21 / 54
二十一話:迂闊
しおりを挟む
「おはよう、シルヴァ君」
「あ、おはよう」
昨日のことがあってリカルドがどう接してくるか身構えていたが、昨日までと何ら変わりなく、少々拍子抜けした。
ひらひらと手を振るリカルドは、いつもと変わらぬ涼しい顔をしている。
何かが変わるかと思っていたのは僕だけだったのか。初めて魔力譲渡をされた時の方がよほど変化があった。
「どうかした?」
「いや、なにも」
リカルドはクラスメイトに呼ばれると、そちらへ向かった。たちまち彼の周りに人が集まる。ここしばらくは彼と話すことが多くなってすっかり忘れていたが、彼と僕とは違う世界の住人なのだった。
僕は荷物を整えて本を開く。何もかも今まで通りだ、と思っていたのも束の間、とんとんと肩を叩かれた。
「なに、リカル……」
ド、と言って振り返る。
「ごめんね、リカルド様じゃなくて」
首を傾げてはにかむと、たんぽぽの綿毛のようにふわふわの髪が揺れた。
リカルドは僕を「可愛い」などと言うが、ユージーンのほうが「可愛い」と形容されるに相応しいと僕は思う。愛想がいいし、聖歌隊に所属していて声だって良い。成長が緩やかで小柄と言われる僕よりも小さい彼は声変わりもまだで、ソプラノとして活躍していると聞く。
「ああ、ユージーン。どうしたの?」
「読んでる本、新しく出たばかりのもの?」
僕と同じ図書委員である彼とは本のことで話をすることが度々あった。
「ああ、うん。もし興味があれば読み終わった後に貸すよ」
「気持ちはありがたいけど遠慮するよ。高そうな本だから」
ユージーンは長い睫毛を伏せて、何かためらっているように口を閉ざした。
「何かあったの?」
「ずっと気になっていたんだけど」
彼は手を口の横にあてて僕の方に身を乗り出し、ひそめた声で切り出した。
「シルヴァ君って普通の平民じゃない、よね?」
たった一言。
血の気が引いてゆくのがはっきりと分かった。
ユージーンは容赦なく言葉を続けた。
「身のこなし方とか、話し方とか、いつも高そうな本を読んでることとか、乗り合い馬車じゃなくて二頭立ての馬車に乗ってることとか……」
ようやく僕の驚きを見てとったのか、ユージーンは言葉を止めた。
僕はといえば、なんと返せばいいのか分からず、ただぼうっとユージーンを見ていた。
「……ごめん、聞かれたくないことだったかな……」
僕はなおも言葉を見つけられずにだまっていることしかできずにいた。
「ユージーン、どうした?」
僕らの間に変な空気が流れているのを感じ取ったのか、クラスメイトの男子がユージーンに声をかける。
「ううん、何でもないの。シルヴァ君ごめんね。じゃあ」
ユージーンは、流れを切ってくれた男子にも「ごめん、助かった」と声をかけて立ち去った。
目の前のことをなんとか視覚で認識しながらも、気が動転していて動けずにいた。
迂闊だった。本のことも馬車のことも。本当に迂闊だった。そこまで僕のことに目を向けている人物がいたのは驚きだった。いつも目立たないようにと心掛けていて、それは実際に一定の成果があったはずだ。今の出来事でも、助け舟を出してくれたクラスメイトは僕ではなくユージーンに声をかけた。大丈夫、まだそこまで僕は目だっていないはず。
「……ヴァ君、シルヴァ君」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、リカルドがやけに心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どこか具合でも悪い? 魔力不足?」
「あ、いや体調は何ともない。魔力も足りてる」
「本当に? キミは自分を大事にしないから信用ならないな。昼休みに魔力譲渡しておこうか」
「本当の本当に何ともないから」
ふいと顔を横に向けると、ばちり、とユージーンと目が合った。慌てて顔を逸らす。
「ああ、さっきユージーンと話してたみたいだけど、それで何かあった?」
「なにも」
「噓だね」
彼が言葉を続けたのに被せて、着席を促す鐘が鳴った。何を言おうとしていたのか、僕には分からなかった。
「ああ、もう。昼休み、いつもの場所で話を聞くからね」
もしかして僕が人の目につくようになったのは、リカルドのせいなんじゃなかろうか。
「あ、おはよう」
昨日のことがあってリカルドがどう接してくるか身構えていたが、昨日までと何ら変わりなく、少々拍子抜けした。
ひらひらと手を振るリカルドは、いつもと変わらぬ涼しい顔をしている。
何かが変わるかと思っていたのは僕だけだったのか。初めて魔力譲渡をされた時の方がよほど変化があった。
「どうかした?」
「いや、なにも」
リカルドはクラスメイトに呼ばれると、そちらへ向かった。たちまち彼の周りに人が集まる。ここしばらくは彼と話すことが多くなってすっかり忘れていたが、彼と僕とは違う世界の住人なのだった。
僕は荷物を整えて本を開く。何もかも今まで通りだ、と思っていたのも束の間、とんとんと肩を叩かれた。
「なに、リカル……」
ド、と言って振り返る。
「ごめんね、リカルド様じゃなくて」
首を傾げてはにかむと、たんぽぽの綿毛のようにふわふわの髪が揺れた。
リカルドは僕を「可愛い」などと言うが、ユージーンのほうが「可愛い」と形容されるに相応しいと僕は思う。愛想がいいし、聖歌隊に所属していて声だって良い。成長が緩やかで小柄と言われる僕よりも小さい彼は声変わりもまだで、ソプラノとして活躍していると聞く。
「ああ、ユージーン。どうしたの?」
「読んでる本、新しく出たばかりのもの?」
僕と同じ図書委員である彼とは本のことで話をすることが度々あった。
「ああ、うん。もし興味があれば読み終わった後に貸すよ」
「気持ちはありがたいけど遠慮するよ。高そうな本だから」
ユージーンは長い睫毛を伏せて、何かためらっているように口を閉ざした。
「何かあったの?」
「ずっと気になっていたんだけど」
彼は手を口の横にあてて僕の方に身を乗り出し、ひそめた声で切り出した。
「シルヴァ君って普通の平民じゃない、よね?」
たった一言。
血の気が引いてゆくのがはっきりと分かった。
ユージーンは容赦なく言葉を続けた。
「身のこなし方とか、話し方とか、いつも高そうな本を読んでることとか、乗り合い馬車じゃなくて二頭立ての馬車に乗ってることとか……」
ようやく僕の驚きを見てとったのか、ユージーンは言葉を止めた。
僕はといえば、なんと返せばいいのか分からず、ただぼうっとユージーンを見ていた。
「……ごめん、聞かれたくないことだったかな……」
僕はなおも言葉を見つけられずにだまっていることしかできずにいた。
「ユージーン、どうした?」
僕らの間に変な空気が流れているのを感じ取ったのか、クラスメイトの男子がユージーンに声をかける。
「ううん、何でもないの。シルヴァ君ごめんね。じゃあ」
ユージーンは、流れを切ってくれた男子にも「ごめん、助かった」と声をかけて立ち去った。
目の前のことをなんとか視覚で認識しながらも、気が動転していて動けずにいた。
迂闊だった。本のことも馬車のことも。本当に迂闊だった。そこまで僕のことに目を向けている人物がいたのは驚きだった。いつも目立たないようにと心掛けていて、それは実際に一定の成果があったはずだ。今の出来事でも、助け舟を出してくれたクラスメイトは僕ではなくユージーンに声をかけた。大丈夫、まだそこまで僕は目だっていないはず。
「……ヴァ君、シルヴァ君」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、リカルドがやけに心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どこか具合でも悪い? 魔力不足?」
「あ、いや体調は何ともない。魔力も足りてる」
「本当に? キミは自分を大事にしないから信用ならないな。昼休みに魔力譲渡しておこうか」
「本当の本当に何ともないから」
ふいと顔を横に向けると、ばちり、とユージーンと目が合った。慌てて顔を逸らす。
「ああ、さっきユージーンと話してたみたいだけど、それで何かあった?」
「なにも」
「噓だね」
彼が言葉を続けたのに被せて、着席を促す鐘が鳴った。何を言おうとしていたのか、僕には分からなかった。
「ああ、もう。昼休み、いつもの場所で話を聞くからね」
もしかして僕が人の目につくようになったのは、リカルドのせいなんじゃなかろうか。
41
あなたにおすすめの小説
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
過労死転生した悪役令息Ωは、冷徹な隣国皇帝陛下の運命の番でした~婚約破棄と断罪からのざまぁ、そして始まる激甘な溺愛生活~
水凪しおん
BL
過労死した平凡な会社員が目を覚ますと、そこは愛読していたBL小説の世界。よりにもよって、義理の家族に虐げられ、最後は婚約者に断罪される「悪役令息」リオンに転生してしまった!
「出来損ないのΩ」と罵られ、食事もろくに与えられない絶望的な日々。破滅フラグしかない運命に抗うため、前世の知識を頼りに生き延びる決意をするリオン。
そんな彼の前に現れたのは、隣国から訪れた「冷徹皇帝」カイゼル。誰もが恐れる圧倒的カリスマを持つ彼に、なぜかリオンは助けられてしまう。カイゼルに触れられた瞬間、走る甘い痺れ。それは、αとΩを引き合わせる「運命の番」の兆しだった。
「お前がいいんだ、リオン」――まっすぐな求婚、惜しみない溺愛。
孤独だった悪役令息が、運命の番である皇帝に見出され、破滅の運命を覆していく。巧妙な罠、仕組まれた断罪劇、そして華麗なるざまぁ。絶望の淵から始まる、極上の逆転シンデレラストーリー!
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる