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カポネが任されたという店"フォア・デューセス"は娼館も営んでいるらしく、この大都会の空気に当てられたかその道に進んでしまったらしい。
「そりゃ……」
妹には何かと甘いのか、尻に敷かれているのかはわからないが、ガウチョも文句を飲み込まざるを得なかった。
「あら、お得意さん。早くお店に来てちょうだいね!」
道すがら、ポン引きする姿などカポネ顔負けの手慣れ具合だ。
女性の強さというものが、フラッパースタイルという今の姿に現れている。人目をはばからないスタイリッシュな衣装でありながら、女性的な様相を崩さない。
男に劣らずきつい匂いのタバコを吹かし、さらには強い酒を喉に流し込む。女達の社会への台頭は、都会になればなるほど顕著に表出していた。
ただ料理人であるエポナからしてみれば、タバコで鼻を潰し酒で喉を焼くような生き方はできかねる。反骨心の半分は、女の魅力を持ち合わせないエポナの嫉妬だろうか。
「……ついたみたいだな」
唯一のらしさであるケルト十字のイヤリングを撫でつつ、トラックが停まったことをしる。カポネの店についたため、挨拶のため先にそちらへと向かった。
思ったよりも大きな2階建ての建物で、すりガラスにも金属の彫刻が施された扉の前に立つも、ガウチョに案内され裏口へと回る。
「表は娼館と賭場が併設されてるんで、こっちからどうぞ」
「あぁ、酒場は、そうだったな」
「じゃあ、私はここで」
妹とは表で別れ、エポナは路地裏のゴミ置き場を通り抜けた。なぜそんなところから入らなければならないのかと言えば、世情がどうしても関わってくる。
20年を境に、アメリカ合衆国――特に西岸部は一つ大きく変化した。
禁酒法。聞いたことの一度ぐらいはあることだろう。そして、そこから始まるギャングの台頭やマフィアによる様々な退廃も。
「ッ……」
大きなゴミ収集箱の影に隠れた扉をくぐれば、葉巻や酒の香りが一気にまとわりついてくる。慌てて口と鼻を服の裾で抑えつつ、ガウチョの背を追い通路を少し進んだ先の階段を降りていった。
なるほどと内心で理解しつつも、それを言葉にできる余裕はなかった。
アパートをまるまる改装してある。1階を賭場、2階を娼館にして、地下の全てが酒場という形らしい。
国家禁酒法により酒を売るなど提供することが違法となったせいで、こうして地下に隠れた酒場を作らざるを得なくなった。しかし、そんなアウトローな様相がまた人の心をひきつけ、酒への欲求も含め都市にはあふれることとなる。
アメリカ合衆国全体での表立った消費量こそ減ったものの、飲酒する人間をなくせはしていないと言える。
「はぁ、なんとも呆れたもんだな」
階段を降りてもぐり酒場へと到着したところで、エポナはぼやくように言った。
そこに集まっている何人もの男と女、お酒の数々を揶揄して。
「おー、来たか、オブライエン!」
エポナの声など誰にも届かない乱痴気騒ぎの中から、何人かの女を侍らせたカポネが姿を表した。どいつもこいつも、手には紙巻たばこか葉巻かお酒。
エスパーナ・デ・オロからキューバ葉巻まで、ここならなんでもありそうな感じである。
「一応、顔ぐらいは見せておこうと思ってな。あそこが仕事場か」
エポナは軽く手を上げて挨拶すると、尋ねながらカウンターの向こうに見える扉をアゴで指した。
「あぁ、調理場だ。1階はあっちの階段」
「あらぁ、彼が貴方の言ってた新しいコックさん? 結構良い男じゃない~」
カポネがちょっと説明を付け加える合間に、彼にひっついていた娼婦がエポナを品定めした。
そして、ふらりと移ってこようとするものだから、慌てて制する。
「やめてくれ」
春下旬のベストとシャツぐらいしか身に着けていない状態では、例えエポナの体型とはいえバレてしまう。なんとかギリギリのところで女性を押しのけることに成功した。
やられっぱなしになってはいけないと、さっさと話を終わらせることにする。
「出勤はいつからだ?」
「つれない人ね。でも、そういうところも」
エポナは質問した。
女性がプリプリと怒って見せるものの、カポネに遮られるようにして後ろへ下がった。そして、カポネは悪びれもせず言う。
「明日からだ」
「あ?」
「急ぐわけじゃないんだが、ちょいとお前のことを宣伝しすぎてな」
おかしな答えに、エポナは聞き間違えを疑って顔をしかめた。けれどそういうわけではなさそうで、続くカポネの言葉で辟易するのだった。
断ることもできたのかもしれないが、エポナは呆れながらも了承することにした。
内心、カポネが自分の扱い方を完全に理解していることへ焦りを覚える。が、若干、若干だが期待されて嬉しくもある。
「仕方ない、な」
エポナは深く考えずに答えた。
明日ぐらいは身の回りのものを揃えようと思っていたが、休みもあるだろうし空いた時間で良いと判断した。
前の勤め先のオーナーであるイェールから退職金。料理長からも少し餞別を貰ったが、それこそ1万も2万もないささやかなものである。
「そりゃ……」
妹には何かと甘いのか、尻に敷かれているのかはわからないが、ガウチョも文句を飲み込まざるを得なかった。
「あら、お得意さん。早くお店に来てちょうだいね!」
道すがら、ポン引きする姿などカポネ顔負けの手慣れ具合だ。
女性の強さというものが、フラッパースタイルという今の姿に現れている。人目をはばからないスタイリッシュな衣装でありながら、女性的な様相を崩さない。
男に劣らずきつい匂いのタバコを吹かし、さらには強い酒を喉に流し込む。女達の社会への台頭は、都会になればなるほど顕著に表出していた。
ただ料理人であるエポナからしてみれば、タバコで鼻を潰し酒で喉を焼くような生き方はできかねる。反骨心の半分は、女の魅力を持ち合わせないエポナの嫉妬だろうか。
「……ついたみたいだな」
唯一のらしさであるケルト十字のイヤリングを撫でつつ、トラックが停まったことをしる。カポネの店についたため、挨拶のため先にそちらへと向かった。
思ったよりも大きな2階建ての建物で、すりガラスにも金属の彫刻が施された扉の前に立つも、ガウチョに案内され裏口へと回る。
「表は娼館と賭場が併設されてるんで、こっちからどうぞ」
「あぁ、酒場は、そうだったな」
「じゃあ、私はここで」
妹とは表で別れ、エポナは路地裏のゴミ置き場を通り抜けた。なぜそんなところから入らなければならないのかと言えば、世情がどうしても関わってくる。
20年を境に、アメリカ合衆国――特に西岸部は一つ大きく変化した。
禁酒法。聞いたことの一度ぐらいはあることだろう。そして、そこから始まるギャングの台頭やマフィアによる様々な退廃も。
「ッ……」
大きなゴミ収集箱の影に隠れた扉をくぐれば、葉巻や酒の香りが一気にまとわりついてくる。慌てて口と鼻を服の裾で抑えつつ、ガウチョの背を追い通路を少し進んだ先の階段を降りていった。
なるほどと内心で理解しつつも、それを言葉にできる余裕はなかった。
アパートをまるまる改装してある。1階を賭場、2階を娼館にして、地下の全てが酒場という形らしい。
国家禁酒法により酒を売るなど提供することが違法となったせいで、こうして地下に隠れた酒場を作らざるを得なくなった。しかし、そんなアウトローな様相がまた人の心をひきつけ、酒への欲求も含め都市にはあふれることとなる。
アメリカ合衆国全体での表立った消費量こそ減ったものの、飲酒する人間をなくせはしていないと言える。
「はぁ、なんとも呆れたもんだな」
階段を降りてもぐり酒場へと到着したところで、エポナはぼやくように言った。
そこに集まっている何人もの男と女、お酒の数々を揶揄して。
「おー、来たか、オブライエン!」
エポナの声など誰にも届かない乱痴気騒ぎの中から、何人かの女を侍らせたカポネが姿を表した。どいつもこいつも、手には紙巻たばこか葉巻かお酒。
エスパーナ・デ・オロからキューバ葉巻まで、ここならなんでもありそうな感じである。
「一応、顔ぐらいは見せておこうと思ってな。あそこが仕事場か」
エポナは軽く手を上げて挨拶すると、尋ねながらカウンターの向こうに見える扉をアゴで指した。
「あぁ、調理場だ。1階はあっちの階段」
「あらぁ、彼が貴方の言ってた新しいコックさん? 結構良い男じゃない~」
カポネがちょっと説明を付け加える合間に、彼にひっついていた娼婦がエポナを品定めした。
そして、ふらりと移ってこようとするものだから、慌てて制する。
「やめてくれ」
春下旬のベストとシャツぐらいしか身に着けていない状態では、例えエポナの体型とはいえバレてしまう。なんとかギリギリのところで女性を押しのけることに成功した。
やられっぱなしになってはいけないと、さっさと話を終わらせることにする。
「出勤はいつからだ?」
「つれない人ね。でも、そういうところも」
エポナは質問した。
女性がプリプリと怒って見せるものの、カポネに遮られるようにして後ろへ下がった。そして、カポネは悪びれもせず言う。
「明日からだ」
「あ?」
「急ぐわけじゃないんだが、ちょいとお前のことを宣伝しすぎてな」
おかしな答えに、エポナは聞き間違えを疑って顔をしかめた。けれどそういうわけではなさそうで、続くカポネの言葉で辟易するのだった。
断ることもできたのかもしれないが、エポナは呆れながらも了承することにした。
内心、カポネが自分の扱い方を完全に理解していることへ焦りを覚える。が、若干、若干だが期待されて嬉しくもある。
「仕方ない、な」
エポナは深く考えずに答えた。
明日ぐらいは身の回りのものを揃えようと思っていたが、休みもあるだろうし空いた時間で良いと判断した。
前の勤め先のオーナーであるイェールから退職金。料理長からも少し餞別を貰ったが、それこそ1万も2万もないささやかなものである。
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