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二十一話:迂闊
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「おはよう、シルヴァ君」
「あ、おはよう」
昨日のことがあってリカルドがどう接してくるか身構えていたが、昨日までと何ら変わりなく、少々拍子抜けした。
ひらひらと手を振るリカルドは、いつもと変わらぬ涼しい顔をしている。
何かが変わるかと思っていたのは僕だけだったのか。初めて魔力譲渡をされた時の方がよほど変化があった。
「どうかした?」
「いや、なにも」
リカルドはクラスメイトに呼ばれると、そちらへ向かった。たちまち彼の周りに人が集まる。ここしばらくは彼と話すことが多くなってすっかり忘れていたが、彼と僕とは違う世界の住人なのだった。
僕は荷物を整えて本を開く。何もかも今まで通りだ、と思っていたのも束の間、とんとんと肩を叩かれた。
「なに、リカル……」
ド、と言って振り返る。
「ごめんね、リカルド様じゃなくて」
首を傾げてはにかむと、たんぽぽの綿毛のようにふわふわの髪が揺れた。
リカルドは僕を「可愛い」などと言うが、ユージーンのほうが「可愛い」と形容されるに相応しいと僕は思う。愛想がいいし、聖歌隊に所属していて声だって良い。成長が緩やかで小柄と言われる僕よりも小さい彼は声変わりもまだで、ソプラノとして活躍していると聞く。
「ああ、ユージーン。どうしたの?」
「読んでる本、新しく出たばかりのもの?」
僕と同じ図書委員である彼とは本のことで話をすることが度々あった。
「ああ、うん。もし興味があれば読み終わった後に貸すよ」
「気持ちはありがたいけど遠慮するよ。高そうな本だから」
ユージーンは長い睫毛を伏せて、何かためらっているように口を閉ざした。
「何かあったの?」
「ずっと気になっていたんだけど」
彼は手を口の横にあてて僕の方に身を乗り出し、ひそめた声で切り出した。
「シルヴァ君って普通の平民じゃない、よね?」
たった一言。
血の気が引いてゆくのがはっきりと分かった。
ユージーンは容赦なく言葉を続けた。
「身のこなし方とか、話し方とか、いつも高そうな本を読んでることとか、乗り合い馬車じゃなくて二頭立ての馬車に乗ってることとか……」
ようやく僕の驚きを見てとったのか、ユージーンは言葉を止めた。
僕はといえば、なんと返せばいいのか分からず、ただぼうっとユージーンを見ていた。
「……ごめん、聞かれたくないことだったかな……」
僕はなおも言葉を見つけられずにだまっていることしかできずにいた。
「ユージーン、どうした?」
僕らの間に変な空気が流れているのを感じ取ったのか、クラスメイトの男子がユージーンに声をかける。
「ううん、何でもないの。シルヴァ君ごめんね。じゃあ」
ユージーンは、流れを切ってくれた男子にも「ごめん、助かった」と声をかけて立ち去った。
目の前のことをなんとか視覚で認識しながらも、気が動転していて動けずにいた。
迂闊だった。本のことも馬車のことも。本当に迂闊だった。そこまで僕のことに目を向けている人物がいたのは驚きだった。いつも目立たないようにと心掛けていて、それは実際に一定の成果があったはずだ。今の出来事でも、助け舟を出してくれたクラスメイトは僕ではなくユージーンに声をかけた。大丈夫、まだそこまで僕は目だっていないはず。
「……ヴァ君、シルヴァ君」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、リカルドがやけに心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どこか具合でも悪い? 魔力不足?」
「あ、いや体調は何ともない。魔力も足りてる」
「本当に? キミは自分を大事にしないから信用ならないな。昼休みに魔力譲渡しておこうか」
「本当の本当に何ともないから」
ふいと顔を横に向けると、ばちり、とユージーンと目が合った。慌てて顔を逸らす。
「ああ、さっきユージーンと話してたみたいだけど、それで何かあった?」
「なにも」
「噓だね」
彼が言葉を続けたのに被せて、着席を促す鐘が鳴った。何を言おうとしていたのか、僕には分からなかった。
「ああ、もう。昼休み、いつもの場所で話を聞くからね」
もしかして僕が人の目につくようになったのは、リカルドのせいなんじゃなかろうか。
「あ、おはよう」
昨日のことがあってリカルドがどう接してくるか身構えていたが、昨日までと何ら変わりなく、少々拍子抜けした。
ひらひらと手を振るリカルドは、いつもと変わらぬ涼しい顔をしている。
何かが変わるかと思っていたのは僕だけだったのか。初めて魔力譲渡をされた時の方がよほど変化があった。
「どうかした?」
「いや、なにも」
リカルドはクラスメイトに呼ばれると、そちらへ向かった。たちまち彼の周りに人が集まる。ここしばらくは彼と話すことが多くなってすっかり忘れていたが、彼と僕とは違う世界の住人なのだった。
僕は荷物を整えて本を開く。何もかも今まで通りだ、と思っていたのも束の間、とんとんと肩を叩かれた。
「なに、リカル……」
ド、と言って振り返る。
「ごめんね、リカルド様じゃなくて」
首を傾げてはにかむと、たんぽぽの綿毛のようにふわふわの髪が揺れた。
リカルドは僕を「可愛い」などと言うが、ユージーンのほうが「可愛い」と形容されるに相応しいと僕は思う。愛想がいいし、聖歌隊に所属していて声だって良い。成長が緩やかで小柄と言われる僕よりも小さい彼は声変わりもまだで、ソプラノとして活躍していると聞く。
「ああ、ユージーン。どうしたの?」
「読んでる本、新しく出たばかりのもの?」
僕と同じ図書委員である彼とは本のことで話をすることが度々あった。
「ああ、うん。もし興味があれば読み終わった後に貸すよ」
「気持ちはありがたいけど遠慮するよ。高そうな本だから」
ユージーンは長い睫毛を伏せて、何かためらっているように口を閉ざした。
「何かあったの?」
「ずっと気になっていたんだけど」
彼は手を口の横にあてて僕の方に身を乗り出し、ひそめた声で切り出した。
「シルヴァ君って普通の平民じゃない、よね?」
たった一言。
血の気が引いてゆくのがはっきりと分かった。
ユージーンは容赦なく言葉を続けた。
「身のこなし方とか、話し方とか、いつも高そうな本を読んでることとか、乗り合い馬車じゃなくて二頭立ての馬車に乗ってることとか……」
ようやく僕の驚きを見てとったのか、ユージーンは言葉を止めた。
僕はといえば、なんと返せばいいのか分からず、ただぼうっとユージーンを見ていた。
「……ごめん、聞かれたくないことだったかな……」
僕はなおも言葉を見つけられずにだまっていることしかできずにいた。
「ユージーン、どうした?」
僕らの間に変な空気が流れているのを感じ取ったのか、クラスメイトの男子がユージーンに声をかける。
「ううん、何でもないの。シルヴァ君ごめんね。じゃあ」
ユージーンは、流れを切ってくれた男子にも「ごめん、助かった」と声をかけて立ち去った。
目の前のことをなんとか視覚で認識しながらも、気が動転していて動けずにいた。
迂闊だった。本のことも馬車のことも。本当に迂闊だった。そこまで僕のことに目を向けている人物がいたのは驚きだった。いつも目立たないようにと心掛けていて、それは実際に一定の成果があったはずだ。今の出来事でも、助け舟を出してくれたクラスメイトは僕ではなくユージーンに声をかけた。大丈夫、まだそこまで僕は目だっていないはず。
「……ヴァ君、シルヴァ君」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、リカルドがやけに心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どこか具合でも悪い? 魔力不足?」
「あ、いや体調は何ともない。魔力も足りてる」
「本当に? キミは自分を大事にしないから信用ならないな。昼休みに魔力譲渡しておこうか」
「本当の本当に何ともないから」
ふいと顔を横に向けると、ばちり、とユージーンと目が合った。慌てて顔を逸らす。
「ああ、さっきユージーンと話してたみたいだけど、それで何かあった?」
「なにも」
「噓だね」
彼が言葉を続けたのに被せて、着席を促す鐘が鳴った。何を言おうとしていたのか、僕には分からなかった。
「ああ、もう。昼休み、いつもの場所で話を聞くからね」
もしかして僕が人の目につくようになったのは、リカルドのせいなんじゃなかろうか。
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