言い聞かせた。
人気者の彼と急に親しくなった理由をクラスメイト――主に女子から尋ねられたが、僕にも分からないと答えるほかなかった。また、僕を経由して手紙やら手作りの菓子やその他贈り物を渡してほしいと頼まれるようになった。
彼を取り囲む女子の一人がある日、僕のもとへとやってきた。
「ねえシルヴァ君、頼みがあるんだけど……」
「カレンベルク様にプレゼントを渡せば良いんですか」
「ううん、今回は違うの。プレゼント、いつも渡してくれてありがとね」
彼女は逡巡したのち、言葉を続けた。
「カレンベルク様の好みのタイプ、知らないかな? 私、何にも取り柄なんて無いけど……でも好みのタイプに近づければ少しは視野に入れると思うの」
ああ、と思った。僕は彼のことについて何も知らないのだ。モーグ家と同じく魔術師御三家のカレンベルク家に生まれ、僕とは違って期待通りに過ごしていること以外何も知らない。
「生憎、あんまりそういう話はしたことないんです。あとでそれとなく聞いてみますね」
「ありがとう」
「ああ、一つ思い出しました」
「なになに?」
「一匹狼を見つけると追いかけまわしたくなるそうです」
「それ、シルヴァ君のことでしょ。恋愛のタイプ、ちゃんと聞いてね」
彼女はふふっと笑い、珍しいねと言った。
「何がですか?」
「シルヴァ君も冗談言うんだなあ、って。意外と面白いこと言うんだなあってね」
僕は目をしばたかせ、返答するための言葉を探した。コミュニケーション不足の弊害だ。
「もしかしてさっき大真面目に答えたの?」
「……そうですね」
おもしろーい、と笑って彼女はぱたぱたと去っていった。人と話すのは難しい。
友達、か。彼は僕のことを友達とは呼ばないのではないだろうか。持てるものが、持たざるものに与える。一種の上下関係のようなものが僕と彼の間にはある。
彼女の何気ない一言が、毒矢のように胸に突き刺さった。
「いらないったらいらないんです。放っておいてください」
「クラスメイトを見殺しにできる訳ないでしょ。ほら、ちょっと目瞑って」
その言葉に従わずにいると、彼は大きな手の平で僕の目を覆った。彼の手は僕と違って温かった。こんなところまで僕と彼は違っている。
「待ってください」
人に魔力を移すということはつまり。不意に顎を持ち上げられ、唇に柔らかなものが触れた。ぬめっとしたものが、唇の間に割って入ろうとする。僕は頑なに口を開けない。開けてなるものか、と体をこわばらせる。そんな意思を悟ったのか、彼は一度離れると、耳元で囁く。
「口、開けて」
「やです」
強情なんだからと言って彼はまた口づけた。抵抗に疲れた僕の牙城は敢え無く崩れ去り、舌が侵入してくる。それと同時に温かなものが流れ込んでくる。魔力だ。たまに兄さんが僕の食事に混ぜるそれとは段違いの力。未知のものが身体に広がってゆく感覚に体がびりびりして、力がぬけていく。姿勢を保てなくなる。不本意なことに彼に体重を預ける形になってしまう。目を覆っていた彼の温かな手が僕の腰を支えた。観念して僕は目を閉じる。じんわりと体が温かくなって、今まで体が冷えていたんだということに初めて気づいた。温かさが心地よい。もっと、と思い始めたと同時に彼の体は離れた。
「ごめん、ちょっとやり過ぎたかも。魔力に慣れないうちは酔ってしまうから」
顔が熱いのは、魔力のせいだけなのか。片手で顔を抑えてうつむく。いつも冷たいはずの手まで熱かった。
「どう?」
彼は手慣れた様子で僕を抱き寄せた。彼の背中にまわした手を拳にして叩く。抵抗のつもりだったが彼は離してくれない。体力でも僕は劣るのだ。
「どうしてこんなこと……」
「魔力良いでしょ」
「良くないです」
「そう?」
「もうしないでください」
「どうしようかな」
彼は魔力が欲しいと乞われれば、誰にでもこういうことをするのだろうか。するのだろう。随分慣れたような流れの良さだった。ぼうっとしているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
初めて魔力供給をされた日を境に、僕たちの関係は変わった。彼は折に触れて僕に口づけをしては魔力を寄越してくる。何度も何度も断り、拒んだが魔力が流れ込んでくるときの心地よさを思うと、断り切れずいつも流されてしまう。ここまでされると、慕われているのかという思いが沸いてしまう。いやいやと首を横に振る。彼は人気者で僕は親族である父にさえ嫌われているはぐれ者。これといった特技もなく、顔が整っているわけでもなく、男子としては低い背丈に筋肉のつかない体。好かれることなど有り得ない。彼は気まぐれに一匹狼であった僕を追いかけたくなり、たまたま今は僕のところにいるだけで、持っているものを持たざる僕に与えているだけ。対等ではない。いずれ飽きて、別のところへ行くのだと自分に言い聞かせた。
人気者の彼と急に親しくなった理由をクラスメイト――主に女子から尋ねられたが、僕にも分からないと答えるほかなかった。また、僕を経由して手紙やら手作りの菓子やその他贈り物を渡してほしいと頼まれるようになった。
彼を取り囲む女子の一人がある日、僕のもとへとやってきた。
「ねえシルヴァ君、頼みがあるんだけど……」
「カレンベルク様にプレゼントを渡せば良いんですか」
「ううん、今回は違うの。プレゼント、いつも渡してくれてありがとね」
彼女は逡巡したのち、言葉を続けた。
「カレンベルク様の好みのタイプ、知らないかな? 私、何にも取り柄なんて無いけど……でも好みのタイプに近づければ少しは視野に入れると思うの」
ああ、と思った。僕は彼のことについて何も知らないのだ。モーグ家と同じく魔術師御三家のカレンベルク家に生まれ、僕とは違って期待通りに過ごしていること以外何も知らない。
「生憎、あんまりそういう話はしたことないんです。あとでそれとなく聞いてみますね」
「ありがとう」
「ああ、一つ思い出しました」
「なになに?」
「一匹狼を見つけると追いかけまわしたくなるそうです」
「それ、シルヴァ君のことでしょ。恋愛のタイプ、ちゃんと聞いてね」
彼女はふふっと笑い、珍しいねと言った。
「何がですか?」
「シルヴァ君も冗談言うんだなあ、って。意外と面白いこと言うんだなあってね」
僕は目をしばたかせ、返答するための言葉を探した。コミュニケーション不足の弊害だ。
「もしかしてさっき大真面目に答えたの?」
「……そうですね」
おもしろーい、と笑って彼女はぱたぱたと去っていった。人と話すのは難しい。
友達、か。彼は僕のことを友達とは呼ばないのではないだろうか。持てるものが、持たざるものに与える。一種の上下関係のようなものが僕と彼の間にはある。
彼女の何気ない一言が、毒矢のように胸に突き刺さった。
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